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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
桃から生まれた武士の王
19/65

@8の1 『大豪・桃太郎推参』

「粗茶ですが」


「かたじけない」


 頂点なバリューを誇るブランドの商品なので本当に恥ずかしいほどお粗末なお茶なのだが、桃太郎氏は美しい所作で会釈をくださる。


 正座した姿勢の伸びた背筋が、一本の鉄柱を通したように先ほどから小揺るぎもしない見事さで、まともな作法の教育などない俺たち一同もついつい居住まいを正して、同じ場にあるからには少しでもこのお人に恥ずかしくない態度でなければならん、とこのような気持ちにさせられる。歴史のあるお仏像を拝んだときのような有難さでもあった。


 大柄な体がいっそ匂うような男ぶりで、実にゆかしい武者ぶりであった。


 という有名な漫画の有名なシーンを思い出さずにおられぬ。


 そこに雲でもあって、それを壊さぬようにしているのだ、といわれればさもあろうという気になるほどしとやかな動作で、桃太郎氏が茶を取り、傾け、こくりと喉を鳴らす一連の風景を、その場の全員が固唾を飲んで見守った。


 しばしの沈黙。


 目をつむり、時計の音だけが部屋に鳴るなか、茶の滴りを肺腑で受け止めるようにじわりと味わった桃太郎氏が瞠目して言ったことには、


「うまい」


 目を奪われるように晴れやかな笑顔で、ただそれのみ声に出し、口元を笑み作ったままに二口、三口と飲み進む様子に、俺は耐え切れずシンタに命じた。


「シンタ! 亀甲町行って玉露買ってこい!」


「らじゃっす!」


 いけない。俺はなんということをしてしまったのだ。このお人にこんなものを出すとは、なんと人を見る目もない愚かしさか。してはならないことをした。


 同じ思いを共有したものであろう、シンタも即座に反応して、桃太郎氏に失礼しますと頭を下げて部屋を出る。そうだお茶だけではない。お茶請けもこの方に相応しい最高級品をご用意申し上げねば。俺もシンタの後を追って部屋を出ようとしたところで、桃太郎氏に呼び止められた。


「待てよ主殿。そう手厚くされては俺が返礼に困るわ」


 主殿とは、俺のことだ。外崎龍王は桃太郎氏が狙う標的であるはずが、この部屋に招かれたのでもない慮外の客であるからといって、俺をこの席の席主として、丁重に呼んでくださっているのだ。なんという奥ゆかしさであろう。


 桃太郎氏がそうと望まれるのであれば否やはない。むしろ桃太郎氏の喫茶を埃を立てて遮るようなことがあってはなるまい。俺は桃太郎氏に習って床に正座して、ものいわぬ石となることを己に命じた。


「…いや、いやいやいや。いやいやいやいやいやいや」


「静かにしろウラシマ。大丈夫の御前おんまえだぞ」


「何してるのタツオさん? 完全に位負けしてるじゃん!?」


「位負け」


 俺はその表現の浅慮ぶりに、鼻腔で笑いが弾けることを止められない。位負けとは、せめて比べ得る程度の格差しかない者同士でいうことであって、人と猿とか人とミジンコとか人とクラミジアで位の大小を競うようなことは、そんな発想をすること自体がギャグなのである。


 思えば俺はあまり他人の社会的な偉さ、地位とか、人間的な圧力というものに鈍感な人間であった。正直を告白すればこの年になるまでほぼそんなものは感じたことがない。


 そういう俺が、一目でわかった。


 このお人は、そんじょそこらの人間とはものが違う。格が違う。雲上人とはこういう人をいうものか。それを俺は、言葉でなく、気配によって一瞬に悟らされてしまったのである。


 仮にどこぞの王室の人と同席ということになれば、世の中たいていの人間は畏まるであろう。しかしその畏怖の対象は、彼が背負う国家などの権力・権勢に対するものであって、彼自身を畏れるということはあまりなかろうと思われる。


 桃太郎氏は違う。何も知らされず街角にすれ違っても、平伏したくなるほどの圧倒的な人としての格を備えておいでなのだ。なるほど、王たるものの存在感はこうしたものか、と歴史に現れる、人民から無条件の尊崇を集める名君たちを思わざるを得ない。


