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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
桃から生まれた武士の王
23/65

@9の3 『デッド・ヒート(下)』

 死にたい。死にたい。もう走りたくない。やめたい。なんで俺の脚は動いてんだ。止まれ、ちくしょう、止まれ。


 目の前に星が散ってちかちかしてきた。肺も脳みそも酸欠どころの騒ぎじゃない。いますぐ動くのをやめて倒れないと死ぬ。確信する。こんな死に方なら死んだほうがマシだ。桃様に殺されるならむしろ名誉じゃないか。だからもうやめようぜこんな辛いこと。


「勇者の異能を使うておるとは申せ、よくも気概が続くものじゃ。とうに体は悲鳴をあげておろうが」


 その通りだよぅ。体力ゲージはとっくにマイナスで、精魂だけで走ってるけど、俺の精魂がクソみたいに使い物にならないのは俺の仲間内でつとに有名な話だ。さっさとトドメを刺してくれたらいいのに、なんで嬲り者にするみたくずっと追い掛け回すだけなんだよぅ。もうやめてくださいお願いですから。


 俺の脚ははっきり言ってあからさまに動きが鈍っていて、いまや走り始めのころの三分の一もスピードが出てやしないのだが、桃様はそれにあえて追いつくことなくのったりのったり追ってくる。マジでなんだよ。トドメ刺すならさっさとせえや。


 トップスピードの三分の一とはいえ、それは依然として市民マラソンランナーなどよりは遥かに早い。さっきの今なので俺からは過ぎ去る景色がスローモーションようなトロくささに見えるが、過ぎ去る景色に時々混じる人影のほうでは、こんな夜中に猛スピードで激走してる俺たちを一様に驚きの目で見るのだった。


 つーか、こんな時間にこんな人気のないとこ歩ってんじゃねーよ。それもけっこう若い女子供が多いんである。犬の散歩してる人とか。場所はまた弘高下近辺に戻りつつあり、確かにここらへんまで来ると川の両岸が集合住宅とかアパートだったりはするのだが、この堤防道路そのものはやっぱり人通りから外れた部分にあるには違いなく、この時間じゃどんな奴が通りかかるか知れたものではない。


 痴漢とか出たらどうすんだ。少なくともいま俺を追ってる男は痴漢どころかホワイトハウスに単身乗り込んでオ○マやクリ○トンやトラ○プを秒殺できる男で痴漢の一億倍は危険だ。わかってんのか。


 と、そのときである。


 堤防道路の途切れ目、一般道路との交差点になるその場所で、突然見晴らしのききづらい角から、人の集団が現れた。


 夜だというのにやかましい家族づれ。


 お父さんとお母さんと思しき二人に、両手を繋いて真ん中が小さな女の子。


 お母さんは買い物袋を手に提げて、お父さんはカップラーメンだけを捧げるように持つ。すぐそこのコンビニから出てきたのだろう、住宅地がごく近いからこその家族の風景。


 袋に入れればいいのに、カップラーメンだけをそうしないわけは、そこになみなみとお湯が注がれているからだろう。およそ100度。ただの水もそこまでの温度になれば一種の凶器だ。


 やばい、と思ったときには遅かった。


 もう回避は間に合わない。相手は俺にまったく気づいておらず、俺は体を避けきれなくて、もろにお父さんのほうに衝突した。


 すいません、とかそういう言葉が出るより先に、お湯の行方を追った。それが入った容器は空にくるりと舞っている。直下には、お父さんに引っ張られる形で尻餅をついた女の子。


