第百九話 犯罪王 中
言うまでもないが第一容疑者はエンドー子爵とその縁者である。
アイリーンはエンドー・フーディー子爵領とエンドー・ダンドレジー男爵領を中心に無駄と知りながらも監視を置いた。
苦慮したのは人選だ。
これまでに類を見ない大規模な人員を投入すると言っても広大な王国全土に配置するには余りに少人数、故に一番怪しい場所に配置するのは当然なのだが、嘗てアイリーンに直接監視されながらも盗みを成功させた男だ。自宅周辺を見張ったところでボロは出さないだろう。
しかし、全く監視しないといった選択肢も論外である。監視が無ければそれこそ好き勝手されるのは目に見えている。なのでそれなりに能力のある者を逮捕には繋がらないと知りながらも重要任務と割り切って派遣するしか手が無いのだ。
だが一方では四六時中国内を兵士が巡回している状況は犯罪率の激減に大きく貢献していた。
インフラ整備は進み山や森にも人の手が加えられ魔物が発生する澱みの沼が早期に発見されるようになり、山賊や盗賊と言った連中も旧世代の粗大ゴミになりつつあった。
重ねて言うが犯罪は減少した。しかし、死体を見たと言う真偽不明の噂は増える一方だった。
「隊長~、今回の通報も空振りっス」
「お疲れ様ですわリト、今日で死体や殺人現場、ナイアールの目撃情報は王国全土で合わせて二十三件、ですがその全てが噂話、友人知人親戚からの又聞き、単純な見違えばかりで実体がありませんわ」
パロット王子が一枚の紙を机から拾い上げる。
「このアジオ領コエン町の大聖堂で生臭僧侶達が惨殺され血の海になってたと言うのは?」
「あの町に大聖堂なんてありませんわよ」
「こっちのカッター領のシラーヌ侯爵が恐怖に引きつった顔で自室で死んでたって・・・おい、カッターは子爵領だろ」
「そもそもシラーヌ様は昨日から王都に仕事で来てるっスよ」
「貴族と縁の無い一市民が爵位の違いなんて知るワケありませんわよ、そう言った事情も踏まえての捜査撹乱なのでしょうが」
「捜査撹乱?」
リトは手元の資料をめくりながら答える。
「自分達が以前からマークして証拠を集めていた色んな凶悪事件の容疑者達が全員残らず行方不明になったっス」
「私達が誤情報やデマに踊らされている間に始末されたのでしょう。この手の話は尾ひれを付けながら爆発的に広まりますから」
「これからの課題・・・国民全員が惑わされないように意識改善するとなると何十年何百年掛かる事やら・・・」
そんな日々が続く中でアイリーンの直属であるオルツィ隊長から有力な情報がもたらされた。
とある貴族が自身を逮捕して欲しいと近隣を捜査していたオルツィ隊長に申し出があったのである。
貴族の名はゲード男爵。
嘗てジム・モロアッチの協力者であり、組織壊滅後も上手く立ち回り逮捕を免れていたのだが、ナイアールの殺人予告状が届いた事で観念して、殺されるくらいならばと全ての犯罪を自供する代わりに身柄の保護を訴え出たのだ。
『□月×日夜九時 悍ましき男爵よ、最早語るまでも無いが、死が貴殿の前に姿を見せるであろう。 ナイアールが多面の一つ 犯罪王ジェームズ』
「それで我々に守って欲しいと?これまで好き勝手やってきた貴方がそれはムシが良すぎるんじゃないかしら?」
「何とでも言ってくれ!金は国に返す、これまでの不正の証拠も全て提出する」
「そんな事は当然よ!守るべき民の税金を着服しておきながら図々しい!こんな下衆が貴族、それも私と同じ男爵位だなんて腹が立つやら恥ずかしいやら・・・」
「法的には極刑にならないハズだ!」
オルツィは呆れて額を押さえた。
「それは捜査次第ね、自白してない余罪もあるかも知れないし」
「そんなモノは無い!」
「まあ、いいわ。こちらは職務を果たすまでよ。貴方と違ってね」
