第七十三話 屍食鬼館殺人事件 後編
私は基本、ハッピーエンドが好きです。バッドエンド物もアリだとは思いますが個人的には趣味ではありません。ですが今回は・・・。
「致命傷と思われる物は複数あります。まず後頭部に包丁が刺さっており、少しズレた位置に鈍器で殴られたような跡、落下時に下に置いてあったグールの像で頭頂部は割れ首も骨折と、他にも右肩背後にナイフが一本、左耳や右頬・右腕に刃物による切り傷見られますがこっちは死に至る程ではありませんね。服の汚れ具合や遺体の状況から相当な時間が経過しているので死亡時間は夕食後ムッシュ・フランソワが部屋へと入った直ぐ後だと思われます。凶器は被害者に刺さるか、被害者の周囲に散らばっていました。担当者に確認したところ、紛失した刃物や大工道具で間違い無いそうです」
検死を終えたランドルフが汗を拭いながら参列客と起きている使用人そして拘束状態のハーロック・アドラーに説明を行う。
「そんな事はどうだっていい!この小僧が犯人なのは明白ではないか!ならばこの小僧こそがナイアールで決まりだろう!!」
「と、ムッシュ・ロッシュは仰ってますがプロフェッサー・ジョゼフィーヌの意見は如何ですか?」
ジョゼフィーヌは少し「うーん」と唸った。
「やっぱり違うんじゃないかしら?フランソワさんの死亡時間と、この男の子が見つかった時間には間が開きすぎています・・・まあ、勝手に館に入ったのは褒められませんけれどね」
「すみません勝手に入った事は謝ります、道に迷ってこの嵐で他に行き場が無かったんです。でもナイアールなんて知りません」
ランドルフもジョゼフィーヌに同意する。
「確かに怪しくはありますが彼が犯人では無いでしょう、マドモアゼル・マリーのお話では凶器に使われた包丁や大工道具は2日前から無くなっていたと聞いています。今日侵入した彼では盗み出せませんよ」
「どうだか、ナイアールならば気付かれずに隠れ家とかへ運び出す事だって可能だろう?」
「一旦外へ出してまた中に持ち込むんですか?ナイアールとやらが本当に何でも盗み出すならば当日現地調達の方が楽じゃないですか友よ?」
「むぅっ」
「それに勝手に侵入したと言ってもどうせ家主なんて居ないのでしょう?こんな状況ですし彼は私が監視しますから今夜は置いておいてくれませんかね?」
「私からもお願いしますロッシュ卿」
「教授からそう言われればここは引き下がるしかありませんな」
「それではハーロック君の件は一度置いておいてムッシュ・フランソワの件に話を戻しましょう。彼の右手には小さな皮袋が握られていました。しっかり口が閉じられていた為か袋の中身に雨が入る事は無かったみたいで一通の手紙と金属片が複数入っていました。コレです」
『罪深き強欲の者は地獄へと堕ちた。オギュスタンの同類に悉く死を与えん。 ナイアール』
「となると次はムッシュ・ロッシュか私が標的という事になりますね。しかし“罪深き強欲の者”とはムッシュ・フランソワの事でしょうか?」
「そういえばランドルフ様、私達が談話室でお話している時にフランソワ様が手紙を受け取っていましたが、そちらは見つかりましたか?」
「ええ、見つかりましたよ。雨水が染み込んだ為羊皮紙がグニュグニュになっちゃって読めませんがね。執事さん、手紙を持ってきたのはどんな人物でしたか?」
「2日前ですかね、外套で身を包んで深く帽子を被った小柄な人物と記憶しております」
「そら見たことか、やはりそこの小僧が絡んでいるのではないかね?」
「ムッシュ、今はその事は置いておきましょう。どうせ今の段階では何も解りません。我々は我らが友オギュスタンの事をあまりにも知らな過ぎるのでは無いか」
その言葉を聞いた一人の若い執事が遠慮がちに答えた。
「正直に申しますとフランソワさんは色々と黒い噂の付きまとう人でした。死んだ人の悪口は言いたくありませんがこの館に頻繁に来ていたのもオギュスタン様と何やら善からぬ契約を結んでいたからだとか・・・」
