第百六話 三つの告白
肌も髪も服もボロボロ、貧しい農民の子として生まれ、その両親から日々殴られ、逃げ出しはしたものの水も食べ物も無く、強い日差しの中でぼんやりと幼いながらに死を悟っていた。
ふと、私の顔に影が射す。
美しいドレスを着た貴族のお嬢様が私を見下ろしている。
憎らしい怨めしい。
私がこうして苦しんでいる様子をコイツはどんな顔で見ているのだろう?
その顔を私は一生忘れない。
「ああ、私がアンタだったら・・・」
そうアイリーンは考えた。
◇ ◇ ◇
~現在~
『騎士爵ロバート・ウェイク殿とマリオン・アドラー嬢の婚礼の日、ウェイク家の宝石を頂戴する 多面怪盗ナイアール』
王都の捜査部隊本部に届いたのはそんな手紙だった。
「ナイアールの予告状っス」
「リト、貴女花嫁修業はどうしたのかしら?」
「うっ・・・、自分達の宿敵が現れるかも知れないのにじっとしてられないっス」
アイリーンは溜め息一つ。
「この予告状はナイアールのモノではありませんわよ」
「そうなんっスか?」
「『宝石を頂戴する』って、これまでも何度か曖昧な予告状はありましたけれど、その場合は前提として謎解き形式で書かれてましたわ」
「でも今回のには謎解きが無いっスか?」
「それに文字の癖が・・・まあ、呼ばれた以上は行きますわ」
自分一人で向かうと言ったアイリーンの表情はリトには何故か憂鬱そうに見えたのだった。
◇ ◇ ◇
ナイアールは何も盗まない、どっかの誰かによる陰惨な殺人事件も起こらない、どうせ今回は事件らしい事件なんて起こらない、分かりきっていた事だ。
新郎は駒鳥鳥人で、ジム・モロアッチの拠点の一つを壊滅させた功績から平民の出ながら騎士の称号と小さな町を与えられた誠実な人物である。
新婦は侯爵家に生まれた金髪紅眼の人間で幼少期の怪我が原因で怪我以前の記憶が欠落しているものの、ソレを埋めるかのように勉学に励み、理知的な女性へと成長した。
二人の出会いは女伯爵の死の直前、アドラー侯爵領にジム・モロアッチの魔物軍団が攻め寄せて危機に陥った時、騎士ロバート・ウェイクが兵を率いて駆けつけ窮地を救ったのがきっかけだった。
ロバートの勇敢さには現地で将兵として参加していたマリオンの兄姉達も文句無しの称賛を送った。その後の戦勝パーティーの折りにマリオンの兄の一人であるハーロックがロバートをマリオンに紹介、互いに一目惚れだったそうだ。
そして現在に至る。
「・・・故にこの大地の女神ルブランもお二人の結婚を暖かく・・・」
老齢で温厚そうな糸目のもじゃ髪もじゃ髭神父による退屈な形式ばった祝福の言葉を聞いていると欠伸を噛み殺すのに大忙しだ。
忙しいので参列者の巨乳ネコ獣人のお姉さんの耳がピクピク動いた回数でもカウントする。
当然ナイアールが乱入する気配は無い。
食事は豪勢だ、一昔前までこの辺もあまり美味い物は流通してなかったらしいが、国全体が潤い始めた今では大体国内の何処にいても安定したクオリティの食事が出来るようになった。
「鶏のソテー美味しいですわね♪あっ、こっちのクリーム煮も絶品ですわ」
視線が痛い、成り上がりとは言え公爵で王子様の婚約者が来ればこんなモノだろう。
それに今は実力者が正当に評価される時代になりつつある、悪意ある視線はあまり感じない・・・少しの嫉妬は有名税だと思って諦めよう。
その中でも一際視線を向けて来るのがウェイク夫妻だ。この時点で偽の予告状を誰が送ったのか検討がついた。
夜、宴会はお開きとなり帰路に着く者も多い中でウェイク夫妻に呼び止められ、ある一室に招かれた。
部屋の中にはウェイク夫妻とアドラー侯爵、そして神父が待っていた。
「それで?偽の予告状を出してまで私を呼びつけた理由は何ですの?」
ロバートは少し困った顔で頭を掻いた。
「全てご承知でしたか・・・あの予告状を送ったのは確実に来て頂く為です」
「アイリーン・ショルメ公爵とあと一人に、ですが期待したもう一人はいらっしゃらなかったみたいです」
マリオンがガックリと肩を落とした。
「もう一人の代理として神父様に私達の告白を聞いて頂きたいのです」
そう言うとロバートはグラスの酒を煽った。
「既に義父上にはお話した事なのですが、実は俺はジム・モロアッチの構成員だったのです」
神父が息を飲む音が聞こえる、見れば糸目を僅かに開き赤い眼を一瞬覗かせた。
「・・・とは言っても下部組織の更に手下の手下みたいな所でしたがね。弟妹を食わしていくには仕方なかった」
