@9の1 『銃撃』
前回までのあらすじ。
桃様と飲みたくもない酒に付き合ってたらいきなり出てきたチンピラに銃撃されたよ。どうしよう!
「火葬場送りにしたらぁぁぁあああ!」
ウラシマと出会ってからこっちというもの、俺の毎日は痛い思いや危ない思いのオンパレードだった。それは確かにそうだが、実銃使ったハジキの現場に巻き込まれるとか、いくらなんでも非日常極まりすぎじゃないのか? もっとこう引くべき一線というのがあるのじゃないのか? なんぼこうなにかあるととにかく能力バトルに発展する、血の気が多すぎる少年漫画ばっか愛読してるような人種であっても、不思議な世界で不思議な力で不思議バトルをするのは好きでも、いきなりヤー公と殴り合いしてこいとか言われたら、「バトルができる! バトルができる! いいーっやふうー!」とはならんだろう。それがつまり線引きというものだ。
神のものは神へ。カエサルのものはカエサルへ返しなさい。
異能バトルが好きな中二くんはジャ○プ読んでればいいし、鼻血噴出して顔面膨れ上がるようなリアルな喧嘩が好きな子はチャンピ○ン読んでればいい。そしてどちらも好きじゃない僕のような人種からはあらゆる争いを遠ざけなさい。いいですね人の子よ。約束ですよ。
だからこういう出来事は竹○力とか哀○翔を最高にかっこいいと思えるような人たちの間で済ましてくれませんでしょうか。この平和なムーミン谷に、なに住む世界の壁を飛び越えて銃弾ぶちこんでくれてんの?
「弾が跳ねるぞ。千鶴子、タツオ、そのまま隠れておれ」
誰が出るか! とは言わないが、桃様が責任持って対処してくれるっていうならもちろんなんとかしてもらおうじゃないか。ていうか、よくよく考えるとこの事態の責任は100%まじりっけなし完全に桃様にあるんだった。なぜ俺は一瞬でもさすが桃様頼れるうとか思ったのか。
くっそ騙された。これだから大物風吹かせてる人種つーのは嫌いなんだ。いかにも『この俺ほどの男がお前ごときのために骨を折ってやる』って態度で、ぜんぜん大したことしてないか、もしくはやって当然のことをやってるだけなのに恩に着せてきやがるのだ。そして俺たちのような人としての格がミジンコの下層民はべつに向こうで恩に着ろなんてゆってないのに勝手に感激して恩義に思うのだ。ことほどかように人間とは自ら望んで奴隷の鉄輪を自分の足にはめたがる生き物なのだなあ。
なんか極度の緊張と恐怖のためか、頭がふわふわして思考がまとまらないぞ!
よしっ桃太郎なにするものぞ。偉そうに命令しやがって。こんなとこに隠れてられるか、俺は今すぐ逃げるぞ!
と、俺が不用意に立ち上がったのと、急に動いた俺に反応して、チンピラの銃口がその切っ先をこちらへ向けたのはまったく同時であった。
そして凶弾が放たれる。その行き先は、当然。
あ、死んだわ俺。なんで立ったんだろう? いわれるままに隠れてれば、とりあえず桃様を撃ってチンピラは満足したかもしれんし、少なくとも桃様が倒されるまでの時間は命がつながったのに。外崎くんは馬鹿だなあ。
迫る死の瞬間に、思考が妙に冴え渡って、時間の流れをスローモーションのように感じる。その貴重な時間を使って生き残る算段じゃなくて、アホみたいな後悔をしてるところがワープアおじさんの程度の低さといえよう。すごく悲しい。
「やれやれ」
やおらのことである。
俺の視界いっぱいを、ピアニストのように繊細でありながら、野球のグローブのように大きな手が遮った。
その大きな大きな手のひらは、直後に俺の顔面に食い込んで砕くはずだった銃弾を、はたき落とした。
え?
