第百四十二話 迷探偵アラン・スミシーの事件簿
星の智慧社帝国支店の三階にアラン・スミシー探偵事務所、今日も今日とて皇帝秘書官のエミリーがメシをたかりに来ていた。
「何だね、探偵業ってのは儲かるんですかね?毎日こんな美味しいモノ食べて」
「皇宮の方がもっと高いモン出すんじゃねぇか?」
「いえいえ、あっちだとやれ見栄えがどうだの毒味がどうだのって食べてる気にならないからね」
「毒味は秘書官殿とは関係無いだろ」
「・・・そんな事無いですよ。陛下の玉体に万が一があっては気になって食事どころじゃありませんから」
そして今日は秘書官殿だけじゃなくもう一人。
「星の智慧社は王国最優だった料理人アジオ侯爵を打ち破った天下一の料理人を抱えていると聞くが、むぅ、美味い」
髭の隊長ことオーギュストがピラフを美味そうに食べている。
「てめぇら暇なのか?ここはレストランじゃねぇんだぞ」
「今日は非番です」
「非番だ」
「そうかいそうかい、こっちは絶賛営業中なんだよ」
「ん~、三又で浮気した奥さん?その上浮気相手のどれかの子を妊娠した可能性アリ?そんで更に浮気したクセに旦那さんに慰謝料請求に養育費請求ですって?うわエグ!民事とは言え帝国法を舐めまくってるわね」
「まったく嘆かわしいな」
机の上の資料を勝手に手に取って眺めるエミリーに探偵アラン・スミシーこと竜二が慌てて奪い取る。
「バッ!勝手に依頼人のプライバシーを侵害すんな」
「私は事実上帝国No.2なんだから国民の情報は私の情報なのよ」
「ムチャクチャ言うな!・・・しっかしなんで一夫多妻も一妻多夫も認められてんのに浮気するかね?」
エミリーが笑いながら語る。
「君のトコロみたいに奥さん同士が仲良しなんて早々無いさ」
「なんだと?コイツは妻を複数人囲っているのか?生活費だってバカにならんだろうに金持ちは良いよな、羨ましい限りだ」
「そうそう、金持ちの道楽なんですよ」
好き勝手言う二人にウンザリしてきた頃、事務所のドアが叩かれた。
入って来たのは小さな女の子、金髪のエルフで身なりはそこそこ良い、下級貴族の出だろうか?
「あの・・・このお店で探してるのを見つけてくれるって聞いて・・・」
「いらっしゃいませアンドロメディー・ムニューダーお嬢様、今日はどのようなご用件ですか?」
少女は驚いた顔で竜二を見つめた。エミリーとオーギュストも名前を一発で言い当てた竜二に驚きを隠せない。
「何、初歩的な推理だよ。馬車の音は聞こえなかった、子供の足で来られる範囲で騎士から男爵位の貴族邸宅はそう多くは無い、可愛らしい靴に付着した黄色い細かな砂粒はここから北側に多い、あの辺りに貴族の邸宅は二軒有るが、お嬢様みたいな女の子が居るのはムニューダー男爵家のみ」
「お兄さんすごい」
「それでアンドロメディーお嬢様、本日は何をお探しで?」
「ネコを・・・ウチのエルバッキーちゃんを見つけて下さい」
竜二が困った顔をする。
「お嬢様、恐れながらこちらは商売です。ペット探しでしたら相場は十万帝国金でございます」
「あの・・・今、飴しか持ってないです・・・」
そう言ってアンドロメディー嬢はバッグから飴の包みを取り出す。
「!!その飴はアダムスキー堂の梅キャンディー・・・ゴホン、良いですよ、その飴でこの依頼引き受けましょう。チェシャ!エセルドレーダ!」
竜二が呼ぶと棚の上から小生意気そうな雌のベンガル猫(に似たこの惑星の猫)と隣の部屋から賢そうな雌のドーベルマン(に似たこの惑星の犬)が現れる。猫のチェシャはツンと澄まし顔で犬のエセルドレーダは凛々しく瞳を輝かせていた。
まるで忠実な部下であるかの様に竜二の前に並ぶ二匹を見てアンドロメディー嬢は興奮を隠せない。
「すごい!カッコイイ!」
そんなアンドロメディー嬢に竜二は恭しく礼をする。
「我々アラン・スミシー探偵社にお任せを、必ずやエルバッキーを見つけてご覧にいれましょう、エルバッキーの特徴を教えて下さい」
「えっとね、赤茶色の毛で目は金色で~・・・」
アンドロメディー嬢が帰った後にオーギュストが疑問を呈す。
「靴の砂粒一つで相手の素性まで知れるモンなのかね?」
「いんや、持ってたバッグにムニューダー家の紋章が刺繍してあったから気付いただけ、知的に見えただろ?」
「やはりアンタは人を騙す側の人間か」
「人聞きの悪い、子供に夢を与えたんだよ。そんじゃ行きますか」
竜二は二人と二匹を引き連れて早速捜査へと向かうのだった。
