第八十六話 知られざる終焉
私の名前はジョゼフィーヌ・カリオストロ、少なくとも両親にはそう名付けられました。
これから語る話の内容は信じ難い狂人の戯言に聞こえるでしょう、正直私自身ですら全ては悪夢なのではないかと思っています。それでも、もう長くは無い私の遺言と思って聞いて欲しいのです。
何時の頃からは分かりませんが私の中には私では無いもう一人の私が潜んでいました。ええ、自身の大罪から逃れようと苦し紛れに言っているのではありません。勿論そう受け止められても仕方無い事は十分理解しています。
両親に語っても笑われるだけでしたが、私が成長するにつれ、ソイツは自分の役目を思い出したかのように本性を露にしたのです。
私は何度も両親に警告しましたが、聞き入れられませんでした。そして忘れもしないあの日、とうとう私はあの怪物に体を奪われお父様とお母様が・・・。
その日から体の主導権を完全に奪われ、私はただただもう一人の私、女伯爵の凶行を見続ける事しか出来なくなってしまいました。
それは、地獄のような三十年でした。
ですが二つの希望が現れました。
私の・・・厳密には女伯爵の生徒だったアイリーン・ショルメさんと何処からか現れた多面怪盗ナイアールです。
二人の登場により女伯爵の計画は瓦解し、追い詰められた女伯爵は遂にライヘンバッハ城から落下し、私の悪夢もこれで終わると、やっと解放されると思っていました。
・・・
・・
・
あまりの激痛に目が醒めた。
私はどれ程眠っていたのだろう。
近くからボソボソと声が聞こえる。
私は重い身体を何とか“動かして”聞き耳を立てた。
「馴染むまでまだ時間が掛かりそうです」
「ぐるるるる」
「がるるるる」
「ラヴィニアの遺した記録によれば安定には早くて二・三日、長ければ一週間とありましたが割れた宝玉を使用して、しかも初めての儀式ですから二週間程様子を見ようと思います」
「ぐるるるる」
「がるるるる」
「私の世話はあなた達に任せますが、くれぐれも外で騒ぎは起こさない様に・・・お腹が空いたら“前の身体”を食べなさい、丁度処分したかったのよね」
などと女性が異形の影に命令していた。
そして私の頭は完全に理解した。
何故女伯爵がヨグス国と接触したのか、何故番外検体を回収したのか、その本当の答えがこれだったのです。
私は慌てて屋外に飛び出した。
女伯爵が見た記憶から恐らくアジオ領の秘密拠点である事は判った。幸いにも外には馬が繋いである。
「誰か・・・助けを・・・」
その時思い浮かんだのが怪盗ナイアール・・・エンドー子爵の顔でした。
馬を走らせる内に痛む身体は限度を超えたのか痛覚が麻痺し始めたのは幸いでしたが、痩せ馬に無理をさせ過ぎた為、あと少しで馬は倒れ、私も這いながらやっとたどり着けました。
以上が私の身に起こった事の全てです。女伯爵は今、ラヴィニア姫の姿で安定するまで潜伏しています。お願いです。彼女を殺して下さい。
「これが治療後に催眠状態にして聞き出した全てじゃ」
「事実だと思うか?」
「あれだけ衰弱していればクラリースの支配に抵抗は出来ぬよ。少なくとも本人は嘘は言って無いじゃろう。そして本人の認識と現状の齟齬についてじゃが・・・」
守鶴前はちらりと悪魔執事トラソルの方に合図を送る。
「知らないと言うのはある意味で幸せな事なのですね。彼女は自分が瀕死なのを怪我の為と思い込んでいるみたいですが悪魔の目から見れば、それよりも更に質が悪い、単なる怪我や病であったならナノマシンの力で回復も容易いのでしょうが・・・」
「ジョゼフィーヌの魂がゴッソリと喰われた形跡がある。お主の後輩にもおったじゃろ?」
それは日本のあの街で暮らしていた頃に起きた、ある事件の結末。
「山岸誠に取り憑いた喜多美月か」
「あやつはあっち側の世界と繋がった故に無尽蔵の魔力を持っておったから問題にならなかったが、明るい性格で見失いがちじゃが本来は喜多美月も魔力喰いの悪霊じゃ、魔力が足りなければ憑いた人間の魂を容赦無く貪り喰らう存在じゃ」
