第七十四話 屍食鬼館殺人事件 蛇の足編
~某日 役所の一室にて~
本来葬儀の翌日に開示される予定だったオギュスタン・ダレットの遺言状は館の崩壊によって今日まで延期されていた。
今日集まったのは領地の代官であり公証人であるオノール氏、オギュスタン・ダレットの只一人の親族である姪のアントワネット・ダレット、立会人としてアイリーン・ショルメと彼女の副官リト・ウッズである。
オノール氏は愛嬌のある小太りな中年エルフでおよそ1年前から代官を命じられていた。
「最初にお役目をいただいた時はそれはもう警戒しましたとも、正直あまり良い噂は聞きませんでしたからね。ですが直接会ってお話してみたところ噂など何のアテにもならないと思い知らされましたよ。彼は実に穏やかで誠実で若々しく・・・半年前に遺言の相談を受けた時は何の冗談かと思っていましたよ」
「オノールさん、貴方がお会いしたダレット卿の服装をできるだけ正確にお教え願えますかしら?」
「服・・・ですか?いえ、私も片手で数える程しか会っていないので・・・そういえば、彼は真夏でも比較的厚着で絹製の手袋まで着用していましたね。あの日は暑かったからよく印象に残ってますよ。見ているこっちが蒸焼きになるかと思いましたよ」
「そう・・・でしたか・・・(やはり遺言状の主はオギュスタン氏では無くポール氏、ならば遺言の内容は)」
アイリーンはアントワネット・ダレットを見るが彼女は無表情のまま椅子に座っている。
「まあ何にしろ行方不明とお聞きしていたアントワネット様がお戻りになられて良かった。短い間とはいえお世話になった方の遺言だ。“せめて片方だけでも”叶えたいと思うのは人情でしょう」
オノールの表情が若干曇る。遺言の内容を只一人知る彼は事件の全容を知らされてはいなかったが、それでも伝えるべき人が死去したと聞かされれば知らずとも察する事はあったのだろう。
公式にはマリーが恋仲だったポール・ダレットの復讐の為に暗殺を企てた三人を殺害し自身も落雷で命を落とした事になっている。生前のオギュスタンの悪辣さを知る人々からは受け入れられ、マリー・バルフォアは悲劇のヒロインとして語られている。無論、犯人は不明のままにしておきたかったポール・ダレットや生存させて可能な限り減刑させるつもりだったナイアールも望んでいなかった形で、ではあるが。
「では、公開させていただきます。『ダレット家の全財産の2割と屍食鬼館の所有権をアントワネット・ダレット、財産の8割と別宅をマリー・バルフォアに分与する。但しどちらか一方の所在が不明な場合は残った者が全てを相続する。双方の所在が不明な場合は全額我が愛するエルキュリア王国へとお返しする』以上です・・・残念ながらマリー・バルフォア様は不幸な事故により旅立たれた為、遺言に従いアントワネット・ダレット様が全て相続される事と成ります。屍食鬼館は倒壊しましたのでその分少々負担になるかとは思いますが些細な問題ですね」
落ち着いて聞いていたアントワネットはポツリポツリと言葉を漏らす。
「本来なら・・・本来ならばこの席に座っていたのはお義姉様の・・・いえ、こんな席自体設けられる事など無かったのに・・・」
涙こそ流さなかったが悲しみで満ちた言葉が水滴の如く落ちる、やがてひと時口を噤んだ後、表情を引き締めた。
「オノールさん、私は既に遺産の使い道を決めています」
「はぁ、いきなりですね?」
「屍食鬼館の片付けが終わった後は全額領地の運営資金にするつもりです」
「それは・・・事実上放棄なさると?待ってください、失礼かもしれませんが生活はどうするおつもりですか?」
「ご心配には及びません、この1年間お世話になっている家に戻るだけです」
「決意は固いみたいですね、わかりました。遺産は代官である私が責任を持って管理いたしましょう。ですが必要とあらば何時でも言って下さい、可能な限りお返しいたします」
話がまとまりオノールは去り、そしてアントワネット アイリーン リトの三名は場所を変え壁の厚い部屋へと入った。
アントワネット・ダレットへの尋問である。
「さて、話していただきますかしら?1年前から続くこの事件の真実を」
「別に、大した話ではありません。あの夜、お兄様がオギュスタンに暗殺され一族の墓所に埋葬された後、奇跡的に息を吹き返したお兄様はある人に助け出された」
「ある人ってナイアールっスね」
「やはりオギュスタン・ダレットが親族を暗殺していたというのは事実だったのですね」
