@1の1 『僕の世界(オトギキングダム)を守って!』
その日俺は会社というか店の倉庫に残って一人で在庫の整理作業をしていた。
店長や主任はさっさと帰り、後輩も堂々と残りたくないと抜かすのでさっさと返し、俺一人での居残り仕事だが一人のほうが気楽なもんだとうそぶいて頑張っていた。本当は倉庫のカビ臭さと耳を刺すような静けさに耳が痛くてうんざりしていた。
まあそんな仕事もようやく終わりが見えてきたかなと、ジュース類が詰まったダンボールを抱えたまま肩をコキコキ鳴らした、そのときだ。
突然、閃光弾のようにまばゆい光が俺を包んだ。
世界を焼きつくすような白い白い光。
あまりのまぶしさに目が痛む。パチパチしながら恐る恐るまぶたを開けると、そこは洞窟の中だった。
「…は?」
「よっしゃあああぁぁぁっ」
いまどきLEDですらないとはいえ、一応現代的な証明である蛍光灯に照らされて、科学素材の壁紙と金属ラックに囲まれた倉庫の光景が一変。
ほとんどなんの光源もないような薄闇、倉庫以上の湿気がひどいカビ臭さ。ひんやり肌に刺さるような寒さを通り越した冷気。明らかに、そこはさっきまで俺が居た店の倉庫ではなかった。
そして、暗闇のなか唯一薄ぼんやりとした明かりを放つ場所に…その薄ぼんやりした明かりというのも、電球とかの光源らしきものが見当たらないのに、何故か中空が光ってるわけだが…インターハイで優勝したスポーツ高校生みたいに力強いガッツポを決めてる少年が居た。
目をこらさないと何がなんだかわからんほどの薄暗さなのに、なぜかはっきり色が認識できる蛍光グリーンの短髪をした彼は、年のころなら13か4といったところだろうか。その年の男子にしては華奢にすぎる体格を、古代ギリシャ? っぽい感じの布地で包んでいる。服装がそんなだというのに、顔つきはよく整ってるだけのモンゴロイドそのものなので、コスプレ感が半端なかった。
なんで外人がここに? 倉庫に居たのは俺一人では? というか、ここはどこ? 見るからに倉庫ではないよな?
様々な疑問が一瞬にかけめぐり、それは言葉となってそのまま口をついて出た。
「なに、あんた」
「ふふふふふ、へへへへへ! 私はウラシマ! オトギ・キングダムの姫巫女です! 初めまして異世界の人!」
「はあ…そりゃどうもご丁寧に…外崎龍王です」
初めて会ったその子はちょっとアレっぽい子だった。あまつさえ女の子だった。え? マジ話で? 顔形は整ってるけどどう見ても男子じゃね? 少年じゃね?
ていうか、異世界ってどういうこと?
「鳩につままれたような顔してますね! 説明してあげましょう!」
狐じゃないのか。もしくは豆鉄砲じゃないのか。言葉遣いが怪しいうえになんか上から目線だった。
とりあえずなんかムカついてきたので、ダンボールを置いた。そしてちょうど叩きやすい位置にある少年のドタマに手刀を叩き込んだ。
「あいたーっ!? な、なにするんですか!?」
「いや…なんかここでは殴っておくべきだな的な直感が閃いたんで…グーのほうがよかった?」
「よくないですよ! 意味わかんないことしないでくださいよ…ってあいたたたたたたたたー! ギブ! ギブですからー!」
少年のこめかみの両側をげんこつでぐりぐりしながら俺は聞く。
「異世界ってどういうこと? ここはいったいなんなの? 俺はいったいどうされたわけ?」
「痛い痛い痛いー! 先に離してくださいよーっ! 痛いよーっ! うえええぇぇぇ」
少年の声が鼻声になってきたのでとりあえず解放して話を聞く俺であった。
―――スーパーニートプラン・おじさんのファンタジー召喚記〜異世界なんか行かねえよ馬鹿〜―――
で、少年の話を総合するとこのようであった。
ひとつ、ここは異世界…ウラシマくんから見ると自分の世界であるオトギ・キングダムの王宮地下に存在する地下洞窟であること。
ひとつ、オトギ・キングダムはファンタジーもののお約束のように邪悪な勢力に脅かされつつあり、それに対抗する力が必要であること。
ひとつ、俺はその力の持ち主としてウラシマくんによって地球世界から召喚されたこと。
