第九十一話 奪って捨ててまた拾う(あるいは捨てて奪ってまた捨てる)
エルキュリア王城の廊下にて、アイリーンがドカドカと大股で歩いている。かなり殺気立っていて声を掛けようとした者は皆悉く押し黙った。
「失礼いたします!!」
「入れ」
室内から凛とした声が響き、入室許可を得たアイリーンは作法に従い入室する。
「まさか事前に面会許可申請を出すとは思わなかったぞ。貴公の事だからてっきり扉を蹴破って乗り込んで来ると思っていたからな、些か拍子抜けだ」
「面会の御許可をいただきありがとうございますジェーン殿下」
「ああ、そんな社交辞令はいらぬ。私も回りくどい話は好かぬからな、言いたい事があるならば好きなだけ言え、他ならぬ私が許す」
「では遠慮無く・・・一体何をお考えですの!?凶悪犯の恩赦など、政争のしすぎで遂にドタマでもイカレやがりましたのかしら?法律の研究家とお聞きしてましたがそれも怪しいですわね。いっそ・・・」
しかし、ジェーン姫の背後から現れた男がアイリーンの言葉を遮る。
「そこまでにしておけよ成り上がり」
「まさか・・・貴様グリド・ザハークですの!?」
それは以前会った時よりも些かやつれ目元に濃い隈ができ、髪の色もやや白くなってはいたものの紛れも無く指名手配犯であるグリド・ザハークだった。
「そう睨むな救国の英雄アイリーン・ショルメ。全ては誤解、誤解なのだ」
「誤解ですって?」
「そうだ、私は別に凶悪犯を野放しにしているワケでは無い、きちんと指定された場所で見張り付きで仕事をさせているのだ。言わばこれも労役の一種である。そしてグリド・ザハーク氏はこのプロジェクトの監督役として私が指名した。無論、指名手配も解除させてもらう」
「殿下に奴らを御しきれると?そこのグリ公含めてクズの見本市ですわよ。強姦魔だって少なくはありませんのに・・・」
「成り上がり風情が殿下になんという口を!!」
激昂するグリドに対しジェーン姫が諭す。
「構わぬ、私が許す」
「しかし!!」
「構わぬと言ったぞ!それともまだ教育が足りなかったか?」
その瞬間、グリドは全身が凍りついたようにピンと硬直し、続いて顔から汗が噴出した。
「ひっ・・・それは・・・それだけはやめ・・・もうやだ・・・またあいつらが俺・・・はひゃ・・・ひゃひゃひゃあああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
グリドが狂ったように意味の通じない言葉を口走りながら床に転がり何かを払い落とすように自身を掻き毟っている。
唖然とするアイリーンとは対照的に薄い笑みを浮かべながらグリドを見ているジェーン姫の黒い瞳が、一瞬だけ美しい緑色に輝いて見えたのは気のせいであろうか?
ジェーン姫は血が滲んでいるグリドを得意の光魔法で治癒してやり、子供をあやすように囁く。
「貴公には期待しているのだよ。そう、何度血に塗れようとも役目を終えるまでこうして治してやるとも」
ジェーン姫はアイリーンに向き直り、グリドに向けたものとは違うゾッとするような美しい笑みを浮かべた。
「見ての通りだ、コレは私の忠実な部下である、超法規的処置というやつだな。しかし、その親類縁者については私の知るところでは無い。貴公の好きにするがよかろう」
「・・・そうさせていただきますわ」
アイリーンが退室して暫くしてから未だ興奮状態にあるグリドを落ち着かせる為、ジェーン姫は語る。
「貴公の懸念も理解できるが所詮はアイリーンの動きも我らが盤面の駒の一つだ、計算の内だから手出しは不要なのだよ」
「う・・・あぅ・・・」
「それに先も言ったが貴公には期待しているのだ、上手く事が運べば今以上の地位を約束しようとも」
「へ・・・へへ、殿下の為に誠心誠意尽くす所存です」
「良い子だグリド」
◇ ◇ ◇
ザハーク屋敷にて国家反逆罪の嫌疑が掛けられたグリド・ザハークの父親マリオネ・ザハークの取調べが行われた。
急な爵位の継承に不審な点は見られたものの、彼もグリドと同様にザハーク家の犯罪行為に深く関わっていると目されていた。
しかし、捜査部隊の前に現れたマリオネはまともに会話が出来ない状態だった。
「ザハーク家はあの薬を何処で手に入れたのか?」
「・・・・・・・」
「ジム・モロアッチとも繋がりがあったのだろ?」
「・・・・・・・」
「グリド・ザハークへの家督継承が早かったのは何の意図があっての事か?」
「・・・・・・・」
「ダメです。まともな会話が出来ません」
「う~む、こうなったからグリドが家を継いだか、あるいはグリドに嵌められてこうなったか。どちらにしろザハーク家もお終いか」
その言葉にマリオネはピクリと反応した。
