第九十話 ナイアールノ殺人予告
遠藤段蔵はともかくナイアールが表立って実際に計画殺人を実行したのはコレが最初である。
確かにターゲットであるグリド・ザハーク公爵は目に見えるレベルでの悪徳貴族であり、事実として行政を放棄して放蕩三昧、犯罪組織との繋がりも確認されていた。
だが、それは今までのナイアールのターゲットも同じだったハズだ。何故彼だけに殺人予告が送られたのか?
誰かが言った「きっと女絡みだ」と。周囲は一笑に付したが、歴史上色恋で起こったトラブルは数知れず、またソレはこの惑星とて例外では無い。
無論、それ以前にもアイリーンは上司であるマイクローナ将軍やメアリ姫にザハーク家への強制捜査の許可を求めたが、時期尚早という事で却下されている。
「やれやれ、今日もアイリーンを誤魔化すのに苦労したよ。メアリ、アイリーンの地位を上げすぎじゃないか?仕事上はまだ私が上司だけど爵位だけなら向こうが上だ。自領の兵を動かされたら押さえられないよ」
「心配なさらずとも彼女は動きません。グリ公の私兵は間違いなく強化薬の影響下にありますから慣れない領兵では太刀打ち出来ないので彼女は必ず捜査部隊に頼る事になります。ですが直接の命令権は私達が握っているので彼女も無茶は出来ないでしょう」
「益々不審がられるな」
「いえ、半ば察しているのでしょう。ですが彼の獲物を横取りさせるワケにもいきません、動かないように注視して下さい」
「難儀な事で・・・」
許さない、許されない、例え犠牲になった彼女が総てを忘れて許しても。
許さない、許されない、例えあの娘の父親だったとしても。
あるいは正体不明だった女伯爵なんかよりも余程明確に分かり易い敵がグリドだった、それだけの事なのかも知れない。
そんな彼は今、自分の計画が上手く回っているのだと確信していた。
邪魔だった女伯爵の組織乗っ取りに成功した。
それが本来の組織の一割以下の規模の残党だったとしても。
アークド商会を手駒にして邪魔者を次々と排除している。
既に商会もナイアールの手の内である事も知らずに。
後はダン・エンドーが死ねばクラリースが自分の物になる、奴の息子も血祭りにしてやろう。
クラリースも既にグリドを敵としか認識していなくとも。
彼の元に届く報告は全てが総て吉報であり、転落など微塵も考えてはいなかった。
今日だって星の智慧社の関連施設をツブしてエンドー家の財産を奪い取ったばかりだ。大量の金や美術品がザハーク家に運び込まれるのをグリドは見ていたのだから間違い無い。
自分は負け犬の女伯爵とは違うのだと、だからグリドはアレが来ても冷静だった。
「グリド様!」
執事が持ってきたのは当然ナイアールの予告状。
『明日、貴様の総てを頂戴する。金も美術品も土地も女も命すら例外では無い。 ナイアールが多面の一つ 忌むべき双子のナグ』
「ふん、どうという事は無い、強化兵を出せるだけ出しておけ、それで終いだ」
「御意にございます」
「(下らない、極星級の戦力を無数に持ちながら呆気なく死んだ無能の女伯爵では所詮あの程度だったという事か)明日が楽しみだな」
フラリとグリドの身体が揺れる。
「グリド様、如何なさいましたか?」
「・・・いや、少々疲れただけだ。俺は少し休む、後は任せた」
「承知致しました」
部屋へと入ったグリドを見て執事はニヤリと嗤うのだった。
・・・
・・
・
「うっ・・・もう夜か?」
ガチャリとドアが開き執事が入室する。
「お目覚めになられましたかグリド様」
「ああ、中々調子が良い、これならナイアールが何時来ても問題無い」
「そうですか・・・それは重畳」
執事は懐からゆっくりとナイフを取り出し真横に薙いだ。
「がっ・・・キサマ何を!?」
刃はグリドの左腕の皮一枚を掠めた程度だったが突然の叛逆にグリドの頭は混乱した。そして執事を突き飛ばし別室へ助けを求め自室を飛び出すと、丁度前方から屋敷詰めの兵が見回りにやって来た。
「助けてくれ!な・な・・・ナイアールが俺を!!」
「ナイアールがですかい?」
「早く奴を殺せ!!」
その剣幕に兵士達は顔を見合わせて・・・・・笑い出した。
「な・・・何を笑ってる?早く行かないか!」
しかし、兵達は剣や槍を構えてグリドに向けた。
「貴様達!狂ったか!?」
兵達には魔物化薬と制御薬を服用させておりグリドの命令でその動きを操る事が出来るのだが・・・。
「止まれ!止まれと言ってるだろう!!」