「それで当てはあるの名探偵さん?」
「この時期ネコは集会を開くんだ、ムニューダー家近くの集会場をあたってみよう。チェシャ」
「みゃぁ」
テクテク歩く猫の後ろに三人と一匹がついて行く姿は中々異様で人々の注目を集めた。
「ちょっと名探偵、何か恥ずかしいよ」
「我慢しろ、多分そんなに遠くない」
「む?空き地に猫が・・・あそこではないかね?」
空き地でゴロゴロと遊ぶ猫を軽く眺めるが目当ての猫は居ない、残念ながらハズレである。
「ここじゃないか、次行こう次」
「ミャ」
まるで名探偵の言葉を理解しているかの様にチェシャが移動を始める。
「むぅ、凄いな、猫とはこんなにも頭の良い動物だったのかね?」
「ウチの子達の場合は特別な訓練を積んでるからね並のペットとは違うんだよ」
「ニャア!!」
自信に満ちたチェシャを先頭に次の集会場を目指すが、目的地近くでエセルドレーダが低い唸り声を上げる。
「ここは・・・」
たどり着いたのは空き家になった貴族の屋敷だった。住人が居ないとは言え一応現在は国有地扱いになる為に竜二はお伺いを立てる。
「チェシャは入って行ったが俺達も入って良いよなオーギュスト長官?」
「仕方あるまい、ワシの監視内での立ち入りを許可しよう」
「名探偵はこういう物件買わないの?高くしとくよ?」
「今は結構、メリットがあまり無い、ってか高くすんな」
無駄話に興じている内に庭に着いたが、異変は一目瞭然だった。
「猫は居ないが、これは・・・」
手入れのされていない庭の些か柔らかな地面に人と猫の足跡が大量に残されていた。
「地面に何か引き摺った跡もある。屋敷の中まで続いてるな」
「オーギュスト長官、国の管理地に勝手に侵入している者が居る様です。場合によっては荒事のお覚悟を」
「一旦、応援を呼んではダメかね?」
「依頼主のエルバッキーちゃんが手遅れになる可能性が有る。国民の財産を保護する為にここは即時の突入をお願いしたい」
「やれやれ」
屋敷内を軽く見てみたが誰も居ない。
「だったら定番の地下室かな?」
「見てよ、引き摺った跡がこの床で途切れてるよ」
竜二は床のあちこちでタップを踏むと一ヶ所だけ音の違う床が有る。
調べてみれば床板が開いて地下室への階段が現れる仕掛けが設置されていた。
「秘書官殿、殿はワシが」
鼻の利くエセルドレーダを先頭に竜二、チェシャ、エミリー、オーギュストの順に続くが、地下室の扉を開けた瞬間にエセルドレーダが激しく吠えた。
「当たりか!!」
広い地下には猫を閉じ込めた小型の檻が積み重ねられ、血と死の悪臭が漂って来る。
弱々しく鳴く猫達の中心に血で汚れた白衣の男女が四人、手術台の様なモノを囲んでいた。
その内の一人、リーダーらしき男がこちらに気付いた。
「国家の番犬か、どうやってこの場所に気付いた!?」
「えっ?あ・・・うん・・・・・お・・・お前達の稚拙な企みなど最初からお見通しだ!!」
(ウソだな)
(ウソよね)
「まあ良い、丁度究極の魔道具生物兵器が完成したところだ。貴様たちを戦闘記録収集の実験体にしてやろう!」
手術台からむくりと起き上がったのは・・・。
「赤茶色の体毛、金色の瞳、あれはエルバッキーだ!」
エルバッキーが身震いすると体から紫電が走り、みるみる内に巨大化いや肥大化していく。
「フギャギャギャギャ!」
「恐らくは身体強化系と電撃系の魔道具を埋め込まれたか」
バチバチと放電が強くなっていく。
「ハッハッハ!素晴らしい力だ!さあ殺れ!!」
そんな叫びに反応したのかエルバッキーが白衣達に振り向いた。
「え?おい、こっちじゃ・・・」
エルバッキーが電撃一発。
「死んではいないみたいだが動けないな。逮捕する!」
「エルバッキーちゃんを何とかしてからな」
言ってる間にも電撃が一行に襲い来る。
各々が距離を取り様子を伺っている。
「名探偵!貴方強いんだからパパッとやっちゃいなさいな」
「バカ!今回の依頼はエルバッキーちゃんの保護だ。下手に傷なんか付けられるか!!」
「だがこのままでは我々が黒焦げだぞ!」
「むむむ、仕方無い、対電装備に早着替えの術。チェシャ!エセルドレーダ!」
「にゃん!」
「わふ!」
それぞれ三方に散って電撃猫にアタックを敢行。
「チェシャ、撹乱しろ」
「にゃ!」
チェシャがエルバッキーの周囲を風魔法を用い高速で駆け回りエルバッキーを一ヶ所に足止めする。
「エセルドレーダ咆哮せよ」
「アオォォォォォ~~~~~~~ン!!」
エセルドレーダが守鶴前仕込みの退魔の咆哮を放つ。
