第百十二話 バカが盗みにやってくる
エンドー・ダンドレジー家の墓地にて、喪服に身を包んだ女性達が佇んでいる。
その一団に近づく軍服の女性が一人。
「クラリース・ダンドレジー?」
「ショルメ先輩ですか・・・」
「屋敷の人に聞いたらこっちだって案内されましたの。遺体の引き渡しはまだ済んでいないハズですが・・・」
アイリーンが墓石に目を向ければ既にダン・エンドーの名前が刻まれていた。
「近い内にこうなるだろうと事前に用意していたのですよ」
「貴女方は今回の件で私を恨んでますの?」
その質問に代表してクラリースが答える。
「いえ、恨みなどは一切ございません。先も申し上げたようにこの結果は夫も承知の上での事、私達にも散々聞かされていた結末です。何を恨む事がございましょう。それに、残してくれたモノもあります」
「クラリース、本当に貴女は変わったのですわね」
「ふふふ、変えてくれたのは夫です。夫は今でも私達の中でずっと生き続けています」
「これからどうなさるの?」
「変わりませんわ。治める民が迷わぬよう責務を果たすだけです」
「そう・・・邪魔しましたわね」
それだけ言ってアイリーンは踵を返した。
これから彼女達は大変だろうと考えるとアイリーンの胸がざわついた。
結局、その後の星の智慧社は信用が失墜し、軍用品開発部門をアークド商会に売却する事となったが、現在も経営に苦心している。
ナイアールことダン・エンドー子爵が処刑された事に対して彼と関係のあった他の者の反応であるが、ペレンナ伯爵は・・・。
「怒っておるよ!当然だろう。娘をキズモノにされてさっさとおっ死んじまったんだからな!ナイアールの行いについて?私が怒っているのは娘を残して逝っちまったことだけだ、それ以外の事については否定する理由は何も無い、ああそうだよ何にせよアレのお陰で助かった者がいるのは事実だからな」
またアジオ侯爵は・・・。
「そうか、あ奴が・・・身のこなしから只者では無いと思っておったが・・・ではやはりハニー・レクターは・・・いや、何でもない。味の分かる良い男じゃったが何故早まった事をしたのか、死んじまったら飯も食えんというのに惜しい事じゃな」
アケチ皇国龍皇は・・・。
「ノーコメント、ルミナスは既に皇国から独立している。我が国からダン・エンドー氏やルミナスに言う事は何も無い、結婚も離婚も再婚も好きにすればいい、その責任はルミナスが背負う事だ。貿易に関しても予定に変更は無いし、これからも取引は継続させていただく」
等々反応はそれぞれであった。
現国王アーサー六世は王位を息子のパイロット王子に譲ると宣言、同時に王子は“リト・ウッズ子爵”を第一王妃に迎えると婚約発表した。
アイリーンはどうしたかって?
休暇を取ってシントー領でダレていた。
「それで、何で第一王妃を譲ったんですか?隊長?」
「だから今の私は隊長じゃ・・・もう隊長でいいですわ。皆呼び間違えますもの」
「慕われてますね~」
白衣姿で何やら薬品をカチャカチャ混ぜている対犯罪研究所所長でアイリーンの元部下のギャルルはアイリーンの方は向かずに相槌を打っている。
「そっちはどうですの?星の智慧社絡みで何かあったのではなくて?」
「それが不思議とさ~っぱり。そんな話になってるなんてつい最近知ったばかりで事情聴取も家宅捜索も無かったわ。完全に隊長だけを狙い撃ちした嫌がらせじゃないんですか?」
「あるいは守る為の時間稼ぎか、ナイアールの刑確定後は何も無かったみたいにピタリと黙りましたもの」
「守るって?」
「大事な人をですわ」
今にして思えばナイアールの犯罪者狩りも単独犯だという主張も守る為に集約されるのではないかとアイリーンは考えた。
「何を調合してらっしゃるの?」
「まあまあ、すぐ分かるって・・・っと成分は問題無いハズ・・・」
完成した薬品をどこかで見た事のある小瓶に入れてアイリーンの前に置いた。
「これ・・・この小瓶は!!」
ゲードの屋敷で見たナイアールが魔物化する時に飲んでいた薬だった。
「隊長が回収した小瓶に残っていた薬を分析して再現してみたの」
「してみたのって・・・」
「これを飲む!」
ギャルルは迷わず一気飲みした。
「ちょ!?貴女!!」
「ぐ・・・Guooooooぉぉぉぉぉぉ」
ギャルルは胸を押さえて苦しみだすが・・・。
「な~んちゃって♪」
「・・・は?」
「まあ、魔物化の成分は入ってたんですけどね。これまでの研究と照らし合わせても肉体を変質させる程の分量はどう調べても入って無かったんですよ。ナイアールは本当にコレを飲んで魔物化したんですか?」
「・・・彼の言った通り薬は切っ掛けに過ぎなかった。ならばあれほどの威容を見せつけたのは人の中の魔性、ナイアールはそれを知っていたのですわね」
「精神力に大部分を依存しての魔物化・・・俄には信じがたい話ですね」