「ええ、そこに噛んでいたのがロッシュとフランソワです」
「本物のオギュスタンはどうしましたの?」
「さあ?どこかで寝ているのではありませんか?」
「例えば一族の墓所などで、ですか?」
「どうでしょうね?」
「ふぅ・・・では話題を変えましょう。貴女が行方を眩ませたのは暗殺を恐れての事ですか?」
「少し違いますね。オギュスタンは何の力も発言力も無い小娘を政略結婚の道具にしようと考えていました」
「そしてポール氏は貴女の身柄をナイアールに預けた。何故他に助けを求めなかったのですか?」
その言葉を聞いた瞬間、今まで大人しかったアントワネットは声を荒げた。
「何処の誰に助けを求めろと言うのですか!?何の力も無い小娘が、信頼出来る人は皆殺され、周囲はオギュスタンの手の者ばかり、そんな状況で取れる手段があるとすれば自身の命を絶つ事くらいです!!それとも王国が助けてくれるとでも言うつもりですか?こんなになるまで放っておいたクセに今更・・・」
「何と言われようとナイアールが物品を奪っていくのはオギュスタン達と何ら変わらない違法行為ですわ、人が感情だけで法を蔑ろにすれば人の社会は容易く崩壊する。違法を裁くのは違法ではなく法でなければなりませんわ」
「・・・・・失礼しました。少し感情的になってしまいました」
「いえ、お気持ちは御尤もですわ。リト、気分転換にお茶とお菓子をお願いしますわね」
出された紅茶と南国名物フルーツ饅頭をお互い遠慮無く頬張り雑談に興じる。
「ナイアールはやっぱり私を恨んでますかしら?」
「そうですね、助けると決めたお義姉様を救えなかった事実はあの方に重く圧し掛かった事でしょう」
「貴女もそうですの?」
「・・・・・私・・・そうですね。私は少々立ち位置が特殊なので、貴女には別段恨みはありません、最後の肉親であるお兄様を殺めたお義姉様の罪を貴女が暴いた事で溜飲が下がったのは偽りの無い事実ですから」
リトは何と声を掛けていいのか掴めず二人を見てオロオロするばかりだった。
「最後に一つ、貴女あの時ナイアールに向かって“ダン様”と呼びましたわね?それがナイアールの本当の名ですの?」
「・・・・・」
「隠すと為にならないっスよ?」
「・・・・・本当の名だったらどうだと言うのですか?」
「無論、名前も姿も自由に変えられるナイアールに対しては意味なんてありませんわよ。ですがそこから読み取れモノだってありますわ。例えば、あれだけの規模の作戦と資金を用意出来る“ダン様”なんてそれこそ限られていますから・・・それではお疲れ様でした。これで尋問は終わりですわ」
「私を逮捕しないのですか?」
「ええ、残念ながら逮捕できる罪状がありませんから。外まで見送らせていただきますわね」
こうしてあっさりと解放されたアントワネットは人々の行き交う街へと足を運んだ。子供連れのお母さんや行商人、大工さんや売り子が威勢のいい声で仕事する喧騒の中、彼女の背中を見つめるアイリーンにリトが話し掛ける。
「予定通り尾行の準備は整ってるっス、後は隊長の合図だけっス」
アイリーンは指示を出す為右手を振り上げ・・・そのままゆっくりと撤収の合図を送った。
「ちょ!?たいちょ~?」
子供連れのお母さんがアイリーン達の前を通り過ぎるその瞬間。
「惜しかったな、あと少し判断が遅かったらその腕斬り落とせたものを・・・」
そんな底冷えするような声が聞こえてきた。
子供連れの母親はそのまま街の中へと溶けるように消えて行き、力の抜けたアイリーンはそのままヘナヘナと地面に座り込んでしまった。
「やはりあの方の協力が必要ですわ・・・」
リトが聞き取ったのはそんな言葉だけだった。
◇ ◇ ◇
あの事件の後、旦那様は目に見えて元気を無くされました。
私達を今までよりも少々乱暴に抱いたかと思えば詫びるように幼子の如くしがみつき甘える。そんな情緒不安定な日々を送り、その結果オードリーさんミーネさん母娘を筆頭に数名が懐妊いたしました。
無論、旦那様は大変喜ばれましたが、それでも友を喪った悲しみを払拭するには至りませんでした。
「そんな事もあろう、妾達が愛したのは心無き人形では無く喜びもすれば悲しみもする忍としてはどこまでも未熟でそれでいて強い男よ。今は只、存分に癒してやれば良い」
そんなある日・・・。
「解体工事を行っていた屍食鬼館にて澱みの沼が発生しました。恐らく先の事件が呼び水になったかと思われます」