「どういったお仕事をなさっていたのかしら?」
「倉庫の見張りですよ、中までは見た事ありませんがロクでもないモノだったのでしょう」
自虐的に笑うロバートの手をマリオンが握る。
「ある日、偶然にも聞いてしまったんですよ。次の商品は俺の弟妹だって話をね」
◇ ◇ ◇
俺は怒りの余り暴れまくった。
だが、相手は組織だ。俺一人がちょっと逆らった位じゃカス程の打撃も与えられない。
すぐさま俺はボコボコにされ血反吐を吐いて床に転がった。
剣が俺の胸に向けられる。
(弟達に妹達よ、バカな兄ちゃんはお前達を助けられなかった。許してくれ)
俺の命もここまでかと覚悟した瞬間、黒い影が飛び込んで来た。
影は次々とアイツらを倒していく、そこで俺の意識は途切れた。
目が覚めたら俺は病院のベッドに寝かされていた。
周囲には弟妹達が心配そうな顔で俺を見ている。
「助かった・・・のか?」
それからは怖いくらいにトントン拍子だった。
領主のヴェルモン伯爵は前々からあの倉庫が怪しいと睨んでて、あの日偶々偵察の兵を送っていたらしいんだ。
そこで偵察兵が見たのは悪党相手に大立ち回りする俺の姿だったって話らしい。
んなバカな。
俺は何度か周囲に本当の話をした。ヴェルモン伯爵と面会した時もお話させていただいた。
なのに俺が真実を話すよりも遥かに早く俺を英雄視する声が高まった。倉庫のあった町では俺の名前を知らない住人は居なくなった。
正直、恐怖したね。
程なく俺はヴェルモン伯爵の配下として騎士爵を賜り、一年程を手配して頂いた教師の下で政治・経済・軍略を学んだ。
必死だったさ、何せ俺は噂を真実にしなければならない強迫観念に駆られていたからな。
そんな俺の姿を見た周囲も何を誤解したか俺を支えるようになり始めた。
カリキュラムが終了したと同時に俺は伯爵からあの倉庫があった馴染み深い町を治めるよう仰せつかった。
だけど俺はまだ幻想の俺に追い付けてはいない。
そんな悶々とした日々を送っていたある日、伯爵からアドラー侯爵領への救援を命じられた。
伯爵から渡された魔物化薬の中和剤が効力を発揮したお陰もありジム・モロアッチの軍団を壊滅させる事に成功した。
アドラー領軍の指揮官であるハーロック・アドラー殿は俺を大絶賛したが、もしかしたら幻想の自分を打ち破ろうと必死で戦っていた姿がそう見えたのかも知れない。
その後、戦勝パーティーにて俺は運命の出逢いをする。
◇ ◇ ◇
「俺達が予告状を送った理由の一つがこれです。あの時、俺を助けたのは間違い無く多面怪盗ナイアールだ。偽の予告状を出せば必ず来てくれると、幻想の自分に少しでも近づけた自分を見て欲しいと・・・残念ながら俺の浅い考えを読まれたのか来なかったですがね」
私はイラつかずにはいられない。
「貴方はご自身を過小評価し過ぎていますわ!魔物軍団との戦闘なんて道具と兵力を渡されたからと言っておいそれと出来る事ではありませんわよ。貴方は既に騎士として完成されていますわ」
「そう言って頂けるなら俺の追い求めた道は間違っていなかったのだと、やっと納得出来ます」
そう言ってロバートは妻のマリオンの肩に手を置いた。
「次は私の番ですね」
マリオンは胸に手を当て深呼吸を一つ、思い詰めた表情を一瞬見せた後、語り始めた。
「私が本当はマリオン・アドラーでは無いと言ったら・・・皆様は信じますか?」
「え!?」
私は驚かざる負えなかった。無論この二人についても事前調査は行っている。ロバートの前歴だって知っていたから驚きはしなかった。だけどこれはどういった事だ。
「ならば貴女は一体誰だと言うのですか?」
「お戯れを・・・私の真実の名はアイリーン、貧乏農家に生まれた娘です」
そして語られた話は私を驚愕させるに十分な内容だった。
「特に姓はありません。私はその家で虐待を受けていました。そして耐えられなくなり家を飛び出したのです」
◇ ◇ ◇
私の名はマリオン・アドラー、侯爵家に生まれた娘ですわ。
私は幼い頃から勉強が出来たらしく、両親は神童などと持て囃しましたわ。
下らない、解りきった答えを当たり前に述べただけで神の子などと、何て低レベルなのかしら。
そんな私の思考が漏れていたのでしょう、兄姉達からは嫌われ、最初は持て囃していた父母も次第に腫れ物を扱うかのようになっていきましたわ。
まあ、私は気にしませんでしたが。
ですが、その頃から私は退屈さに蝕まれて行きました。