「何と!?魔道具の魔力を散らしているのか!」
「そもそも単なる動物が魔法を?いえ、王国にはその可能性を提唱した学者が居ましたね。確か名前はジョゼフィ・・・」
「単なる、じゃないさ、大切な俺の家族だ。そんじゃあ俺も」
竜二は懐から縄を取り出す。
「さてお立ち会い、これよりそこな怪猫を傷一つ付けずに捕らえて御覧に入れましょう。それシュルシュル」
縄はエルバッキーの進行方向を塞ぎ、まるでエルバッキー自身が望んだかの様に絡みついてゆく。
「自分から縛られに行ってる?」
「まさか、そう見える様に縄を動かしてるだけだよ」
エルバッキーは未だ弱々しくも放電を続けながら竜二達を睨み付けていた。
「ふぎゅるるるるる!フーフー!!」
そこへチェシャが近寄り何やら鳴き始める。
「ニャ~ニャ~な~ご」
「フーフー・・・ふにぁ~・・・」
「魔力が抜けて行く?まさか説得したのか?」
エルバッキーの体も徐々に縮んでいく。
「これで終わりか」
「んなワケねぇだろオッサン!短時間にあれだけの肉体変異が起こったんだぞ!直ぐに治療しなければ手遅れになる。俺は星の智慧社系列の病院に連れていく、アンタらは後始末を頼む!」
「あっ!おい!!」
急ぐ竜二を見送りながらオーギュストは小さな命よりも犯人逮捕を優先してしまった自分を恥じた。
一方で竜二が向かったのは病院ではなく秘密拠点、ここには最先端医学と最先端治癒魔法が揃っている。
「必ずアンドロメディー嬢の元に帰してやるからな、死ぬんじゃないぜ」
竜二が猫の治療を、オーギュストが組織メンバーの捕縛と生き残った猫達の保護に奔走している頃、エミリー秘書官は屋敷の裏である人物と密会していた。
「よくも陛下の顔に泥を塗ってくれたわね。パインちゃん?」
物陰から出てきたのは皇帝の命により竜二に嫁ぎ、そして逃げ出した帝国諜報員パイン・テール・パスウェイだった。
「先方は何らかの思惑があって怒ってはいないみたいだけど“皇帝陛下”はカンカンよ?」
「あはは、お叱りはごもっとも、ですがこれで一つ許しては頂けませんか?」
パインが差し出したのは紙束。
「これは・・・」
「そう!星の智慧社いやさナイアール率いる犯罪王国アザトースの秘中の秘、魔導蒸気機関と魔導戦車の設計図で~す」
「ほう?それが本当であれば確かに陛下のお怒りを鎮めるに充分な価値はありますね。良いでしょう、一度帰還を認めましょう」
「わ~い」
「ただし!事が済んだらちゃんと彼の元へ戻りなさい」
「彼・・・ですか」
「?」
パインは表情の抜け落ちた貌で帝国二位に問う。
「私情を捨て闘う物と私情のみで闘う者、どちらが本当の強者なのでしょうか?」
「・・・・・」
「彼は私と同じ存在です。同じだったハズです。事実、私は余分な感情を捨てる事で強さを得ました、ですが彼はそれが間違いだと断じた。私の半生全否定ですよ?認められますか!?」
「・・・(初めてかも知れない、彼女がこんなにも“感情”を乱しているのは)だとしたらどうします?」
「闘いの場を、殺す気はありませんが殺し合う程の闘いでなければ納得がいきません」
「良いでしょう、近い内に必ずその機会は訪れるでしょう。ですがその前に」
「ええ、組織は・・・オキシゲンはそろそろ動き出します」
「何にしろ建国以来久々の大乱です。続きは生き残ってからにしましょう」
◇ ◇ ◇
~話は変わっておよそ十年後~
「いらっしゃい、アラン・スミシー探偵事務所へようこそ。あら?随分と可愛らしいお嬢さんですね?今日はどのようなご用件で?リトル子爵家ご令嬢グレイ・リトル様?」
「どうして私の名を?」
「ドレスに柿の葉が付いてますよ。この辺りで柿の木を植えているのはリトル家のみ、リトル家には大変可愛らしいお転婆お嬢様住んでいると聞き及んでおりますので当たりをつけてみました」
「お姉さんすごい」
「それでグレイお嬢様、本日はどのようなご用件で?」
「ワンちゃんを・・・ウチのマーナガルムちゃんを見つけて下さい」
「お嬢様、恐れながらこちらは商売です。ペット探しでしたら相場は十万帝国金でございます」
「あの・・・今、クッキーしか持ってないです・・・」
「!!そのクッキーはドモン製菓のチョコチップ・・・ゴホン、良いですよ、そのクッキーでこの依頼引き受けましょう。エルバッキー!」
「すごい!このネコちゃん尻尾が二本ある」
「後はアラン・スミシー探偵社一の名探偵、アンドロメディー・アカギにお任せを」




