第百四話 斬殺魔ジャクリーン 前編
今回はサスペンス
推理はあっさり当たり、犯人は直ぐに姿を現し、後は追いかけるだけ。
王都から東に星の智慧社主導で開発された工業地帯が存在する。
総帥の意向によって工業地帯でありながら非常に清潔であり、水質浄化の魔道具を通してから工業排水を流すなどの徹底した配慮が為された。
総帥ダン・エンドーと総帥代行クリスタ・エンドーが排水をコップで汲んで飲んだパフォーマンスは近隣住人の記憶に新しいだろう。
環境の良さから住民も増え街となり、現在では清潔なイメージから通称を『白き教会』と呼ばれ始めていた。
新年を祝う宴会ムードに各家庭が賑わう中、新雪がうっすら被る住宅街の外れ、木を背にもたれ掛かる恰幅の“良かった”紳士が一人。
何故“良かった”などと過去形の表現をしたかといえば、紳士の腹の中には既に何も無かったからである。
本来存在するべき脂ぎった臓器は滅茶苦茶に刻まれ周囲に散乱し、雪を真っ赤に染め上げていた。
これが『白き教会』を血濡れにした連続殺人事件の始まりである。
◇ ◇ ◇
~星の智慧社イベント会場~
『白き教会』に存在するこの建物では現在ジュリアン・キャピュレットとミオ・モンタギューの結婚式兼ジュリアン・キャピュレットの支社長就任式典が行われていた。
「よっ、お二人さん。楽しんでるか?」
「これは総帥、この度は私共の為に素晴らしい宴を開いて頂きありがとうございます」
「その上、屋敷や家具まで手配して頂けるなんて、何とお礼を申していいのやら・・・」
「総帥とか堅苦しいのは無しだぜ、俺とお前の仲だろ?」
そもそも三人の交遊関係は段蔵がジム・モロアッチと戦っていた頃まで遡る。
対立していたモンタギュー家とキャピュレット家に生まれながら互いに恋仲となったジュリアンとミオだったが、ミオが罠に掛かりジム・モロアッチ主催の闇オークションに身売りされてしまう事件が起きた。
その際、段蔵とジュリアンで闇オークションを壊滅させミオを救出した縁から現在に至っている。
現在は段蔵の手回しによって対立派の追放がされた為に両家の関係は良好となっている。二人の結婚は両家の新たな関係を築く第一歩となるだろう。
「ウチのジェイン料理長がこの日の為に腕によりをかけて用意したからな」
仲睦まじい二人と談笑している段蔵の背後から小声で呼ぶ女性が一人。
「段蔵様・・・例の」
「おっと、悪いなお呼ばれだ。そんじゃ、また後で」
宴会場から出て段蔵が向かったのはシンプルな客室、中では既に軍服姿の筋骨隆々な男が待っていた。
「お待たせいたしました。オルツィ隊長」
「うふふ、大事なイベントにお邪魔しているのは私達なんだからそんなにかしこまらないで」
アイリーン・ショルメが三将軍の地位に就いた事で犯罪捜査部隊の規模が大幅に拡大された。
彼(自称乙女)、ちょっと・・・いや、かなりオネェ入ってるオルツィ隊長は領兵では手に負えない凶悪な連続殺人事件を専門に捜査する部門の隊長である。
「最初の事件から既に三件、私達の捜査では被害者は全員ジム・モロアッチの元構成員、あるいは彼等と何らかの裏取引をしていた後ろ暗い過去を持つ人物だったと判明しているわ」
「目的はやはり復讐ですかね?」
「あの組織に人生を狂わされた人は多いから~、その可能性は高いのよね~」
くねくねとしなをつくるオルツィ隊長は、けれども瞳の奥に知性を湛えているのが段蔵にも見えた。
「今回のパーティーには事前調査でジム・モロアッチとの関係は一切無い者達を招いております。隊長が懸念される事は無いのでは?」
「うーん、そうかしら?そうと決まったワケじゃ無いと思うのよね。それに犯人がジム・モロアッチの関係者を狙ってたとしても勘違いなんかで無関係の人が殺されないとも限らないでしょ?最悪一般人諸共なんてやるヤツかもしれないし~」
「それは・・・確かにそこまで考えが及んでいませんでした」