「あのオギュスタンがか?まさか・・・」
メイドの一人もそれに続く。
「オギュスタン様は自分以外の有力な親族を暗殺して今の富を得たという噂がありました。姪のアントワネット様が失踪なさったのも暗殺を恐れてか、あるいは既に・・・」
「君達使用人は恐怖を感じなかったのか?」
「財産と無関係な他人だからでしょうか?文句を言われたり理不尽な振る舞いをされた事はありません・・・まあ、オギュスタン様もあまりこちらと関わろうとはしませんでしたが、正直金払いはかなり良かったので」
「それに、ここ1年くらいは少しだけ丸くなったと言いますか、以前でしたら風邪の使用人が居ても無視をされていたのですが何ヶ月か前に執事が風邪を引いた時は労いの言葉と差し入れを渡していました」
「だが一人だけ厳しく当たっていた奴が居なかったっけ?」
「確か~・・・そう、マリーさんには『あの部屋へ入るな』だとか『それに触るな』だとか他の使用人には無いくらい注意してたわね」
「そうなのですか?マドモアゼル・マリー?」
注目を集めたマリー・バルフォアはしばし沈黙し、ぽつぽつと語り始めた。
「・・・確かに旦那様は私に対する禁止事項が多かったように思います。私が書斎を掃除しようとした時に烈火の如く怒ったのは今でも忘れられません」
しかし、それを聞いたスワーミは声を荒げた。
「デタラメです!たかだか1年そこそこ働いた程度の貴女に何が分かるというのですか!あの・・・」
「スワーミ!!今は君の意見ではなく周囲から見たオギュスタンの印象から事件の関連性を調べているのだよ」
「すみません、出過ぎた真似をしました」
「ふぅ、長旅の後でこんな事件だ。皆さん少々気が立っているのかもしれませんね」
張り詰めた空気を破るかのように間の抜けた声が遠慮がちに発せられた。
「あの~そろそろこの縄を解いていただけるとありがたいのですが・・・」
「あ?君まだいたの?さっさと部屋に行って寝てて良いぞ?」
「さっきアナタ自分で『私が監視します』って言ってましたよね?アナタが部屋へ連れてって下さいよ」
「あ~、わかったわかった。皆さん一旦休みましょう」
ジョゼフィーヌも同意する。
「それが良いわね。睡眠不足は良き思考の敵です。体を休ませれば良い考えが浮かぶかもしれません」
部屋の戸締りをしっかりして一度全員就寝する方向で話がまとまった。
◇ ◇ ◇
あのランドルフという紳士と出会ってから私の調子が変だ。
まるで胸が締め付けられるかのような・・・クラリースの夫、ダン子爵を見た時も同じ感覚を覚えたけれども。
私の力で彼を手助けしてあげたい、全ての謎を光の下に曝け出して差し上げたい。
私はこれ程までに惚れっぽかったでしょうか?
嗚呼、そういう事でしたのね・・・。
叶うなら私の全てを彼に捧げたい。
◇ ◇ ◇
早朝、犯人はあの後活動する気は無かったのかフランソワ以外の犠牲者は出なかった。しかし館内での二件目の殺人に使用人は皆恐怖した。
そんな中、事件に興味を持った三名ランドルフ スワーミ ハーロックはフランソワの部屋に来ていた。
「部屋の中は荒れ放題だね」
「フランソワの事だ、何者かとアブナイ取引をしていたなら鍵を掛けるハズだが私達が踏み込んだ時には開いていたな」
「ああ、ゴメンナサイ、それ僕が開けたんだ」
「何?」
「こう針金でクイクイッと」
ピッキングのジェスチャーをするハーロックにランドルフは呆れ顔になる。
「悪ガキめ、それで君が忍び込んだ時には既にフランソワは落ちていたんだな?」
「ええ、僕がこっそり休める場所を探していた時にあの奇抜なドアが目に入って、中に入ると窓が開けっ放しで変だと思って外を見たら」
「頭カチ割ったフランソワが倒れていたと」
「その直後ぐらいですね、ランドルフさん達が踏み込んで来たのは」
「そうか・・・やっぱり妙だな」
「旦那様、やはりハーロック君が怪しいと?証言は全て出鱈目だと?」