「・・・」
(隊長いや、将軍は間に合わないか)
壁に掛けてある星の智慧社製の仕掛け時計は八時三十分を指している。
(あと三十分)
そうオルツィが思った瞬間、屋敷の入り口で爆音が響いた。
「なっ!?」
部下が慌てて部屋に飛び込んで来る。
「隊長!ナイアールが真っ正面から!」
「何ですって!!」
部屋を飛び出したオルツィが見たのは警備兵を土・風・水の三種の魔法で凪ぎ払う仮面の男と怯え混じりで彼にしがみつく女性の姿だった。
仮面の男はオルツィを見ると真っ直ぐ歩みを進める。
(犯罪者の予告なんて信じた自分がバカだったわ)
オルツィは覚悟を決めてレイピアを抜き身体に土の魔力を巡らせた。と、同時に扉をぶち抜いてナイアールが入って来る。
「先手必勝!」
オルツィは突きを放つと同時にナイアールに向かって魔力で生成した砂を浴びせた。
「む!これは・・・」
堪らず目を伏せたナイアールの隙を見逃さず間髪入れず部下達と同時に刃を振るった・・・だが。
「もう終わりか?」
「ぬぅっ!?」
部下達の槍とオルツィのレイピアがポキリと切断され床に落ちる。目を閉じたままのナイアールに切り払われたのだ。
「バケモンか・・・」
「然り、この身は外道に堕ちたバケモノよ」
ザッとナイアールがゲード男爵に一歩近づく。
「さあ、覚悟はよろしいかゲード男爵?私はお前を殺すぞ」
だが、そんなナイアールの前に立つ女性が一人。
「そんな!話が違います!父を改心させる為に脅かすだけだって言ったじゃないですか!!」
ナイアールが連れてきた女性はそう言ってナイアールの凶行を止めようとする。
しかし、ナイアールの反応は冷たい物だった。
「ああ、レナ、君は何て愚かなお人好しなんだろう。そんな話を信じるだなんて」
「私を騙したのね!!」
ナイアールはレナと呼ばれた女性を突き飛ばすが、レナは体勢を立て直して突進し、ナイアールの胴をガッチリと掴んだ。
「皆さん!彼を・・・早く・・・」
「ええい!計画が台無しだ!!」
オルツィ達はナイアールに飛び掛かるが、軽々とレナを引き剥がし、レナを抱えたまま外に飛び出した。
追ってオルツィ達が見た物は天空から垂れ下がる梯子を掴むナイアールとレナだった。
「何よアレ!?」
梯子の先を辿って見れば楕円形の巨大な物体が宙に浮いているでは無いか。
「今回は諦めるが次はこうはいかんぞ」
そのまま高度を上げるナイアールだったが、梯子を上る途中で自分に続いて上るレナに目を向ける。
既に高度は兵達では追いすがれない位置まで達している。
「裏切り者には用は無い」
ナイアールは上ろうとするレナの手を踏みにじった。
「あっ」
と声を上げたのはレナかオルツィかゲードかあるいは全員か、憐れレナは真っ逆さま、グシャリと水気のある音を立てて屋敷から少し離れた位置に落下した。
「い・・・医師を呼んで!!大至急、持てるだけの医療品を持って来て!!」
「は・・・はい!!」
慌ててやって来たオルツィ達が見たのは不幸にも岩にぶつかり真っ赤な水溜まりに身体を横たえる女性の姿だった。
オルツィは楕円形の物体が飛んで行った方向を睨み付ける。
「くっ・・・ナイアール」
白衣を来たゲードお抱えの医師が女性を診るが、医師は首を横に振った。
「残念ながら即死です」
女性の遺体を屋敷に運び込みオルツィはゲードに女性の正体について尋問する。
「レナは私の娘だ。以前から行方不明になっていて・・・まさかナイアールに拐われていたとは・・・」
「そんな大事な事を何故言わなかった!!」
「当時はジム・モロアッチの支援をしていたんだ、下手に捜査隊を入れたくはなかった」
「だからって・・・」
「すまない隊長殿、今日はこの部屋から出ていってもらえまいか?明日なら逮捕なり護送なりしていってもらって構わない。無論、屋敷はそのまま見張ってくれて結構」
