第百三十九話 愛多き北方の狼女王 後編
レン高原、元々ここには何も無かったワケじゃない。
大規模な色街があったさ、頭に“極めて違法性の高い”と付いていたのですがね。
酷い場所でした、死人も何人出た事か、ですがある日、親戚に誘われたという前北王様が私に一目惚れし、身請けされました。
運が良かったのは前北王様はお人好しではありましたが頭のキレる方だった事です。
私自身が正妻様に気に入られた事も幸運だったと言えるでしょうか。
そんな生活をしている内に私はご子息のティモシー坊ちゃまのお世話係みたいな役目を与えられ一緒に過ごす時間が多くなりました。坊ちゃまのお勉強にも参加したり・・・。
気付けば私も一緒にテストを受けたりして、うっかり坊ちゃまよりも好成績だったり。
ある日、前北王様が私達二人を呼び出し言いました。
「ミゼーアならばティモシーを任せられる。私との愛人契約は今日限りにして今後はティモシーに・・・いや、君がティモシーの主人になってくれ、なるべきだ。君にはその才覚が有る!」
その言葉を最後に御夫妻はあんな事に・・・。
前北王様はレン高原の違法組織を排除する為に戦っていたのです。
消えた御夫妻の事でティモシー坊ちゃまは酷く悲しまれましたが、私が身体で慰めてあげた事で立ち直る事が出来ました。
ただ、まだ幼さの残る坊ちゃま・・・いえ、ティムに大人の階段を登らせた所為か些か性癖が歪み、レン高原で売られていた少年達を助けると、その少年との肉体関係を推奨する様になってしまいました。
まあ、私も少年は大好物ですし問題はありませんでしたが。
そう、前北王様がある程度片付けたレン高原の残る問題、身寄りの無い被害者の行き先、これもエルキュリア王国のクラリース卿の登場で解決しました。私が男の子をクラリース卿が女の子を保護する事でやっとレン高原はまっさらになったのです。
ここから変わらなくちゃいけない。
・・・
・・
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ふと、目が覚めた。
「ナノマシンは飲んでたんだろ?死んだふりにしては随分長く寝てたな」
寝室の椅子にはミスターリュウジが座り、愛しのティムが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「少し夢見が良かったもので」
「悪夢ではなくてか?」
「それをどう思うかはその個人次第、少なくとも私にはティムと出会えた良い夢でした。ボリフはどうなりましたか?」
ティムは静かに答える。
「計画通り、出来るだけ自然に取り逃がしました。今頃、彼を唆した黒幕に報告している事でしょう」
ミスターリュウジが呆れ顔になる。
「自分を餌にね、俺が護衛を連れて来るのも計算の内かい?」
「ええ、大企業のトップ二名、さぞ大規模な護衛を引き連れて来るモノと思っておりましたが」
「少人数でガッカリかい?」
「いいえ、その人数で安心出来るだけの理由が有るのでしょう?むしろ恐ろしいです。ではティム」
「はい」
「ボリフを助けてあげて下さい」
「北王の・・・愛するミゼーアの為に必ず助け出す!」
ミスターリュウジが呆れた風に鼻を鳴らす。
「待てよ、相手は魔道具使ってんだ。コレ持って行きな」
ミスターリュウジがティムに渡したのは不思議な輝きの刀身を持つ片手剣。
「俺達が“趣味”で作った魔導金属製の剣だ。相手の魔力を吸い取り撃ち返す力が有る。半端な魔道具じゃ負けないウチの妻達の自信作だ。持って行きな」
いつの間にか音も無く黒い不思議な衣装に身を包んだ女性が入って来た。ミスターリュウジが口づけしているところを見るに彼の護衛兼妻の一人なのだろう。
「竜二様、こちらを囲もうとする一団が見られます。例の魔道具犯罪組織や旧ギザイア幹部派それから・・・」
ティムから殺気が溢れる。
「ザケン叔父上か」
「仲悪いのか?」
「色街の元締、相容れぬ敵である一方で父上にミゼーアを紹介した人物でもある。多数の違法行為が発覚して父上に排除されたハズだがミゼーアを殺して自身が北王の席に収まろうって腹か!」
「敵の位置と編成は?」
「北にザケン隊二十人程、武装はオーソドックスな火属性の杖を中心に一部中級の魔剣・魔槍で武装。西も戦力は同様ですが、東と南は王国から流出した魔物化薬によるいつものヤツです」
「そんじゃ行きますか」
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ボリフ少年は自分達を苦しめたレン高原の色街をミゼーアが復活させようとしているのだとザケンに吹き込まれていた。
