第九十六話 姉妹愛打つ 地
「あっはっはっは!駆けよ駆けよ雑兵共!私はもっと血みどろの戦が見たいぞ!!」
「ですが我が方も半数以上が・・・」
「なぁに案ずるな、策はある」
ジェーン姫が緑に染まった瞳を向けると配下の魔物化兵はまるで酩酊になったかの様にトロンとした表情になった。
「さあ、貴様もさっさと行って殺し殺されてこい!!」
「はい・・・」
気の抜けた返事をし戦場に飛翔した彼は魔導戦車二両を爪で貫いた後、魔法光線に頭を吹き飛ばされ絶命した。
「ご機嫌な戦場じゃないか!!全軍出撃したな?残っているのは・・・ああ、そうそう」
ジェーン姫は背後に控えているグリド・ザハークに声を掛けた。
「グリド・ザハークよ、今まで大義であったな」
「勿体無き御言葉」
「少し早いが前祝いだ。貴様の出世について話そうではないか」
(ククク、この時を待っていた。公爵の上はもう王族しか無いだろ、ジェーン王女は今回の戦の功労者である俺を夫に据えるハズだ。事実上の国王だな。後は王命なり何なりでクラリースを)
「グリド・ザハーク、貴様を大隊長に任命する!」
「・・・・・は?」
「どうだ?新兵にはあり得ないスピード出世だと思うが」
「待て!待って下さい!私は公爵で・・・」
「知らなかったか?そんなモノはとっくの昔に剥奪されているのだよ。なあ、“ただの”グリド・ザハーク大隊長」
「あ・・・え?」
グリドはニヤリと嗤う悪魔の姿を見た。
「良い事を教えてやろう魔物制御薬は従わせる側の薬と指令側の薬が有るのは使っていたお前なら知っているな?」
グリドは逃げようとするが緑の瞳から発せられるプレッシャーに圧されるように体が動かない。そう、どこかの誰かに似ているあの緑色の瞳に。
「私が飲んだ制御薬は特別製でね、もちろん指令側の方だが、製造過程に“ある人物”の血液が入っているのだよ」
「ま・・・まさかそんな・・・まさか」
「彼女からの伝言だ『かつて学院で意見を交わした事を懐かしく思います。結果的にこうしてお互い相容れぬ道を行く事になってしまったのはとても残念です。願わくば貴方の道行きが平穏である事を願っています。・・・まあ、それはそれとして私の親友を始め多くの女性を弄び陵辱した貴様は絶対に許しません!苦しみ悶えながら無残に死ね!!』だそうだ」
それはまるでグリドの想い人そのもののような声で叩きつけられた拒絶の意思だった。
「そんな・・・俺は・・・全てを手に入れる為にあの変態共にだって・・・」
「ああ、貴様にビストとマッパーの世話係をリクエストしたのも“彼女”だよ。ケツの穴を広げられて悦んでる貴様の姿は中々下劣で滑稽だったさ、見世物としてはまあまあ愉しめた方だな」
「き・・・キサマァァァァァ!!!」
魔物化したグリドは制御薬の圧力すら撥ね退けてジェーン姫の右腕を斬り飛ばした。
「オゴッ!?」
しかし、次の瞬間にはジェーン姫の“右手”で首を絞められ持ち上げられていたのである。
「制御薬に反発するとは・・・尻穴ペットにしては多少は根性があったと見える」
「ガッ・・・バカな・・・今、確かにその腕・・・吹き飛ばして・・・」
「ん?コレか?貴様が斬ってくれた直後に光魔法で再生したのだよ」
「バケモノが・・・」
「貴様に言われたくは無いな」
ジェーン姫がグリドを掴んでいる腕に力と魔力を籠めると得体の知れない何かがグリドの中に流れ込んできた。
「オオオオオ・・・ヤメロヤメロ!俺ガオレデ無クナル!ヒ・・・イギ・・・アアアァァァァァ!!!」
グリドの体はみるみると変質し、真っ黒な多頭の蛇の怪物へと変化した。
「男性器のメタファーとは最後まで下品だな貴様は」
「Gu・・・GuAAAA!!」
「もう貴様は飽きた。そこら辺の連中を出来るだけ多く巻き添えにして適当なところで自爆しろ」
グリドだったモノは命令通り味方陣営すら巻き込みながら自身の魔力を暴走させて自爆した。その過程でビストとマッパーを頭から喰い千切ったのは単なる偶然だろうか?
