第七十七話 暴虐の風
「へぇ、中々大きな真珠じゃねぇか、気に入ったぞ」
「お褒めに預かり光栄でございます、ザハーク公」
「確か宝石商の・・・」
「ココ・ペリでございます」
「ああ、そうだったな。今日は特別気分が良い、オマエともう一人の客人の御陰でな」
「もう一人・・・ですか?」
「そうだ、遂にあの男を滅ぼし、このグリド・ザハーク様がクラリースを迎え入れる準備が整ったのだ。入れ」
2人の前に現れたのは純白の鎧で身を包んだ片目を髪で隠した金髪ミディアムヘアの人間の女性だった。
「あの極星の恥晒しであるオデル・ペレンナを殺せるなら此度の依頼、喜んで引き受けましょう」
「ザハーク公、彼女は一体・・・?」
「こいつの名はオルトルート、風魔法の天才で極星に成り損なった女だ」
オルトルートがバンとテーブルを叩く。
「ペレンナ家の卑怯な介入さえ無ければ私が極星だったんだ。それを連中は実力も無いクセに伯爵家の権力を使って強引に自分達の物にした。私こそが正当な極星だ!」
「その通りだとも、故にオマエには極星もどきに与するダン・エンドーの奴を始末して欲しいのさ。ああ、クラリースだけは無傷で連れて来いよ。後は皆殺しにして構わん。公爵家に歯向かった報いだ、俺が王家に代わって許す」
「私の力を理解していただけるとは、やはりザハーク公は偉大な御方だ。御身の為、必ずや忌まわしき紛い物共を滅ぼして御覧に入れましょう」
意気揚々と部屋を出たオルトルートをが遠ざかるのを確認して、ココ・ペリはグリドに問うた。
「よろしいのですか?あんな阿呆に任せて、言ってる事が滅茶苦茶でしたが?極星の決定は聖ルブラン国にある神代の魔道具が五十年周期で決定しているのではありませんでしたかな?王国の爵位や賄賂の類が役に立たないのは少し考えれば分かりそうですがね」
「確かに頭は悪いが実力は確かだぞ、何せ些細な口論になった相手を屋敷ごと皆殺しにしたらしいからな。単純な分、分かりやすいエサを用意してやれば思い通りに動く便利な駒だ」
「ですが失敗した時にザハーク公との関係がバレるのは不味いのではありませぬか?」
「無用の心配よ。強いとはいえ何の権力も無い田舎の小娘と由緒正しき公爵家当主、どちらの言葉が優先されるかなど考えるまでも無い」
「そこまでお考えでの事とは感服いたしました。自身の浅学菲才さに恥じ入るばかりでございます」
「そうであろう、そうであろう」
ココ・ペリが公爵屋邸から出て暫し歩くと彼の横に並んで歩く女性が現れた。
「首尾はどうだ?」
「ええ、グリドに監禁されていた女性達は全員救出しました。幸いお手付き前でしたので問題ありません、何人かは当家の“家族”になるそうです。そちらは如何でしたか、ダンゾー様?」
「イミテーションをプレゼントしてやったら阿呆みたいに喜んで色々買ってくれたよ。その間に百回程うっかり殺しちゃいそうになったけどな。そうそう、ウチに刺客を送るとか言ってたぜ」
「何ですって!」
「名前はオルトルート、人間の風魔法使いだ。風の極星様との勝負をご所望らしいぜ」
「かしこまりました。ご要望通りオデット様に対応していただきましょう。しかし・・・」
「ああ、この街は・・・」
ザハーク領のイブリス街、領内一の都市であるにも関わらず周囲の人々に笑顔が一切無い、星の智慧社の建設予定地は放置され、対してアークド商会の支部はやたら豪華だ。
「灰色の街だな」
そんな呟きを残し二人は“アークド商会の支部”に帰っていった。
~数日後~
「ターゲット確認、極星候補を名乗るだけあって高い魔力を持っていますね。お屋敷に来たばかりのオデット様と同じくらいですかね?」
「あくまで当時のな」
屋敷中に飛び道具による狙撃手を配置し、刺客を無力化する準備を整える。
「完全迎撃体勢ですね、相手は女性ですけれども引き入れる予定は御座いますか?」
「あ~、まあ、そ~だね~」
(ダンゾー様はそう言ったものの、明らかに拒絶の意思が前に出ています)
純白の鎧を着込んだ人間、顔は兜で隠れているもののオルトルートで間違いない。
彼女は片手を前に翳し、いきなり門番ごと正門に風魔法を浴びせた。
だが、正門も門番も光の壁に包まれて無事だった。
