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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
イントロダクション
2/65

@1の2 『そんなことより酒呑みに行こうぜ』

 翌朝、というか異世界召喚事件が起きてから昼前まで飲み屋のハシゴして、さらにそこから河岸を俺のアパートに変えて宅呑みに呑んで、呑みに呑みまくった、その次の日の朝。


 いやあ、実に呑んだ。痛飲というほどに呑んだのは何年ぶりだろうか。シンタのやつが「もう勘弁してくださいよお、死んじゃいますよお、今日のトノおかしいっすよお!」とか泣き言抜かすのを引きずり引きずり、シンタの吐いたゲロが全部アルコールになってたってくらいまで呑んだ。俺はといえばその10倍は呑んだ。


 いや呑んでも呑んでも限界も天井も一向訪れず、まるで20代中盤の一番体力あって酒にも馴れたあの時代が戻ってきたかのような我ながら恐ろしくなるほどのうわばみっぷりだった。


 体と胃袋は底なしになってるし、あんな自分の正気を疑うような出来事があったしで、こんなおかしな記憶は酒の力でぶっ飛ばそうと思って体液が全部アルコールに変わってんじゃねえのというくらい、ガッパガッパ呑んで出して呑んで出して呑んで出してして、さすがに同行のシンタの顔色が本当に生死の危険を感じるほどの青さになってきたので、そこで切り上げた。


 というかシンタがピクリともしなくなったので、シンタを放置して俺一人でもっと呑んだ。


 気がつけば日付が変わろうかという時間になっていて、そういえば俺前日の仕事から二日完徹で寝てねーわと悟ったのでさすがに寝ることにした。


 そして目覚め。


 俺はここで、人生でこれ以上の体験は一度もないというほどの感動に包まれていた。


 小鳥のさえずりが小うるさく、完全に朝。しかし電気もつけてない室内は薄暗く、俺のベッドの隣には毛布にくるまったシンタが変わらず青い顔で脂汗を浮かべながら、「いっそころしてくでえええ…」とか情けなさ極まることを言って転がってるわけだが。


 そのザマを見て、俺は恐ろしい事実に思い至る。


「おお…おおお…マジかあ」


 頭をぐるんぐるん振った。


 なんともない。


 今度はヘビメタのライブばりのスピードでヘッドバンギングだ!


 なんともない。


 どこも、痛くない。吐き気も、寒気もない。


 二日酔いが、ない。あんなに呑んだのに。


 俺は泣いた。


「あ…ありがとう異世界…魔法とか超能力とかそんなもんのありがたみによもやこの年で触れることになろうとは…」


 神の実在を確信した瞬間であった。


 だいたいうわばみというなら、いま目の前で酒臭い芋虫としての生命を全うしようとしているシンタくんこと今慎太郎こそ、俺がもういいよお前が若いのはわかったよすげーよお前はいったいどんな神経してんの? と泣き言をいうまで毎回毎回三件も四件も連れまわしてくれる腐れうわばみ野郎なのである。


 そんだけ呑んだくれても翌朝にはケロッと起きて元気はつらつ「ちょっとちょ

っとトノー、だらしないっすよ。まだ老け込む年じゃないでしょー」と、頭痛と格闘しながら死にそうになってる俺に向かって労わるどころか煽りを入れてくるゴミ野郎でもある。


 それがいま、この状況はどうだ。


 人生の敗北者然として無様に横たわるのはシンタであり、小鳥さんたちのさえずりにニッコリ微笑みを浮かべてしまうほど爽やか無双の目覚めを迎えたのは俺とは。


 やはりあれだろうか。日ごろの行いだろうか。毎日一生懸命働いたから神様が見ててくれたんだろうか。二日酔いもない。悪酔いもしない。およそ全世界の酒飲みが、財産の半分を差し出しても欲しい能力だろう。人生最高のプレゼントです。何教の神様だか知らんけど帰依します。南無阿弥陀ーメンインシアラー。



 ひとしきり感動を満喫した俺は、シンタを部屋に打ち捨てて出勤した。ちなみに昨日はもちろん休みではない。人生初の無断欠勤というやつであった。我ながら不思議な出来事に見舞われすぎて、頭がふわふわしてたみたい。テヘ。


 まあ勤勉にも帰宅直前の真夜中すぎまで在庫整理やなんやでお仕事してたおかげで、一日くらい俺が居なくてもまあ現場回るべ、品出しもそんなないしーみたいな状況ではあったわけだが、それにしても無断欠勤ですかあ…。屑ですなあ…。


 さっきまでの爽快な気分が一瞬で蒸発してしまった。


 まあ、なるようにしかならないよ。時間戻せるわけでもないしさあ。


 というわけで、俺はちょっとかしこまりながら店の裏口をくぐったのだが。


「あ! トノきた! なんなんだよあの石像!?」


 主任がキレていた。石像?


