第七十八話 決着ノ時
王立学院のジョゼフィーヌ教授に与えられた研究室にて二人の女性が向き合っている。
一人は研究室の主、ジョゼフィーヌ。
もう一人はその教え子、アイリーン・ショルメ。
「お知恵を借りたばかりか、このような貴重な品まで貸し出してもらい感謝の言葉もありませんわ教授」
「これも生徒の為、国の為を思えば大した事ではありませんよ」
「そのお気持ちに応える為にも必ずナイアールを捕らえて見せますわ」
「私の開発した箱は中の宝物を取り出そうとすれば仕掛けが作動して逃げられなくなります」
「ええ、実験では完璧に動作しましたわ」
「何事にも完璧なんてありませんよ。お気を付けて」
礼をして部屋を出たアイリーンを見送るジョゼフィーヌは一人呟く。
「貴女と“彼の御方”に幸あれ」
◇ ◇ ◇
~パロット王子の私室~
「先生とアイリーンが関わった屍食鬼館の事件は聞いています。しかし、彼女が先生との戦いで何らかの傷を負った場合、俺は先生を許さないでしょう」
「俺と敵対すると?確かに彼女と俺が本気で殺し合い、俺だけが生き残ればそうなるだろうな。だが、そうはならないだろう」
「何故ですか?」
「俺と彼女が本気で殺し合った時、その決着は相打ちだろう。復讐する機会なんざ無ぇよ。片方が生き残ってたらもう片方も生き残ってる、それが俺達の関係だ」
そう言って席を立ったナイアールは窓を開けて飛び降りた。
碌に挨拶も無しに部屋を出た恩師にパロットは一人呟く。
「どっちも死ぬなよ」
◇ ◇ ◇
数日前、国中の町や都市、人が集まる場所に看板が立てられた。
『挑戦状 多面怪盗ナイアールへ、〇月△日夕刻にて私の護る宝【フレミングの七詩集の原本】を賭けて一対一の勝負をしたい、ボンド平原にて待つ。 エルキュリア王国ナイアール捜査部隊隊長アイリーン・ショルメ』
中でもエンドー・ダンドレジー男爵領とエンドー・フーディー子爵領の看板だけには妙な記号が描かれていた。
これらの看板を見た段蔵の嫁達、あるいは段蔵本人は決戦の時を予感していた。
後に王都の捜査部隊本部に一通の手紙が届けられる。
『我が敬愛する刑事女王様へ、貴女の挑戦を謹んでお受けいたしましょう。 死すら死せる果ての男“ナイアール”』
その手紙を受け取ったアイリーンは自身の勝利を確信した。
「来ましたわ!ナイアールは確実にこちらの意図を理解していますわ!この手紙が何よりの証拠ですのよリト」
「本当に実行するっスか?一歩間違えたら隊長が・・・」
「だからこそ貴女だけに計画を託すのですわ、後の部隊の指揮は任せましたわよリト」
「了解っス」
「現地では野次馬を寄せ付けないように注意してくださいまし、ヤツは必ず広範囲の攻撃を仕掛けて来ますわ。その時は・・・」
アイリーンの決意の瞳にリトは静かに頷いた。
「やっぱり貴女は最高のパートナーですわ」
◇ ◇ ◇
決戦当日、ボンド平原の広い野原のど真ん中に大きな箱を置いて陣取ったアイリーンは、その時が来るのを待っていた。
周辺数キロは野次馬が立ち入れないように軍がバリケードを張っている。観客は存在しないように見える、陽は落ち始め涼しい風が一陣吹いた。
「来ましたわね・・・」
「・・・・・」
いつの間にか、最初からそうであったかのように彼女の前には一人の口元を布で隠した男が立っていた。
「貴方にお話が・・・」
言い掛けてアイリーンは腰の剣を抜き放った。
『キンッ』と金属同士がぶつかる音が響いた。地面には一本の細い杭が落ちている。咄嗟に殺気を感じて剣を振らなければ恐らく心臓に刺さっていた事だろう。
「待って!聞いて!女伯爵の・・・」
更に三本の一方手裏剣が飛んで来る、一本は回避し二本は剣で叩き落すがナイアールは更に拳大の球を投げつけた。球の一部から火が吹き出している。