「ザハーク公爵家が終わる?・・・そんな・・・そんな」
「ん?どうした?」
「そんな事はさせんぞ!!」
マリオネは隠し持っていた錠剤を取り出して飲み込んだ。
「しまった!まだ持っていたのか!」
「応援と中和剤の準備急げ!!」
「ゲバゲバゲババババババ・・・・」
しかし、マリオネの肉体が肥大化するにつれ雄叫びはだんだん弱々しくなり、完全に化物に変化した瞬間に動きが止まって倒れてしまった。
中和剤を浴びせられ元の姿に戻ったマリオネの心臓は既に停止していたのだった。
こうして政界の闇の部分を長年支配してきたマリオネ・ザハークは薬物の過剰摂取による中毒作用と思われる症状であっさりとこの世を去ったのであった。
◇ ◇ ◇
私はレイシー・ザハーク(人間)、今私とお母様(猫獣人)は王城の一室でメアリ姫様と三将軍のお一人であるマイクローナ将軍の前に座らされています。
「さて、ミスティル・ザハークさんにレイシー・ザハークさん、残念ながらザハーク家は国家反逆罪に相当する大規模な犯罪を実行していた事はご存知ですね?」
正直、私は全く知りませんでした。ですが、お母様は青い顔をして震えていました。
「そのご様子ですと少なくともミスティルさんはご存知みたいですね」
「そんな!お母様!?」
「す・・・全ては夫とグリドがやった事です!私は悪くない、何度も止めようとしたのですよ!」
そんな狼狽するお母様を見てお二人は顔を見合せ何やら相談しています。
「ええ、その言葉を信じましょう。我々も貴女方の関与は薄いと考えています」
「国家反逆罪は本来ならばその家族も連座で極刑なのですが、それは余りにも酷で前時代的というものですからね」
極刑と聞き私の背筋が寒くなる。
「条件次第ではミスティルさんを無罪にしても構いませんよ」
「何ですか?私に出来る事があれば言って下さい」
「レイシー・ザハークを犯罪奴隷として売却しなさい、そうすれば貴女を是非保護したいと申し出ているある貴族の下へとお送りしましょう。当然、罪状は取り下げます」
「そんな事でよろしいのですか?」
「おかあ・・・さま?」
「その程度の事でしたらレイシーはお好きになさって下さい」
「そんな・・・」
ミスティルはレイシーの肩に手を置いて微笑んだ。
「今まで育ててあげたこの母に恩を返す良い機会ですよ、分かりますね?」
「・・・はい、お母様」
「私は貴女を誇りに思うわ」
マイクローナ将軍が机の上に紙を置いた。
「話が纏まったようで何より、ではこの誓約書にサインをいただけますか?」
「ええ、喜んで」
メアリ姫様が手を叩くと重装備の兵士が入室して私の左右の腕を掴んで持ち上げました。
「連れて行け」
「ミスティルさんはこちらへどうぞ」
私は縛られ目隠しもされて何処かに連れ出されました。分かるのは私を連れている兵士の皆さんの声から全員女性であるという事ぐらいでしょうか。
「着きましたよ」
目隠しを外された私は驚いた。
「お城・・・じゃない?」
私が立っていたのは何処かのお屋敷の庭園でした。
◇ ◇ ◇
「彼女はしっかり仕事をしているか?」
「段蔵様、それが・・・」
「彼女は変なんです」
「つーと?」
「与えた仕事に失敗が無いんです」
「結構な事じゃないか」
「ダンゾー様、これは異常な事ですよ」
「先日まで箱入りで家事なんてマトモにした事も無いようなお嬢様が、一回説明を受けただけで仕事を完璧にこなせるなんてあり得ませんよ。どんな要領の良い娘でも初めての仕事を覚える時は何度も確認するものです」
「だが彼女は一回の説明でミス無く完璧にこなしてみせたんだな?確かに・・・少し試してみるか、それと母親の方はどうだ?」
「最初は泣き叫んでいましたがアンリエットさんの本気の調教を受け続けルーヴィエさんと同じ部屋で寝泊まりさせた為、かなり深く堕ちています」
「ここまで本気と言う事はアンリエットさんが憎しみに駆られているんじゃ・・・」
「あの怒りは仇の母親だからじゃ無いよ、自分の娘であるレイシーを簡単に売り渡した事に対する正しき怒りだから心配いらないぞ」
「なら安心しました」
「今夜にでもお召しになりますか?」
「いや、クラリースに抱かせてやれ。俺はもう少し日を置く事にする」
「かしこまりました」
◇ ◇ ◇
わたしは毎日与えられた仕事をこなし、与えられた食事を採り、与えられた部屋で寝起きしました。
その日はいつもと違う仕事を与えられたけど、幸い説明は丁寧で分かりやすかったので後は言われた通りにやるだけです。
仕事を終えて戻ってきた私に対してご主人様達は酷く驚いていましたが、私には関係無い事です。
◇ ◇ ◇
「洒落でナイアールの仕事を任せたらマジでやり遂げるとは・・・流石に驚いた」