「それで、今日はどういったご用件で」


「おう。それよ。主殿の命を貰い受けに来た、と言ってしまえば簡単だが、それではつまらんと思わぬか」


「思います」


 ヤナギダとかいうカスは何を考えているのか。王者に凶手の短刀を握らせるようなことをするとは、物事の道理をわきまえぬにも程がある。


「そうであろう。俺もせっかくに世界の壁なぞ越えたのだ。見ればこちらには左右いずれも愉快なものが引きも切らぬ。物見遊山などしたいものじゃが、どうかな」


「お供いたします」


「ちょっとおっ!?」


 物事の道理をわきまえないカスがもう一匹、喚きちらした。

 

「なに考えてんのさ!? 刺客と一緒に遊びに行くとか! そうじゃなくてタツオさんがしなきゃいけないのはその人への対策を考えることでしょ!」


 俺はうんざりした。


 もう、刺客だとか、戦うとか、そういう次元の話はとっくに終わっている。


 桃太郎氏…いやさ桃様が俺を斬ろうとお考えになったら、そうお考えになった時点で俺の胴体など上下に泣き別れしているとわからんのだろうか。わからんのだろう。馬鹿だから。偽者だから。


 だいたい、桃様にお会いして本当の王者の風格というのがいかなるものか俺はやっとわかった。その悟りの見地からいわせてもらえば、ホスト狂いの眉なしお化けとかポン引きの小僧とかDV狂の毒女が王族を名乗ってる時点で噴飯ものである。こいつらは王族という文字を神棚に飾って謝罪の土下座をするべきだ。


 俺はもはやウラシマに返事してやることすらわずらわしく、冷め切った目でやつの顔を一瞥したきり、いそいそと桃様のお背中につき従うことにしたのであった。


「ちょっと! ちょっと何さその目!? 何そのテーブルの上のナメクジ見るような目! うわ、ムカつくうううぅぅぅ!」


 人んちで地団駄踏んでんじゃねーぞ偽王族。



「おい。おい。悪かったから。謝るから。人の店まで来てフキ○ンちゃんするのやめてくんない? ふつうに邪魔なんだけど。なんか用あるならせめて近所の喫茶店とか行って待ってろよ。あとなんで白雪ちゃんまで一緒に膨れてんだよ」


 二日後、仕事場『スーパーほいど』でのことだ。


 日給40万の男であるこの俺が、仕方なく商品の品出しなどというくだらねー仕事をしてやっていると、ウラシマ&白雪が店に来て、俺が作業してる棚の隣に立ってほっぺを膨らませはじめた。なんの嫌がらせだ。ウラシマはともかく白雪ちゃんにそんなツラされる覚えはまったくないし。


「…」


「…ですう」


 沈黙は語尾になんかつけたら沈黙にならないということを白雪ちゃんに伝えるべきか。


 俺がその重大な命題に思い悩んでいると、主任が来た。より詳細にいうと店内識別名主任である対馬弘大が来た。


「お客様、なにか商品お探しでしょうか?」


「あ、いえ、ごめんなさい、邪魔ですよね。どきます」


 すごい。つい数秒前まで「ボク怒ってるもん!」って膨れっツラしてたフグが、瞬時に申し訳なさげに頭を下げるこの変わり身の早さ。僕にはとてもできない。


「いえいえ。なにかお役に立つことがあればいつでも言ってください」


「すいませんほんとお構いなくう…」


 白雪ちゃんもぺこぺこと頭を下げる。実にオール日本人らしい、謙譲の精神に満ちたやり取りとは思わないか。俺は微笑ましくなってしまった。


「ではごゆっくり」


「「はーい」」


 主任が立ち去ってからしばらく。ぼそぼそとウラシマが話しかけてくる。


「よくできた人だねー。あの人、タツオさんの上司?」


「そうだろ? あれが対馬弘大という俺の上司だ」


 ウラシマの目が点になった。いや誇張でもなんでもなく、三点リーダー出すときに三度打つあれっていうか固有名詞中黒みたいに点になった。そんなに驚愕すべきことだろうか。


「え、ええーっ!? あれがシンタさんを『陸橋からぶら下げ事件』にあわせた!?」


「馬鹿野郎。その事件名は『陸橋から自然転落したら下にちょうど幌トラックが事件』だ。間違えるな」


 たぶん時効だと思うが用心に越したことはない。


「ぜ、全然イメージと違うんだけど」


 そりゃまあ高校時代の弘大みたいな、触れるものみな当たるを幸い轢き殺すみたいなアンタッチャブル殺戮機械が、当時の人格まんまでサービス業やってたら、そんな店に来るやつはいないと思う。地元のちっちゃなスーパーチェーンじゃなくて肉卸売り&買取の専門業者になっちゃう。