「山岸は維持する為の力を持っていた。じゃあジョゼフィーヌは・・・?」
「言うまでも無い、この世界の人間は地球人よりも魔力が高いとは言え悪霊に分けてやる程の力なんぞあるわけが無い、聞けば子供の頃から憑かれていたらしいからのぉ、今まで生きてた事の方が奇跡じゃろう」
「だがそれこそナノマシンの力で・・・」
「手遅れじゃ、既に予備の分を与えたが魂の崩壊が止まらん、魔力を与えても底の抜けた桶のように漏れておる、明日の朝日は見られないじゃろう」
「澱みの沼での魔物化は?」
「あれこそ強い魂があって初めて可能な裏技じゃ、今の状態で行えば魂は消し飛びジョゼフィーヌの身体を変異させた別人になるだけじゃろう、ジョゼフィーヌを助ける事にはならぬよ」
「屋敷内の全員に説明を行う、それからアジオ領に隠密を増員する。それから・・・」
「最上級のもてなしじゃな、わかっておる」
段蔵の命令でジョゼフィーヌは浴場へ案内される。
ある者はのんびり湯に浸かり、ある者は仲の良い者同士で洗いっこしている。その中でも数人で優しく身体を洗われている二人の妊婦が目に留まった。
「貴女方はもしやフーディーさん?フーディーさんではありませんか?」
熊獣人の娘がボンヤリと緩んだ目でジョゼフィーヌを見る。洗われているのが余程心地良いのか口元がニンマリ緩んでいた。
「生きていらっしゃったのですね」
ジョゼフィーヌは涙を浮かべ二人に寄ろうとしたが一瞬足の感覚が無くなり転んでしまった。
「大丈夫ですか?頭は打っていませんか?」
「・・・石鹸で滑った?・・・無理はしない方がいい」
周囲の娘から抱き上げられ、なんとか立ち上がったジョゼフィーヌは溢れる涙を止められないでいた。
「生きてた、良かった。本当に・・・」
女伯爵の目を通してジョゼフィーヌはフーディー母娘が利用され、殺害されたと思っていた。
しかし、そうでは無かった。
彼女達は段蔵に捕らえられ、助けられ、肌を重ね、愛の結晶を宿していたのだ。
「貴女の事は聞いています。思う事もあるでしょうが先ずはゆっくりお湯に浸かって落ち着いて下さい」
「・・・女伯爵は許せないけど、それは貴女とは関係無い事、いっそ貴女も段蔵とヤれば良い。・・・多分段蔵は貴女が女伯爵じゃなくて喜んでる」
「そうね、容姿が好みだという話は何度か本人から聞いています。何れ妻に迎えたいとも言っていました」
「え!?」
「・・・彼にお願いすれば大抵の事は叶えてくれる。・・・対価として一生身体を捧げる覚悟があるならね」
「身体を?」
くらりとジョゼフィーヌの視界が揺らめく、長湯したつもりは無かったが、そろそろ刻限が近いのかも知れない。
「すみません・・・もう時間が・・・私を・・・彼の寝所へ・・・」
結局、ジョゼフィーヌはそのまま倒れそうになった。しかし、周囲の女性が身体を支えた為、倒れる事は無かった。
次に目覚めたのは彼女の希望通り彼のベッド、本来は数人の女性が潜り込んでいるが事情が事情だけに貸し切りになっている。
「あっ・・・」
ジョゼフィーヌは花嫁衣装に包まれていた。
「目が醒めたかい?」
「ええ、ですがもうダメみたいです。身体の感覚がほとんどありません」
「・・・・・」
「フーディーさんから聞きました。貴方に身体を捧げればお願いを聞いてくれるって」
「・・・・・」
「私を犯し殺して下さい、そして必ず女伯爵を・・・」
「それが君の命を賭した切なる願いか?」
段蔵はゆっくりジョゼフィーヌに覆い被さった。
・・・
・・
・
「そろそろ入ってくれ」
扉からクラリースと守鶴前が入って来る。
「お亡くなりになられたのですか?」
「いや、まだ息はある・・・最も時間の問題だろうがな」
「段蔵様・・・」
「女伯爵は性行為に興味は無かったらしいな、お陰で彼女の初めての相手になれたよ。だが・・・」
段蔵はベッドの端に座り項垂れる。
「もうまともな感覚も無かったんだろうな、貫いても血が出ても痛がる様子は無くて、悦ばせようとしても殆ど反応が無かった。ははは、自信無くすぜ」