「…え?」
「…は?」
「え、いま、え?」
命が助かった俺と、銃を撃った当人と、当事者でないおかげか、ほんの少しだけ冷静っぽいチンピラ二号。三人それぞれに絶句した。
撃った当人は特に目をしばしばさせて、今見たものがなんなのか理解しようと努めている。
マジか。
いまこの人、確かに鉛弾を叩いて落としたよね…? すぱーんて。ピンポン玉を手ではじくみたいなお気軽さで。素手で。
思わず。
チンピラ二人と、アイコンタクトしてしまう。
見た? 見た。
ありえなくね? え、幻覚とかじゃなく? いや実際この目で見た。
なにそれマジック? どういう仕込みすればモノホンの銃弾を手で叩けちゃうの? マジシャンすごくね? もう総理大臣とか大統領のSPはこれから全部マジシャンにすればいいんじゃね? お前頭いいな。照れるわ。
以上のようなやり取りを、目線だけの以心伝心で行ったあと、チンピラ二人だけでなく俺も含めた三人で一斉に青ざめた。ちょっと青すぎるくらい真っ青だ。スナックの不健全で薄暗い照明の下に、人の形をしたペプシ缶が三本生えたっつー感じだった。
「さ、猿ちゃん。これは駄目だって。本当の本当にやばいやつだって。なあ頼むから、頼むから逃げよう」
「お、おう」
完全に戦闘意欲をくじかれたチンピラ一号が、二号に肩を押されて逃げに入る。
一目散にドアが壊れた入り口へ殺到した二人組みだったが、しかしそのまま逃走することは叶わなかった。
「なかなか見事な戸じゃが、それをまた見事な壊しっぷりじゃ。これを直すとなれば生半の修繕費で済むまい。おぬしら今日はいくら持ってきた」
思わず、隣を見て、店の入り口を見て、また隣を見た。
いねえ! あれ!? さっきまで隣にいたよね!? なんであいつらの退却を塞ぐように入り口に立ってんの!?
俺はいま直接の被害者じゃないからこの程度のびっくりで済んでるが、まさに現被害者たるチンピラ二人の恐慌は哀れなほどである。
「…うわぁぁぁあああ!? ワープしたぁぁぁあああ!?」
「ば、ばけもん! ばけもんだぁぁぁあああ!」
へたりこんで泣き喚くチンピラ’ズに目線を合わせるようにしゃがみこむと、桃様は親指と人差し指でわっかを作り、それをチンピラ一号の顔に突きつける。愛嬌あるジェスチャーだが、あくまで無言でそれをやるところがとても怖い。チンピラはもっと怖いだろう。あ、しょんべん漏らした。
「今日は人殺しに来たから財布持ってないんですううう!」
「裸に剥いて確かめてよいか?」
「ほんとなんですううう! 許してください! 殺さないでくださいいいい!」
一号の狂乱は半端なものではない。しょんべん垂らして顔中を涙や鼻水や涎でべしょべしょにしながら、桃様の靴にすがりついてべろべろ舐めだした。すごい有様だった。人間マジで命がかかると、尊厳なんてケツ拭いた紙のように捨て去れるものなのだなあ。
桃様は無表情で一号の顎を蹴り上げた。一号はコトリと首が折れて静かになった。え? 死んだかな?