「とか言いながら私達を呼んだ上で私兵にも警備させてるでしょ?アイリーンちゃんの言った通りホント抜け目無いんだから」
段蔵は気にする素振りも見せず紅茶に口をつける。
「今回は我社のセキュリティサービスの中でも選りすぐりの者に最新の装備を持たせています。喩え相手が極星級・・・いえ、それ以上であったとしても制圧して見せますよ。無論そちらへの協力を惜しむつもりはありません」
段蔵は自分の家族であっても人を信用する事は出来ない、その代わりに人物を正確に理解出来る特殊能力があった(女伯爵みたいな複数の魂の集合体相手には読みきれない部分もあるが)。
そんな段蔵が今回集めたのは嫁達の中でも戦闘力の高い者、それこそ力を合わせればオデットやルミナスも圧倒出来ると判断した者達だ。
「まあ、警戒してるなら問題無いわね。長々とお邪魔しちゃったけど、そろそろお暇しようかしら?」
ドアノブに手をかけたオルツィ隊長だが何かを思い出したように半身で段蔵の方に振り返る。
「そうそう、私達の捜査で犠牲者はみんな下腹部から最初に切り裂かれるのが判明してるんだけどね、ここからは確証の無い私の想像に過ぎないんだけど、もしかしたら犯人は背の低い人・・・ひょっとしたら子供なんじゃないかしら?もちろんドワーフ系って線も捨てきれないし、そう見せ掛けた捜査撹乱かも知れないけどね」
「!?」
「アラ?顔が怖いわよ?まさかエンドーちゃんも自称善良な貴族みたいに『子供がそんな凶悪事件を起こすワケが無い』とか言っちゃう偽善者だった?」
段蔵の脳裏に浮かぶのは首無しの死体と血塗れの幼い自分自身。
組織の人間を鏖にした時のあの光景だった。
「・・・いえ、時に子供とは驚く程残酷です。可能性が無いとは言い切れないでしょう。ですが、そうだとしたら・・・やりきれませんね」
・・・
・・
・
パーティーも終わりに差し掛かった頃、オルツィ隊長配下のチャップマン隊員はイベント会場付近の警戒を担当していたのだがトイレに行っていた為、一時的に仲間と離れていた。
ふと、彼の目に奇っ怪なものが映る。
「女の子?」
そう、夜も更けたこの時間に女の子が一人で歩いていたのである。
「お嬢ちゃんどうした?最近外は危ないからね早くお家に帰り・・・」
「トン」とそんな音を聞いた気がした。
「え・・・あ゛・・・ゴホ・・・なん・・オレのおなか・・・」
彼が殺された理由は単に目撃者だったから、その証拠に今までの犠牲者と違い内蔵を引きずり出されてはいない。
オルツィ隊長と段蔵の懸念した推理にも満たない最悪の想像が現実に浸食し始めた事を彼等はまだ知らなかった。
・・・
・・
・
パーティーも終わり段蔵、ジェイン料理長、ジュリアン、ミオの四人は雑談しながら夜の散歩を楽しんでいた。
「でな?俺も料理出来る方だからやってみたんだけどさ、どうしてもジェインみたいにならねーワケよ。スゲーよな?」
「そんなに褒めないでください」
「いやいや、実際今日の料理は絶品でしたよ」
「良い思い出になります・・・あら?」
ミオが指さした先には赤髪の人間の少女が立っていた。遠目では白い服に赤の模様が非対称に入っている不思議な格好に見える。
「こんな時間にどうしたのかしら?ちょっと聞いてみるわね」
ミオとジュリアンが少女に近づこうとした時、月明かりが少女の右手に握られた刃に反射する。
服の模様だと思っていたソレは誰かの返り血。
「ミオ!ソイツから離れろ!!」
「え?」
段蔵の叫びも虚しく凶刃がミオの腹部に迫るが、ジュリアンはミオを突き飛ばし自ら割って入る。
「ぐっ・・・!?」
「ジュリアン!!クソ!テメェ何者だオラ!!」
刃を引き抜いた少女は段蔵の問いに答えずミオを、そしてジェインだけを見ている。
倒れこむジュリアンから朱色が広がる、最早猶予は無い。
「だんまりか?ガキだからって手加減しねえぞ!!」
弾丸の如く飛び出した段蔵は隠し持っていたナイフで相手のナイフを持つ右手を切り払う。素人では避けきれない一撃だったが、少女は自身のナイフで軽々と受け止めた。
