第百五話 斬殺魔ジャクリーン 後編
段蔵は血濡れた畳張りの広間に立っていた。
そこかしこに切断された死体が転がっているが、一ヶ所だけ何も無い綺麗な部分がある。
考えるまでも無い、本来この場で死んだ遠藤しおんは妖精女王の力で二度と段蔵の夢には現れないのだから。
「しおんが居ないのは当然として・・・」
その夢は段蔵が記憶するよりも死体の数が多い。
記憶に無い死体の顔を覗き込めば、こりゃまた誰でもない誰かの顔だった。
「ふ~む?」
その時、天井から声が響く。
「ご主人さま~」
天井がバリバリ崩れると空から羊の腕とガチョウの脚、蛇の尻尾を持った異形の美女が降り立った。
「ルーヴィエ!?俺の夢に入って来たのか?そんな能力もあるんだな」
ルーヴィエの尻尾のヘビさんが答える。
「私達はモルガンさんみたいな専門家ではありませんが、今夜は私達と繋がったまま眠られましたから感度が良かったのですね。共感できる部分もあったみたいですし」
「ご主人さま、ここはとても怖いところだよ。すぐに帰ろうよ」
泣きそうな顔のルーヴィエの頭を撫でてやりながら段蔵も答える。
「そうだな、見るべきモノは見たから早く帰るか」
既に段蔵には血濡れた世界に何の恐怖も無いが、それでもそんな世界より愛しい女との愛欲に満ちた世界の方が絶対良いに決まってる。
「俺も一歩間違えばああなっていたかもな・・・」
・・・
・・
・
「段蔵に暗殺を依頼していた王家の者としては耳が痛いな」
「まあ、確かに好んでやりたい仕事じゃ無かったが、美人王女三姉妹を嫁に迎えてヤリまくれるなら報酬としては十二分だ、気に病む事は無い」
メアリ姫が意地悪そうな笑みを浮かべる。
「ええ、報酬はしっかり受け取ってもらわなければ困ります。是非、気に病む暇を与えないくらい回数を増やして欲しいわね」
「善処します」
「それでメアリが手に入れた情報だが、女伯爵の後継者と段蔵達が会った女の子は同一人物なのか?」
「メアリが押収した研究資料の身体的特徴が一致している。間違い無いだろう・・・だが」
「だが?」
「俺はあの・・・ジャクリーンとか言ったか?連中の思想はどうあれあの子は女伯爵の後継者じゃ無いと思う」
ジェーン姫が怪訝そうに問う。
「私達があの戦いで魔物化したアホ貴族共を制御出来たのはクラリースの血液を制御薬に混ぜたからだぞ、ならばジャクリーンという少女が女伯爵の血を注入された事で女伯爵の才能を手に入れたとしても不思議は無いのでは?」
「どうだか、女伯爵の血を混ぜた薬とやらが上手く発揮されてるか怪しいところだと思うね。そもそも忘れてると思うが女伯爵の悪行は全てジョゼフィーヌ・カリオストロに取り憑いていた悪霊の仕業で本人は善良な人間だ。彼女の血を混ぜた薬とやらが本当に成功していたなら殺人鬼にはならないだろ?」
それに、その過程は女伯爵を創造すると言うよりも。
(むしろ俺に近いか)
「では、あの少女は」
「偶然、本当に偶然才能があっただけだろ。そろそろ『白き教会』の支社に戻る、昨日の事でオルツィ隊長と話さなきゃならないからな」
◇ ◇ ◇
支社の応接室には重苦しい空気が流れていた。
「昨夜は警備を任されておきながらとんだ醜態を晒してしまい申し訳ありません」
流石にこの状況ではオネェ言葉までは出なかったかオルツィ隊長は襟を正して頭を下げた。
「頭を上げて下さい隊長さん、こちらも隊員の皆さんとの連携を密にするべきでした。そうすれば彼は・・・」