ひとつ、ウラシマくんはオトギ・キングダム王家の一人娘であり紛うかたなき王女であること。
「最後以外の項目は多少信頼性があると思って受け入れないわけにはいかんか」
俺が現在この状況である以上は…まさにマジックなんてチャチなもんじゃねえアレの片鱗を味わったってやつだ。
「最後まで全部まるっと真実ですよ! 初対面なのに失礼すぎません!?」
俺は思わずまじまじとウラシマ少年のツラを見た。
何を言ってるんだろうこいつは。いきなり本人の意思によらずこんな薄暗いとこに他人を連れ込んでおいて、どの面下げて失礼なんて単語が口から出るのだろう。
見られたウラシマ少年はというとなんかキョトンとしている。ああそういう子なんだこの子。
まあいい。つまり俺がいま置かれた立場は最近のネット小説でよくあるやつだ。俺もそこまでオタクじゃないが流行りなのでちらっと程度に読んではいる。
異世界もの。実に安易な話だ。いや、まさか現実になるとはまるで思わなかったが。ということは、安易ついでに俺には超常的な力が授けられるということか。いわゆるチート能力ってやつよ。身体能力はいうにおよばず火を吹いたり空を飛んだり人の心が読めたり未来が見えたりするああいうのだ。
「で、俺は単なる一般人に過ぎないわけで。多分ステゴロじゃこの世界のタダの町民にすら勝てないんだけど、その邪悪と戦うってのはどうすればいいの?」
「ステゴロってなんですか?」
「俺が今から君に叩き込むやつかな。はー」
拳に息を吹きかける。ウラシマ少年が頭を庇って丸くなる。質問を質問で返すんじゃねえよバカたれか。
「ううう…私は姫巫女なので…私に召喚された人には自動的に素晴らしい身体能力とそのほかの超能力、『ライアードリアル』がもたらされますぅ…」
「ほうほう、どんなの?」
「こんな感じです…」
そうしてウラシマ少年が語ってくれたのが、以下のようなものである。
『超すごい! 異世界召喚勇者の五大能力!
1、超すごい身体能力! 脚力は馬より速く、腕力は百人力! 視界さえ開けていれば地平線の彼方まで見える視力! となり町くらい離れた場所の囁き声が聞こえる聴力! 犬の一万倍の嗅覚!
2、超すごい記憶力! 一瞥しただけで蟻ん子より小さい文字が1万字くらい詰まった文書を覚えちゃう!
3、超すごい味覚! ワイン樽に垂らした一滴の塩水の差を判別できちゃう!
4、超すごい毒耐性! どんな病毒にも冒されることはない! どんな危険な毒薬でも身体は一切影響されない! アルコールもきかないよ!
5、上記の能力を必要に応じて意識的・無意識的にオンオフできる能力!』
「そしてこっからが選択性、『ライアードリアル』でーす!」
ウラシマ少年がそう叫び、中空に向けて指をパチーンとやるとともに、頭上の空間に青く発光する透明なスクリーンのようなものが出現。そのスクリーンに、ちょっと読むのが疲れるくらいの密度でずらずらっとライアードリアルとやらのそれぞれの名称と簡易的な説明文が並ぶ。それが超高速で流れていくさまは読ませる気あんのか? と疑問を持つほどである。
しかしそんなんでもなんとか読めて覚えれる。おお、これが勇者の力ってやつか。そして適当に流し読みする限り、それはまさに超能力としか表現できない、魔法の力のオンパレードだ。
そしてそれは全部日本語であり、俺がすでに脳操作されてるとかのあまり考えたくない前提を除外すれば、すごくマンガなご都合主義を感じずにはいられない。そういえば俺とウラシマ少年はふっつーに日本語で会話していた。
「ねえ、オトギ・キングダムっていうのは日本語が公用語なの?」
「? そうですよ?」
名前からしてあれだから若干予感はしてたけど予想が当たって頭痛くなってきた。そんな安易なことでいいのかな異世界。
まあ、なんにせよ。
「ちなみに、これらのすごい力っていうのはどういうタイミング、どういう条件で使えるの?」
