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スーパーニートプラン 〜おとぎ草子血風録〜  作者: 海山馬骨
愛と闘争の日々
12/65

@5の3 『初めての地下探索・ダンジョンものやめていいすか』

 迫り来る、というかまあ客観的には俺のほうから迫ってるんだが、とにかく化け物を見ながら直感する。


 妙に時間の流れをゆっくり感じる。


 化け物の手が迫るが、それがなんだかスローモーションのように見えるほどだ。覚醒タイムというやつか。


 いや、ゆっくり感じる分だけ俺が早く動けるのでなければなんの意味もないわけだが。


 ゆっくり、ゆっくり、その瞬間が迫る。化け物の両手が俺を掴みしめるべく迫りくる。それはそのまま死へのカウントダウンだ。


 ああ、短くも細い一生だった。楽しいことなんか思えば大してなかったなあ。


 弘大みたいに10代とセックスしてから死にたかった。現実には顔面レベル下の上くらいの女に性格の不一致を理由に振られたのが人生最後の女経験とは、もういっそ死んだほうがマシな人生だったのかもしれない。


 さようならお父さんお母さん、恩師の先生、クラスのみんな。あ、やべえ走馬灯を再生してるのにクラスメイトの顔が全然浮かんでこなくて弘大ほか男子6人くらいしか思い出せない。なんて寂しい青春なんだ。


 ちくしょう、こんなにトロくさく感じる動きなのに、本当にどうしようもないのか? 火事場の馬鹿力で俺の体は反応できんのか? 動け! 動けよ俺の体!


 ひょいっと。


 動いた。


 あっさり、俺を挟み込みに来た化け物の手の裏側に回りこめてしまった。


「あれ?」


「ぼっとしないでくださいい、よく見ればどこか弱点があるはずですう」


「アッハイ」


 あった。あったのか? とにかく、裏側に回ってみた化け物の手、その甲の部分にギョロギョロとあらぬ方向を見まくってる、赤と青と黄色の目玉が計3つ。顔に目がないぶん、これでものを見てるのか? どういう原理でちゃんと前が見えるのかわからんが、それは確かに目のようだった。


「目っぽいもんがある」


「何も考えないでぶん殴ってくださあい」


「え? 目を?」


 それを素手で殴り潰したときの感触を想像するだけでめちゃくちゃ萎えるんですが…。


「しっかりしてくださいよお。外崎さんはそいつの目を潰すどころか、息絶えるまで殴り倒すんですからあ」


 生々しい表現やめてくれないかな…。


 ていうか人をまともに殴るのなんて大昔に弘大と喧嘩して以来だぞ。『殴る』って行為は、何をどうやって、どうすりゃいいんだっけ…?


「悩まなくていいんですう、どうせ格闘技経験がない外崎さんの技巧なんてあってなきがごとしですう。ここは一番、とりあえずぶん殴るんですよお、やり方はなんだっていいんですう。生き物の肌を殴った感触を手に染み付けることが大事ですう」


 白雪ちゃんの言葉の選び方がいちいち物騒すぎて俺が泣きそうだ。


 ふわふわした女の子だと思ってたのに、ひょっとしてこの子はウラシマなんぞ比較にならない戦闘民族なのではなかろうか。


 赤い目玉を選び、とりあえずぶん殴った。


 ぐしゃり。


 思ったよりずっと弾力に富んでしかも固い、硬質ゴムのようだとと思ったのも束の間、パンチを押し込む圧力がある一点の境目を越えた瞬間、ごく簡単に腕が目玉にめり込んだ。


 『そこ』から先は液体に手を突っ込んだように無抵抗で、ずぶずぶと腕がどこまでも埋まり、熱い水分が俺の腕にまとわりつく。


 おお、おわあ…きも、キモイ。無理、吐きそう。


 子供とか大人とかそういう問題ではない。生き物の体組織を素手で破壊するという行為、その感触には問答無用のタブー感と罪悪感がある。


 化け物が、叫んだ。


「きいいいぃぃぃひいいいぃぃぃ」


 それは見た目に反して甲高く、まるで子供の泣き声のように悲痛な響きを持って響く声だ。


 化け物が泣く。手をかばい、助けを求めるように悲しげに泣く。


「…」


「後悔しないでくださいよお。仕方ないことなんですからあ」


 後悔するわこんなもん。思わずごめんって謝りそうになったわ。謝ったってどうなるもんでもないのだが。


「手を休めないでくださあい。目以外の部分もどんどん殴っていきましょお。目がそこにあるっていうことはあ、頭脳かそれに相当する器官も頭部じゃなくて胸あたりにありますよお」