「支援は十分にして頂きました。彼の死は私の能力不足の結果です」
お互い暗い空気を払うために紅茶で一息。
「ふう、それで子爵は見たのよね?犯人の姿を」
「ああ、まさか本当に子供だとは思ってもみなかった」
「こちらでも今朝、上層部から情報が来たわ。ジム・モロアッチに教育された赤髪の女の子の話、同一人物かどうかは分からないけどね。でも子爵は確信しちゃってるみたいね」
「ああ、あの時あの女の子は俺やジュリアンでは無く確実にミオとジェインを狙っていた」
「子爵達では無く?」
「それで気付いたさ、チャップマン隊員以外の犠牲者には共通点があった」
「その共通点って?」
「ミオ・モンタギュー・・・今はミオ・キャピュレットか、彼女がジム・モロアッチ主催のオークションに身売りされかけた事件は知ってるな?」
「ええ、アイリーン隊長も追ってた連中でしたし昨日の結婚式でも散々話題になってたわ」
「んでウチのジェイン料理長なんだが経歴は知ってるか?」
「確か料理修行からの帰国時、人身売買組織に娼館に売られて・・・まさか!?」
「察しが良いな隊長さん。そうだ、ジェイン料理長は攫われた後、一度ジム・モロアッチ主催のオークションに出品された。その時見たんだとよ、同じく競売にかけられた赤髪の女の子を、容姿はほとんど変わって無かったそうだ」
「じゃあ少女が狙ってたのは厳密にはジム・モロアッチでは無く・・・」
「オークションの関係者、それも自分の時だけじゃ無く、かつて一度でも参加した事のある運営・参加者そして商品となった人間までが対象だ。恐らくジム・モロアッチからオークションの資料を奪ったんだろうさ」
「なっ!?自分を陥れた連中だけじゃなくて自分と同じ境遇だった人達まで?」
「あの空間そのものが許せないんだろ、乱入した俺とジュリアンは資料には載って無かっから眼中に無かったみたいだがな。こりゃ表に出てない犠牲者もいるかもな」
「早急にオークションで売られた被害者を調査しないと!」
「心配すんな隊長さん、被害者の大半は無事だ」
「何で分かるのよ」
「ほら俺の妻・・・クラリースは奴隷解放の一環で奴隷(女性)を買い取っていたんだが、その中のほとんどは例のオークションから流れていた事が分かってる。今、その人達は我社の社員(本当は俺の妻)として過ごしているからな、だからこそ俺も引く訳にはいかない」
「ジャクリーンなる少女がその事実を知れば、次に狙われるのは星の智慧社だからですね?」
「そこで提案なんだが・・・・・」
「・・・・・バカな事言わないでちょうだい!彼女を巻き込むだなんて!!社員が狙われて欲しくないと今貴方自身が言ったばかりでしょ!!」
「だが早期に解決するにはこの手しか無い」
「・・・失敗したら私のクビが飛ぶんだけど?」
「そしたら迷惑料に一生遊んで暮らせるだけの金を包んでやるよ」
◇ ◇ ◇
例えばの話であるが、俺はお面の連中を抹殺する為に過たず全員を集めてあの広間で始末した。
無関係な一般人を巻き込んではいないし、脱出した後もしおんの片腕を奪った女に依頼して調査してもらった結果やはり一般人は巻き込んではいないという結論に至った。
しかし、もしもあの場に無関係な人間が居たとして、俺は殺さずにいられただろうか?
今の俺ならば喩え見られたとしても無関係な人間は巻き込まないし、逃げ切るなど造作も無い。
幼い俺にそれが出来たか?
俺もあと一歩でジャクリーンなる少女と同じ道を歩んでいたのではなかろうか?