「ふへへへ! いきなり戦いに放り込まれるかと不安になっちゃいましたかー!? だいじょーぶっ! 姫巫女式召喚はそんじょそこらのお粗末な召喚士のそれたあチョイトわけが違うんっすから! いつでも安心安全、被召喚者に優しい人権志向! なんと、召喚されたその瞬間に各種基礎能力が与えられ、さらにさらにボーナスでライアードリアルが3つ選べるんですっ! これでいついきなり邪悪が襲いかかってきても準備万端迎撃オーケーです!」
「あ、そうなの。選び方は?」
「こーやっておでこに当てるように左掌で受け皿を作って、その受け皿に右手の親指を突きながら、欲しい超能力の名前を唱えるんですよー! 我願う、うつろよまことになりたもう! って感じでー!」
「へー。そうなんだ。『異世界転移』我願う、うつろよまことになりたもう」
ウラシマ少年に習って唱えると、体温が上がったようなじわりとした熱が全身を満たして、うっすらと汗をかいた。それ以外特別に不思議なことは起こらず、成功したのかどうかもわからない。
と、思ってたら脳内に声が響いた。
『異世界転移のインストールに成功しました。続けて別の能力をインストールしますか?』
こんなに声が反響しやすい地下空間に居るのに、その声はまったく反響なしで脳に直接浸透して若干気持ち悪い。が、ともあれ俺は人外の力を手にしたようだ。
「あれあれー、未来予知とか地震発動とかじゃなくてそんな地味ーな能力でいいんです? 3つしか超能力選べないんですよー?」
「うんいいよ。じゃあな」
インストールとともにその能力の使い方も直感的に理解できるようになっていた。それは生き物が呼吸するときわざわざ呼吸法を意識しないのと似た感覚で、「飛ぼう」と思うか思わないかのうちに俺は飛んでいた。
また、あの強烈な閃光が弾けた。そうくるとわかっていたので事前に目を思いっきりつむっておく。まぶたの向こうが異様に明るい時間がしばらく続き、それが終わったあたりで目を開けるとそこは元の会社の倉庫だった。
「ただいま日本」
今では夢かと思うような妙な体験だったが、とにかく俺は帰ってきたのだ。また明日からつまらなくも平穏な日常が続いていくのだろう。俺は肩を鳴らして仕事に戻ることにした。
※
「ちょっとおー!? ちょっとちょっとどういうことですか!?」
はあやれやれおかしな目にあったぜ、と自分で肩をぽんぽん叩いていた俺の肩をガシィッと掴むやつが居た。
無論そんな存在は一人しか考えられない。
掴まれた状態をそのままに流し目で後ろを見ると、現代日本では特定の時期に特定の場所にしか居てはいけない格好をしたやつが居るのである。
そういうのは夏と冬のお祭りでだけにしてくんない?
「てか、え? うっそお前こっちに自分で来れんの?」
「あったりまえですよ! え、じゃあやっぱり逃げようとしたんですか!? なんで!?」
「なんで!? がなんでだよ。なんで俺がお前のために知らん土地行って戦争しないといけないんだよ。意味わかんねえんだけど」
「い、いや私のためっていうかー! オトギ・キングダム1000万の民のためというかー!」
「いやあ…」
俺もたいがい思春期が終わって久しいといいますか。もはやいきなり変なとこ連れ込まれて片方だけの一方的な主張聞かされた挙句に人体改造じみた行為を事後承諾でやられて、それで強くなったからって「やったー! 僕は選ばれた人間なんだ! 世界のために頑張るぞー!」とか言える年でもないといいますか。
オトギ・キングダム1000万の民っていうのも話の規模でかすぎて逆にホラ臭いというか、すげー極端な話すればアメリカのオクラホマ州で500人がキャトルミューティレーションされて行方不明になりましたなんてニュースより、明日パートの大湯さん62歳がちゃんと店に出れるかなってことのほうがよっぽど大事件なわけでして。最近ずっと腰痛いつってて今日は本気でやばいから仕事終わったら整骨院行くつってたけど大丈夫かな大湯さん。
「うううううう! ひどいですよー! わた、私がこの日のためにどんだけの時間を費やしてきたと思ってるんですかー!? タツオさんの特別召喚は我が国の威信と予算と私の人生をまるっと賭けたスーパーイベントなんですよ!?」