「嘘偽りなき様子によって特に許しつかわす。疾くこれを連れて此方より去ね。が、覚えておれよ。バサラを気取るのであれば己がしたことの尻拭いに用立てる金子くらい持ち歩かねば男子の面汚しぞ」
桃様は鼓膜に染み付くような低音のオ○○コ濡れ濡れボイスで、二号に噛んで含めるがごとくこのようなことを仰られ、開放された。二号は何回も桃様に頭を下げながら退店した。
「千鶴子。手を出せ」
千鶴子さんは奴隷のごとく従順さで、桃様の手招きに引き寄せられた。
桃様はその手に、自分の懐から取り出した財布や福沢をまとめてどさりとお乗せになった。
「迷惑料としても心もとないが、これ以上持ち合わせがない。また遊びに参るゆえ許せよ」
「桃様あ…」
千鶴子さんが手の上のものを握り締めて茹蛸のように真っ赤になる。やべえ、このばあさん生理再開したんじゃねえの…。桃様に限ってはそんなミラクルを起こしそうで怖い。
「さてタツオ」
「はい」
「次じゃ」
「はい。はい?」
次? こんなことあったんだし解散の流れじゃないの? マジでおっしゃってんの? ホワイ? だが、俺の返答を聞きもせず歩き出した桃様の影を追わないという選択肢は無論俺には取れなかった。
そして俺はこのとき知らなかった。こんだけの大事件と思ったのに、桃様と連れ立つ夜においてこんなもんは序の口でしかなかったのである。
※
「そのあと飲み屋6件くらいハシゴしたんだけど、その全部で襲撃されてな。店どころかしまいには店から帰る移動中の路上で襲われたんだけど、これがもう」
知ってるかみんな。ワゴン車ってドスで切れるんだぜ。え? 刃渡りがどう考えても足りない? 知らねえーよそんなの。実際に切れちゃったんだからしょうがねえだろ! すぱっと真っ二つになっちゃったんだよガラス全面黒系スモーク貼りの、桃様目掛けて突っ込んできた黒いワゴン車!
運転席と助手席できれいに泣き分かれして、車体の片方はそのまま交差点をしばらく走り、片方は商店の壁にぶっこんだ。空気に身を晒して二輪車と化した車体で走りながら、ドライバーの顎が胸まで落ちていた。そりゃもう魂消たことであろう。俺も同じ顔になった。事件を目撃した通行人も全員同じ顔になった。
で、自動車にバンザイアタックされるというアメイジングに遭遇し、それをヤッパ一本でぶった斬るという漫画的展開で切り抜けた桃様は、そういうことが一切起こらなかった様子ですたすたと歩き出したのだからついていけない。
背後では桃様の手にかかって二つに増えた車がどっちも爆発炎上してるのにだ。「次は鳥が食いたいのう」じゃねえんだよ。振り返れよいま自分の仕出かした出来事を。
「とまあ、桃様というのはそういうお人なわけだよ」
「ええ、外崎さんよりずっとよく存じ上げておりますとも。それではよろしくお願いしますね」
「できるわけねえーだろ!?」
所変わって俺が語りに語ってたこの場所はオトヒメさんのマンションなわけだ。こないだの店のオーナーに世話された雑居ビル内の謎の豪華部屋ではなく、駅前のセキュリティ完備な高級マンションである。
リビングとキッチンを隔てるカウンターテーブルには、ずらりとカミュとかドンペリとか飲み屋でホストやホステスの課金ガチャ回すときしか使われない系ドリンクが整然と並んでいて、なんか生活レベルの差という言葉では表現しきれない禍々しい何かを感じずにおれないのだが。
なんで俺がそんな来たくもないオトヒメハウスに居るのかというと、ウラシマと違って魔力とか儀式が必要ないオトヒメさん一流の召喚術で召喚されたからである。つまり電話一本で「今すぐ来ないとお前のこっから先の人生が保障できない」的なことを言われたので、取るものもとりあえず飛んで来たのだ。地下空間で稼いだ宝石類の換金でお世話になってるという以上に、裏社会に通暁しすぎた現在のオトヒメさんに逆らうなんて、ザ・一般人である僕には恐ろしすぎて想像もできないです。
ところで久々に会ったオトヒメさんは思わず「何ミリ?」って聞いてしまいそうになるほど分厚くなっていた。妖怪眉なしお化けはまだ冗談の範疇だったけど塗り壁となると完全に妖怪だよな。