◇ ◇ ◇
青い空、白い雲、広い公園のど真ん中にジェーン料理長が一人で佇んでいた。
「本当に来るのかな?」
囮作戦である。
周囲には防御重視の装備で固めた兵を潜ませ下手人を誘き寄せる古典的ながら有効な手だ・・・と、その時は思ったのだ。
「普通に考えたらこんなあからさまな場所よりもっと楽な人狙うよね、ターゲットは私だけじゃ無いんだし・・・けど」
目の前にはいつの間にか赤髪の少女がナイフ二本を両手に持ち幽鬼の如くジェーンを見ている。
隠れて見張っていたオルツィ隊長は慌てて声を張り上げた。
「か・・・確保よーーー!!」
鎧を着込んだ兵達が四方八方からジャクリーンに飛び掛かるが隙間を縫うような高速の脚運びであっさりと躱すとジェーンに肉薄する。
左手のナイフをジェーンの下腹部目掛け突き出す。
「お前の歪んだ復讐を私は認めない」
ジャクリーンのナイフはジェーンの持つナイフに受け止められていた。
「!?」
「そしてお前の復讐が果たされたとしても救われるモノは何も無い!」
ジャクリーンは右手のナイフも振るおうとするがジェーンに蹴られ腕そのものが動かなくなった。
「お・・・お前は・・・一体・・・?」
「やっと喋ったか、私はお前の完成形だよ」
「何だ?何を言ってる?」
残った左手のナイフを一度引き連続で斬り払うも全てジェーンに止められてしまう。
焦ったジャクリーンは仕切り直す為に後退して器用に片腕のみで民家の塀へ登り、そこから屋根へ飛び移った。
屋根から屋根へと飛び移るジャクリーンが振り返り見たのは自分を蹴りつけようとする羊獣人の姿、蹴飛ばされ屋根を転がるも何とか落下は免れた。
「ジム・モロアッチの連中だけ狙っていれば良かったものを・・・理解は出来るが共感はやっぱり出来ないな。何よりお前は“私の友を傷付けた”」
ジェーンは・・・いや段蔵は手からナノマシンの錠剤を生み出すとジャクリーンの口目掛けて飛ばした。
防ぐ事叶わず咄嗟に飲み込んでしまったジャクリーンの精神に即座に異常が、もとい今まで異常だった精神が正常化されていく。
「何をした?何を飲ませた?わたしが・・・消える・・・」
「ソレは元々お前じゃ無い、全うな人間が持ってはいけないモノだ。だが、ここで消えたとしても一度歪んでしまったお前自身は早々治らんさ、何せ俺がそうだったからな」
「う・・・あああああぁぁ!コロスコロスコロス!!」
ナイフを突きだし突進するジャクリーンの腕を絡めとりナイフを叩き落とし、段蔵はジャクリーンを片腕で持ち上げる。
「あ・・・ぐっ・・・」
「同情はするが、許しはしない」
段蔵はそのままジャクリーンを運河に投げ飛ばした。
浮き上がる様子は無い。
「じゃあな切り裂きジャクリーン。もう二度と私に出会わないようこの宇宙にでも祈ってろ。そして喜べ、多面怪盗ナイアールがお前の復讐を引き継いでやる・・・私のやり方でな」
追ってきたオルツィ隊長が大声を張り上げる。
「コラ~~~!降りて来なさ~~~い!!」
「おっと、やべ」
慌てて飛び降りる段蔵にオルツィ隊長が駆け寄ってくる。
「ジャクリーンは・・・どうなったの?」
「運河に落ちてったわ」
「くっ、水系術者を集めて捜索するわよ」
部下に指示を飛ばすオルツィ隊長だが、振り返りジェイン(の変装をした段蔵)にニッコリ笑みを向けた。
「まったく、飛び出して行った時は肝が冷えたわよ。でも、無事で良かった」
「心配をお掛けして申し訳ありません」
「少し・・・悲しそうな顔してるわね?何かあった?」
「え?」
「・・・貴女、もしかして・・・いえ、これは将軍が解決なさる事ね。後は私達に任せてお帰りなさいな」