「いやもっと殴れたって、この暴れようじゃ」


 苦痛のためにめちゃくちゃに手足を振り回しのたうつ化け物。とてもじゃないが俺のような格闘素人が近づけるものじゃない。いくらトロくさいといっても、これだけの巨体でこうもなりふり構わず暴れられてはどうしようもない。


「そうですかあ。じゃあ、こうですう。はい、どおぞお」


 白雪姫が手のひらを上向け、その手のひらの上を吐息でふっと化け物の方向へ吹いた。なにかきらきらしたものが舞ったかと思えば、あんなに激しく暴れていた化け物が目に見えて大人しくなり始める。


「ティラノサウルスでも身動きできなくなる麻痺毒ですう。どうぞ」


「どうぞて」


「肉のサンドバッグですう。いっぱい殴ってあげてくださあい」


「どうして君は、ただでさえ普通の人間が人として躊躇するような行為を、さらに残酷な言葉で飾り立てようとするの?」


「なに言ってるんですかあ。ウラシマちゃんの意志を尊重するなら本当はこの化け物と命のやり取りをして欲しかったところを百歩譲って今回は人を迷わず殴れるようになるための練習だけで許してあげてるんですよお。早くしてくださあい」


 おじさんは怖い。この子がいつかお母さんたちと再会したとして、お母さんは喜べるでしょうか。それともこれがもともとの本性で、お母さんたちにはこんなんでもかわいい娘だったのだろうか。それはそれで怖い。そんなのモンスターペアレントそのものじゃね?


「早くしてくださあい」


「はい」


 すまん化け物。できれば早く済ませる。痛みがないことは約束できないが、時間はかけないようにするから許してくれ。お願いします。



「…」


「なに真っ青な顔してるんですかあ。こんな一方的なファイトともいえない練習でその有様じゃ、この先に訪れる果てしない死闘を生き抜けないですう」


 あのね、皮膚に包まれた血管と骨と神経と筋肉という、生物の肉体を殴るっていうだけで、なんともいいがたい弾力が手に戻ってきて吐きそうになるのね。


 しかも今の俺は百人力の馬鹿力でそれをやってるのね。そうするとどうなるかっていうとね、分厚い皮膚だけが裂けることなく表面の薄皮だけずたずたぼろぼろになっていくその下で、繰り返し殴られた筋肉が断裂したり潰れたり、血管が破れたり血が溢れたりして、最初は肉を殴ってる感触だったのが、だんだんぐしゃっぐしゃって皮袋ごしに粘性の高い液体を殴ってる感触に変わっていくのね。そこで皮膚の下がどういう状態になってるか想像してみい、もうアウトですわ。いまなんかの宗教の勧誘に声かけられたら、それがなんであれ一発入信する自信がありますね。この世に救いはないんですか? どうすればこの罪は贖なわれますか? 最後の最後に化け物は漫画ちっくに光ってきらきらきらって消えてくれたのだが、俺がこの手で肉と血で出来たズダ袋に変えた死体などというものがこの場に残ったら二度と立ち直れないところだった。


 あ、上の段落はまったく話に関係ないから読まなくていいです。


「白雪はこう思うんですう。この世のありとあらゆる『作業』について、経験に勝る教師はないんですう。喧嘩も同じことですよお。殴れば殴るほど、どういう拳の握りでどういう角度で、どう力を込めて殴れば人体が一番効率よく壊せるか、骨身に染みていくんですう」


 そんなの骨身に染みたくないです…。


「ほらほら、呆けてる暇なんかないですう。次が来ましたよお。次があ」


 今度は俺とほぼ同サイズで、トカゲのような長い尻尾を六本引きずり、四本足でさらに四本の腕を持ち、空に向けて頭部が花開いているという冒涜的な生き物であった。


「ちくしょうちくしょうちくしょう! やってやらあ! ぶべら!?」


 ヤケになって殴りかかったら超高速でうごめいた六本の尻尾でただちに叩き潰された。


「あ、あれ…早くね」


「言い忘れましたけど、さっきの化け物があんなに遅かったのは巨体とパワーを引き換えに俊敏さを無くしてたからですう。この地下世界で現れる化け物は基本的に、体のサイズに関わらず一定のエネルギーと素材で作られているので、大きければ大きいほど質量があるだけの張りぼてになっていくんですう。今度の化け物はサイズが10分の1なので、スピードは10倍以上だと思ってくださあい」