「ああんもう!どいつもこいつも勝手になさい、けど変な気を起こすんじゃ無いわよ!!」
オルツィは屋敷を部下に任せ外に出て深呼吸、熱を持った頭を夜風で冷やしクールダウン。
ふと、前方が騒がしくなり始めた。
待ちに待った本隊が到着したのである。
「隊ちょ・・・将軍、それに殿下まで!?」
アイリーン、リト、パロット、シャーロットのフルメンバー、逃す気は無いと言う決意の表れである。
「状況はどうなってますの?」
「それが・・・」
「ナイアールが女性を殺して逃げただと?」
驚くパロットに対しアイリーンの頭は冷静だ、程なくアイリーンの推理が完成する。
「今の時間は!?」
「え?えぇっと・・・」
「八時五十九分っス!」
「いけない!間に合わない!!」
アイリーンは足の裏から火炎魔法を噴射して屋敷に飛び込んだ。
残された四人に現場検証をしていた兵が駆け付ける。
「報告しま・・・で・・・殿下!?」
「俺は良いから報告を急げ!!」
「はい!死体周辺に飛び散っていたのは血液ではありません!見せ掛けの血糊でした!!」
「そう言う事か!!」
部屋に飛び込んだアイリーンが見たモノは四肢を切断され血の気が失せたゲードの死体と顔面をグチャグチャにし手に刀を持った血濡れの女だった。
「数秒・・・遅かったな」
時計はそろそろ九時一分を指そうとしていた。
「ゲードの事を調べてましたの、他人名義に偽装した倉庫に隠し資産がありましたわ。釈放後に悠々自適な生活を送る為に用意していたのでしょう。それと腕と脚の白骨が多数隠してありましたわ」
「こいつは裏で人の四肢を切り落とし玩具としてそのスジの変態に売り付けていたのさ、こんな風にな!」
ナイアールは四肢を失ったゲードの死体を蹴りとばした。
「特に自分の娘はお気に入りの玩具として散々弄んだそうだ」
「だから貴方はレナさんの姿で・・・医師も貴方の部下ですわね?」
「正解だ。ゲードが一度捜査部隊を下げさせたのはレナの死体の正体を確かめる為さ、もぎ取ったハズの手足が何故生えているのかとかね。死体だと聞いて安心したのか警戒もせずに近づいて来たよ」
「犯行の動機は分かりましたわ。後は大人しく逮捕されなさい!!」
「御免だね!」
そうしてナイアールが懐から取り出したのは・・・。
「魔物化薬!?」
「ヒトなんて所詮簡単に魔物に堕ちるモノだ。ゲード然り他の犯罪者も然り、そしてこの俺も・・・この薬はほんの少し自分の中の魔物を表に出すだけさ」
パロット達が部屋に着いた時には既にナイアールは魔物化薬を飲み干した後だった。
その瞬間、寒気が部屋を・・・否、屋敷全体を包み込む。
ナイアールは天に向かって咆哮を放つと、その衝撃は魔力的な力を持って天井を消し飛ばした。
空いた天井からナイアールは空へと飛び上がる。
いつの間にか天空には紫電走る暗雲が渦巻き、隙間から巨大な紅い蛇を思わせる何かが見え隠れしている。
「先生・・・」
これまでのどんな犯罪者の魔物化よりも強大で不吉な魔力を孕んだ存在が、アイリーン達の前へとその姿を現す。
「レッド・ドラゴン・・・」
深紅の巨龍がその顎を開いた。
◇ ◇ ◇
~おまけ~
・オルツィ隊長について
捜査大部隊殺人事件担当の隊長
男爵位の貴族で、幼少期から家族内で験担ぎの女装をさせられた事(それほど珍しい風習でも無い)からオネェの道に走る。
捜査そのものは自身の経験のみに頼らず最新の魔法・科学技術や精神分析をよく学んだ理知的な手法を用いる。
実は男性よりも女性が好きで、普通に女性と結婚しており二人の子供の父親でもある。
本人曰く妻とは同性愛の関係・・・らしい。
巨大化で負けフラグを喜んで立てて逝くドMの鏡。