「そうかしら?私は寧ろ納得しましたわ」
これまでに出会った悪人達は何も魔物化薬に頼った者ばかりでは無かった。だがその精神性は単に食欲だけで動く本物の魔物なんぞよりもよっぽど“魔”物らしかった。
「げに恐ろしきは人の情念」
「それで?何で副隊長に第一王妃の座を譲ったの?」
「誤魔化されませんでしたわね」
「そりゃね」
「スレてしまった私よりも純なあの娘の方が国の顔として相応しいでしょ?」
「まあ、隊長の場合だと王妃ってより女王って感じですけどね。でも責任は取ってもらうんでしょ?」
「ちょ・・・何で貴女がその事を!?」
「え?」
「え?・・・あっ!?」
アイリーンは「しまった」という顔をして、一方で軽くカマかけただけのギャルルは意外な返事に固まってしまった。
「そっか~、責任を取らせるような事しちゃってたか~。隊長は結婚まで待つタイプだと勝手に勘違いしてたわ~、ごめんちゃい♪」
「~~~~~」
「で、どうするの?結婚自体はするんでしょ?」
「側妃に・・・」
「公爵を側妃にしたら王家の品位が疑われるわよ、公爵を差し置いてその配下の子爵が第一になるのだって結構無理な調整してるハズなのに」
「ですわよね~」
「何?殿下が嫌いなの?」
その言葉をアイリーンは即座に否定する。
「それは絶対にあり得ませんわ!」
「ををぅ」
「彼は私に足りない部分を色々持ってますのよ、これ程呼吸の合う殿方は初めてですわ。彼を逃せば私は一生結婚しませんわ。でも、彼の素敵さに気付いたのはリトの方が早かった」
「だから隊長は二番手を受け入れたのね、後の禍根を残さない為にも」
「そんな娘じゃないってのは分かってはいますのよ?でも人は良くも悪くも変わるものだから」
「まっ、理由があって覚悟も決まってるんなら私から言うことはありませんよ。そうだ!美味しいお茶とお菓子があるのよ」
「いただきますわ」
こうして驚く程平和に時は過ぎて行った。
そしてパロットの戴冠式の前日。
そろそろ向かわなければ間に合わないのだが、アイリーンはまだ自領の絡繰城でウダウダとやってた。
参加しない訳では無い・・・無いのだが、面倒に感じて途中参加でも良いかなと思い始めている。
強制はされていないのだからいっそ不参加もアリかも知れない。
ナイアール達が改装して今はアイリーンの所有物になっているこの城を軽く探検して、ナイアールの手下達が会議していたあの円卓の部屋で何をするでも無く椅子に座っていた。
「あ~もうな~んにもやる気が起きませんわ~」
その時だった。
何気無く座ったまま伸びをするとガコンと背もたれがいきなり後ろに倒れ込んだ。
「へ!?」
そのままアイリーンは仰向けに倒れ、起き上がろうとした時、椅子の周囲の床が下にゆっくりと降下している事に気が付いた。
「何!?何!?まだこんな仕掛けが残ってたの!?」
降下した先は小さな書斎みたいな場所だった。
本棚には本が数冊。
「ナイアールが使っていたのと似た様な未知の文字・・・これでは直ぐに解読は・・・え!?」
読めないハズの本が急にピントが合ったかの様に読める様になった。
その理由は実はパロットとの情交にある。
ナイアールから万能ナノマシンを貰ったパロットの体液を受け入れている内に徐々にアイリーンにもナノマシンの効力が表れ始めていたのだ。
「『脱出トリック大全集』?」
ペラペラとページをめくるとナイアールがこれまでに使った手口も幾つか載っていた。
「へ~あの時の手口はこんな・・・ん?」
アイリーンの目に止まったのは『処刑台からの脱出』という項目だった。
何らかの予感があり震える手でページをめくる。
「断頭台からの脱出、土葬からの脱出、火炙りからの脱出、磔からの脱出・・・・・絞首台からの脱出!?」
そしてアイリーンの頭にクラリースとの会話が甦る。
『夫は今でも私達の中でずっと生き続けています』
その言葉が意味するところがそのままの意味だったとしたら?
「あの場にナイアールが混ざってた?」
その考えに至った瞬間、アイリーンの感情に炎が灯る。
情熱が沸き上がって来る。
「あんの陰険娘!方向性が変わっただけで相変わらず嫌な女でしたわ!!こうしちゃ居られません、死体安置所に・・・いえ、確認するまでも無くどうせ空っぽですわね。ならば式典会場に!!」
ナイアールの狙いは【虹の式典冠】、祭事に国王が身につける特別な冠、戴冠式にてパロットが受け継ぐのもこの冠である。
予告状は、あの犯罪王国樹立宣言の日に王国全土に出されていたのだ。それをナイアールの逮捕ですっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
「そうでしたわね、すっかり忘れていましたわ。貴方は死んでからが手強いって事を」
アイリーンは急ぎ王都へと馬を走らせたのだった。