「捕まったらどうするつもりだったんですか?」
「そのままアイリーン隊長にでも保護してもらえばいっかな~って、つーか絶対捕まると思ってた」
「まったく・・・でも皆さんが言う通り確かに異常ですね」
「仕事は常に一定のクオリティを保って完璧にこなし、教えた事の応用で効率化を図っている」
「でも有能かと言われると疑問があります」
「彼女は命令された以外の事は一切しません。仕事は構いませんが、食事やお風呂まで呼ばないと来ません」
「仕事時間以外での使用は自由だと伝えてあるんだろ?」
「勿論です。ですがあの感じは遠慮しているんじゃなくて本当に言われるまでやる気が無いって感じですね。召使任せの箱入り娘だってあそこまで頑なじゃないですよ」
「まるでロボット・・・いや、これは超人的な『無能な怠け者』とでも呼ぶべきか?」
「無能で怠け者なんですか?そうは見えませんが」
「それなら学院で聞いたことがあります。段蔵様の故郷にも同じ言葉があるんですね」
「有能な怠け者は指揮官に、有能な働き者は参謀に、無能な怠け者は兵隊に、無能な働き者はクビにするってやつだな。政略結婚の道具としてそう育てられたか、母親に切り捨てられた時に何かが狂ったのか、その両方かそれ以外の何かかは分からないけど俺と同じくかなり特殊な精神構造らしいな」
「彼女をこれからどうされますか?」
「う~ん・・・」
◇ ◇ ◇
「釈放・・・ですか?」
「君のこの家での真面目な働きぶりと功績を報告した結果、将軍から釈放の命令が下された。おめでとう、君は自由の身だ」
「はあ・・・」
「これは今後の君の生活費だ。数年は普通に暮らせる額が入ってるから定住場所と仕事を見つけるまでの費用にしなさい」
「はあ・・・」
そうして私はお金を渡され屋敷から出された。
そんな私に出来た事は、ただ歩く事だけだった。
やがて街に辿り着き命令通りに定住場所と仕事を見つけようとして命令の曖昧さに愕然とした。
これでは何処に住めば良いのか分からない、何の仕事をすれば良いのか分からない、指示してくれる人が何処にも居ない。
私はただ歩く事しか出来なかった。
「おっ?ネェちゃん結構カネ持ってんじゃん」
「顔も身体も結構な上玉だぜ」
「直ぐに気持ちよくしてやるよ」
「・・・・・命令を下さい」
「あ?何言ってんだこいつ?」
「自分からオネダリか?」
「とんだ売女だなオイ」
「命令を」
その時、空の上から待ち望んだ命令が降りてきた。
『右の男は鼻を折れ』
「ぶげッ!?」
その言葉通り私は男の鼻を折った。命令通り効率良く最短の手順で。
『左の男から攻撃が来る、避けて右腕を折れ』
「あぎッ!?」
飛んできた右手のパンチをかわしてそのまま突き出された腕を折る。命令通り効率良く最短の手順で。
『残った男は股間に蹴りを入れろ』
「ひゅいッ!?」
命令通り効率良く最短の手順で。
「結局こうなったか、お前は誰かの命令が無いと生きる事すら出来ない社会不適合者だ。俺と同じでどこか壊れてるんだろうな」
「・・・・・」
「命令する。屋敷に戻って俺と婚姻を結べ、お前が生きられるように俺達が命令してやろう」
そう言われた私は多分この時笑っていたのだと思います。
「会わせたい人が三人いる」
屋敷に帰るなりご主人様はそう言いました。
私は今まで進入を許され無かった部屋まで案内され、驚きました。
「お母様?」
一人は可愛い赤ちゃん、もう一人はその子を抱く褐色のエルフの女性、最後の一人はお母様でした。
お母様は私に駆け寄ると痛いくらい抱き締め何度も「ごめんなさい」と言いました。無意識に私も抱き返し涙が溢れて止まりません。
その後、私はアンリエットさんの身の上を聞き兄の凶行を知りいたたまれない気持ちになりましたが、アンリエットさんはこう言ってくれました。
「確かにグリドは憎いし、この恨みは一生消えないだろうけどそれでも貴女達に恨みは無いよ。アンタ達もこの子の家族として接して欲しい」
その夜、お母様、アンリエットお義姉様、私の三人はご主人様の寝室で寝ました。
むせ返る程のご主人様の香りに包まれながら眠る直前に湧き上がったのは一つの気持ち。
女神様、私に素敵なご主人様と優しいお母様と凛々しいお義姉様と可愛い姪を与えていただきありがとうございます。
余談ですがその後、私とお母様はご主人様の勧めで改名しました。
私は今日からハイス・エンドー。
お母様はミスティナ・エンドーです。
レイシーは英語のLazy(怠惰)から改名後のハイスはハイスペックの頭三文字です。
母親ミスティルはまんま“見捨てる”のもじりで改名後のミスティナは“見捨てない”です。
三十二話で出てきて今回初めて名前が出て即退場したマリオネさんはマリオネットからです。




