第七十九話 黄泉返ル怪盗
今、エルキュリア王国は一人の奇人の話題で持ち切りであった。
曰く邪竜の如く不気味に空を支配する
曰く御伽噺の魔王の如く全てを消し去る
曰くおぞましい怨霊の如く如何なる攻撃も受け付けない
その奇人の名は【多面怪盗ナイアール】、ボンド平原にてアイリーンと相討ちとなり炎の中に消えたとされる彼が、まるで亡霊の如く甦り、そして恐るべき事に理性を無くしたかのように破壊活動を始めたのだった。
最初の異変は黒い噂のある富豪マダムの邸宅、怪しげな手紙が届いた後、マダムは燃え盛る邸宅と共に消えてしまった。次の犠牲者は高飛車な貴族の美人三姉妹、同じく業火に呑み込まれてしまった。次もその次も。
事態を重く見た捜査部隊隊長リト・ウッズは王国の為、前隊長の弔いの為、次の手紙が届けられた女商人の屋敷の警備に臨んだ。
今宵、噂の真相を確かめようと女商人の屋敷周辺には人だかりが出来ていた。
『オ前ノ総テヲ燃ヤシ尽クス 灰ニ立ツ者クァチル・ウタウス』
血のように赤いインクで書かれた短い文章に女商人は恐怖を覚えたという。
「何故ワタクシがこんな目に・・・」
「・・・」
「隊長さん、どうかナイアールを捕まえて下さいませ」
「・・・分かりました」
それだけ言うとリトは険しい表情で窓の外を睨んだ。
程なく屋敷を囲むように地面が盛り上がり、地中から武器を持った骸骨が大量に沸き出した。
「ひぃ!スケルトンだ!沼も無いのに何で?」
狼狽する兵達にリトは指示を飛ばす。
「落ち着くっス、多分こいつらはゴーレムっス、ナイアールお得意のまやかしっス」
スケルトン型ゴーレムの出現で野次馬達は逃げ出し、兵達が対応に追われ始める中、正門前に全身包帯巻きでボロボロのローブを着た人物が現れる。
包帯の隙間から覗く瞳が紅く輝けば鬼火が浮かび屋敷に向かって飛んできた。
「総員、迎撃体勢!」
リトが指示を出すと同時に女商人は何やら木箱を抱えて玄関から出ようとしている。
「ちょ!ちょっと待つっス。アンタ、この状況で何してるっスか?」
「何って、折角貴重品を移動したり、燃えやすくなるように改築したりで大変だったんだから、キッチリ燃やして貰わなきゃ損だろ?」
「アンタ・・・まさか!!」
女商人はニヤリと不敵に笑う。
「そんなワケだから他の隊員さん達はサッサと屋敷から離れる事をお勧めするね♪」
リトは一瞬呆けた後、状況を正確に理解して隊員の撤退を指示した。
「それじゃあ今まで焼き払われた人達は?」
「全員俺の家族だ。ちゃんと事前に避難してるよ。それよりも向こうでナイアールがお待ちかねだぜ」
女商人はヒラヒラと手を振ってリトを見送る。リトは駆け出しナイアールに肉薄したところで、その紅い瞳と交差した。
ナイアールの発した鬼火は玄関先に出された木箱に命中して屋敷が一気に炎に包まれる。
女商人は外に出る様子を見せないがどうせ生きてるだろうから今は無視してリトはナイアールに剣を振り抜き鍔迫り合いをはじめた。一瞬でも気を抜けば、にやけてしまいそうな頬を堪えながら。
「目的ハ、果タシタ」
「待て!逃げる気っスか?」
「次ハ、全力デ来イ」
そう言ってナイアールはリトの剣を押し退けると掌サイズの玉を取り出し地面に叩きつけた。
破裂した玉から煙が噴出しナイアールの姿を隠す。煙が晴れればお決まりのパターンでナイアールの姿は消えていた。
スケルトン型ゴーレムも地中に帰り、屋敷は全焼、案の定女商人の遺体は見つかっていない。リトはナイアールとの剣戟ゴッコ中に渡された手紙を読み、グッと手に力が籠る。