「――ま」


 動画から切り取ったワンシーンのように止まった時のなかで、何を言おうとしたのか自分でもわからない。待て、と言ったところで自由落下する容器が止まるわけもない。


 水温100度の凶器を詰め込んだ箱詰めは、女の子の上へまっさかさま。


 とは、ならなかった。


 俺と、ご両親と、その場に居る全員の注視が女の子に集まるなか、その影はレールを走る最高時速の新幹線よりなお早く飛び込んできた。


 女の子に大きな男の背中が覆いかぶさる。長い長い桃色の髪を馬の尻尾のように垂らした背中だ。そこに目掛けて、カップラーメンの容器が口を開けて振りかかる。


「つっ」


「…」


 起こったことがあまりに突然で矢継ぎ早すぎて、誰もすぐには適切な反応ができない。


 口をぱくぱくと開けるだけに終始する両親を尻目に、桃様は救った女の子の顔を覗き込んで、こんなに心落ち着く声はない、というほど優しげで暖かな声で言う。


「仔細ないかわらべ


 思わず脱力することを許してもらえるだろうか。


 いや、現代日本の子供にその喋りはちょっと通じないんじゃないかなと思うんですよ桃様。


 と、俺は思ったのだが、恐るべきは女の本能か。幼女はニュアンスだけで意味を理解したものと見えて「あい」と頬を赤らめたではないか。一桁から70過ぎまで見境なしのフェロモンすぎる…。


「なれば、よい」


「あ、あああああああ! す、すいません!? あ、ありがとうございます!? だ、大丈夫かすもも! あ、じゃ、じゃなくて!」


 幼女を優しく立ち上がらせて、自分もすっくと立ち上がった桃様に追従するように、現状把握の追いついた両親が大慌てで立ち上がって、桃様に取りすがる。


「お、お湯! お湯かかりましたよね!? 大丈夫ですか!?」


「水風呂でも浴びればどうでもない」


 桃様のジャケットを二人がかりで脱がしにかかる両親に、やんわりとそれを拒絶する桃様である。


 いや、桃様が異世界の超戦士であることは俺はさっきから嫌ほど体感してるが、そんなことはご両親は知らんわけだから、常識的な反応としてはご両親のほうが正しいのだが。


 こんな夜中に往来を騒いで歩いたり、よく見るとけっこうチャラ目の格好をした割には、まっとうな人たちのようだ。大丈夫といくら繰り返しても開放されず、桃様も困り果てたようだ。いや、ここは謝意を受けるべきじゃないかな。あちらとしてもここでさっと立ち去られてはかえって気がかりというもんだろう。いくら桃様が超人であのくらいダメージのうちに入らなそうとはいえ、熱湯ぶっかけられて熱くもなければ痛みもないってこたなかろうし。


 うむ、つまり今日の勝負は痛み分けというところかな。桃様にも回復の時間が必要だろうし、俺の足と心肺機能も心配だし。じゃあそういうことで。


「どこへ参る外崎龍王」


 ふつうに呼び止められた。


 おそるおそる振り返ると、ご両親と娘が蛇蝎のごとくに見下した目をしている。


 ちょ、騙されんなよ。その男は世界を滅ぼす大まおーの手下で俺は勇者なんだぜ? 一般的な認識では、いきなり体当たりしてきて娘を危機に陥れたオッサンと、娘の危険を救ってくれた大恩人ということになるかもしれないが、俺は真実にこそ目を向けてほしいんだ。


 いや、謝罪のひとつもせずにしれっと立ち去ろうとしたことについては遺憾の意を表したいとは思うのですが。


「あえてどこってことはないんすけど、お取り込み中のようでしたので邪魔にならないとこに行っておこうかな、とか…」


 どこに、というと自宅に、としか言いようがないわけだが。


 ほら、事実として桃様が娘さんを助けたときからついさっきまで明らかに俺は空気だったわけだし、別にいいんじゃない? 駄目? 駄目な理由が知りたい。


「あの、何もお礼できないですけど、早く冷やしたほうがいいと思うしせめてウチ来てください」


 旦那さんは常識知らない非礼なオッサンである俺を無視して、本格的に桃様への返礼に勤めることにしたようだ。ちょっと傷つく。


 いや、君ティラノサウルスに追いかけられたことある? ないでしょ? そしたら誰だって、多少人間として駄目なことしてでも助かろうとすると思うよ? するんだよ、助かろうと。クソがなんだこの敗北感は。


「…ま、それもよいか」


 桃様はというと、俺に一瞥をくれたきり、家族の饗応に応えることに決めたようだ。その視線にはどういう感情の色も伺えず、桃様がなにを考えたのかはわからない。


 だが、ひとまず今日は助かった。


 あばよ幸せ家族計画! せいぜい俺のためにその男を引き止めておくがいい、アディオス!



