@6の1 『異能生存体・今慎太郎』
「あ」
「いきなりなに? どうしたのさ」
隣でWeeVのリモコンを握ってるウラシマが即座に反応してきた。
画面のなかでは俺の操る王子様系キャラが、ウラシマの操るふわふわスカートのお姫様に傘攻撃でホームランされて、場外へ向け一直線でかっとんだところである。あ、端っこ掴みそこなった。駄目駄目駄目あー。落ちる。
「いや、大変なこと思い出した」
「タツオさんまたその手? ゲームくらいフェアにやろうよ、なんですぐ注意そらしとか姑息な手を使おうとするの?」
「ば、おめー誰が姑息なんだよ大人に対して失礼すぎんかね君い」
「ただの事実じゃん! よっ、もう一発」
他の2キャラにはわき目もふらず、復活した俺のキャラの無敵時間が切れるのを待ちきれないように一直線でお姫様が突っ込んでくる。
「えい、えい、えい、くらえっ」
「おい、おい!? 俺のアルスのHPがコンボ一発で100%越えたんだけど!? なにそれチートじゃねえの!?」
少なくとも十割ではある。これが普通の格ゲーなら封印を要求するところだ。
「ふつーにあるコンボですー。まあ入力の余裕が2フレームしかないとこが3連続であるから出来る人ほとんどいないらしいけどねー、へへへっ」
それは普通のコンボのうちに入らない。なんだ入力余裕が2フレームて。ほとんどいないどころか世の中に他に入力成功したやつはいるのかそれは。
「つまんねーゲームつまんねーくだらねー野球でも見よっと。今日はNHKでナイターやってる日だ」
「ナイターもいいけど、大変なことってなんなの? やっぱりただのブラフだったんじゃないの?」
「あ。あー。やっべ、またそのまま忘れるとこだった。いやほんっと大変なんだよ」
「だから何さ」
「シンタって誰か連れて帰った?」
ぽとりと。
ウラシマがWeeVリモコンを取り落とす。
「いや、あいつ筆まめつーかLINEマメつーかさ、二日と空けずにしょっちゅう連絡入れてくるやつなのに、なんかここ3日くらいLINEにいねーんだよね。っかしーなーと思ってたら、そういや高照神社の地下から上がってきたとき、シンタが一緒にいた記憶がねーんだよ」
「あ」
「あ?」
「あーーーっ!?」
うっせ! 至近距離でいきなり叫ぶなや!
絶叫したままアホのように口を開けっ放しでわなわな震えるウラシマの様子を見るに、どうやら俺の心配は杞憂ではなかったようだ。
「忘れてたー!? ちょ、ちょっと! 大変だよタツオさんどうしよう!? すぐ助けに行かなきゃ!」
「まあそもそもあいつってあのときあの場所に居る必要がまったくない人材だったからな…」
なんで着いてきてたんだろう。もちろんなんの戦力にもならなかった。それどころか一瞬で気絶したので賑やかしにすらなってなかったという。
「すっかり忘れてた私も悪いけど、タツオさんなんでそんな落ち着いてるの!? 友達のこと心配じゃないの!?」
「心配…まあ寒くて痛くて腹減らしてるだろうから可哀相だとは思うけど」
「死ぬっていってるの! タツオさんと違って正真正銘ただの人間なんだよ!?」
おお…ウラシマ少年が他人のためにキレている…。わかってたことだけどこいつって結構熱いハートの持ち主だよな。まあ、しかしだ。
「正真正銘ただものじゃないから絶対死んでないって確信してるんだけどな俺は。というか生存能力だったら奴より俺のが間違いなく下だし」
「はあ…? いったい何言って…」
「まあ神社に行く道すがら説明してやるよ」
※
今慎太郎にその『異能』が発現した最初の事件は、9歳のとき起きたという。
当時、慎太郎少年が住んでいた市営住宅に火災が発生した。火元は会社を首になって妻子に逃げられた男の焼身自殺。同じ住宅の入居者を巻き込む気満々だったらしく、深夜も深夜、夜中一時すぎに凶行に及んだ。たまたま飲み会から深夜帰宅した住民が異常を発見、ただちに通報するとともに入居者全員を起こして回ったことで、自殺者当人以外に犠牲者はなかった。
と一時は思われていたのだが、命からがらの脱出の大騒ぎが落ち着いてみると、一人の子供の姿が見えないことが判明した。狭い市営住宅に両親祖父母と子供3人の大家族だったことが災いしたのだろう。両親と祖父母はお互いどちらかが慎太郎少年を連れ出したものだと思い込んでおり、少年は明らかに燃え盛る住宅内に置き去りにされたものと思われた。
両親祖父母ともに半狂乱となって火のなかへ飛び込もうとしたが、周辺住民と駆けつけた消防隊に押しとどめられ、絶望に暮れて夜空を朱に染める火を見ているしかなかった。
無事を喜んでいた住民たちの間に、状況を察して重苦しい沈黙が立ち込める。誰もが祈る思いで、鎮火を待った。
おおかたの火は消し止められ、くすぶる煙がぶすぶすと空に昇るばかりになったころ、崩落の危険があるから危険だと止める消防隊員を振り切って、両親と祖父母が元住宅だった消し炭に突進する。父親が息せき切って蹴り開けたドアの向こうで、なんと、子供の泣き声が響いているではないか。そこには、ススで顔を真っ黒にして全身濡れ鼠の慎太郎少年が、元寝ていた場所に座り込んでわんわんと泣き喚いていたのだ。冷たいよお。家族は、安堵するやら呆れるやらであったという。