その光景にオルトルートは驚愕する。
「私の魔法を防いだだと?」
「いきなり宣戦布告も無しに人様の屋敷に攻撃ですか・・・、真昼間に夜盗ですか?」
門の奥から現れたのは片手にジャマダハルを装備し背中には小さな純白の翼を生やした黒髪でボブカットの女だった。
「偉大なる公爵家に歯向かう賊は貴様達の方でしょう?問答は結構なので監禁されているクラリース卿を今すぐこちらに引き渡しなさい」
「ココは彼女の屋敷ですよ?監禁もクソも無いでしょうに」
「黙れ悪党!全力の魔法で全て吹き飛ばして差し上げます!」
「おいおいクラリースを誘拐するんじゃなかったの?」
「問答無用!」
先程よりも強い力を籠めて竜巻を放ったオルトルート、地面は抉れ木や石が巻き込まれ巨大なミキサーと化したソレは全てを破壊せんと迫るが女はジャマダハルを縦に一振りしただけで竜巻を切り裂き無効化してしまった。
「貴様・・・一体何者?」
「ダン・エンドーが妻の一人にして風の極星エア・オデルの妹、オデット・エンドー」
「貴様・・・キサマがエア・オデルの妹?そうか・・・ハハハ・・ハハハッハハハハ、簒奪者共め!正義の一撃を受けよ!!」
「正義って・・・ロット・バルトもそうだったけど、あの人が正義嫌いになった理由が何となく解るわ。正義だの平和だの、そんな“当たり前の事”を声高らかに連呼しながら自己を正当化する奴は間違い無く悪党だな」
放たれた一撃はやはりオデットまで届かない。
「リクエストに応えて出てきたけれど、これなら門番だけで対処できるわね。最も、もう少し早く出会っていたら苦戦は免れなかったでしょうけど」
繰り返し放たれる最上位クラスの魔法もオデットに一瞬で掻き消されてしまう状況にオルトルートは驚愕よりも先に怒りを募らせる。
「真の極星たる私の魔法が何故効かない?」
「何故も何も・・・」
「そうか、卑怯者め!違法な魔法薬に手を出したな!」
「何故そうなる!」
「貴様がそう来るならばこちらにも考えがあるぞ!」
オルトルートは懐から錠剤を取り出した。
「!?それは・・・」
「驚いたか?これぞザハーク公より賜った神秘の霊薬、偉大なる力にて全てを消し飛ばして差し上げましょう」
「それはお前の言う違法な魔法薬じゃ無いのか!?」
「バカめ、神秘の霊薬と下賎な薬物との違いも理解出来ないか?」
オデットは真剣に彼女を止めようと試みる。
「もう一度考え直せ、その薬に手を出した人間に私は手加減出来ない、貴女は破滅するぞ」
「黙れ!」
オルトルートが錠剤を口に放り込もうとした瞬間、緑色に輝く何かが彼女を拘束した。
「ぐっ・・・、今度は何?」
屋敷の方から新たに現れたのはダンドレジー公爵配下クラリース・エンドー・ダンドレジー女男爵、グリド・ザハークが求めるその人だった。
「来なさい、貴女はここに来て知るべきです。自身が今、どれだけ危険な位置に立っているのかを」
オデットも改めて説得を試みる。
「貴女の魔力ならもっと高みを目指せる、私達と一緒に暮らせばきっと・・・」
「あなた達と一緒に暮らす?」
その瞬間、ドス黒い暴風がオルトルートを包み込んだ。
「それは私にあの忌まわしきオデル・ペレンナの下に付けという事かぁぁぁぁ!!」
曲がりなりにも極星級の魔法使いであったオルトルートは自身の高い魔力によってクラリースの魅了を解呪してしまったのだ。あるいはここが彼女の最後の分かれ道だったのかも知れない。
「私の眼が効かない!?ならもう一度・・・」
しかし、段蔵はクラリースにそっとメガネを掛け腕で視界を遮った。
「時間切れだ」
段蔵は腕を上げ、待機している狙撃手達に合図を送る。
隠れていた者達が一斉に弓やボウガンを構え、または魔力を集中させ狙いを定める。
しかし、オデットが待ったを掛ける。
「彼女は私を御指名です。最後まで相手するのがスジでしょ」
その言葉に段蔵は狙撃を止める合図を送る。
「好きにしろ。だが、分かってるだろうな?」
そんな問い掛けにオデットはコクリと頷いた。それと同時にオルトルートは魔物化薬を飲み込む。
「来たきたキタァァァァ!!力だ!あのお方から頂いた神聖なる正義の力だぁぁぁ!!」
オルトルートが変じたのはライオンの頭と腕に鷲の羽と脚、そしてサソリの尾を持つキメラだった。