「ええ~、そんな~」
しかし、ランドルフは慌てて否定した。
「ああ、違う違う。私はそもそもこの悪ガキを最初から疑ってはいない、妙なのはこの状況さ」
「状況・・・ですか?」
「そうだな、まずドアを傷つけたのは誰だ?」
「それは犯人だろ?」
「よろしい、ではフランソワは何故ドアの鍵を閉めた?」
「さっき旦那様が言った通り誰かと密会していたからではありませんか?」
「なるほど、では密会の相手はどうなった?」
「え~っと、他に犠牲者は出ていないのですから密会相手が犯人なのでは?」
「では、どうやって殺害した?」
「え?それは・・・フランソワが背中を向けた隙に鈍器で殴りつけた?」
しかし、ハーロックはその意見に疑問を挟む。
「本当にそうなのかな?だとすればフランソワさんは大量の刃物や鈍器を持った人物を部屋に招き入れた事になるね」
「それにこの部屋、綺麗すぎるんだよな」
「?・・・私には荒れ放題に見えますが?」
「確かに窓開けっ放しの所為でエライ事になっているが、それでも争った形跡は見られない、刃物・鈍器をジャラジャラ持った変態が部屋に入ってきたんだぞ、抵抗くらいするだろう?」
「あとドアの鍵が掛かっていた事と窓から落とした事も疑問ですよね」
「窓?ドア?ハーロック君、それはどういう・・・」
いまひとつ事情を飲み込めないスワーミにランドルフが説明を入れる。
「私達が見た時にはドアは酷く傷付けられ刃物が3本も刺さっていた。明らかにこれは犯人が見せしめの為に行った事だ。だというのにドアに鍵を掛けるというのは見せしめとは真逆の行為だ。無論、被害者を窓の外に放り出すのも同じだ。見せしめ目的ならば鍵は掛けず遺体は部屋に残した方が効果的だろう」
「あと一歩情報が足りないって感じですねランドルフさん」
ふと、窓の外を見たスワーミが何かに気付いた。
「あれ、外の木の枝にぶら下がってるの何でしょう?」
それは一本の紐だった。しっかり縛ってあるのかこの嵐でも飛んでいく様子は無い。
「少し手を伸ばせば取れそうですね。何かの証拠になるかも知れないので取って調べてみましょうか?」
「あっ、おい、外は雨風が強いから注意しろよ」
スワーミは窓を開け、軽く顔を出し右手を伸ばして紐に触れた。
『まず後頭部に包丁が刺さっており、少しズレた位置に鈍器で殴られたような跡・・・』
『右肩背後にナイフが一本、左耳や右頬・右腕に刃物による切り傷見られます・・・』
『凶器は被害者に刺さるか、被害者の周囲に散らばっていました・・・』
『彼の右手には小さな皮袋が握られていました。しっかり口が閉じられていた為か袋の中身に雨が入る事は無かったみたいで・・・』
その瞬間、ランドルフは全てを理解した。
「ああ、酷く雑で単純な事だったんだ。文字通り朝飯前だったな」
「旦那様?」
「もう良い、朝食には真相を話すから私達は部屋に戻ろう」
「はぁ、旦那様がそう言うなら」
◇ ◇ ◇
部屋を追い出されたハーロック・アドラーは溜息を吐く。
「僕を追い出して何を始めるのかと思いきや、お盛んな事ですね。このまま彼に任せればこの件は解決するでしょう。諸々の疑問もあるけど・・・」
「あら?君はハーロック君ですか?」
声を掛けたのはジョゼフィーヌ教授だった。
ハーロックは最初に出会った時から彼女の事があまり好きでは無かった。物腰柔らかな裏で相手を見透かしているかのような嫌な気配を感じるのだ、或いはそれが教師というものなのかもしれないが。
「ランドルフさんはどうしたのですか?建前とは言え今は彼が君の保護者でしょう?」
「ランドルフさんは事件解決の目処が立ったから僕への興味は無くしたみたいです。余計な事はせずに適当に遊んでこいって」
「不満そうな顔ですね。良ければ先生に話してみて下さい」
(これだからこの女は嫌いだ。こちらが奥底に仕舞っている思いを読み取り掘り起こそうとする)
ハーロックは少し逡巡したが、結局自身の内なる疑問を明かす事にした。