そしてミゼーア暗殺成功の報告を聞けばボリフ少年は用無しである。
ボリフ少年が真実に気付いた時には剣が脳天目掛けて正に振り下ろされんとした瞬間だった。
「死ねぃ!」
「させるか!!」
剣と剣がぶつかり合い鍔迫り合いに・・・すらならなかった。
ザケンの持つ魔剣はティムの剣によって軽々と弾き飛ばされる。
使用したティム自身が引いてしまう程に。
「アカギ総帥さんよ、こいつは・・・こいつこそが魔剣だぜ」
コレと比べれば魔道具犯罪組織が作ったバッタもんやダンジョン内で取れる本物ですら竹光と何ら変わらない。
「この・・・ティモシー!・・・坊主貴様・・・」
「敵の言葉は聞かない!!」
どうせミゼーアかティムへの誹謗中傷に終始するだけだろう、聞く価値は無い。
振るわれた剣の魔力によってザケンの体は爆散してしまう。
千切れたザケンの首が最後に見たのは一人残らず斬り伏せられた部下達だった。
「帰るぞボリフ」
「ティモシー様、僕は・・・」
「確かに世の中には命を以てしても償えない罪は在るだろう」
ティムはニッと笑う。
「でも俺達の北王ミゼーアにとってはこんなモン罪にもなんねぇよ」
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東側、迫るは一体一体が最強の魔法使い“星の子”或いは“極星”“アルティメット・スター”に匹敵する魔力を湛えた異形の怪物達。
相対するは銀髪翡翠眼の少女クラリース・エビル。
「・・・醜い」
コロジョン男爵はこういった異形の軍勢の女王と成るべく彼女を設計したのだが、今のエビルにはどうしてもこんなモノの女王と成る事に幸福を見いだせなかった。
「指揮者は女性、魔物も女性からの転化が数人・・・だったら」
エビルのエメラルドの瞳から妖しい光が放たれると女性ベースの魔物は男性ベースの魔物を攻撃し始める。
当然、指揮者は混乱に陥る。
「止まれ!!何故命令が効かない!?相手はたった一人なのよ!?」
当然である。
エビルの命令は通常の魔物に対してはクラリース以上の優先権を有している。
本気を出せば以前クラリースが女伯爵に行った様に魔物の形状や性質を変えたり直接死に至らしめる事すら可能なのだ。
指揮者の女性は気付けば自分が制御していた魔物達に囲まれていた。
「抵抗は無意味です、大人しく捕まりなさい。案外、今よりは幸せになれるかも知れませんよ?(彼も私達も妻が増える度に強くなる。もし、果てが無いのだとすれば魔物の女王如きの安っぽい称号なんかよりも遥かな高みに辿り着けるのかも知れない。お父様の目指した魔物による世界制覇なんて視野の狭い塵にも等しい到達点なのですね)」
・・・
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西側、ここではナイアールとその妻達による実験場へとなっていた。
「良いか?俺達は泥棒だ、相対してる連中と同じ犯罪者だ。高そうな魔道具や良い女を片っ端から奪え!目の前の連中がそうしてきた様にな」
「「「了解しました、我等が愛する顔無き王」」」
後は個別に調整されたナイアールスーツの実戦試験だ。
危険と判断すれば竜二が援護に入るが危なげな部分は無い、ついでに大した魔道具はこっち側に無かった。
「さてティムも気になるが、問題は南側か」
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「何だこのバケモンは!?」
南側を志願したのはアラン少年と魔道具超人となったジェーン伍長。
これはアラン少年たっての願いだった。
ジェーン伍長は人格を失い治療方法も不明なまま、ならばせめて当初の伍長の希望通り帝国の平和の為にこの力を使うのが正しい在り方なのではないかと。
見た目こそ華奢な伍長ではあるが強化によりその肉体には魔物の膂力による爪も通らず極星級の魔法ですら容易く払い除けて傷一つ付ける事も出来ない、剣を振るえば四・五体は軽く叩き斬り、拳一つで要塞の壁を打ち破る。
正しく超人の名に相応しいだろう。
「ジェーン伍長、敵は全滅しました。休息状態に入って下さい」
その言葉にジェーン伍長は大人しく従うその人形の様な姿にアラン少年は悲しさを感じた。
ふと、敵が来た方向から更に一人やって来るのが見えた。新たな敵かと身構えるがその顔は見知った者で安堵する。
「アラン君」
「チェザーレさん!?今日は研究所で留守番をするって・・・」
「お前が心配で見に来たんだ。無事で良かった」
気のせいだろうか?アラン少年には一瞬ジェーン伍長の何か空気が変わったかのように感じた。
(伍長?)