そんな事は知らぬとばかりにゆっくりと兵達が迫ってくる。
「何かが変だ」見慣れた屋敷のハズなのに違和感が拭えない、そう考えている間にも前からやって来た女官が笑顔でフォークを突き立てて来た。
振りほどいたり跳ね除けるのは思いの他簡単だったが、その度に身体に浅い傷を負わされる。それはまるでグリドをジワジワと甚振るかの様だった。
「チッ・・・だが食堂へ行けば・・・」
食堂には万が一の為の隠し通路が用意してある。幸い食堂への廊下は人が少なく傷を負いながらも何とか辿り着けたのだが・・・。
「バカな・・・隠し通路が無くなっている」
食堂に隣接する台所の大瓶の下が通路になっていたのだが、大瓶を退かしても硬い床があるばかり、埋めたのでは無くまるで最初から存在していなかったかの様だった。
コツコツとグリドの背後から足音が迫ってくる。
「逃げ道は見つかったかなグリド?」
「貴様・・・親父だと!?」
そこには前の事件以降グリドの操り人形になっていたハズの父親が立っていた。
「バカな、お前は夢魔に操られて廃人同然だったハズ」
「ああ、あの時の馬面はやっぱテメェの仕業か」
答えたその声は父親の物では無かった。
「テメェに聞きたい事がある、この顔に見覚えはあるか?」
父親の姿をした何者かは一瞬で褐色肌のエルフに変化する。
「お前がまさかナイ・・・ぎゃあぁぁぁ」
投げられたトランプがグリドの頬を斬り裂く。
「余計な話はするな」
「待て、今思い出す・・・そうだ、何年か前に仕事で行ったダンドレジー領の娼館でヤッた女だ」
「・・・」
「アーグド商会が俺へのご機嫌取りで用意した処女らしいがギャアギャア暴れるから二・三回蹴っ飛ばしてやったらカエルみたいにグゴッ!?!?」
ナイアールはグリドを五・六回蹴飛ばした。
「ゲ・・・ゴハッ・・・やめ・・・」
「ん?ああ、メンゴメンゴ、うっかり殺すところだったわ。だが、お前の呻き声は聞くに堪えんな、カエルの方が可愛げも風情もあって俺は好きだぜ」
知ってはいたがグリドの言葉はナイアールをひたすら不快にした。これ以上聞く事など何も無い、最初から分かりきった事だった。
ナイアールは倒れているグリドを掴むと台所の窓へと放り投げた。砕けた硝子の上を転げ回り傷だらけになっている。
「いいザマだなお坊ちゃん、だがまだ足りない!貴様はもっと散々苦しめて苦しめて苦しめぬいてから殺してやる」
このままでは殺されると悟ったグリドはそのまま庭を抜けて外へと逃げようとする。
「街に行けば・・・」
だが、裏門を出て見た光景はグリドを更なる混乱へと叩き落した。
「バカな・・・」
屋敷の外は見慣れたイブリス街では無く夜の闇に沈んだ黒々とした森の中だった。
背後から迫る褐色肌のエルフと鎧を着込んだ兵士達、ここで捕まるワケにはいかない。
「はははは、ドコへ行こうというのかね?」
森の奥へと逃げ込むグリドをゆっくりと追いかけるナイアール、その差が縮まりかけたその時、ナイアールの目の前に炎の壁が出現し、両者を分断した。
「ぐっ、・・・いいところで!」
「こ・・・今度は何だ!?」
森の奥から現れたのは屈強な人型魔物の軍勢だった。
「ザハーク公爵、早くこちらへ!」
魔物達はグリドを守るように列を組み行進する。人の兵士達がグリドに駆け寄って来た事でようやく現れた魔物が薬品によって強化された味方だと気付く。
不利を悟ったのかナイアールは部下に指示を飛ばす。
「全員、屋敷へ退避だ!篭城するぞ」
今までグリドを追いかけていたナイアール達が慌てて屋敷に引き返す・・・しかし。
「無駄な事を・・・」
そんな女性の声が頭上から聞こえグリドが見上げれば、漆黒の翼を大きく広げ全身を妖しく輝かせた女が宙に浮かんでいた。
「放て!!」
女の号令の下、一斉に放たれた魔法はナイアールの篭城する屋敷を跡形も無く消し飛ばした。
「お・・・俺の屋敷が・・・」
「落ち着かれよ、あれは公の屋敷ではありません」
シスター風の女が兵達の中から現れた。
「俺の屋敷じゃ無い?どういう事だ!?」
「追ってお話いたしますがザハーク公はお怪我をなされているご様子、今は治療が先決かと。ビスト、マッパー、閣下を陣地までご案内しなさい」
ニヤニヤと歪な笑みを浮かべる赤い魔物と白い魔物がのっそりと動いた。
◇ ◇ ◇
~本当のザハーク屋敷~
『二日後、貴様の総てを頂戴する。金も美術品も土地も女も命すら例外では無い。 ナイアールが多面の一つ 忌まわしき双子のイェブ』