「出せるだけの戦力で必ず捕まえてやるっス」
そう、決意を固めるのだった。
場所は変わり王立学院内のジョゼフィーヌ教授の研究室の机の上に、一通の手紙が置かれていた。
『私はお前の全てを知っている。必ず復讐してやる。 多面怪盗ナイアール』
ナイアールからの殺人予告を受け取ったジョゼフィーヌは内容自体には然したる興味が無いのか、冷静に分析する。
「筆跡は過去に見た予告状とほぼ一致しますね。エンドー氏、まさか死に損ないましたか。ですが・・・」
それがどうしたとでも言わんばかりに笑みをこぼす。
「既に私の魔物牧場は王国中で動き始めているのです」
王国軍が察知したとしても軍内に女伯爵の信奉者が潜んでいて、動きは筒抜け、更に悪質な事に魔物達はジョゼフィーヌの死と共に暴走するよう細工してある。そうなれば王国や周辺国は更地になるだろう。
「それとラヴィニアも・・・ふふふ、愚かな犯罪者は王国軍にでも捕まえてもらおうかしら?」
~数日後 ライヘンバッハ城~
五百年前、ウィルバー派の要所の一つとして海沿いの崖の端に建築されたライヘンバッハ城は、女伯爵ジョゼフィーヌ・カリオストロが心優しい両親を自身の手で惨殺した際に相続した唯一の遺産である。
現在、殺人予告状を受け取ったジョゼフィーヌ・カリオストロ教授は安全確保の為、この城で捜査部隊に守られながら身を隠している。
「今日中に王国軍の本隊も大軍を率いてやって来るっス、これでお終いっス」
「念には念をという事ですね。微力ながら私もお手伝いさせていただきます」
「いえ、教授にはこの部屋に籠っていて欲しいっス、入口に見張りを立てておくっスから何かあったら知らせるっス」
(こんなものか、この部屋は窓も無ければ床下も天上裏も入り込む隙間は無い、極星級の魔法で城ごと攻撃される恐れもあるが、私はこれまでずっと魔法の研究を続けてきた、事前に察知して逃走する事は容易い、後はリトさんを殺してその罪をナイアールになすりつけられれば完璧ですが)
ふと、急に人の気配が遠ざかった事に気がついた。
「?・・・兵隊さん?」
ドアの向こうに声を掛けても返事は無い、不審に思ったジョゼフィーヌが部屋を出ると見張りは居なくなっていた。
「これは・・・」
その時、廊下の曲がり角で黒い影が走り去ったのが見えた。
「ナイアール!?」
「クックックックックッ」
謎の影は笑い声を響かせながら走り去る。その背中を追いかけ二人が辿り着いた場所は海が一望できるバルコニーだった。
「追い詰めたわよナイアール、例え風魔法で逃げたとしても私なら撃ち落せます」
「・・・・・」
何も喋らないナイアールだったが、暫らくしてジョゼフィーヌの背後から数人が走ってくる足音が聞こえた。
「遅かったですね、一体何処に・・・」
入ってきた兵達はバルコニーの出入り口を塞ぎあろう事か完全武装でジョゼフィーヌを包囲した。
「これは一体・・・リト隊長、これはどういう事か!!目の前に憎きナイアールが居るのですよ!!」
「まあまあ落ち着くっスよ教授、事情はそこのナイアール・・・いえ、我らが隊長がしっかり説明するっスから」
黒い影がバッとローブを脱ぎ捨てればそこに現れたのは美しい金髪を腰まで伸ばし肌は健康的に赤みがかり紅い瞳が輝く美女・・・。
「お久しぶりですわね教授、どうかなさいましたか?幽霊でも見たような顔をなさって」
あらゆる悪の宿敵、アイリーン・ショルメの姿がそこにあった。
風邪を引いて辛いです。