 馬鹿話をしていると、なんか気配を感じた。


 ので振り返ると、主任が居た。


「仲よさそうだね。この人らってもしかしてトノの知り合い?」


「あ、はい、外崎さんとはちょっとした知り合いのウラシマっていいます」


「白雪ですう」


 猫かぶったウラシマ&白雪の挨拶を全無視して、主任はおっしゃる。


「さっきから明らかに仕事の邪魔になってんじゃねーか。追い出せよ。午後から三沢さん帰るから昼前に品出し終わらないと駄目だぜ」


 言い捨て、再び立ち去った主任の背を、唖然と見送り二人が言った。


「す、すごい人だね…あれがタツオさんの友達かあ…」


「そうだろ? あれが対馬弘大という俺の上司だ」


「これ以上ないほど完璧な外崎さんの類友ですう」


「うるせえよ」


 余計なお世話であった。



 やっと終わった…くそっシンタの全人生より大切で貴重な俺の昼休みが20分も過ぎてやがる…! どうしてこんなひどいことに…!


「おつかれー。で、なんの用?」


「ですう?」


 元凶どもがなぜかスタッフルームの休憩室にまで現れて、意味のわからないことをほざいた。


「いや、用があるのは君たちでしょ? 俺は今からご飯食べて昼寝するから忙しいのアンダスタン? また後でにしてくんない?」


「何度も言ってるけど私は夜は忙しいからシンタさんのわがままに付き合ってられないんだよね。で、改めて聞くけどなんの用かな? 人のスマホに二日で10回もワン切りしてくれた外崎龍王さん? せっかく来てあげたんだから用件は今済ましてくれない?」


 こいつはもうちょっとオブラートにくるんで秘匿された人の本音というものをオブラートにくるんだまま汲み取る技能を磨くべきだと思う。なぜすべてをつまびらかにしなければ気がすまないのか? 死ねクソガキ。


「白雪なら暇ですよお。なんのご相談ですかあ?」


 三段変速DV機能付き全自動毒女の妙にきらきら期待に満ちた受け入れ態勢はスルーして、俺はのり弁の上のちくわ天を箸で持ち上げたままウラシマに向き直った。俺は安いのり弁のこの青海苔とかシソさえ入ってないちくわ天にダラッダラになるまで醤油をかけて食うのが大好きだ。


「いや、あのさ。なんつーかさ。率直に聞くけど俺死ぬの?」


「死ぬね」


 にべもないウラシマさんのアンサーであった。

 

「…あのね。なんつーかね。一晩寝て冷静にあのときの体験を思い出すとな、あんときは相手のあまりの巨大さに感覚が麻痺して何がなんだかわかってなかったけど、思い返すと俺はあんときずっとティラノサウルスと一緒に居たようなもんじゃねーか」


「そうだよ?」


 人の形をした山と連れ立って歩いてるような気分で、桃様に町を案内してたそんときはとても気分よかったのだ。なんせ桃様と一緒だと、かなりの人ごみでも、モーセの海開きみてーにざわっと人が避けて通るのだ。俺まで王様になった気分だぜ。ははははは。ひれ伏していいぞ下民ども。特に許す。


 なんのことはない。俺の前を歩いてた人が発する、空気が歪むような濃厚すぎる殺意というか殺気というか、いや桃様はたぶんわざわざ自らそんなもの意識して出してるわけでもないんだろうけど、とにかく圧倒的な台風じみた暴力の雰囲気に、弘前市民が恐慌して逃げ惑ってただけだったのであった。


 そしていまさら言うまでもないことだが、その桃様のターゲットは俺であり、いずれ弘前遊行にお飽きになられたら、あの気の弱いやつなら気配だけでショック死しそうな暴力を生々しく具現化したやつが容赦なく俺に吹き荒れることは確定した未来なのである。