「…」
「やめて。胸のうちの独白を勝手に読んでキレないで」
俺をぶつべくオトヒメさんが手を振り上げたので、俺は亀のように防御体制を取るのであったがピーカブー。
「つーか冷静になって考えてくれません? 桃様を倒せとか言葉にするとたったの5文字だけど、辞書で引くと同音異議の別の言葉に変換できるんですよ、知ってます? 例をとると『陸橋から最高時速出してる新幹線に飛び込んで死ね』とか『50キロの重しを体中に巻きつけて日本海にスキューバしろ』とかと同じ意味になるんですけどわかってます?」
「そんな馬鹿な辞書はないと思いますが、私の依頼を断るなら外崎さんが社会的に死ぬだけですよ。先日外崎さんの口座に振り込んだお金ですけど、まったく資金洗浄してないので」
「え?」
「え? じゃありません。ロンダリング一切抜きでとりあえず振り込んだだけのお金ですから、こちらで然るべき機関に密告したら外崎龍王36歳、目出度く前科一犯ですね。おめでとうございます」
「おいおいおい。マジでそれ? それマジで? いや、お金のやり取りをした後でそういうこと言い出すのってルール違反じゃないの?」
「私にルールなどあるとお思いだったんですか?」
答えはノーなので、俺はぐうの音も出ない。そもそも取引相手がオトヒメさんしか居ない以上は、どんだけ足元見られたクソ条件だろうと文句もいえない立場なのであった。しかしそれにしては妙に公正なレートで換金してくれたことを訝しむべきではあった。手数料が全然かかってないのだからそりゃ利益もあがる。というかこれは、裏の取引商にダブついてた後ろ暗い出所のカネを俺に押し付け支払いとしたということであろう。つまり俺がまさに資金洗浄の道具にされたのだ。
「きたねえ真似しやがってこの塗り壁ババア」
そりゃないですよオトヒメさん勘弁してくださいよお。
塗り壁の手刀が俺たちの間にあったテーブルを叩き割った。
…そんな腕に覚えがあるなら自分でいけばいいじゃない?
「いや、いくら脅されたってですね、無理なもんは無理ですよ。銃弾をぺしっつって叩き落としたり、ほあーんつー感じで軽ーくドス振って車を両断できる人と何がどうやったら勝負になるの? そりゃ犯罪者になるのは嫌だけど、どう考えても死ぬよりゃマシなんですが」
「…はあぁぁぁ」
俺の決して折れない曲がらない不退転の拒否姿勢に、さしものオトヒメさんもため息ひとつで二の句が告げないようだ。また勝利してしまった。敗北を知りたい。
「外崎さんは相変わらずどうしようもない人ですね。彼の爪の垢でも煎じて飲ませたいです。じゃあ仕方ないので、条件を緩和してあげます。せめて桃太郎さんが無分別な暴力や窃盗を働かないようにしてもらえませんか? 最近めっきり鍛治町に客足が遠のいてみんな迷惑してるんです」
彼って誰だよ。シュウヤさんかレンくんか知らんけど、相変わらずお熱の様子だ。
そして鍛治町的表現が入ったので我々一般人にもわかりやすい言葉に直すと、相手が悪党だろうと暴れさせるな。飲み屋に一番カネを落とす上客はヤクザやチンピラなんだから、奴らの財布を守れ、とこうである。
無理である。
オトヒメさんの要求は、サメに向かって「お前が食ってるのは大切な海産資源だからもう食うな」と説得しろというに等しい。
考慮の必要もなく無理である。
世の中の当然の法則もようわからん女というのは相手するのも疲れるなあ、と俺が鼻くそをほじっていると、胸倉を掴み締められ、締め上げられた。すいません、待ってください。苦しいんです。苦しいんです!
「いつまでもブルってんじゃねえぞダボ。本当はアキラくんの仇取れっていいてえのをお前のレベルに合わせて楽な仕事にしてやってんだろうが…桃太郎じゃなくて私の手で一生終わらせてやろうか? あ゛?」
うすうす予感はしてたけど桃様に敵対する理由が完全に怨恨だった。あまつさえまた男が変わってた。そして絞まりすぎで視界が暗くなってきた。助けてくださいなんでもしますから。