「おはよーございます。昨日は申し訳ありませんでした。で、石像ってなに?」


「とぼけんなよ! あれのせいで昨日サボったんじゃねーの!? いま休憩室に運んであるけど、絶対心当たりあるだろ!」


「はあ?」


 ちょっとちょっと、いくら温厚で鳴らした外崎さんでもそいつは看過できねえぞ。俺が彫刻家に見えるん? どっから見てもエプロンと笑顔が似合う優しいスーパーの店員さんじゃん。


 軽くムカつきながら若くしてボケたかこいつと思いつつ休憩室を覗き込んで、俺は言った。


「なにこれ!? マジ石像じゃん! 主任の私物?」


「なわけねーだろ! え? ほんとに知らんの? いや昨日の朝に店きたらなんか裏口に突然あってさあ…おっとい最後に店出たのトノだから、ぜってー知ってると思ったんだけどなあ」


 もちろん知ってます。


 完全に忘却の地平に追いやってたが、見慣れた休憩室の一角に違和感バリバリで直立するそのオブジェクトは、まぎれもなくウラシマ少年であった。


 …やっべえ。スーパー深酒タイムを通り越してすべてはゆめまぼろしのまほろばに消え去ったつもりでいたのに、とんでもねえ不良債権が俺の現実にのしかかろうとしている…。


「えー…トノが知らねえんならほんとに何なんだろこれ…気味わりいなあ…。こういうのってどうなんの? 連絡したら市が引き取ってくれんのかな? もしかしてうちの店で金出して廃品回収頼まないと駄目か?」


 瞬間、何年洗車してねーんだよって感じの汚ねえ大型トラックに乗せられ夢の島ライクなロケーションに運ばれて、ガラガラと他のゴミと一緒に投機され、そのまま儚く砕け散るウラシマ少年の未来を俺は幻視した。


「いやいや…いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。ちょっと待って。あんま結論を急がないほうがいいよ主任。もしかしたらこの石像を我が子のように愛する誰かが居るかもしれないじゃあないか」


 具体的にはオトギキングダムとかいう異世界の王様夫婦とか。


「そんなもんが仮に居たとして、じゃあなんで人の店の裏口なんかに放置してんだよ。鍵つきの倉庫にでもしまっておけやそんな大事なもん」


「いやいやマジで見ろよこの表情。すげー間抜けなツラだけどどっか愛嬌があるよ。これは生半可な彫刻じゃねーよ素人の俺でもわかるよまるで生きた人間を石にしたようだ。あたたかみすら感じるぜ」


 その製造現場に立ち会ったというか、むしろ製造者本人である俺が言うんだから間違いはない。


「あたたかみあるか…? 恐怖で凍りついた表情に見えるんだけど…。つか、そんな立派な代物ならなおのことコエーよ。なんであんなとこに放置されてんだよ」


「深い事情があるのかもしんねーじゃん? やむを得ぬ突然のドラマってのは誰の身にも避けがたく襲い掛かるもんなんだよ!」


 そう、たとえば昨日いきなり異世界に拉致られた俺や、乗り込んだ世界で突然石化させられたウラシマ少年のように。


「どういう事情があってもそれを俺らが知る方法はないし、そもそも今現在知らんものをわざわざ調べる義理も無いんだから、ゴミに出す以外のアンサーがないだろどう考えても。つーか、やっぱお前知ってない…? なんで見も知らん石像のためにそんな必死になってんの」


「ひとつも知るかこんなもん!」


 主任の疑いが当方を向きかかった気配を察知した俺は、すかさず足先を揃えた美しいドロップキックを見も知らん石像に叩き込んだ。


「いやよく見たらクソだわこの石像。邪悪そのものの面構えだわ。たぶん悪魔の像じゃねーの? 人の人生をめちゃくちゃにする系の役割を持ってるアレに間違いねーわ。下手に触ったら呪われるかもしんねーから俺が後で片付けとくし主任は主任の仕事に戻ったらいいんじゃない? はい雑談終わりー。仕事仕事ー」


 主任の肩を休憩室から押し出しながらの俺の宣言に、ひとつも納得いってない様子の主任が首をかしげつつも出ていくのを見送って、俺は深くため息をついた。


 そして平静を取り戻すとだんだんとムカついてきた。


 いきなり人を誘拐しやがって、しかもそれを1ミリも悪いことと思ってないようなクソバカを黙らせただけであって、俺はなんも悪いことしてないのに、なんで俺がこんな心臓に悪い思いをしないといけないのか。


 しかも、一刻も早くこのクソバカオブジェクトを店から引き離してどっか人目につかないとこに持ってかなけりゃならんというのに、今現在お天道さんは絶賛青空を駆け上がる真っ最中なのである。


 日差しがカンカンと照る日中、人型の石像を持って歩く男。


 考えるまでもなく目立つに決まってる。ちょっと神経過敏のアレがアレしてる人に見つかったら通報されかねない。


 というかそもそも持って歩けるのか? 元は人だが今は石だ。質量とかどうなってんだろう。ふつうにこの大きさの石の重さになったんだとしたらその質量はいったいどこから。


 まあそんなことはいいとしてもだ。


 だからといって、「片付けとく」なんて自ら請け負っておいて、閉店までこいつをこの場に置き続けるなんて選択肢は論外である。主任のみならず店長や同僚連中にもどんな目で見られるかわかったものではない。