本陣には最早ジェーン姫が一人。
彼女は戦いの終焉を見届けるべく前線に向かった。
まるで散歩するかのような足取りで。
「あっ、私の腕。こんな所に落ちてた」
グリドによって飛ばされた腕がびくびくとのたうち回っていた。
「もしかして独立した生物になろうとしてる?まっ、いっか」
ジェーン姫は瞳を閉じてレモン姫を思い浮かべた。
『こっちは粗方終わったぞ、そちらはどうか?』
◇ ◇ ◇
「何だ!どうなってる?話が違うぞ!?」
「魔導戦車なら敵を圧倒出来るって・・・魔物化した卑怯者達にも負けないって聞いてたのに!!」
「は・・・ハッチが開かない!?」
確かに魔導戦車に搭載されているワンドは強靭な魔物化兵を一撃で屠れる程の力を持っているだろう。
だが、それだけである。
魔導戦車の装甲も確かに強固であるが魔物化兵相手に圧倒的とは言えない、精々互角が良いところだろう。そうでなくては困るのだ。
『苦戦してるみたいねン、オルトルート』
「決してそのような事はございません。レモン殿下から頂いた専用の魔導戦車にて必ずや勝利を飾りましょう」
『素晴らしい闘志ねン・・・なれば私も皆の戦いに応えねばいけないわねン』
レモン姫の大型魔導戦車は砲門を戦場に向け、無数の魔力光線を放った。
それは魔物化兵も魔導戦車も区別無く消滅させる無差別攻撃だった。
「なっ・・・殿下!一体何を!?」
『うろたえるな!!必要な作戦なのよン。丁度良い機会だわ、貴女にだけこの魔法の杖の秘密を教えてアゲルわねン』
「こんな時に一体・・・」
『作り方自体はとても簡単、魔石の製造と同じく杖に魔力を籠めるだけ。まあ、属性を付与する魔石と違って純粋な魔力だけを籠めるからその点は五大属性しか扱えない“こっちの世界”の人間には難しいかも知れないわね』
「属性無しで魔力を籠めただけ?いいえ、いいえ!そんなバカな!!例え事実だとしてもそれだけでこんな威力が出るワケが無い!!出せるとしたら・・・」
『ええ、ソレの製作には非常に魔力の高い“ある組織”の力を借りました。そして貴女のワンドはある“人物”にお願いして作って頂いた特注品です』
「まさか・・・いや・・・そんな・・・」
『もうお分かりですね。貴女のワンドを作ったのは風の極星であるオデル様なのよ』
「あああああ!バカなバカなバカな!!」
『今の貴女のその力は貴女の大嫌いな人から借りただけの紛い物なのよ』
しばし、沈黙が流れた。
「・・・・・・・・何故、こんな仕打を?」
『昔、私には家庭教師が居ました。とても素敵な殿方で教え方も上手で優しくて・・・。こんな人と結婚できたら良いななんて子供心ながら考えたものです。まあ、結局先生は数年後に素敵な女性と結婚されたのですが』
「何だ?何の話をしている!?」
『一度、先生の赤ちゃんを見せてもらった事があるんですよ。とても可愛くて、奥様も幸せそうで・・・ですがその幸せは脆くも崩れ去った。乱暴狼藉を働くとある風魔法使いによって!』
「・・・・・」
『先生はソイツを諌めようとして屋敷ごと押しつぶされました。綺麗な奥様も可愛い赤ちゃんも一緒に。私は犯人を捜そうと色々手を回しましたが皆魔法使いを恐れて口を噤んでいました。“彼”の御陰で犯人を知った後、今度はどうやって貴女を殺そうかと悩みました。いえ、ただ殺すだけでは生温い!貴女には苦しんで苦しんで苦しみ抜いてから死んでもらわなければ私の怒りが収まらない!!!』
オルトルートは何の事だか理解出来なかった。心当たりが無いのではなく、今まで多くの人を消し飛ばして来た為、どれの事を言っているのか分からないのだ。そもそもそれらの行為は彼女にとっては悪いなどと露程も考えた事は無い、誰一人としてソレが悪だと教えなかった。いや、教えようとした者は彼女に消されてしまったのだ。
『冥府で先生に謝り続けろ!オルトルート!!』
ワンドの先端がオルトルート機に向いた。
オルトルートは脱出しようと試みるがハッチは開かない、そうなるよう事前に仕組まれていたのだ。
「こんなもの!!」
強引に内部で魔法を炸裂させ脱出を図ったが、既に全砲門は発射態勢に移行していた。