「いや知らんし…本気でどうでもいいし…」
30分前まで名前も知らんかった異世界の国の国家財政が破綻しようが王族や大臣が首吊ろうがどうでもいいし…。日本の役人が競争入札の口利きで100万円の賄賂もらってたって話のほうがよっぽどおおごとである。人の血税で舐めた真似しやがって。
「こ、このために朝から晩まで法力を練り上げ身を浄めて暮らしてきたのに! 同い年の女の子たちが好き勝手暮らしてるのを尻目にオシャレや遊びどころか粟と稗以外のものほとんど食べたこともないような半生だったのに! 毎日毎日朝の5時から夜の8時までずっと修行づけで自由時間は寝る時間だけなんて生活をしてきたのはこの特別召喚を成功させて歴史に名を残すためなのに! あんまりですよー! あんまりですよおおおぉぉぉ! 私の人生いったいどうなるんですかあああぁぁぁ! 台無しじゃないですかあああぁぁぁ!」
「さすがにそれはちょっと同情しなくもないけど、君が言ってることを要約すると『私の人生の目的を成し遂げたいから、代わりにお前の人生を台無しにさせろ』つってんのと同じだってのはもちろんわかってるよな?」
ウラシマ少年が固まった。
あまつさえやっべーやらかした…みたいな内心を隠しもしないほど青ざめやがる…。ああ、とっくにわかってたことだけどほんとにアホの子なんだこの子…。
「で、でもっ」
「まーまーいいから。とりあえずここ会社なんでね。あんまりプライベートな込み入った話をする場所でもないから、俺んち行こうか」
「わっかりましたーっ! そこでもっとじっくりたっぷりとっくりと物事のどーりってやつを説明してあげますよっ」
いらねえお世話すぎる…。
というか仮にも年頃の女の子って設定を主張しといてそう迷いなく男の部屋への同行を決断してよいのか。もちろんこんなイメージカラーがブルーすぎる少年に欲情するほど俺は困ってもねじ曲がってもいないが。
ともあれ、俺はウラシマ少年を伴って店を裏口から出た。
召喚される前は一応ギリギリ深夜といえる時間帯だったのに、早くも白み始めた空を見て、ドッと疲労感が押し寄せる。ため息も出るってものだ。
「さあさあそうと決まれば速く行きましょー! ハリーハリー!」
「ああそうだな。『石化』我願う、うつろよまことになりたもう」
その疲れを追い出すように例のポーズを取りながら、新しい能力をインストールした。
「…タツオさん? 何してるんです? なんでいきなり新能力を…」
「なんでかというとな。…あー。おやすみ、さよなら」
お前のバカヅラを真っ青にしてやるためさ! とか悪役っぽい決め台詞を吐こうかと思ったが、なんかそれもとても面倒になってきたので、ただ単に手のひらをウラシマ少年に向けて念じた。
効果は一瞬にして現れた。
ガキッと少年の動作がロボットダンスのように停止したかと思うと、両手足の先っぽから体の中心部に向けて、全身が服ごとみるみる灰色の石に変わっていく。音もなく静かなものだ。なるほどなーよくファンタジーで見る石化ってリアルだとこんな感じなんだ。
「え? え? え?」
「そういうわけで、今度こそじゃあな」
「…なんでえーーーっっっ!?」
そして石に変わっていく自分自身を信じられないような目で見下ろしながら叫んだウラシマ少年のマヌケな悲鳴が、早暁の弘前の街にこだましたのであった。
ちゃんちゃん。
悪は去った。
俺の平穏は戻ってきた。
ありがとう俺の日頃の行い。いきなり訪れたわけのわからん人生最大の危機を難なく切り抜けられたよ。
そこで俺は大変なことをはたと思い出す。
商品入りのダンボール、あっちの洞窟の床に置きっぱじゃねえの…?
「…――よし」
俺は懐からスマホを取り出し、最もかける頻度の高い番号を呼び出した。
「あーもしもしシンター? 今から鍛冶町出てこいよ。明日の仕事? あー大丈夫大丈夫、久々に体調不良になるから。お前も今日明日休みでしょ? 閉店まで呑もうぜ」
鍛治町とは弘前最大の歓楽街の名である。早朝になるとよく道路に人間が転がってる場所だ。
そういうわけで、そういうことになった。