第四十八話 牢獄姫達より
私はレモン姫暗殺未遂の罪により禁固刑を言い渡され、ダンドレジー領へと護送されている。最愛の妹ぺシャーは普通の馬車で移動する予定でしたが本人の希望で私と同じ護送用の馬車に乗る事となりました。
妹が心配そうに私に抱きついています。もちろん私も怖くないかと問われたら怖いと答えます。ですが、私はそれだけの罪を背負ってしまったのです。
「私は大丈夫だから」
そんな、心にも無い言葉で妹を安心させようとしますが、そんな事は気休めでしか無いのも気付いているのでしょう。
ぺシャーは今後、ダンドレジー領が新設した教育施設とやらで生活が保障される事になっている。私の事は早く忘れて幸せに生きて欲しい。
「お嬢ちゃん方、そろそろ領主屋敷が見えてきたわ」
御者を務める女戦士さんが楽しそうに声を掛けてきた。
「あんた等も災難だな。まあ、自分の人生だ。今後は後悔しない様に身の振り方はしっかり考えるんだね。何なら領主様にその身体を差し出してみる?あの方は義理堅いから抱いた女には全力で愛と贅を注いでくれるわ、それこそ一生食うに困らない位のね」
人の人生を冗談めかして笑う女戦士さんに少しムッとした私はついつい罪人であるにも関わらず反論してしまった。
「それならば貴女がその身を売ってはいかがですか?一生食べるのに困らないのでしょう?罪人の護送なんて仕事から解放されるんじゃないですか?」
言ってから怒られるかと思った。最悪殴られるかとも思ったが女戦士さんは大笑いした。
「もうとっくに全部あげちゃってるのよ。あの屋敷には私専用の部屋があって、まるで王族みたいなドレスやアクセサリーが沢山あって、毎日美味しいもの食べて、優しく抱いてくれる愛しい人が居る。どう?羨ましいでしょう」
なんて嘘みたいな話を嬉しそうにするのです。
「信じられません。でしたら何故貴女はこんな仕事をしているのですか?」
「好きな仕事を好きなだけするのもある意味では贅沢って事よ。お互い仕事の後は汗の香りが濃密になるし・・・それと勘違いしないで欲しいけど、私は身を“売った”んじゃなくて“賭けた”のよ」
私がよほど不思議そうな顔をしていたのでしょう、女戦士さんは苦笑して「その内わかるよ」と言いました。
「さあ、着いたわ。あんたはこの牢獄から逃げられれば良いわね」
この時の私にはその言葉の意味は理解できませんでした。
入り口には女性の兵士が二人見えました。その装備が纏っている並々ならぬ魔力は多少魔法が使える人間でしたら理解できると思いますが、正規軍のソレを軽く上回る物に見えました。
馬車から降ろされた私達を出迎えたのは美しい女性達と一人の男性でした。恐らくこの方がダン・エンドー子爵なのでしょう。
「囚人アンクとその妹のぺシャーちゃんだね、話は聞いている。約束通りぺシャーちゃんに不自由な思いはさせないから安心して欲しい、希望とあれば定期的に面会もさせよう」
「・・・ありがとうございます。ですが私は領内の牢獄へ送られる予定だったのではありませんか?」
「ジェーン殿下の計らいで君はこの屋敷の地下牢へ幽閉される事となった。妹さんもこの屋敷に住まわせるように指示を受けている。中々気に入られたモノだな」
そう言うとダン氏はパチンと指を鳴らした。私の両脇に女性の兵士が立って手を引いた。
「連れて行け、地下牢ではリカに案内を引き継いでもらう」
「お姉ちゃん!!」
連れて行かれる私に妹が手を伸ばしましたがそのまま触れあう事は出来ませんでした。
地下は思っていたより綺麗でまるで家の中みたいでした。立派なドアの付いた部屋がいくつも並んでいて時折ドレスを着た貴人らしき女性ともすれ違いました。やがて案内されたのは鉄格子の扉の前、そこで私は鉄製の首輪をつけられました。
「入りなさい、進んだ先には別の案内人が貴女の独房へ案内します」
鉄格子の扉の向こうは薄暗く、先がよく見えませんでしたが兵士は私を通路へ向かわせると扉を閉めてしまいました。仕方なく通路の先へ進むとやがて開けた明るい場所に出ました。
「え・・・ここは?」
「来たわね、アンクさんだったかしら?話は聞いているわ」
私の前に現れたのはボロボロのドレスを着た私と同年代位の色白なエルフの女性でした。それよりも目を引いたのは彼女の両手両足の黄金の枷と青い宝石がちりばめられた首輪だったのです。