「う・・・うああああああぁぁぁ!!!!」
『消し飛べ!下郎がぁぁぁぁぁぁ!!!!』
咄嗟にオルトルートが放った風魔法はレモン姫の大型魔導戦車の上部を掠めた。
一方で魔法光線が放たれた場所は何もかもが跡形も無く消え去っていた。
オルトルートは元より、近くで戦闘していた味方も敵も全部。
「ハァ・・・ハァ・・・目的は果たした。後は姉様が上手くやってくれるでしょう・・・」
機体内が異常に熱い。
レモン姫の汗が止まらない。
いや、高揚感で気付かなかったが既にレモン姫の肌は焼け付くように痛い。
「彼に内緒で無茶な強化をした所為でしょうか?魔導式蒸気機関の熱が上がり続けてる・・・脱出を・・・」
レモン姫がハッチを開けようとするが何かが引っかかったように動かない。
「あっ・・・さっきのオルトルートの一撃・・・」
オルトルートの放った魔法がハッチ部分を歪め開かなくなってしまったのである。
『こっちは粗方終わったぞ、そちらはどうか?』
頭の中にジェーン姫の声が響く。
『こちらも目的は果たしました。残った者達も細工した魔導式蒸気機関の暴走で死に絶えるでしょう』
『そうか、中央で落ち合おう』
『・・・ええ、私も姉様の顔を早く見たい』
◇ ◇ ◇
「はは、ボロボロだな。お互い」
「ですがこれで終わりです」
「レモン?」
「姉様、私はもう姉様の顔が見えません。こっちに来て頂けますか?」
「な・・・!?分かった」
ジェーン姫はねじ曲がったハッチを強引に開けると、中のレモン姫は高熱と戦闘での衝撃で虫の息だった。
「いけない!私の光魔法で・・・くっ、もうぐちゃぐちゃで再生が上手くいかない」
「はあぁぁ、気持ち良いです姉様。少し楽になりました」
「嘘をつくな!これは・・・機関とやらが暴走しているのか?」
「彼の言い付けを破って無茶な強化をしたツケね。以前実験で見せてもらいましたが、このままですと大規模な爆発が起こります」
「今引っ張り上げるからお前だけでも逃げろ!」
「今からでは間に合いません。それなら姉様がお逃げ下さい」
「・・・駄目なんだ。ここに来る途中で右腕と左足と翼を斬り落とされたが、一瞬で生えてくるんだ」
ジェーン姫の言葉通り彼女に傷らしい傷は一つも無い。
「それに落ちた部分が個別の生き物に成ろうとしている。私は魔物ですらない正真正銘の化け物になってしまったらしい」
「姉様・・・」
「だから私はこの場で跡形も無く消える事にするよ」
「お供します姉様」
いよいよ機体の熱が限界を越えたのか、眩い光が広がった。
『ったく、何勝手に死のうとしてんだよ!』
暴走した魔導式蒸気機関は魔力の異常上昇によって高熱と衝撃波を生み出し戦場に光のドームを作り上げた。
光が収まると戦場だった場所に生物の気配は無く巨大なクレーターが出来上がっていた。
クレーター内部は鏡面化していて、戦場だったという名残すら一欠片も残さなかった。
この事件以降、王家で後継者争いはピタリと無くなり、クレーターは後に【姉妹の嘆き】と呼ばれる観光名所となった。
◇ ◇ ◇
~おまけ~
・オルタンス将軍
黄金の蝿を連想させる甲冑に身を包んだその姿は地球の暴食の悪魔を彷彿とさせるらしい。翅部分に特殊なギミックがあり、オルゴールのような構造になっていて飛行時に物悲しいメロディーを奏でる。
必殺技は無数の蝿を飛ばし自爆させる【ベルゼビュート】、巨大火炎球を撃ち出す【インフェルノ】、雷を広範囲に発生させる【バアル・ゼブル】等(どれも段蔵の命名)。
・グリド・ザハーク
魔物化薬を服用し、更にジェーン姫に暴走させられ多頭の大蛇に変えられてしまったその姿は古代ペルシャにて語られるアジ・ダハーカに似ているらしい。
・ジェーン・エルキュリア
特殊な魔物化薬と制御薬を服用した事で魔物化兵への絶対命令権と異常な再生能力を得てしまった。魔物化に伴い頭上には闇色の輪が浮かび、角が生えて黒髪は金髪に、黒羽は白羽に変化した。
この薬物の製造には、ある女性の血液が使用されているらしい。
オルトルート専用機は緑のカラーリングに金縁でド○ル専用ザ○Ⅱのイメージです。