「つくづく縁があるな、わかった俺が出向こう」
「ですが・・・」
「分かっているんだ、俺はこのままじゃダメになる。今一度あの館へ行くぞ」
選ばれたのは豹獣人のシンクさん 蟲使いのマゴットさん 合法小鬼のタルトちゃん そして生前は村一番の狩人だったグールの私でした。
「ガンバり・・・まス」
辿り着いたのは半壊しながらもかつては立派だったであろう邸宅、門をくぐればそこかしこに鎮座する不気味なグールの石像。
「ヒッ!!ダンなさマ、こレ・・・コわい」
リアルな造形のグール像についつい驚いてしまいました。
「そうだな、地球の鬼瓦然りガーゴイル然り、魔を以って魔に対抗するという発想はどこの世界も変わらないのかも知れないな」
「うウう~ワたしト、オなじ・・・グーる。わタしモ、コわい?」
「怖いくらいに可愛いくてセクシーだぞ、俺が作るんだったらお前達の裸婦像が・・・いや、やっぱり本物の造形には敵うまい」
恥ずかしさのあまり止まっている心臓が動き出しちゃいそうです。
「段蔵段蔵、私も可愛い?」
「モチ、犯罪的にペドカワイイぞ」
「フルフェイスの兜を着けた年増じゃ可愛くありませんよね」
「まあ、正直言えばその姿は可愛く無いが、じっくり剥ぎ取って極上の中身が身悶えする姿は可愛いと思うぞ」
「なんとも、旦那様のストライクゾーンの広さは果てしないな」
「上は四桁だからね」
そんな時、マゴットさんの触覚がピクピクと反応しました。
「報告通り蜘蛛型の魔物か、強力な毒を持ち、糸で相手を絡め取る厄介な相手ですな、でも・・・」
「まあ、俺達に毒は効かんし、その為のマゴットだからな」
「こいつら全然可愛く無いしゴツゴツで毛だらけで模様にも品が感じられないから正直操るのも嫌だけど、でもこいつらが我が物顔で人を襲うのはもっと嫌!」
マゴットさんは背中から蝶の翅を生やし空中に飛ぶと七色に発光し、光を浴びた蜘蛛達は恐慌状態に陥り同士討ちを始めた。
「撃ち漏らしは私達で処理するわよ」
タルトちゃんの号令で一斉に攻撃する私達でしたが接近武器を持ってきた私とシンクさんは早くも後悔しました。
「ぐちゃテなっテ キモち わルイ」
大鉈を振り回すシンクさんも何かが飛び散る度に大げさに飛びのいています。でも私はこの身体になってから強くなった代わりに弓が使い辛くなってしまったので仕方ありません。獣みたいに四足で構えた私は超強い魔法の鉤爪を両手両足に装備して最高速度で大蜘蛛を引っかいた。ばっちいです。
「さて、随分お庭を片付けたが、本命はあっちだ」
旦那様が指差した館は破壊された箇所から蜘蛛の糸が伸びた・・・いえ、破壊された箇所を蜘蛛の糸で補っているかのような摩訶不思議な状態になっていました。
「気をつけろよ?蜘蛛の糸ってのは同じ細さの絹糸とは比べ物にならん位頑丈で伸縮性が高く熱にも強い、ましてやあの太さだ、絡め取られれば危険だ」
「館の中は逃げ場が少ない、沼の探索は困難ですね」
「いや、沼の場所は予想がつく、ほぼ中央辺りの一室だ」
迷わず突き進む旦那様を援護しながら旦那様の案内で目的の部屋付近に辿り着いた時、背後から嗤い声が響きました。
「キシ・・・キシシシシ・・・ミィツケタ~」
「む?」
そこに居たのは天井からぶら下がる一際大きな蜘蛛でしたが様子がおかしいのです。
「くモ が、しャべっタ?」
「その声は!!」
見れば蜘蛛の背中の模様がまるでニヤニヤ嗤うエルフの男みたいでとても不快でしたが。驚くべきことに模様の口が動いていたのです。
「チカラ・・・メガ・ノチカラ」
「お前は、フランソワか!!」
「フラン・・・ソワ?キシ・・・キシシシシ、オレ・・・フランソワ・・・ロッシュ!!」
その叫びと共に反対側の天井を突き抜けて何か巨大なモノが落下してきました。ですが、今度のカタチは分かり易い。
「ぐるおおおおぉぉぉぉぉ!!ころして、くう」
下半身が巨大でゴツゴツして剛毛の生えた蜘蛛になっている猫獣人の男性、二体の大蜘蛛に廊下の前後で囲まれてしまいました。
「なるほど、ロッシュにフランソワ、沼に取り込まれたか」
「そんな、言葉を話す魔物なのですか?」
「だが前例はある。魔物娘は刀から知識を得ているから除外するが、以前コロジョンが魔物化して復活した時に明らかに知性を持っていた。カラクリは知らんがこいつらもそれと同じなんだろうさ」
フランソワと呼ばれた蜘蛛が私達を追い込むように糸を吐き出しロッシュと呼ばれた蜘蛛が猛毒を纏いながら突進してくる。