「ヤバ!」
アイリーンは咄嗟に火炎魔法を球に当て、顔面を腕でガードしながら体勢が崩れるのも構わずに力の限り飛びのいた。瞬間視界を染める赤き炎と耳を震わす爆発音、しかし間髪入れず黒煙の中から現れる刃を構えた漆黒の男。
アイリーンは強引に体を起こし相手の刃に叩きつけるように自らの剣を振った。
「貴様さえ居なければ、マリー嬢が破滅する事は無かった!冥府で彼女に詫び続けろ!!」
「勝手な事を!貴方が強引にでもポール・ダレット氏を止めていれば済んだ話でしょうに!!」
「ッ・・・黙れ!!」
「クッ・・・こんな事をしてる場合じゃ・・・」
二人が激しく刃をぶつけ合っていた頃、何処とも知れぬ建物の一室、その黒いヴェールの向こうにて女伯爵が慈愛に満ちた表情で思いを巡らせる。
「私の最も優秀な生徒アイリーン・ショルメ、私に初めて恋心を抱かせた紳士ダン・エンドー。ああ、出来れば二人の奏でる音色をもっと聞いていたい。けれどもごめんなさい、私は愛しく恋しいアナタ達だからこそ壊さずには居られないのです。さようなら」
そう言って女伯爵こと王立学院教授ジョゼフィーヌ・カリオストロはアイリーンに与えた箱に隠された魔法を解き放つ。
決戦場のボンド平原に置いてあった箱の隠し戸が一斉に開き、中から大量の火と風の魔石が出現して異常な輝きを放つ、そして・・・。
「間に合わなかった・・・」
「!?」
風に巻き上げられた炎は周囲の何もかもを焼き尽くした。
宝であった詩集も、罠であった箱も、草木も何もかもを、後には黒ずんだ大地だけが残った。
そこにアイリーンとナイアールの姿は無かった。
◇ ◇ ◇
~同時刻 エンドー・ダンドレジー男爵屋敷~
何処からか軍隊に匹敵する人数の賊達が集まり屋敷を取り囲んでいる。
極星オデットは星の智慧社本社に現れた賊の対応で屋敷を離れているが、それを差し引いても屋敷は不自然な程静かで踏み入った賊を困惑させた。
「ボス、貴族の屋敷にしちゃ警備が薄過ぎますぜ」
「騒ぐな、自分の屋敷すら守れない能無しだったって事だろう」
「あれ?こっちの部屋に誰か居るぞ!?」
賊達が入ったのは陽当たりの良いシンプルな部屋だった。そこには金髪緑眼の眼鏡を掛けた淑女が赤子を抱いてあやしている。
「クラリース・ダンドレジーだな?」
入ってきた男達に然したる興味も無いのか、一瞬目を向けただけで直ぐに赤子の方へと向き直る。
「おい、無視すんなよ!」
「そんなにガキが大事ならガキの死体の前でブチ犯してやるぜ!」
「心配すんな、新しいガキをたっぷり仕込んでやるよ・・・って無視すんなっつってんだろうが!!」
しかし、クラリースは窓の外を鬼気迫る表情で見ていた。
外で見張っていた賊達も異変に気付く。
「お・・・おい、何だよアレ?」
「荷台が突っ込んで来るぞ!?」
「何だと!?あの方からはそんな作戦聞いては・・・」
四方から突っ込んできた馬車の荷台部分は屋敷の壁に突き刺さり、満載した魔石が一斉に起動する。
そして、ボンド平原同様に何もかもを焼き尽くしたのだった。
ジョゼフィーヌ・カリオストロは、愛する者達の死に涙しながら狂笑した。
「あはは・・・あは、あははははははは、は~っはははははははは」
その光景を側近のセバスチャン・ボーマニャンは引きつった表情で見つめていた。
(このまま組織の指揮を女伯爵に任せて良いのだろうか?彼女はあまりにも破滅的過ぎる。このままでは我々が得るべき富や権力まで面白半分に破壊されてしまう。ここらが引き時やも知れぬ)
そんなセバスチャンの内心を知ってか知らずかジョゼフィーヌは尚も笑い続けるのだった。
「ふふふ・・・」
セバスチャンの苗字をモランからボーマニャンに変更しました。モランだとそのまんま過ぎて捻りが無いからね。