これがもし街に出たならその瞬間、全てがズタズタに引き裂かれる。それ程までに恐ろしい風が吹き荒れている。
しかし、オルトルートは違和感を覚える。自分の立っている周辺の僅か数メートルしか暴風が起こっていないのだ。領主屋敷の並木道には微風一つ吹いていない。
「この世を象る全ては“空”、ゴメンなさいね、貴女が目の敵にしている“風”の極星はもうこの世には存在しないの」
「何?何を言っている?」
「空間固定、空気振動160dB」
そうオデットが唱えた瞬間、轟音がオルトルートの耳に響く。
「イ・・・ギッ・・・み・耳が・・・」
「魔物化してムダに耳が良くなったかしら?200dB」
もはや爆発に近い大音響が連続してオルトルートを打ちのめした。
「ギアアアアアァァァァァァ!ヤメロヤメロヤメロ!!」
「お前に殺された連中だって止めて欲しかったでしょうね」
オルトルートが浮かび上がる。風で飛ばされているのではなく、まるで空に固定されてしまったかのようだ。
「今のエア・オデルは風だけで無く空そのものを操る“空”の極星、覚えておくと良い」
オデットはオルトルートを拘束した空間ごとオーバーヘッドキックで蹴り飛ばした。彼女は遠くの森に隕石の如く突き刺さり土煙を巻き上げているのが確認出来た。
「段蔵様は最初からオルトルートを迎え入れる事に難色を示していましたね。こうなると予想してたんですか?」
「流石にクラリースの魅了を打ち破るとは思わなかったが、俺はどうしてもあの女が好きにはなれなかった。理由の一つは奴がグリド・ザハークを敬愛し積極的に協力していた事、もう一つは奴が常に責任の所在を他人に求めた事かな」
「責任の所在ですか?」
「例えば地下牢に住んでるルーヴィエ、彼女は歪んだ愛にて殺人鬼に成り果てたが、それでも自分の罪を他人に押し付けようとはしなかった。フーディー母娘もそうだ、女伯爵の口車に乗ったとは言え彼女達は自分の罪をしっかり認識している。だが、オルトルートはどうだ?奴は身勝手にも自分の起こした事を全て他人の責任に転嫁している。今回の事だってそうだ、『グリドの命令だから』『オデルが悪いから』に終始していて自身の悪業を正当化している。誰しも多かれ少なかれそういった事は有るが、彼女は度が過ぎている。そんな女は・・・もといそんな人間は願い下げだね」
それはきっと仲間に入れたとしても害悪にしかならない、何より彼女は引き返せない道を既に選んでしまったのだから。
◇ ◇ ◇
~レモン姫滞在宿~
あまりの痛みにオルトルートは目を醒ました。
耳はまるで壊れたみたいに何も感じない。
「起きたの?具合は大丈夫かしらン?」
誰かのそんな声も今の彼女には聞こえない。
「う・・・あ?」
「仕方ないわねン、先ずは耳を治して頂戴」
暖かい何かが彼女の耳に触れ、壊れた耳の奥が治されていく。
「貴女、天才魔法使いオルトルートよねン?一体誰がこんな酷い事を・・・」
霞んだ目の焦点が徐々に合っていくにつれ、話し掛けているのが若い女性だと気付いた。
「でも、もう安心して。貴女ならきっと全てを乗り越えられる。貴女の素晴らしい才能を理解してあげられるのは私だけなんだからン」
その女性は頭に美しいティアラを戴いた美姫、レモン・エルキュリアその人だった。
「貴女の類い稀な才覚を是非私の理想とする王国の為に役立てて欲しいのン、コレは貴女への期待の証よン」
レモン姫の横に控えていた喪服に身を包み顔をヴェールで隠した女が包帯巻きのオルトルートに手を翳す。
喪服の女の手から癒しの光が溢れオルトルートの破けた頬・バラバラに折れた足・損傷した内臓を治してゆく。
「おおおおぉぉぉぉ」
「貴女は今の王国に必要な存在ですわン。その力を是非この私、レモン・エルキュリアの為に使って頂けないかしらン?」
「有り難き幸せ。このオルトルート誠心誠意殿下に尽くす所存です」
「ふふふ、期待してるわよン(悪いけど貴方のオモチャ借りてくわよグリ公、壊れるまでね)」
これがオルトルート破滅の第一歩だった。
オデットが空間を弄ったりしたのは最大限の手加減です。本当なら指定空間内の酸素を増減させるだけでマトモな生物であればあっさりと勝負がつきます。