「ええ…タツオさんが駄目な人なのはわかってたけどそれはちょっとさすがに…」


「まあトノっすからねえ」


 後日。上記のような出来事について、次の桃様の襲撃に備えて、詳細な相談を持ちかけたときのウラシマとシンタの反応がこれである。


 なんだこいつらは? いったい誰の味方なんだ? いっぺん死んだほうがいいんじゃないか? 往復数十キロも殺人鬼と鬼ごっこしてみろこの野郎。ここから助かるなら、身代わりで城東地区一帯に巨大隕石が落下して、あのへんの高級住宅に住んでる小金持ちが生贄として全滅してもいいですお願い神様、とかいう心境にだってなろうってもんだ。


「わかりますう、わかりますですう。謝るチャンスって一度逃すと、謝らないとって思ってても言い出せなくなるものなんですう」


 一言の謝罪もないうちに国中に毒を撒き散らした妖怪がなんか言っている。さすがにお前と一緒にされるのは心外すぎるのでやめてもらいたい。


「タツオさんもこれでわかったでしょ? 桃太郎さんは付け焼刃の一夜漬けでなんか対処法があるような相手じゃないって」


 ぐうの音も出ない。


 まさに無限に転がる人間大の巨大鉄球に延々と追い回されるような体験だった。抵抗などしようもあるはずがなかった。


 しかしなんであるか、だからといってそれでは俺に執行日を待つ死刑囚のように、Xデイを座して待てとでもいうのか。冗談ではない。


「そんな根本的な話はいまさらしてもしょうがないんだ。どうせお前らに戦力としての期待なんてまったくしてないんだから、俺が聞きたいのはそんなことじゃないんだ」


「ひ、ひどいですう」


「そんな言い方ないんじゃないかなタツオさん。元はといえば身から出た錆びでしょ?」


「じゃあお前ら手伝ってくれんのかよ対桃様戦」


 三者三様三方向にクソどもがふいっと顔をそらした。人の命がかかってるのに、どうだろうかこの態度。


 20も年下の女の子二人と完全なる一般人のシンタに言うことでもないかもしらんが。


「だからあ、俺が聞きたい疑問はな。なんでヤナギダに服従しますつって宣言したのに、桃様は斬りかかってきたんか、ってことなんだよ」


「ヤナギダに服従ってちょっとそれどういうこと!?」


「食いつくとこが違えー…」


 確かにそこらの説明は端折ったが、いいじゃねーか現にいま別にヤナギダの部下になったわけでもなんでもないんだし。なんでこいつはこう済んだ話にこだわるのか。まるで女の腐ったようなやつだ。


「そりゃあれじゃないっすか。やっぱ部下として〜なんて甘っちょろい話じゃヤナギダ様は許さねえ、何がなんでもぶっ殺せとかそういうことじゃないっすか」


「ぬう」


 やはりそうなのだろうか。そういえば怪奇毒女もこっちに来て俺に会うなり死んでもらいますうとか言ってたな。身柄拘束とかヤナギダの前に強制連行では許されんのだろうか。あくまで俺はぶっ殺されねばならん運命なのだろうか。


 もうやだ。なんでそんな殺伐としてんだよオトギキングダム。もっと夢と希望に溢れてろよ。北欧ブラックメタルなみに血まみれのブタ箱みてーな世界観しやがってクソが。


 そうだよ、いかにやつらがキチガイシリアルキラーの集団であろうが、ここ弘前は俺のふるさと俺の世界じゃねーか。なぜやつらの流儀に合わせて襲われてやらねばならんのか。こっちにはこっちの、俺らには俺らのやり方ってもんがあるだろうが。


 もう怯える必要はない。やってやるぜ。

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