「私の名はリカ・ダンドレジー、愚かで罪深いダンドレジー家の娘よ」
リカさんは私を連れて牢獄の中を案内してくれた。不思議な事に牢屋の中は出入り口が鉄格子になっている以外は普通の部屋に見える。ある独房では綺麗なベッドに寝転がり楽な姿勢で書物を読んでいたり、別の独房では王城でも滅多に見られない程豪華な絨毯の上で編み物をしていたり、数人が入れる大きな牢では香りの良い菓子を沢山用意してお茶を楽しみながら談笑している女性達まで居ました。
「牢屋に見えないでしょ?」
「えっ・・・ええ、はい」
「この牢獄には本当の意味での大罪人は一人だけなの。その人ですら最近はある程度の自由を許されているから不思議に思うのも当然ね」
リカさんは薄く自嘲気味に笑うと私を黄金の鉄格子の前に私を案内しました。
「ミーネ獄長、リカさんをお連れしました」
「・・・・・わかった」
牢の中は他に比べれば簡素で大きなベッドと机が置かれていた。そして巨大な戦斧が壁に飾られている。ミーネ獄長と呼ばれた女性は灰色の熊獣人で下着にもならない薄くそれでいて派手な装飾の布切れを身に着け、引き締まった豪華な肉体を惜しげも無く見せる様に大きく伸びをして現れました。
「アンクさん、彼女がこの牢獄の管理人のミーネ獄長です。挨拶を」
「あの、アンクです。よろしくお願いします」
「・・・よろしく」
「オードリー様はどちらに?」
「・・・・・お母様はフーディー領の管理・・・暫らく戻らない、それよりもリカ、今日も例の件で話したい」
「私も楽しみにしてるわ」
眠そうな瞳を私に向けたミーネ獄長なる女性は私の首輪を見て「・・・お客様か」と呟いた。
「獄長への挨拶も済ませたし他の者達も紹介するわ」
「この牢獄って女性ばかりですね」
「牢獄だけじゃないわ。領主屋敷の私有地にはダンゾー様以外に今のところ男性は居ないの、お世継ぎが産まれれば話は別だけどね」
「ダンゾー様?ダン・エンドー子爵の事ですか?」
「え?・・・ああ、まあそんな感じ」
連れられた牢の中の女性は皆囚人とは思えない程明るく接してくれた。
「ここの人達は何故牢に?・・・いえ、その前に何故これほど自由が許されているのですか?」
「罪状は窃盗・傷害が主だね、中には殺人も居るが・・・アンクは確か人質に取られた妹を助ける為に暗殺を行ったのよね?」
「ええ」
「だったら私達よりよっぽどマシね」
「それはどういう・・・」
「生きる為には仕方なかったって事よ、けれども今向かっている独房の中の娘はこの牢獄でただ一人の大罪人、生きる為ではなく自己満足の為に殺人を繰り返した真正の殺人鬼だった娘よ」
案内された独房からは異質な香りが漂っていました。臭いというのとは少し違う気がしますが、甘酸っぱい果実の汁を撒き散らしたかのような濃密な香りです。
「ルーヴィエ、お客さんが来たわ、挨拶しなさい」
「その声はリカちゃん?遊びに来てくれたの?」
独房の奥からは子供っぽい声が聞こえてそれからあの甘酸っぱい香りの濃度が増したような気がしました。そして私は現れた彼女の姿に言葉を失ってしまったのです。
現れた女性は右手が牛の前脚、左手が羊の前脚で両足がガチョウ、尻からは桃色でハート柄の蛇が生えている魔物だったのです。
「彼女はルーヴィエ、かつて嫉妬心と自己満足の為8人の男女を殺害してその後この屋敷に侵入、屋敷の家人を狙いダンゾー様の寝所に入り込んだところを捕縛された(三十一話参照)のよ」
ルーヴィエと呼ばれた女性の魔物はハート型の赤い瞳を寂しそうに揺らして私を見つめました。
『まあまあ、そんなに怖がらないで、私達は貴女を害するつもりはありません』
「あっ、ヘビさん」
妙に柔らかい不思議な声の主はルーヴィエさんの尻尾?の蛇から発せられたものでした。
『私達は元々普通の人間でした・・・いえ、この言葉には語弊がありますね。リカさんのおっしゃる通り私達は殺人鬼だったのですから。まあ外見は普通の人間でした』
「ご主人さまに捕まったあと、いっぱいいっぱいオシオキされたの、アンリエットお姉ちゃんから何が悪かったのかたくさん教えてもらってタヌキのお姉ちゃんからいい子になれる魔法をたくさんかけてもらってネティお姉ちゃんからいい子になれるお薬を毎日もらったの」
その魔法とか薬というのが彼女を魔物に変えた原因ではないでしょうか?