チェザーレがアラン少年の頭を軽く撫でた・・・と思った瞬間、チェザーレはアラン少年の頭を締め付ける様に掴む。
「ギャァァァァァ!?」
まるで脳が引きずり出される様な激痛がアラン少年を襲う。
激痛が治まり気が付けば身体中に違和感が走る。
「これは・・・この姿は・・・」
アラン少年の姿はチェザーレになっていた。
そして目の前には鏡で何度も見た自分の姿がそこにはあった。唯一違うのはソイツの右掌に黄色の宝玉が埋め込まれている。
「ああ、“今回も”成功したか」
「何を!?」
目の前のアラン少年はさも可笑しそうに右掌を開いて見せた。
「こいつはな、脳ミソを交換する魔道具なんだよ」
「そんなバカな」と言い掛けたアラン少年だが効果は今、身を以て体感している。
そうなるとアラン少年には一つの疑念が浮かび上がって来る。
「貴方は・・・本当にチェザーレさん・・・なんですか?」
目の前のアランの顔が厭らしい笑みを浮かべる。その禍々しい表情は時々Dr.カリガリが浮かべていたモノではなかったか?
であればあの時アラン少年が殺害したのは一体誰だったのか?
聡明なアラン少年はその残酷な真実に気付いてしまった。
「ああ、ああああああああぁぁぁぁ!!」
「私の邪魔をしてくれたチェザーレを殺してくれたのには感謝してるよ。だがジェーンの制御権を持って行ったのは感心しないな、お蔭で一手間増えてしまった。まあ、より若い肉体が手に入ったのは収穫だったがね」
アラン少年は自身の罪に押し潰され茫然自失になっている。
「殺れ、ジェーン」
ジェーン伍長が拳を引き絞った瞬間、アラン少年は見た。
ジェーン伍長が血の涙を流しているのを。
それは無理に身体を強化した故に起きた不具合か、或いは仲間を誰一人救えなかった無念の涙だったのか。
「あっ・・・」
彼女の拳は少年の腹を貫いた。
「素晴らしい力だ。異性との脳交換は拒否反応が出て出来ないが、まあ良い。この新しい肉体に改めて強化を施せば私も超人の仲間入りだ」
そうして伍長と少年の姿をした何者かは闇夜へと消えて行った。
倒れたアランは自身から生命力が失われて行くのを感じながらぼんやりと思考した。
(そもそも彼は本当にDr.カリガリだったのだろうか?)