悶々とする中、ある日お父様が農村の視察に向かうと聞き勉学の為一緒に付いて行く事にしたのです。
そして運命の出逢いを果たしましたわ。
倒れているのは自分と同じ金髪赤眼の少女、彼女は忌々しそうに私に向けてこう言った。
「ああ、私がアンタだったら・・・」
その言葉を聞いた私の顔は、きっと悪魔のような笑みを浮かべていたに違いない。
「お父様!急いでこの子に水と食事、それから清潔な衣服を!」
「む!?分かった!」
幾つかの質問の中で少女の名前がアイリーンと言う事や、どんな事情で倒れていたのか大体知る事も出来た。
食事が終わりアイリーンが着替えるタイミングを見計らって、私はアイリーンの脱いだボロに着替える。
「!?マリオン?何をしている!?」
「お父様、今まで育てて頂きありかとう御座いました。これからはその子を私と思って育てて下さいまし」
そうして私は荒れ果てた大地へと駆け出した。
試してみたかったのですわ。家柄も無い自分がどれだけ先に進めるのかを。
無論アイリーンの家にそのまま行くつもりは毛頭無い、私は街に行き金銭に余裕のある優しいショルメ夫妻の同情を買い養子となって上手く取り入った。
学院を出て王城勤めの兵になったまでは中々に過酷で刺激的な毎日でしたわ。
ですが、最近またあの退屈さに蝕まれていますの。
「あ~暇ですわ。何か変わった事でも起きないかしら」
部屋に置かれていた水晶が光り輝き、そして生涯退屈しない遊び相手が現れたのですわ。
◇ ◇ ◇
「その後、私はこの子を引き取り、怪我で記憶喪失になったと家族に伝えて育てたのです。私は天秤に掛けてしまった。このままマリオンを家に置き険悪さが増していくのを見ているか、新しくこの子を迎え入れてやり直すのか。私は本物のマリオンが見えなくなった事を言い訳にこの子をマリオンとして迎え入れる道を選んだのです」
「性格の変わったように見えた私にお母様やお兄様達はさぞ驚かれた事でしょう。バカになった私に優しく勉強を教えてくれました」
「そう、家族は変わってしまったマリオンに同情的で、それで全てが上手く回ってしまった。私は本物のマリオンの苦労が少しでも和らぐように農村の改善事業に乗り出した。そのせいでジム・モロアッチに目を付けられる事になったがね」
「私は本物の私に勝つ為に必死で勉学に励みました。貴族でさえあれば誰でも幸せになれる事を証明する為、安易に入れ替わった彼女の失態を嘲笑う為に・・・ですが先の凱旋パレードを見たあの日、私は敗北を思い知らされました」
「アイリーン・ショルメ公爵の噂は存じていましたが、その時は只の偶然と考えていました。ですがパレードを見て確信したのです」
「既に彼女は私の遥か先に立っていたんです。大貴族にして国家の英雄が。悔しいと思う反面納得もしました。彼女なら出来て当然だと。今日、閣下をお呼びしたのは二つどうしてもお伝えしたい事があったからです」
マリオン・アドラー嬢は私の目をしっかり見据えてから深々と礼をした。
「あの時、私を助けていただきありがとうございます。ですが私は今日、素敵な旦那様と結婚しました。この幸せは貴女にだって負けてはいません」
その剣幕に一瞬圧されたものの私は冷静に息を吐く。
「まあ、結婚式の余興にしては中々楽しめた与太話でしたわ」
「待って下さい!私は・・・」
「仮に、貴方達の話が本当だとして世間知らずのバカなお嬢様が生きていけたとは到底思えませんわ。勝ち負け以前の問題ですわね。きっとそのお嬢様はどっかで後悔しながら野垂れ死んだに決まってますわよ」
「意地っ張り・・・でも貴女らしいですね」
私は泊まるよう勧められたがお断りして屋敷を発った。
後ろからはあの神父様がついてくる。
「さて、今日の話を聞き貴方はどうなさるおつもりですかな?」
神父が落ち着いた声音で問い掛ける。
「アイリーン・ショルメ公いえ、多面怪盗ナイアール」
「別に・・・さっきも言ったが、あんなのは与太話だ。どうこうする事でも無いさマリオン・アドラーいや、アイリーン・ショルメ」
お互い変装を脱ぎ捨てて向き合う。
「だが・・・そうだな、与太話ついでに俺もお前に一つ話しておくか」
「何を・・・」
「近い内に俺は大虐殺を行う、止められるものなら止めて見せろ」
瞬間、強い風が吹きアイリーンが目を伏せた一瞬でナイアールは消えてしまった。
「ナイアール・・・」
その呼び掛けに応える者は誰も居なかった。




