第百十話 犯罪王 下
赤龍の咆哮一つで黒雲に紫電が走り大粒の黒い雨が大地に降り注ぐ。
「違う!雨ではありません!!」
いち早く気付いたシャーロットの言葉にその場の全員が雨の正体を見極めようと、ある者は目を凝らし、ある者は魔導照明を点灯させた。
ベシャリと地面に降り立ったソレは・・・。
「人?・・・いや、ナイアールか!!」
漆黒に染まってはいるもののその姿は皆ナイアールがかつて名乗った、あるいはナイアールを名乗った誰かの姿だった。
影人、メアリ・エルキュリア、庭師サブロ、コロジョン・ダンドレジー、魔の奉仕者ライア、アイリーン・ショルメ、オードリー・エンドー、星の智慧社秘書官ナイラ・ルート、紅ノ女王レモン・エルキュリア、Dr.アンブロウズ・デクスター、料理長ジェイン・エンドー、怪商人カーノティ、風に乗りて歩む姫騎士オデット・ペレンナ、黒き雄牛、闇将軍マイクローナ・ホムズ、幸福の王子パロット・エルキュリア、奇異なる老賢者、黒い尋問官、黒き亡霊ライチ・ダンドレジー、海奇道化師ポーカー、水竜姫ルミナス・エンドー、魔王クラリース・エンドー、奇天烈ブリキ将軍ウィンキー、闇の老軍人、軍師ニアール・クアットロ、帝国軍医ランドルフ、血塗られた宝石商ココ・ペリ、灰ニ立ツ者クァチル・ウタウス、闇の男セバスチャン・ボーマニャン、忌むべき双子ナグとイェブ、嘆きの公爵マリオネ・ザハーク、無心の方程式レイシー・ザハーク、黒き雄鹿、闇女、魔騎士ロバート・ウェイク、夢見るマリオン・ウェイク夫人、星の智慧ナイ総帥、そして仮面を着けたレディー・ナイアールの軍勢。
「俺かよ!」
「自分の姿は無いっスね」
「ナイアールは殿下とアイリーン閣下にしょっちゅう変装してますからね」
「来ますわよ!総員戦闘開始!!」
人数で言うならばアイリーン達の方が多い、だが相対するは全員がナイアールの分身である。どんな突飛な手で来るか分かったモノでは無い。
アイリーン達が真っ先に取った行動は・・・。
「魔法隊、構えなさい!」
「弓隊、兎に角数をばら撒け!」
「投擲隊、研究の成果を見せる時っス、炸裂玉ガンガン投げつけるっス!!」
ナイアールの弱点、一対一なら達人レベルのナイアールを下すのは非常に困難だが、正面から来るなら話は別だ。
隙間の無い面での一斉攻撃に人間ナイアールは耐えられない、一人であるならば。
「隊・・・将軍!連中は自分自身を盾にしてこっちに飛び込んで来るわよ!!」
「なっ・・・!?」
黒い暴風が渦巻き黒いオデットが兵達を切り刻む、グジュグジュと石油の様な黒い水が湧き上がり黒いルミナスが兵を押し流す。
「クッ!容赦無しか・・・よっと!!」
パロットが黒い自分自身に拳を叩きつけるが、相手も寸分違わず鏡合わせに拳を重ねる。
アイリーンの洗練された灼熱魔法は黒炎に打ち消された。しかし、アイリーンにはナイアールも知らない新たな技がある。
「お見せしますわ。これまでの闘いで得た知識とバートン流魔導格闘術を合わせた全く新しい私自身を!!」
アイリーンは元々自身の持つ火属性の力を女伯爵が魔物化した時の様に全身に巡らせる。そしてナイアールの妖精を借り受けた時の様に速度を出せる形状に整え、バーティツの身体魔力同調技術により一気に解き放つ。
「フレイムスピアー!!」
その名を体現する様に拳を突出し突進もとい射出されたアイリーンは真正面の黒いアイリーンを貫き、その後方の敵をも巻き込んだ。
「制御不能で直線にしか動けないのが難点ですわね」
黒いアイリーンは無表情のまま崩れ去った。
だが、それでもアイリーン達は不利なままだ。
「王子様~こっちは崩れ始めてるわよ~!」
「んな事言ったってよ!っ!!(何人殺られた?このままじゃ死体の山だ。何か手は無いか!?)」
焦れば焦る程に被害が大きくなる悪循環に真っ先に危機感を持ったのは王子本人よりも王子を想うリトだった。
「王子様!ここは自分が引き受けるっスから、もっと周りを視て!!」
愛の成せる技か、その一言にパロットは頭がクリアになる。
「周りを・・・視る」
そしてある事件でのナイアールの言葉が頭を過る。