・・・
・・
・
「結局、アラン君は戻らなかったか」
「恐らく今回の襲撃はザケンの復讐に乗っかってジェーン伍長を確保するのが真の狙いだったみたいですね」
戦闘で汚れた竜二達は改めて露天風呂に入っていた。
恐る恐るボリフ少年がミゼーアに尋ねる。
「ミゼーア様、お体は・・・」
「ミスターリュウジがくれたお薬のお蔭で私に毒は効かないのよ。それに私は貴方達全員の赤ちゃんを産むまでは死ぬ気は無いのよ」
そこに扉を開けて新たに夫婦が一組入って来た。
「いや~、熱々ですな皆さん」
「お邪魔しますわね」
「!?貴方様は!!」
「父上、母上!!」
新たに入って来た夫婦の正体は前北王夫妻だった。
「何故父上達が?父上達は暴漢の襲撃に遭い行方不明と聞いて・・・」
「すまん!それはミゼーアに流してもらったブラフだ」
ちょっと筋肉質な夫人(元探索者)が捕捉する。
「裏の掃除の為に一度行方をくらませる必要があったんだ。お蔭で大分動きやすかったよ。それにしてもフフフ、男の子囲って随分楽しそうに・・・」
「申し訳ありません」
「いえいえ怒って無いよ。力有る者が配偶者を複数人得るのは貴族の世界だと珍しい事じゃ無い、寧ろ才覚有る証だね。良き友も得たみたいだし」
前北王が竜二に向き直る。
「最近、所々俺達を支援してくれていたのは君だね。姿を隠している俺達に容易く接触出来たのは君が巷で話題のナイ・・・」
「何の事かな?俺は単なる成金貴族だ」
「それでも感謝してるさ、今日ここを教えてくれた事も含めてな。これからも息子達とは良い友人でいてくれると有難い」
竜二はフッと笑って
「考えておくよ」
とだけ答えた。
◇ ◇ ◇
~魔道具犯罪組織 秘密研究所~
「ここで俺達の制御を解いてくれるのか?」
「ああ、ベアースターの旦那。やっと自由にこの力を使えるってモンだぜ」
「これで我々の真の正義が体現出来るのですね」
「・・・・・」
その場に集まったのは四人の魔道具超人、リーダーのベアー・スターことテドロ・バンディーを中心に、そのベアースターに心酔するジャスティス・ウーマンことリッチー・ボーデン、そんな二人に協力するふりをしながら心の底では蔑み利用しようと考えるソニック・ビーンズことエドワード・クーパー、そしてジェーン伍長。
「品性の欠片も感じらんね~」
ジェーン伍長以外の三人が制御を外されるその様子を別室の窓から見ながらラブ・キテレッツ・アカギ(旧姓オキシゲン)は酷く失望しながら鼻を鳴らした。
「相も変わらず口だけは達者だなラブよ」
「クソ親父が」
「貴様もオキシゲン一族の端末席に名を連ねるのならばナイアールとやらから奪ったと言う設計図の数々を早く差し出せ」
「はん!偉そうに、他人の成果を奪う事しか能の無い連中が、これが魔道具研究の一族の末路かと思うと我っち様ゾッとしちゃうね」
「逆らうか?我等の戦力を知らぬ貴様ではあるまい、故に戻ったのだろう。勝ち馬に乗ろうとするのは恥ずかしい事では無いぞ」
ラブは溜め息一つ。
「勝ち馬ね。まあ、確かに乗りに来たんだけどさ、アンタらが帝国政府からセコセコと金ちょろまかして作った魔道具超人っての?クソダセーから我っち様が本物を見せてやろうと思ってな」
「何だと?」
「ステルスモード解除」
ラブの背後に今まで何も無かったハズの空間が何やら半透明の人形に歪む。
現れたのは人と機械の融合体。
「これこそ我っち様達が開発した真の魔道具超人、名前はレモ・・・ん゛ん゛デコポン一号!!」
「ワタシハ、デコポンイチゴウ・・・デス」
急に出現したその技術力だけでもラブの父ダイスケ・セリーザ・オキシゲンにとって驚きだった。
「そ・・・その技術を!!」
「ああ、ああ、くれてやる。ただしこちとらレディーだぜ?チェックは女性研究者だけでさせてもらおうか」
Dr.ダイスケは駄々をこねられ技術移転が遅れるのも面倒だとラブの要求通り組織の女性研究者をラブに預けるのだった。
これが後の組織崩壊に繋がるとも知らずに。
◇ ◇ ◇
~おまけ~
北王の右腕とも呼べるのはかつての主人の息子である若き政治家にして剣士のティモシー・ダロスだが、左腕は今回北王城を守護する為にお留守番中。
細身のエルフ少年ドール・ダロスである。
彼は土属性魔法の準極星級術師でミゼーア、ティモシー双方の信頼も厚い、地形操作で罠を作る名人。
ちなみに今回の北王とその配偶者の元ネタはクトゥルフ神話のティンダロスの猟犬関連である。