「・・・」
「痛みが徐々に快感に変わる様子を見たかった、恥じらいながら身悶えさせたかった、快楽に溺れて欲しかった、明日も抱いて欲しいって言って欲しかった、何より明日も生きたいって言って欲しかった」
「段蔵様」
「俺が抱いた女が俺の目の前で死ぬって?俺の子も産まずに死ぬってか?こいつの人生は殆ど夢みたいなモンだ、それも飛びきり最悪な部類の、それが最期の最後にちょっと良い夢になったからってメデタシメデタシで終われるか!!」
「ならば最後の手段じゃな」
「タヌキ姉さん・・・」
「ハッキリ言おう、最早彼女を生かす手段は無い、じゃがその壊れ掛けの魂を別の魂に融合させるのは可能かも知れぬ」
守鶴前は懐から深紅の宝玉を取り出した。
「それは?」
「地球での最後の仕事の報酬としてもらった大魔虫の卵じゃ、まだ善でも悪でもないこいつを孵化させジョゼフィーヌの身体を魂ごと喰ってもらう」
「喰うって!?」
「まあ聞け、上手くいけばジョゼフィーヌの魂を取り込んで一体化させられるかも知れぬ」
「・・・」
「無論成功しても失敗してもジョゼフィーヌは死ぬ。融合が上手く行ったとしても結局はジョゼフィーヌの記憶と精神を引き継いだ別人じゃからな、それでも・・・」
「それでも残せるものがあるのなら!」
「分かった」
守鶴前は宝玉を彼女の大事な部分へ押し込んだ。
「ちょっ!?」
「騒ぐな、さっきまでヤってたこの部分が一番エサが多いのは道理じゃろ」
そしてジョゼフィーヌの腹に手を当てる。
「孵化せ、愛し子、その者の悲しみに濡れた魂を喰らい一つと成れ」
呪文通り幼虫は彼女の腸を食べ、神経を通り、心臓を呑み込み脳と魂を喰らう。
そこで変化が表れた。頭から二本の白銀の角が突き出し背中からは白い斑の昆虫翅が生えた。
急成長した虫は彼女の神経に擬態し可能な限りジョゼフィーヌの形を維持した。
やがてジョゼフィーヌの身体はゆっくりと目を開く。
・・・
・・
・
アジオ領の中心街、今まさに復活した魔人が再び世に放たれようとしていた。
「言い付けを守りよく頑張りましたね、良い子ですよ」
「ぐるるるる」
「がるるるる」
「おや、骨も残さず食べたのですか?お利口さんですね。ますます気に入りました」
「ぐるるるる」
「がるるるる」
「さあ、休暇はおしまいです。今度はもっとゲームの難易度を上げましょうね」
女伯爵が一歩外に踏み出した瞬間、エメラルドの光が二つ目に映った。
『溶けろ』
「え?」
その瞬間、女伯爵の視界が地に落ちた。
「なっ!?」
まだ転移が不完全だったと思い両脇に控えさせていた魔物に救助の指令を送るが何やら様子がおかしい。
バチャバチャと水が跳ねる音が聞こえる。
二体の屈強な魔物は何やら水に溺れるように下半身から消えていく、いきなり発生した水溜まりに体を溶かされ・・・いや、喰われているのだ。
そして水溜まりの発生源は・・・。
「お・・・、おい!こんな所にスライムが!」
「大きいぞ!」
巡回中の兵士がやって来た。女伯爵はリスクも承知で助けを求める。
「助けて下さい」
と、そう言ったつもりだった。
「てけり・り てけり・り」
「スライムが鳴いた!?」
「ビビんなよ、大きくてもたかがスライムだろ?」
「バカ!コアクト子爵館の惨劇を聞いて無いのかよ!巨大化したスライムは何でも呑み込むんだぞ!」
「応援を呼べ!」
(スライムですって!?まさか・・・私が!?)
女伯爵は否定の言葉を叫んだが、すでに彼女の喉は溶け落ち鈴の様な音が鳴るばかりだった。
「てけり・り てけり・り」
そしてエメラルドの光の正体に漸く思い当たる。
(クラリース・ダンドレジーか!あの小娘が!そうか、ラヴィニアが一度魔物化させたから・・・)
既に瞳も失ったが闇の中で未だにエメラルドの光が輝き続けるのが視える。
(バカな、こんな所で私は・・・私が!私の宿敵はナイアールかアイリーンでなければならないのに!)