「私達に毒は効かないわよっと」
タルトちゃんとシンクさんと私でロッシュと戦い、その後ろでは旦那様とマゴットさんが厄介な糸を捌いている。
「この間は後頭部をやられてたよな?だったら今度は真正面から穴だらけにしてやるぜ!!」
旦那様は大量の棒手裏剣を浴びせ、私達も連携で蜘蛛を斬り裂いた。
「ヒッ・・・ヒイイイイイィィィ!シニタクナ・・・」
「うごああぁぁぁ!またしぬのかぁぁぁぁ!!」
「すまんね友よ、どの道あの事件が無ければ後で俺が始末する予定だったんだ。回数が一回増えたんだから貴重な経験だったと、あの世で女神アレスタに自慢するんだな」
そうして二体の蜘蛛は塵と消えてしまった。
「うし、粗方片付けたな。部屋に入るぜ」
部屋の中央には大穴が空いておりそこから沼が湧き出ていました。
「これ床下どうなってんだ?」
「調べてみましょうか?」
シンクさんが沼から離れた部屋の隅に大鉈を叩きつけ床板を粉砕するが普通に空洞になってるみたいでした。
「いえ、ダンゾーさん、どうやら沼の周辺は土が盛り上がってるみたいです。まるで・・・」
「ん~、マグマじゃなくて沼が湧いてる小さな火山みたい?」
「それです」
「よりによってこの場所にピンポイントでか?何か作為的なモノを感じるな」
「例の犯罪結社?」
「たブン チがう」
「ああ、俺も違うと思う。連中は出てきた沼に細工は出来ても沼そのものは出せない、可能だとしたら・・・。まあ、今は浄化が先か」
旦那様が愛刀を抜き沼に突き立て私達を絶望から救い出したあの言葉を唱える。
「一・二・三・四 五・六・七・八 九・十 布留部 由良由良 由良由良止 布留部」
沼は光に変換され人型を形作る。けれども今日はいつもと少し違った。
「男女二人?」
現れたのは男女の形状をした光り輝く何かで、女性型の方は腕に眩い光の塊りを抱きかかえている。その光の塊りは何かとても尊いものの様に感じられました。
「まさかお前達は・・・」
女性が旦那様に光の塊りを差し出す。
「君達の子供なのか?」
旦那様が光の塊りを受け取ると男女はゆっくりと光の粒子となって大気に溶けて消えてしまった。旦那様の手に抱かれた光も徐々に弱くなり、やがて安らかに眠る赤子に変化しました。
柔らかな蜘蛛糸で編まれた布に包まり背中から二対・・・四本の蜘蛛の脚が生え、額に宝石みたいな碧く小さな瞳を持った可愛らしい女の子です。
「ああ、お前達によく似ている。この娘もきっと素敵なレディーになるだろう」
「旦那様、この赤子は私に任せていただきたいです」
マゴットさんがそっと旦那様から赤ちゃんを受け取る。
「私達蟲系の魔物全員で正しく蟲の女王に・・・旦那様好みの娘に育てて魅せます」
「そうか、ならマゴットが名付け親になってやってくれ」
「ありがとうございます。ではこの娘の名は今日からアテナです」
タルトちゃんが呆れた顔でマゴットさんをにツッコミを入れる。
「アテナってアラクネを蜘蛛の怪物に変えた女神じゃない、アラクネじゃなくてアテナの方をチョイスするなんて皮肉が利いてるわね」
「意地悪な神々の定めた運命を踏破し逆転できるようにという私なりの応援です」
旦那様はそんな私達を見て笑っていました。
「だンナさマ よろコんでイる?」
「ああ、嬉しいさ、何もかもが消えてなくなったワケじゃあ無い、友から産まれた命は確かにあるんだ」
やっと元気を取り戻した旦那様の為に、新しく誕生した命を祝福する為にきっと今夜は盛大なパーティーになるでしょう。
◇ ◇ ◇
~エルキュリア王立学院 教授の研究室~
「珍しいですね。貴女が私を訪ねて来るなんて。まあ座って下さいショルメさん」
「教授、今日は卒業生として、そして王国軍の軍人としてお願いに参りました」
お茶の準備をしていたジョゼフィーヌの手が止まる。在学中は一人で何でもこなし、平民の出ながら常に好成績を修め教師陣を驚かせていた彼女が人にお願いなんて珍しい事だったからだ。
「国を視て良き方へ変わりましたね」
「だとすれば信頼出来る仲間達が居てくれたからですわ」
「良いでしょう、貴女は私の教え子の中で最も優秀で最も素敵な生徒です。私に手伝える事があるならいくらでも力になりましょう」
ジョゼフィーヌが協力を承諾してくれた事でアイリーンの計画は順調に前進した。
「では、ナイアールを捕らえる為の策を私に授けて下さいまし、ジョゼフィーヌ・カリオストロ教授」
次は日常回です。