『まあ、こんな姿になった原因は貴女の考えている通りだと思いますけれども、こうなって初めて人間らしく生きている気がします。皮肉なものですね、人間だった頃にはまるで魔物みたいに振舞っていたのに』
「この格好になってからご主人さまがいっぱいだっこしてくれるようになったんだよ」
ルーヴィエさんは不思議な紋様が刻まれている下腹部をトロンとした眼で撫でています。その様子に何かを感じたリカさんは早々に話を切り上げた。
「ルーヴィエ、私達はもう行きますね」
「うん、わかった」
ルーヴィエさんの独房を離れた私達ですが、ルーヴィエさんのあの姿に私は・・・。
「人を魔物に変えるなんて、そんな非道が許されるんでしょうか?」
「8人殺しは許しても人を魔物に変えるのは許せないのかしら?」
「そういうわけでは・・・」
「本来なら死罪になっているところを助けられてるのよ、十分優しい対応だわ」
それ以上私は何も言えませんでした。
「それにダンゾー様達は私達ダンドレジー家の残した災厄を払う為に戦っているの」
「ダンドレジー家・・・リカさんは領主家の血族なのですよね?何故虜囚の身に?」
「それは貴女の独房の中で話しましょう」
~おまけ~
ルーヴィエ 種族:キメラ(元人間)
男女8人を殺害したストーカー殺人鬼だったが領主屋敷に侵入した際に段蔵の怒りを買って半殺しの目に遭う。その後、アンリエットの調教、守鶴前の呪術実験、ネフティスの魔物化薬の分析実験を繰り返した結果、以前の記憶を残したまま前の人格を廃し新しい人格を形成する事に成功している。
本体が子供っぽい性格なのは幼児退行しているのでは無く本当の意味で人生を一からやり直している為、尻尾から生えた蛇は心優しい大人の女性っぽいが殺人鬼になる前の人格では無いらしい、結局何故この蛇が発生したかは不明だが、ルーヴィエの日常生活のサポート役を担っている。
呪術と投薬の影響で性欲が非常に強く濃厚なフェロモンを常時振り撒いている。
一人で眠ると殺人鬼だった頃の自分に惨殺される悪夢を見る為、牢獄の誰かと添い寝をしてもらっている。この手の悪夢は段蔵にも覚えがあり、その事から最近では段蔵も彼女に気を許している。
特殊な経緯で生まれた為、魔物娘の中ではただ一人現代日本の知識を持っていない。
実はかなり早い年齢で3人目の犠牲者との間に女児を授かったが出産後直ぐに捨ててしまう。そのまま死去したものと思っていて今の人格が芽生えてからはずっと後悔している。
シドナ 種族:人間
かつてルーヴィエに捨てられたが親切な老人に拾われ育てられた。その後、老人が死去すると今度は段蔵に保護され、現在はユノ達と仲良く暮らしている。
ルーヴィエとの血縁関係が発覚したのは偶然で、既に魔物娘と化し新しい人格が形成された後だった。
優しい性格であり捨てられた時の記憶も無い為、母親を恨んではいないもののお互い接する距離感を測りかねている。(本編未登場)
次回はリカの過去とアンクの決断の予定です。