「野次馬は下がって下さい!」
「応援が来たぞ!」
(おのれクラリース・・・いや、コロジョン・ダンドレジーか!どこまでも私の邪魔をして・・・)
よりによって死後ですら忠誠を貫いていたコロジョンを自分で捨てておきながらこの言い種である。悪党とは言え彼もつくづく報われない男だ。
「魔法兵構え!」
「てけり・り てけり・り」
しかし、死の直前にあって女伯爵には思い出した事があった。
(あっ、そうか・・・私の本当の名前は・・・・・段ぞ・・・私の可愛い弟・・・嫌、もっと遊びたかっ)
そして女伯爵の成れの果てに魔法が殺到する。兵士達はソレが元は何だったのか知らぬまま完全消滅させ、この国の平和を守ったのだ。
その一部始終を見ていたクラリースと守鶴前は女伯爵の最後の思念を受け取っていた。
「まさか、女伯爵の正体が遠藤しおんじゃったとはな。無理に転移すれば滅茶苦茶な時空に跳ばされるとは聞いていたが奴は三十年前に魂だけの状態で跳ばされていたみたいじゃな」
「違いますよ御前様、遠藤しおんは地球で段蔵様がしっかり止めを刺しました。アレは自分を異世界のエンドウシオンと思い込んでた単なる悪霊です。そういう事にしておきましょうよ」
「・・・それもそうじゃな」
そして二人は受け取った思念を粉砕した。これで今度こそ女伯爵は完全に消滅したのだった。
「それじゃあ行きましょうかジョゼフィーヌ」
クラリースは背後のローブを着た人物に声を掛ける。
そう、魂の融合は果たされ新しく誕生した魔物娘はジョゼフィーヌの精神と記憶を行動の基礎に置く事を受け入れたのだ。
「帰ったら結婚式と初夜のやり直しね。あと、前々から思っていたけど顔もスタイルも良いんだからもっと着飾りましょうよ」
「それは私自身も思ってました。アイツは暇があると陰険な犯罪計画ばかり練ってましたからね。本当に無駄な三十年を過ごしたものですよ」
こうして女伯爵は消え去り、三人は帰路に就く、万事めでたく事が運んだ。だが思わぬ幸運に巡りあったのは彼女達だけでは無い。
女伯爵が消滅した地点に柔らかく半透明なピンク色の玉が転がっていた。
呪縛から解き放たれたソイツは人気の無い路地裏に転がっていき、再生能力を行使した。
しかしコアだけの状態では無理があったのか魔力も尽き果て再生は本来よりも幼い姿に留まった。
それはコロジョンによって造られヨグス国の手でラヴィニア姫として育てられた番外検体と呼ばれた少女の姿、名前の無い女の子である。
「???」
コロジョン・ダンドレジーは邪悪で狂的で人を見る目はさっぱり無かったが、それでも紛れも無い天才ではあった。
その証拠に番外検体はラヴィニア女王に女伯爵と二大悪女に身体を乗っ取られながらも魂を守りきったのだから。
「???」
それでもコアのみからの完全再生は流石に無理があったのか記憶は殆ど失われ、再生能力もこれで品切れになってしまったのだが。
そこに老紳士が通り掛かる。
「む!?いかん、馬車を停めよ」
領主アジオ侯爵は全裸で座り込む少女を見つけ駆け寄った。
「ニクロー、サイナ、ウオート、今すぐ彼女に温かいスープを!!」
「あの、お父様、先ず服を用意する方が先なのでは・・・」
「おお、流石我が娘サニー、よく気が付くな」
「はぁ、お父様は少しは料理以外にも目を向けるべきです」
「うぅむ、反論出来ん」
「お嬢ちゃん、パパとママは?」
「ん?わかんない・・・」
「お名前は?」
「・・・わかんない」
「困りましたね、尋常な状況では無いから捨て子でしょうか?でっかいスライムが出たとの報告も聞きましたし、治安が今後の課題ですね」
「決めたぞ!!」
いきなり叫んだ父親にサニーが腰を抜かし掛ける。
「いきなり何ですか!ビックリするじゃないですか」
「ダンの若造は身寄りの無い子供を集めて上等な教育を施し、ゆくゆくは王国の優秀な人材へと育て上げる計画を実行しておると聞く」
「元商人の経営戦略というやつでしょうか?やはりそこらの貴族とは発想が違いますね。変わり種の当家が言えた事ではありませんが」
「我が領地でも人材の育成は必要じゃ、今は理性と知性の時代なのじゃからな」
「学校は?教師はどうされるのですか?」
「儂が屋敷で料理を教えれば問題無いわい」
「だろうと思いました」
そんなやり取りをキョトンと女の子が見ていました。
「料理!料理が出来れば王子様に会える?」
「貴女、王子様に会いたいの?」
「う~ん、よくわかんないけど絶対王子様に会わなきゃダメなの」
「なんと!宮廷料理人になりたいと申すか!こりゃ初っ端から志の高いのが来たもんじゃ。気に入ったわい、では先ず名前を付けてやらねば・・・レインなんてどうじゃ?」
「却下、ドモンお兄様と交際なさっている方が同じ名前でした」
「何と!初耳なんじゃが・・・?」
「あっ、やべ、まだお母様に口止めされてたんだった。今の無し!忘れて下さい」
「待て!母さんは知っとるのか!?そこを詳しく!」
「今はこの子の名付けが先決でしょう」
「むむむ」
「東方風にサヤカとかどうでしょう。何となく爽やかっぽいので」
「それは良いが、後で詳しく教えるんじゃぞ」
「私、末っ子だから妹が欲しかったのよ。仲良くしましょうねサヤカちゃん」
この子が後に『感動を呼ぶ大暴れコック姫』と呼ばれ伝説を打ち立てる事になろうとはこの時まだ誰も知らなかった。