 その状況で同僚どもとバイバイして、翌朝店からこいつの姿が消えてたら、どう考えてもその犯人は俺であって、俺は石像を愛するがあまり店にまで連れ込み、そしてまた自宅に連れ帰ったストーンフィギュア萌え族とのレッテルを受けることになろう。どんな新種の生き物だ。そんなことは決して許されない。なんとしても、『俺が片付けた』という客観的な証明は必要だ。


 そこで俺の脳裏に、閃きひとつ。


 ウラシマ少年の説明によるところではあとひとつ獲得できる枠が残っている、超能力。


 あのとき、ざっと見て記憶に焼き付けた、呪文一覧のうちに、この状況を一発解決するものがあった。


 『遮光』。ゲーム的にいうとインビジブル。つまり光の屈折などに干渉して、対象を不可視化するって超能力だ。


 これをかけて、ウラシマ少年を休憩室のなんもない隅っこか、なんなら店の外の誰も行かないような空間に置いといて、店が終わったあと夜闇に紛れて俺んちへ持っていく。


 そしてゴミ収集業者を呼び出し、まったく関係ないものを持ってかせて、いかにも石像を始末した風を装う。


 だがしかし待て。あのときは状況に踊らされ、勢い任せで『異空間転移』『石化』なんてよくよく考えるとなんら使い道のないクソみたいな能力を獲得してしまった。


 おかげであと枠はひとつしかないというのに、これまたこんな場当たり的な状況回避のためだけに、新しい、しかもこれまたここ以外の使い道がまったくなさそうなクソ能力をインストールしていいのか?


 …いいわけがなかった。


 今朝、俺はなにを見たんだ。魔法を、超能力を、そして自分自身の新しい可能性を見たんじゃないのか。あの感動を、俺は忘れたくない。奇跡を。


 そう、この残りひとつの枠は、俺にたったひとつ残された明日を変える奇跡の一手だ。無駄遣いなんて許されるわけがないのだ。


 そういうことだ。


 一分後、俺はタウンページから目当ての番号を探し出していた。


「あー、もしもし津軽クリーンさん? おたくって石材の処分もやってます? いやはい、ちょっとやそっとの大きさじゃないんで。はい、人間くらい。いやマジで。ええ、だからユニックとかクレーン車出してもらわないときついかなって。え? 別料金? はいはいオッケーです。はい、お願いしまーす」


 グッバイウラシマ少年。



「いやー今日の仕事も終わったわー」


「おつかれさまでーす」


「はいおつかれー」


 いかにも、疲れたわー。風な雰囲気をかもし出しつつ肩なんぞ回す俺であったが、実際はこれっぽっちも疲れてない。


 以前なら一日仕事したあとはなんか肩が露骨に重くなって背中にしこりが生まれたような重量感とか軽い痛みがあって、家に帰るのもだりいな歩きたくねえなって感じで演技抜きで本気の疲労感をどうにもできんかったというのに、新生俺、人としてすばらしすぎる…。


 もちろん疲れてないなんてことは口が裂けてもいわないが。うちの会社は働ける人間には働ける分だけいくらでも仕事を増やすという邪悪な体質があるのだ。


 実はうっかり、いつもなら2時間かかってたような力仕事を30分くらいで終わらせちまって(なんせ少々の荷物ならハンドリフトとかいらねーんだこれが)、「うおおおこれが百人力ってやつか…すげえぜ今の俺」と自分に惚れ惚れしてたら、ちらっと見に来た主任に、


 「もう終わったのトノ!? どうしたんだよ今日は! なんか変だぞ!」


 とかいわれて、


「いやー昨日無断欠勤しちゃったからその分頑張んなきゃって張り切っちゃって」


 とか調子に乗ってごまかしたら、


「そっかあ、じゃあこの仕事も頼むわ」


「は?」


 つって仕事が倍に増えたとかいう一幕もすでにしてあったりもしたわけだが。


 それでもこうして、平和に一日が終わったのであった。よかったよかった。


 俺は若々しい力がみなぎる肉体を手に入れ、津軽の夜はおだやかで、秋に向かう空気は乾いて冷たく清らかだ。今日もなべて世はこともなし。気持ちも新たに、俺は明日からも頑張って生きていこうと人生へのガッツを誓ったのであった。


 終わり。


 ※


 アパートに着いて、鍵を開けてドアを開く。


 シンタはとっくに帰ったのだろう(いろいろあって奴はなぜか俺んちの合鍵を持っているが、ホモではない。少なくとも俺は違う)、出迎えるものもない暗闇の部屋だ。


 と思って靴を脱いでいると、前触れもなく照明が点った。


「え? なに?」


「待っていましたわよ外崎龍王!」


「待ってましたよタツオさん!」


 そこには照明器具から垂れ下がる紐を引っ張ったままこちらを指差す古代ギリシャ風装束の女と、変なポーズを取った古代ギリシャ風装束の少年が居た。というかそっちはふつうにウラシマ少年だった。

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