「結局オギュスタンという人物は何者なのでしょうか?非常に評判の悪い人物かと思えば死亡までの僅かな期間に急に人が変わったかの様に思えます」
「そうですね。私も正直に言えば、今回の葬儀は仕事上の付き合いで来ただけでオギュスタン氏本人についてはあまり良い評価はしていません、最後の最後に改心したという事でしょうか?」
「人の心なんてそんなに簡単に変わりませんよ・・・」
「う~ん、でしたらいっその事遺体を調べるというのはどうでしょうか?」
「僕は今思いっきり疑われている身の上ですよ、それなのにノコノコ遺体に近づいたら益々ナイアール扱いされるじゃないですか」
「大丈夫です。困っている子の手助けをするのは先生の役目です。任せてください」
実際にジョゼフィーヌ教授の言った通りだった。彼女が柔らかな笑みを浮かべ使用人と2・3話をすれば直ぐに棺の安置してある部屋へと通された。
「なんだろう・・・この違和感・・・顔は確かに老人だけど肌が妙に若々しい、これじゃあまるで」
脳裏に浮かんだのは暗き星空の下、城屋敷の高き屋根の上にて照明を当てられ不敵に嗤う混沌たる怪人。
「まさか・・・」
オギュスタンの髪を掴んで乱暴に引っ張るが当然髪は取れなかった。
「いや、そんなに簡単に取れたら生活に支障が出る・・・手順があるハズだ」
しばしオギュスタンの頭部を弄るハーロックとそれを静かに見守るジョゼフィーヌ。やがてハーロックはモミアゲの辺りを擦り始める。
「ん・・・もう少し・・・」
ペリペリと何かが剥がれる音がして白髪が少しずつ端から取れていく、同じく豊な髭も剥がしていくと、現れたのは若々しい青年の顔であった。
「コイツは・・・誰?」
「もしやポール・・・ポール・ダレット君ですか?」
「知っているんですか?」
「ええ、オギュスタン氏の甥にあたり以前は学院にも在学していましたから。ですが彼は1年前に病死したハズです」
「また1年前ですか、やっぱりその時期に何かあったんだね。え~っと」
・ポール・ダレットの病死
・アントワネット・ダレットの失踪
・オギュスタン・ダレットの気性が軟化、但しマリー・バルフォアに対しては厳しかった
「後は~」
「マリー・バルフォア嬢がこの屍食鬼館で働き始めたのも1年前だそうですね」
ジョゼフィーヌは青褪め唇がワナワナと震える。
「もしこの恐ろしい成り代わりがナイアールの陰謀ならば彼は一体何を目論んでいるというのですか!」
「・・・朝食まで時間が無い、後は直接当事者達を問い質す外ありませんね」
稲妻走る空をハーロックは窓から睨み付けた。
◇ ◇ ◇
ランドルフはベッドに寝転がり金属片を玩んでいた。
それは破壊されたオギュスタンの部屋の扉の鍵で、固まった彼の血がべったりと付着していた。
「お前がその道を選んだならば“俺”も友として、かつてお前に道を示してしまった者として責任を持ってその道を全うしよう。それで異論は無いな?」
「・・・お二人が決めた事であれば私に反論の余地はございません」
「結局こんな事になってしまってすまない」
「それも私達兄妹が選んだ道です」
「そうか、ならばそろそろ食堂に向かうか、次の犠牲者が出る前に、彼女を救う為に」
食堂には既に朝食が用意され教授とハーロック以外の主要な人物は集まっている。
ならばと、ランドルフは注目を集めるように手を叩いた。
「皆様、朝食の前に一つ宜しいでしょうか?今朝行った現場検証についてです」
「ほう?やっと何か掴めたのかね?何にしろこれで落ち着けるというものだ」
ランドルフはサッとロッシュの横に移動すると彼の前に置かれたスープを奪い取り口に運んだ。
「あっ!おい!!」
「うん、中々美味です。しかし味付けに毒薬というのは減点と言わざる負えませんな」
その瞬間、食堂に居た全員が固まる。その中でも最も動揺していたのは・・・。
「そうですね、マドモアゼル・マリー?」
「何故・・・?」