「もういまさらどうしようもないし、なにも言わないよ。言っても無駄だし、助けてあげられることなんかなにもないし」


「さすがにオトギキングダム最強の伝説を前にしたら白雪も何もできやしないですう」


「うう…」


 オトギキングダム最強の伝説て。御伽噺の世界のなかでぶっちぎり最強ナンバーワンってことか。呂布か。死ぬわ俺。


 死にたくないよお…。


 しかし、桃様とのあの日の邂逅を思い出すだけで、そこから俺が三枚に卸されたり千切りにされたりミンチにされたりする姿が容易に想像できるのである。


 …なんか桃太郎の弱点とかないかなあ。


 ちくわを噛まずに飲み込みながら、スマホで桃太郎を検索する俺を、ウラシマ&白雪ちゃんは末期がん患者に対するどういう態度を取ったらいいかわからない家族のような目で見るのであったが。


「なんで裏に部外者入れてんだよお前は。つーかさっさと飯食って寝ろよ、いっつも昼寝しなきゃ働けないとか言ってるくせに。あとお前ら、関係ない奴はさっさと出てけよ」


 軽く釘を刺されてウラシマがむっとしてるが俺は悪くない。スタッフオンリーの場所に勝手に入ってる奴らが悪いのは確定的に明らかだ。


 俺に遅れること15分、いっつも昼休憩は20分くらいしかしない男、ファナティックワーカーホリック対馬弘大が出現した。


「飯も食わないでなに見てんだよ。…桃太郎? なんで桃太郎?」


「いやあ…」


 なんて説明すりゃいいんだろう。なんで桃太郎? いやほんと、なんで桃太郎なんだろう。なんで俺はこの平和な現代の日本で桃太郎に殺害されかかってるんだろうか。冷静に考えると意味がわからない。頭の悪いやつが3秒で思いついたホラー小説のようだ。


「はあ…」


 そのまま、しばらくその場に沈黙が訪れた。

 もぐもぐと咀嚼音だけが響くなか、チキンカツサンドをほとんど噛まずに飲み下した弘大がぼそりと言った。


「桃太郎つったら日本人の指折りのヒーローみてーなイメージだけどさ」


「おう」


 そういわれれば、そうかもしれない。


 いや日本人のヒーローってフレーズで俺が先に思いつくのは、最多安打のメジャーリーガーとかホームラン世界記録のキングとかトルネードなピッチャーなんだが、そういう変化球抜きにしても東郷平八とかヤマトタケルとか坂本龍馬とかのがヒーローレベルは高いように思う。


 御伽噺ってことを考えないにしても、なぜか桃太郎にはあんまりヒーローってイメージがない。人々を困らせてた鬼退治をした紛れもないヒーローなのに。なんでだろう。


「昔っから思ってたんだよな。桃太郎って、鬼が島の財宝を自分ちに持って帰って、自分のジジババと幸せに暮らしたってエンディングだろ」


「そうだな。いや、それなんかまずいのか?」


「…」


 いまいち話が見えない俺に対して、ウラシマと白雪ちゃんはちょっと気まずそうにしてる。ん?


「いや、それって全部、もともとの所有者がいる盗品だろ? 元の持ち主に配って歩くとか、司法機関に預けるとかじゃなくて、なんで自分家に持って帰ってんだよ?」


「あー。言われてみれば。それってあれだな」


「そうそう。桃太郎ってぶっちゃけさ」


「「強盗専門の強盗」」


 俺と弘大の唱和が妙に寒々しく休憩室に響いた。ウラシマ&白雪はあちゃーって顔をした。


「御伽噺ってんな感じで無茶な設定とか筋書きなこと多いよな。やってること全然ヒーローじゃない奴がヒーロー扱いだったり、人に危害加えた害獣がそのまんま放置されたり」


「まあ言い方悪いけど子供だましなとこはどうしてもあるだろ」


 桃様の話で顔をそらしてたウラシマたちが私たち怒ってますって感じに睨みを入れてくるが、安心しろ。お前らの世界は子供だましどころか大人殺しだ。


「はー。現実もそのくらい何やっても許される世界ならなあ」


 許される世界なら何なんでしょう。誰あろう弘大くんが言うととても洒落にならない行間を伴う発言なので二度とやめたほうがいいと思います。


 弘大はつまらなそうな顔で缶コーヒーの残りを一気に飲み干し、握りつぶした。スチール缶がくしゃっとちり紙のようになる。縦にだ。齢36・対馬弘大。異世界能力を得た俺でもなんでか勝てるビジョンがまったく見えない、日常に潜む怪物であった。

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