「!?」
まさか拮抗状態に持ち込まれるとは思っていなかった段蔵はここで痛恨のミス、子供相手という事で追撃を一瞬躊躇い突破を許してしまったのである。
「しまっ・・・!!」
「任せよ!!」
上空から女性の声、何かが急降下して少女の前に立ちふさがる。
構わず突破しようとナイフを突き出すが・・・。
「甘い!!」
降下した何者かが青色に染まった腕を前に突き出すと光の壁が現れる。
ナイフが光の壁に阻まれて進まない、動きが止まったところを背後から段蔵が攻撃するが、少女は不利を悟ったか跳躍、夜の闇に消えていった。
「くっ、ジュリアン!!」
「安心しろ段蔵」
急降下した人物・・・ジェーン姫がジュリアンの腹部に手を当てれば血に染まった衣服を除いて傷など無かったかのように綺麗になった。
「助かったぜジェーン」
「間一髪だったな」
腕の色を全身と同じ肌色に擬態させてジュリアンを立ち上がらせるジェーン姫。
「何と強力な光魔法、お陰で助かりました」
「星の智慧社の警備の方ですか?どこかでお見掛けしたような・・・?」
ジェーン姫はそっぽを向いて照れ臭そうに誤魔化す。
「多分、他人の空似だ。よくある顔だよ。それよりも段ぞ・・・ダン総帥」
「ああ・・・」
一方ジェイン(料理長の方)は必死に何かを思い出そうとしていた。
「どうした?」
「段蔵さん、私あの女の子を知っているかも知れません」
「何!?」
段蔵は少女が消えた闇をただ見つめていた。
◇ ◇ ◇
新・三将軍就任にあたり今まで担当が不明瞭だった役割が明確に割り振られた。
シャーロット・ホムズ将軍は国防を担当。
そのホムズ将軍の元部下でありパロット王子の婚約者でもあるアイリーン・ショルメ将軍は国内の治安維持。
そして謎の仮面美少女マスクド・メアリ将軍は諜報部門の司令官となった。
その日、マスクド・メアリ将軍(以下メアリ)は部下を引き連れて秘密結社ジム・モロアッチの残党狩りを行っていたのだが、そこで結社の研究者を名乗る老人から悍ましくも不思議な実験の話を聞いた。
「女伯爵様は自身が討たれた時の事を考え、幾つかの策を練っていた」
「・・・・・」
「不老不死・魂の転移・後継者の育成の三つが主な研究じゃったな、魂の転移は良いところまで行ったと聞いたが、ワシは後継者の育成を担当しておった」
「後継者の育成なんて然程珍しいとも思えないけど?」
「無論、ただ教えるだけでは無いぞ。ワシらが目指したのは完璧な女伯爵そのもの、寸分違わぬ女伯爵の製造じゃ」
「・・・意味が・・・解かりませんが・・・」
「何?解からぬとな?愚かな小娘よ、ならばワシの壮大な実験を聞くが良い」
対面で椅子に座るメアリは足を艶めかしく組み替え頬杖をついてこの愚かな老人の話にしばし耳を傾けた。
「人の性質とは血じゃ!血にこそ全てが宿るんじゃよ!!」
「・・・・・」
「ワシは健康な少年・少女に女伯爵様の血液を混ぜた独自の薬品を調合して奴らの血と混ぜてやったんじゃ。最初の十人くらいは体を開く段階で使い物にならなくなったが上手く流し込む方法を見つけてな、そこを見てみなさい!暴れ泣き叫ぶガキ共を動かないよう完璧に固定するベッドもワシが作ってな、全く栄誉ある女伯爵様に成れるかもしれないというのに無礼なガキ共じゃったよ」
「・・・それで?成功したのですか?」
「全部くたばりよったわ、一人を残してな」
「一人は成功したのですか?」
「ああ、我ながら完璧な仕上がりじゃった。出来上がったヤツは学問に格闘術に魔法と驚くべき速度で吸収していった。将来的には後継者として間違い無く組織の長となっていたじゃろうに・・・それなのにキサマらが組織を壊滅させた所為で!ヤツは・・・ジャクリーンは逃げてしもうたわ!!どうして・・・」
「もう黙れ」
興奮して立ち上がった狂人を斬り捨てたメアリは同じく構成員を処理した部下に撤収の合図を送る。
「女伯爵の再来とは・・・どこまでも迷惑な」