「それはどっちの意味でですかな?毒を飲んでも平気な事については、私は医者ですから事前に解毒剤を用意するなど簡単だっただけです。貴女が犯人だと気付いたのは色々ありますが、まず疑問に思ったのは検死の時に傷が背後に集中していた事ですね。考えてもみて下さい、刃物や鈍器を大量に持った人物相手に背中を向けるようなマネをするでしょうか?」
「それは、相手に気付かれずに背後から襲撃したからでしょう!」
「ノン!彼はあの時鍵を掛けていたのですよ。合鍵を使ったり何らかの手段を用いて開けたとしても全く気付かないというのは不自然です。同様に凶器が外に散乱しているのも妙です」
「武器を投げるというのも戦闘職の方なら容易なのではありませんか!?」
「ノン!だとしても室内に争った形跡が無いのは不自然です。そして、ムッシュ・フランソワが外に落下していたのも妙です」
「殺害後に窓から落せば・・・」
「ノン!それでは見せしめとしてドアを傷付けた意味がありません、答えはこうです」
ランドルフが取り出したのは検死の時に確保した皮袋と羊皮紙。
「恐らく手紙には『オギュスタンの時と同じく取引してやる。窓の外に金貨を用意した』とでも書いておいたのでしょう。金貨の入ったと思われる皮袋を見つけたムッシュ・フランソワは窓の外に手を伸ばした、そしてソレを上の階の自室で見ていた犯人はありったけの刃物や鈍器を投下した」
バンとランドルフがテーブルを叩く。
「風が強く命中するかどうかは半分賭けだったと思われるが結果は皆さんがご存知の通りです。ムッシュ・フランソワは致命傷を受けて落下、その後部屋のドアに傷を入れればドアから侵入したように見えるでしょう。そして使用人の部屋は全て三階にありムッシュ・フランソワの真上の部屋は・・・貴女ですマドモアゼル・マリー」
マリーはそのままへたり込んでしまった。
「動機は恐らく復讐・・・でしょうね。残念ながら我らが友は、善良とは程遠い行いを繰り返していたようです。ムッシュ・フランソワとの取引も禁制品関連だったようです。こうなると有力な親族を暗殺して回ったというのも真実味を帯びてきますな、怨まれる要素は多分にあったのでしょう。偽の予告状を送りナイアールとやらに罪を擦り付ければ多少の不可解は見逃されてしまうみたいですしね」
しんと静まり返る食堂でランドルフはマリーの頭を優しく撫でる。
「君はまだ若い、幾らでも立ち直れる。なんなら私が今回の事件の弁護をしても良い、だからこれ以上罪を重ねる事は・・・」
しかし、ランドルフの言葉が最後まで紡がれる前に食堂の扉が勢い良く開かれた。
「待ちなさい!事件はまだ終わっていません!!」
現れたハーロックとジョゼフィーヌを見てランドルフは舌打ちする。
「チッ、今は子供の出番ではありません。プロフェッサーまで一緒になって何なんですか?」
「当事者である貴方がたに答えていただきます。何故、ポール・ダレットの遺体がオギュスタン氏の変装をしているのですか?アントワネット・ダレットさん」
ハーロックが強くスワーミに詰め寄る。
「・・・何の事でしょう、私はランドルフ様の使用人に過ぎません」
「いい加減にしないか!妄想も甚だしい!館の使用人達は何をしていたんだ。遺体を盗まれる可能性があるから見張っておけと言っておいたのに」
ジョゼフィーヌが申し訳無さそうに頭を下げる。
「すみません、私が無理を言ってお願いしたんです」
へたり込んでいたマリーは、ブツブツと独り言を呟いている。
「ポール様が?・・・どうして?・・・」
「聞くなマリー!!彼は去年オギュスタンに殺されたんだ。君の復讐は成された、仇は討った、それでこの件は終わったんだ!!」
何とかランドルフがマリーを宥めようとするが今まで成り行きを見ていたロッシュがタイミング悪く口を挟む。
「だが教授も一緒に確認したのだろう?ならば一度全員で見てみるべきだろう」