『一方だけでは物事を見落とす』『外見に惑わされるな』
黒い自分をリトが押さえてる隙にパロットは周囲を、ナイアールに水浸しにされた地面を、抉られた地面を、殺された兵を視た。
「地面が・・・それに兵も・・・」
そう、地面に破壊痕は無く、倒れている兵に傷らしい傷は無い。
「そうか・・・」
バケツヘルムの黒い重騎士が漆黒の大剣をパロットの首目掛けて振るう。
「王子様!!」
「全てナイアールお得意のまやかしだ!!」
パロットがそう認識した瞬間、振るわれた大剣はスルリとパロットをすり抜けた。
そしてパロットはバケツヘルムの胸に手を当てる。
「ここだ!!」
パロットは水の魔力を乗せた拳をバケツヘルムに叩きつけるとバケツヘルムはアッサリ霧散した。
「これは・・・殿下!!」
「良し善し、思った通りだ。全部魔力を用いた幻だよ」
「幻!?これが全部?死んでる兵も・・・」
「気絶してるだけだ。見えてるナイアールの分身は恐怖の幻影を見せて気持ちで負けた奴の精神に魔力を流し込んで昏倒させてるんだ!気を強く持てば負ける事は無い!!」
パロットのその一言を真っ先に信じたのはリトだった。
彼女は無抵抗で黒いパロットの一撃を体で受け止めて、すり抜けたのを確認した。
「本当っス!全然痛く無いっスよ!!」
そうと分かれば相手が急に滑稽に見えてきた。
リトは剣を出鱈目に振って幻影の魔力を散らしていく。
「アイリーンは自分の実力を疑って無いから幻影にも苦戦しなかったんだ。下手に相手の力量差を理解している程、術中にハマり易いんだろうな。幻影一体一体に込められた魔力は触れた感じから多くは無い、気絶した兵を回収しながら散らしていくぞ」
「鍔迫り合いした感触まで幻影だなんて恐ろしい術ね、でも対処法が分かれば・・・」
要領を飲み込んだオルツィも相手の攻撃を無視して広範囲魔法を撃ち込む。古参の捜査部隊兵達も程なくルールを理解して対処していく。
次々と消されていく状況に焦ったか、赤龍も今一度咆哮する。
すると黒いレモン姫の足元から三本足で鉤爪を持った巨大なゴーレムが、上空から超重ザリガニが、地中から鉄鬼王シュド・メルが、地平の彼方からイタクァが現れ、その巨体を誇示するが・・・。
「同じ事です!」
シャーロットがイタクァの足元に潜り込むもイタクァはシャーロットを踏み潰す。しかし、シャーロットは左の人差し指一本で軽々とイタクァの足を持ち上げる。
「本当は持ち上げる演技すら必要無いのですが、貴方の遊びに付き合ってあげます。自慢ではありませんが私もバーティツの心得がありますので・・・」
シャーロットは左手でイタクァの足を持ち上げたまま右の拳に力を込め、彼女の属性である風の力を解き放った。
「吹き飛べ!星の彼方まで!星翔風神拳!!」
パンッと軽快な音を立ててイタクァの魔力が軽々と弾け飛んだ。
リトがシュド・メルを斬り裂けば、まるで紙の様にペラペラになって千切れる。
パロットの喧嘩パンチで超重ザリガニの黒光りする金属ボディーがベコベコに凹む。
三本足の魔神はこれまで無表情だった他の化身と違い炎に包まれたアイリーンを見て明らかに苦々しい表情を見せる。
三本足の魔神はアイリーンに覆い被さる様に鉤爪を振り上げた。
だが、アイリーンは灼熱の弾丸となって三本足の魔神を突き破り、その先の赤龍の元へぐんぐん迫る。
『おおおおぉぉ・・・アイリーン・ショルメぇぇぇ!!』
ナイアールはガパリと牙の並んだ大口を開き飲み込まんと迎え撃つが・・・。
「それも幻ですわ!!」
アイリーンは龍を貫通し、更にその上の黒雲の中で火炎魔法を解除、懐の中和剤を取り出し、ありったけばら蒔いた。
「いぎあああぁぁぁ!アイリーン・ショルメ!!我が宿敵!!!」
眩い雷が屋敷の庭に落ちた。
落雷の地点にはボロボロになった一人の年若い男が倒れている。
「多面怪盗ナイアール、ゲード殺害の現行犯及び数多の窃盗・詐欺・器物破損・殺人・国家反逆の容疑で逮捕しますわ!!」
拘束されたナイアールは動く力も無かったか、兵達に引っ張り上げられながらも、何かをやり遂げた様な何処か満足そうな笑みを一瞬だけ浮かべたのだった。