「よろしくお願いいたします」
◇ ◇ ◇
~星の智慧社地下水路~
聞こえるのは水の流れる音、そして二人の男性の声。
「おっちゃんこれで・・・」
片方はまだ子供で
「ああ、今度はそっちを・・・」
もう片方は中年みたいだ。
私は目を開けて周囲を見回す。
味気ないブロック壁に囲まれたそこそこ大きな部屋だった。
「おっちゃん!女の子が起きたよ」
起きた私に気付いたウサギ獣人の子供は肌が異様に白かった。
「うん?目が覚めたか?運の良い嬢ちゃんだ」
一方中年男性は油臭く鼻がでかいエルフだった。
「ここはどこかって顔してるな?教えてやるさ、この場所こそ捨てられし者達の楽園さ」
「楽園・・・?」
「ワシの名はモンクー、これでも元貴族でな、ちょ~っと研究の為に十億・二十億程着服したら捕まって命からがら逃げてきたんじゃ」
「僕はダットー、よろしくね」
「こいつも貴族の出でな、じゃが肌の病で家の者から気味悪がられて捨てられたところをワシが拾ってやったんじゃ。嬢ちゃんもあんな場所で浮かんでたんじゃからこの国に晴らしたい恨みの一つや二つはあるんじゃないか?ん?」
「ある・・・ような気がするけど・・・分からない」
「ふむ、じゃあワシらのとっておきを見せてやろうかの」
二人に連れられてブロック壁の通路を抜けた先にあったのは大きな鉄のカタマリでした。
「こいつはなお姫様の話じゃ魔導戦車とか言うらしい、ワシはコレに乗せられて戦場に送られそうになったんじゃがどうにも胡散臭く感じて逃げて来たんじゃ。案の定機体には細工がされていて時間が経つと爆発するよう仕組まれておった。じゃがワシは天才じゃから仕掛けを見抜き解体してやったのよ」
「でもおっちゃん元には戻せなかったんだよな」
「う・・・うむ、天才のワシでも構造を理解するのにまだちーっと時間が掛かる・・・かも知れん。じゃがワシは必ずこの魔導戦車を修理・・・いや、更に強化して必ずやワシらを虐げた王国に復讐してやるぞ!がっはっはっはっ!!」
物言わぬ鋼鉄の鎧を見た私は、少しコレが動く場面を見たくなった。
「その復讐、私にも手伝わせて下さい」
「ふっ、歓迎するぞ」
「そう言えば君、名前は?」
「私?私の名前は・・・」
◇ ◇ ◇
~十数年後~
「待ちなちゃい!ナイアール!!」
「待てと言われて待つバカが居ますか!!」
「バカって言う方がバカでちゅ!アテナしゃん」
「ほい来たタイミングバッチリ、流石は探偵王女様」
今日も今日とてナイアールと捜査部隊の激しい攻防が繰り広げられていた。
「【女王の指輪】確かに頂いたわよ。そんじゃ・・・」
その時、激しい地響きが周囲を襲う。
「そうは問屋が卸さないわよ!」
地中から現れたのは鋼鉄の巨腕、手の上には三人の人物が乗っていた。
「天才モンクー」
「逃げ足のダットー」
「そしてこの世で最も美しい幻惑の犯罪者ミラージョ」
ナイアールも捜査部隊の面々もポカーンとしている。
「何だ、オバサンまた来たの?」
「バカが増えたでちゅ」
「ええい、うるさい小娘共!私はまだ二十代よ!!兎に角その【女王の指輪】は犯罪界の女王たる私にこそ相応しい、大人しく渡しなさい!!」
「やなこった!」
巨大なアームをブンブンデタラメに振り回す魔導戦車は街の迷惑この上ない。
「一時休戦よお姉ちゃん!!」
「OKさっさと片付けるわよ」
「アテナしゃん、今ナイアールをお姉ちゃんて呼びまちぇんでちたか?」
「気のせいです」
「気のせいよ」
こうして今日も迷惑な爆音が街中に響き渡るのだった。