その言葉を聞きバネのように立ち上がったマリーは遺体の安置されている部屋へと駆け出した。
「何て事だ!!今すぐマリー嬢を捕まえろ!彼女を遺体へ近づけるな!!」
ランドルフ達は後を追ったが時既に遅くマリーはポールの遺体にしがみついていた。その表情は泣きもせず怒りもせず只々虚ろな瞳で錠剤を取り出し飲み込んだ。
「バッ!!何故その薬を!?」
それはかつてロット・バルトを唆しマリーにオギュスタンの陰謀を教えた“先生”が最後の手段として渡した物だった。
彼女の両腕は肥大化し剣の如き爪が伸び、絶望に満たされた心は破壊衝動へと変換された。
彼女はロッシュを見つけると驚異的な速度で彼の前に移動し腕を振り上げた。
「バカな!!こんなのは聞いていないぞ!私はただ命令通りに・・・」
「ロッシュ!避けろ!!」
「知らない!嫌だ!ひっ・・・女伯爵さ・・・」
言い終わる前にロッシュは彼女の爪で袈裟懸けに両断された。そして次に彼女が目を向けたのはジョゼフィーヌだった。
ジョゼフィーヌに向かって高速で爪を突き出す彼女だったがランドルフがジョゼフィーヌを引っ張った事で何とか即死は免れた。しかし、ジョゼフィーヌの右肩はマリーの爪で大きく斬り裂かれた。
「うぅ・・・」
「教授!この布で傷口を押えて部屋の外へ!!」
何とかジョゼフィーヌを避難させたランドルフがマリーの方を向けば今度はハーロックを標的としたらしくその腕を振り上げていた。
しかし、ハーロックは軽快なフットワークで回避するとマリーの腹に火炎魔法を纏わせた拳を叩き込んだ。
「その動き・・・貴様まさか!?」
そしてハーロックが飛び蹴りでマリーの頭を潰そうとした時、ランドルフが愛用の“刀”の鞘で押し止めた。
「彼女は危険だ!このままでは他の住人達にも犠牲が出るかも知れないのに何故止める!?」
「マリーを追い込んだ貴様が言うな!お前が余計な真似さえしなければ彼女は真実を知る事は無かったんだぞ!!お前さえ来なければ・・・」
ハーロックを押し退けたランドルフだったが次の瞬間背中に一筋の熱が走る。
「ぐぅっ!!」
幸いにも僅かに掠めた程度だったが、斬り裂かれた肌から血が滴っている。
もう一撃、と腕が振り上げられた時、スワーミがランドルフを庇う為、マリーを突き飛ばす勢いで抱きついた。
「マリーお義姉様もう止めてください!こんな事お兄様は望んでいません!」
「ア゛?・・・アントワ・・・ネット・・・?」
「そうですポール・ダレットの妹のアントワネット・ダレットです。ですから」
「アッ・・・」
マリーが戦意を失った瞬間、彼女の精神に悪意が流し込まれた。
『それでは面白く無い、折角の悲劇なのだから堕ちるところまで堕ちるべきでしょう?』
その、頭の中に響く声の命ずるままに、マリーは忍ばせていた魔物化薬を全て飲み込んだ。
「アガァァァァァァッッッッ!!!!」
「いかん、全員を避難させろ!!」
膨大な魔力と肉体の肥大化によって館は崩壊し、マリーの身体は屋根を突き抜けて人の・・・否、生物としての形状から大きく外れた姿へと変貌した。
それは悲劇と崩壊の象徴である高き塔だった。塔の表面には無数の眼があり絶えず血の涙を流している。
「オオオオオオオオン」
ランドルフ達や使用人も全員が未だ雷雨止まぬ館の外へと避難したが、塔となったマリーは全てを焼き払う為に魔力を集中させ始める。
その時、轟音と共に強烈な光が走り雷が塔を穿った。
雷の直撃を受けた塔は魔力の制御が狂い自らを崩壊させ始めた。
「マリー!!」
崩壊する塔に、屍食鬼館に駆け寄ろうとしたランドルフをスワーミが必死に止める。
「お止め下さいダン様、お義姉様はもう・・・」
「チクショオオォォォォ!!!」
燃え盛る館の奥で男女が抱き合い炎に呑まれ瓦礫の中へと消えていく姿を見たランドルフは、そのショックに何度も嘔吐した。
「うっ・・・ゲハッ・・・オエエエェェェェ・・・」
・・・
・・
・