ある日、ザハーク領主の屋敷で魔物が暴れているという報告を受けたマイクローナ・ホムズ将軍は“たまたま”ザハーク領の近くに派遣していたアイリーン率いる捜査部隊を鎮圧に当たらせた。
魔物の正体は強化されたグリドの私兵達であり、暴れた理由は制御薬によるグリドの命令である事が判明した。
しかし、屋敷内に当のグリドの姿は無く、書斎に乱雑に置かれた予告状だけが残っていた。
「この予告状を最初に見つけたのはどなたですの?」
「私です。執事のパースと申します」
「パースさんは予告状をザハーク公爵に見せたっスか?」
「ええ、ちゃんと部下の一人に渡してお見せするようにと・・・お前に頼んだよな?」
「ええ?私じゃ無いですよ?」
「あれ?じゃあお前だったか?」
「いえ、その日は別の仕事がありましたので・・・」
「つまり、どなたもグリド公に報告していませんのね?」
アイリーンは額を押さえてため息一つ。
コツコツと廊下を歩いていると真っキンキンの女神像が飾られていた。
「執事さん、この像はどこで手に入れられたのかしら?」
「ああ、それはアークド商会から購入した純金の・・・」
執事が言い終わる前にアイリーンは像を叩き割った。
「なっ!何を!?」
「コレが純金?最近の純金とやらはやけに軽いですわね」
像の中はほぼ空洞で破片は明らかに黄金以外の材質だった。
「これも!これも!!これも!!!」
アイリーンは壷・絵画・宝石・宝剣・彫刻を次々と破壊した。
「全部真っ赤な偽物ですわ」
「そ・・・そんな、その壷は三億で・・・」
「ならコレを見てみなさいな」
アイリーンは砕けた壷の破片を取って執事に渡した。
その破片には文字が彫られていた。
「ナ・・・ナイアール作ですとおおおぉぉぉぉ!!!」
「随分買い漁ってたみたいですけど資金は何処から出てましたの?」
「それは・・・」
「ああ、回答は結構ですわ。宝物庫を見れば済む話ですので」
「させん!それはさせんぞ!!」
執事を含む数名の身体が膨れ上がり魔物化するが、アイリーン達は冷静に拳大の玉を取り出して魔物達に投げつけた。
当たった玉はパシャリと弾け中から無色の液体が飛び出す。
「それがどうした?死ね・・・え?」
魔物化した身体はみるみる内に萎み、元の姿に戻ってしまった。
「いぎぎ・・・体が・・・いだい~~~」
「さすが星の智慧社製の魔物化薬中和剤っスね。飲ませなくても浴びせるだけで解除されたっス」
「なんでごんなにいだいの?」
「まあ、副作用みたいなモノですわね。短時間で急激に何度も身体を変化させれば不具合の一つや二つは当然出てきますわよ」
「ぎぎぎ・・・聞いでない聞でないぞ~~~」
「それこそ知ったこっちゃありませんわ。これ以上面倒な邪魔が入らない内に行きますわよリト」
床でのたうち回る家人達を無視してさっさと調査を再開する。
宝物庫の鍵を強引に叩き壊し、一行が目にしたのは・・・。
「宝物庫には・・・予想通り魔物化薬とインチキ美術品・・・後は」
「き・・・金塊の山っス!!こんなに沢山・・・」
「落ち着きなさいリト、大きさはそこそこですが・・・やっぱりやたら軽いですわ」
「それじゃあこれも?この金貨も?」
「これなんてメッキが剥げかけてますわよ」
「じゃあ、この二日の間に全部すり替えられたって事っスか?」
「どうかしら?その前から少しずつ入れ替えられていたとしても不思議ではありませんわ」
ナイアールの思惑に乗るのは気に入らないが、目の前に巨悪が存在するならば成すべき事は一つ。
「グリド・ザハークを違法魔法薬所持と使用、あと国内で私兵を暴れさせた国家反逆罪の容疑で指名手配、屋敷内の家族も例外ではありません、拘束なさい」
「それはいいっスけど結局この予告状はどういう事っスか?」
「今回のナイアールは遊び気の中に悪意が満ちてますわ、予告状を送っておきながら期間は短く且つ当事者の目に触れないように立ち回って、何より特徴的なのは人攫いをした事ですわね。驚かす為では無く恐怖に陥れる為の犯行のように感じますわ」
「だったらザハーク公爵は・・・」
「死んだか、生きていたとしても死んだも同然になっている可能性が高いですわね」
そんな時、隊員の一人が大慌てで向かってきた。
「隊長!大変です!!投獄されていた凶悪犯の一部に恩赦が与えられました!!」
「なんですって!?」