「あ、そうなんですか。いや、じゃあ勝つの無理かなって」


「そうですかあ。ではまた肉のサンドバッグにしてあげますう」


「待て。すいません。待ってください。頑張りますから」


 またあの『無抵抗で泣き声だけあげる生き物を一方的にひたすら殴り続ける』って体験をしたら、今度こそ俺の心が壊れてしまう。せめてちゃんと生存権をかけた戦いをして、負けたほうが死んだという体裁が必要だ。


「じゃあ有言実行してくださいい」


「はい…」


 化け物が天高く跳躍した。



「おかえりー。どうだった? って、ちょっとなんかタツオさん死にそうなんだけど!?」


「いやーすごかったですよお。外崎さんったら、一方的に殴られるばっかりで全然反撃できないからって、あれだけは危ないっぽいから絶対避けたほうがいいですよお、って教えてあげた頭部の噛み付き攻撃をわざと腕に受けて、頭突きとか膝蹴りで反撃するんですものお。喧嘩の仕方知らない素人の喧嘩ここに極まれりですう。超面白かったですう。軽く感動したですよお」


「ああ…まあある程度の無茶は必要かなっては思ってたけど。それで成果は?」


「二体だけですう」


「うん、いや上出来だよ上出来。どうせ超回復して明日には稼動できるんだし、デビュー戦はこんなものだって」


 死に掛けというか普通に死んでてものも言えない血まみれの俺を尻目に、異世界人二人が恐ろしい会話をしてる。


 オトギキングダムの小児教育は、子供から人らしい感性をそぎ落とすところから始まるのだろうか…。


「タツオさんタツオさん、あんまり拗ねないで。ほらほらー今日の成果だよーすごいよー」


 拗ねてんじゃねえよマジ死にそうで身動きできねえんだよ。


 と反論する気力すら湧かない俺の目の前に、とある物体が揺らされる。なんだか鈍くくすんだ光を放つ、黄色い金属が二かけら。


「これでいくらになるかわからないけど、まあ日給換算したらタツオさんのお店よりはいいんじゃないかな」


 …こんな目にあって、その報酬がうちの店のクソ安い日給よりマシ程度だと…。


 マジか…マジでか…。


 あまりにも深い絶望でなんもいえねえ。


 だって、期待してたから。あの銭ゲバと化したオトヒメさんが推薦するくらいだし、金塊のひとつくらい手に入ってしばらく左団扇のウハウハ生活になれるかも!? なんて期待してたんだ。期待してたからあんなヤバイバトルに耐えれたのに。頑張れたのに。


 ひどいよ、こんなのひどすぎる。詐欺というよりなお残酷で悪辣な仕打ち。覚えてろ、俺はもう二度とお前らの話なんか聞かねえ。滅びろオトギキングダム。



 後日。


「ひぎゃあ!?」


「あ、外崎さあん!? な、なんで逃げるんですかあ!?」


「なんでというか…当然こないだの一件がトラウマになったんだと思うけど」


「え…えええ。ちが、違うんですよお外崎さあん。あれは白雪であって白雪じゃないんですう」


「白雪、バトルマニアで白兵戦闘のことになると人が変わるもんね。だから教官やってもらったんだけど」


「ばと、バトルマニアじゃないですよお。ただちょっと、殴り合いの喧嘩を見ると、気持ちがふわあーって楽しくなっちゃうだけなんですよお」


「それをバトルマニアといわずしてなんと表現しよう…。というかタツオさん逃げちゃったよ。しょうがないなあ、修行はまた今度かな」


「うううー、違うんですよお」



「…ここはどこっすか。この頭がなかったり腕が多すぎたり目玉が多すぎたり、それどころかそもそも人のシルエットですらない人たちはなんっすか。あの、おはようございます。おはようござ。おは。おわ、おわあああぁぁぁ!?」

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