少しずつ雨が止み晴れ間が見え始めた頃、ジョゼフィーヌの治療を終えたランドルフは館の前に立っていた。ふと、人の気配を感じ取ったランドルフは振り向きもせずその人物へと話しかける。
「満足かよ名刑事、お前は明かさなくて良い謎を解き明かし一人の女性を破滅させたんだ」
「私は・・・」
「彼女が愛した男性をよりによって彼女自身が殺めたなどという事実は永久に伏せておくべきだったのに!」
ランドルフ・・・ナイアールに何も言い返せぬままハーロック・アドラー・・・アイリーン・ショルメはその背中を見つめていた。やがて一陣の風が吹いた時、ナイアールもアントワネット・ダレットも姿を消していた。
遅れてやって来た捜査部隊に周辺を任せてアイリーンはリトの待つ馬車へと向かったが、その途中で使用人の一人がアイリーンに紙を渡した。
「ランドルフさんから頼まれていた書斎の蔵書の目録です。彼が何処を探しても見当たらないので代わりに渡しておいて下さい」
リストを受け取り馬車に乗ったアイリーンをリトは笑顔で迎えた。
「お疲れ様っス隊長、何だかスゴイ事になってますね~」
「ええ、そうですわね。今回は少し・・・疲れましたわ」
「おや?隊長、その箱は?」
アイリーンの手には鍵付きの小箱があった。
「故オギュスタン氏の最後の遺産・・・ですわね」
いち早く館に侵入していたアイリーンは、真っ先に殺人現場を調べ、重要な証拠である小箱を確保していたのだった。
「コレって魔道具っスよね。確か無理に壊して開けようとすると中の魔石が発火するっていう」
アイリーンは針金を取り出すと器用に小箱の鍵を開けた。
「手紙?」
中に収められていたのはポール・ダレット宛に届いたと思われる数通の手紙だった。
『我が友よ、連中は君の事を本物のオギュスタンと思い込んで接触したらしいが、関わらない方が懸命だろう』
『我が友よ、オギュスタンへの復讐を手伝う対価として君の妹君を受け取り君は私の思い通りに動く貴族となった。だが、これ以上の事は望んではいない、ジム・モロアッチは危険過ぎる。即、連中とは手を切れ』
『我が友よ、君が送ってくれているジム・モロアッチの情報は正直有り難いが、何度も忠告した通り連中は危険だ。対価はもう十分に受け取っている。早くマリー嬢に正体を明かして落ち着く事を私と君の妹君も強く望んでいる』
「ああ、それで・・・」
アイリーンはオギュスタン殺害現場に残された脅迫状と思しき手紙の文面を思い出す。
『これで最後だ。今すぐに手を引け、さもなくば近くお前達に災いが訪れるだろう』
「ポール氏がマリーさんを近寄らせなかったのは巻き込みたく無かったからですのね。そして死の直前に扉の鍵を掛けたのはマリーさんを少しでも容疑者から外す為、尤もナイアールはマリーさんを逮捕させて真実を知られないように隔離したかったみたいですけれどもね」
ポール・ダレットが早々にこの忠告を受け入れていたならばあんな結末にはならなかったのかもしれない。
「やりきれませんわね・・・ん?手紙がもう一通・・・こっちは書きかけのもの?」
『再三の忠告は感謝する。だけど俺はとうとう掴んだんだ。オギュスタンのクソジジイに知恵を貸していた女伯爵への手掛かりはやっぱり本にあったんだ。その・・・』
「ここで文章は途切れてますわね・・・・・っ!!!!」
その瞬間、アイリーンの脳裏に閃光が走る。
「まさか・・・」
「たいちょ~?」
アイリーンは先程渡された蔵書のリストを広げた。
「やっぱりありましたわ!!」
「うわっ!びっくりしたっス」
アイリーンが指差したそのタイトルは【星辰の魔法力学】だった。
◇ ◇ ◇
~何処とも知れぬ一室~
暗がりの中何本かの蝋燭の炎が揺らめく部屋、黒いヴェールの向こうに居る女伯爵は屍食鬼館から奪われた【星辰の魔法力学】を手に薄い笑みを浮かべているのだった。
遅くなってすみません。トリックとかに矛盾はないですよね?少々ガバっても多めに見て下さい。次回はちょっとだけ屍食鬼館の後日談の予定です。