「…部屋じゅう火に巻かれたんだよね?」
「状況を聞く限りじゃそうとしか思えないんだけど、なぜか奴は生存したわけだ」
このあと、慎太郎少年の身の上には、『居眠りダンプに歩道上で突っ込まれる事件』『避難訓練の仮設滑り台みたいなアレが根元から折れる事件』『トンネルの崩壊に巻き込まれる事件』『屋根からの落雪とつららの塊に埋まる事件』『凍り付いて巨大滑り台と化した急坂のてっぺんから根元まで猛スピードで滑った後に、その向こうの崖下へ勢いよく放り出され事件』などなど、そのどれかひとつでも死人が出てないとおかしい数々の大事件が襲い掛かるわけだが、そのすべてにおいてほぼ無傷で生還している。
奴があの年で頭をはったきたくなるほどに自分の可能性を信じてるのも故無いことではないわけだ。
俺と弘大が繰り返し繰り返し、油断するとニョキニョキし始める杭を叩き潰したことで、シンタの感覚はどうにかいま人並みの水準を保っているが、そうでなければ「俺はリアル現人神っすよ」とか真顔で言い出して白い壁の病室に永久入室してたかもしれない。
「へ、へー。いや、でも、偶然の偶然の偶然の偶然の偶然かもしれない、よ?」
「サイコロ振って二回連続で6引く確率は36分の1だけど、10回狙って6引けるのはもう偶然でもなんでもねーわ。あいつがなんか持ってるのは確かなんだろ」
それをシンタ自身は選ばれた人間の運命だと思いたがってて、俺とか弘大とか周辺の人間はただ死なないってだけで意味もなくひどい目にあいつづけるという、すごいようでクソの役にもたたない完全にマイナスの悪運だと思ってたわけだが。
俺たちとシンタの出会いは俺らが高校で奴が中学のころだったが、俺たちは当初、当然ながらシンタの話をこれっぽっちも信じてなかった。
中学生ってのは話を盛りたがるというか、自分を自分以上に見せかけることを何より重大な仕事だと思ってる年代だ。これこれこーいうことがあって死にかけたなんて作り話は、特に不良方面に傾いた中学生の得意技で、多少なり覚えがある俺たちは生暖かい目でそれを見守ったもんだが。
問題は、シンタの場合それが混じりっけなしの真実であったということで、だから出会ったころのシンタは、喧嘩の経験がない俺のようなオタク高校生ですらボコボコに殴り倒して学校の裏に捨てたい衝動を覚えるレベルの、鼻持ちならなすぎるクソガキだった。
ましてや、大人しく真面目そうな外見の印象と真逆で、割と一切遠慮会釈なく、なんかあるとすぐ人をグーでいっちゃえる系男子であるところの弘大は、出会いのその日に打ち下ろしのフックでシンタを殴り倒し人間としての序列を教えた上で、「そんなにお前が奇跡的な人間なんなら生き延びてみろよ」と陸橋の上からシンタをぶら下げたりしたのは今考えると実に恐ろしい出来事だったが。
「殺人未遂ってこっちの世界でも犯罪だよね?」
「オフコース。すごいのはこっからでな、いかに『それらしいイベント』という最高の裏打ちつきで中二病満喫まっさかりのシンタくんとはいえ、ぶら下げられた下をぶんぶん車が通ってくのは普通に怖すぎたらしくてな、恐怖のあまり大暴れしたわけよ。したら落ちたわけよ。『さすがに落とす気はなかったんだけどな』とか冷静に言ってる弘大が俺は一番怖かったわけだが」
「ところでその弘大って人だれ? 私絶対に顔を合わせないようにするから」
「あれ、会ったことなかったっけ。そういやないか」
まあ大丈夫だよ。さすがに大人になって責任ある立場になってからは、少なくとも人に知られる可能性のある場面で暴力を振るうことはなくなったから。
「で、とにかくそのまま道路に自由落下したシンタの奴がどーなったかつーと、ちょうどそこに幌付の軽トラが通りかかってその幌の上に落ちた」
「あー」
これが『陸橋から自然転落したら下にちょうど幌トラックが事件』だ。
で、その翌年、シンタが高校に上がった年の冬に、俺たちの学校の前で極めつけの大事故が発生する。
冬場だというのに、逆に冬場だからか、信号が変わりきる前に歩道に突入した学生が数人。よほど急いでいたのか、信号が変わりきる前に突破しようとアクセルを踏み込んだ右折車と、その対抗の直進車。二台が同時に雪道の上で急ブレーキを踏んだことで、一瞬後には阿鼻叫喚の地獄図が。
現れなかった。
無理に渡ろうとした学生は無事。歩道横の壁に鼻先を突っ込む形で、フロントをめちゃめちゃにした車二台のドライバーもそれぞれ無事。すごいのは、その二台にちょうど挟まれたわずか60センチほどの幅の空間にその男が居たことだ。
死ぬ死なないの問題ではない、といわんばかりに涙と鼻水とあと彼の名誉のため名言を避けるが股間から臭いがきつい液体を垂らしながら立ち尽くすその後輩を振り返り見て、弘大はやっと納得いったように、俺に向け言ったものだ。
『わかった。こいつ、死亡フラグがバグってんだな』