第一話 怪盗、王国ニ現ル
いい加減だったりご都合主義だったりしますがお楽しみ下さい。
今、エルキュリア王国は一人の奇人の話題で持ち切りであった。
曰く鳥人族の如く自在に空を飛ぶ
曰く御伽噺の魔法使いの如く姿を消す
曰くおぞましい悪魔の如くどんな姿にでも化けられる
その奇人の名は【多面怪盗ナイアール】、突如王国に現れ大胆不敵にも事前に予告状を送りつけ、狙った宝物を電光石火に奪い去る。今宵も予告を受けた貴族屋敷の周囲には噂の真相を確かめようと人だかりが出来ていた。
外の野次馬に苛立ちながら王国兵士隊【ナイアール捜査部隊】隊長であるアイリーン・ショルメは屋敷に送られた書状を何度も流し読みしていた。
『今夜、教会最後の鐘が鳴る頃アコギ家家宝【飛べない白黒鳥の涙】を頂戴しに参上 多面怪盗ナイアール』
【飛べない白黒鳥の涙】は黒地に白い斑の入った大きな宝石を首飾りにしたものだ。
件の首飾りを下げたカエルのような顔を下品に歪めた貴族ガポーリー・アコギは大声で笑った。
「ガハハハ!!ナイアールとやら、これだけの兵が囲んでいる中おいそれと庭に近寄ることすら出来まい」
ガポーリーの後方に控えるハウスメイドも笑顔で同意する。
「もちろんですとも!アコギ家私兵の力をもってすれば、薄汚い盗人など恐るるに足りませんわ」
「捜査部隊とやらは何度も奴を取り逃しているようだが、まあ所詮小娘のお遊び兵隊ゴッコよ」
アイリーンの苛立ちのもうひとつの理由がこれだ。アコギは捜査部隊を敷地内には入れず私兵のみで宝物を守りきると宣言したのだ。どういったコネがあるのか軍部にまで手を回してアイリーンの部下達を追い出してしまった。全く頭の痛い話だ。
恐らくアイリーンのみ立ち入りを許可されたのは、ナイアールの捕縛を自身で行い捜査部隊の無能を知らしめる狙いでもあるのだろう。
「・・・腐ってますわ」
アイリーンは貴族に聞こえないよう小声でつぶやいた。
しばらくしてゴーン・・・ゴーン・・・と深夜を告げる教会本日最後の鐘が鳴り響いた。
アコギの方を見たアイリーンは絶句し、アコギ本人は驚愕で口をぱくぱくさせている。そうアコギの首から下げられた首飾りが一瞬にして消えていたのだ。
アイリーンや近くのアコギ私兵達は周囲を見回したがほどなく首飾りを見つけ出した。
「ほうほう、これが【飛べない白黒鳥の涙】ねぇ」
首飾りは、後ろに控えていたはずのハウスメイドの手にあった。メイドは周囲の目を気にする事もなく首飾りの宝石を吟味している。
アコギが怒鳴りつけた。
「きっ・・・貴様!メイドの分際で何をしている!!さっさと返さぬか!!!」
メイドがニヤリと笑って答える。
「おやおや、お貴族様は今日は頭の血の巡りがよっぽど悪いと見える、事前に書状を送らせていただいたではないですか?」
惚けていた兵達はそれでも素早く持ち直して一斉にメイドに襲いかかる・・・とメイドのスカートから拳大の球が転がって・・・
プシューーーーーッ
っと盛大に白煙を撒き散らした。
「ゴハーッ」
「ゲホゲホッ」
「前がーッ」
室内は大混乱「あっはっはっはっはっはっはー」とメイドは笑いながら部屋中を駆け回っている。兵達は声のする方へ闇雲に武器を振り回し味方同士で殴り合った。
煙と笑い声が収まった室内ではそこかしこにダウンした兵が転がっているばかりでメイドは消えていた。外から野次馬の叫び声が聞こえてくる。
「屋根の上に誰かいるぞー!?」
と野次馬が一斉に屋敷の屋根に目を向けると屋敷の窓からもれる薄い灯りに照らされた豪華な首飾りを着けたメイドがまるで舞台役者のように両手を広げてアピールしていた。そしてメイド服の袖を強引に引っ張るとまるで最初から一枚の布だったかのように簡単に“そいつ”のマントに化けてしまった。庭の兵たちが火属性魔法の照明を向けると薄暗い屋根の上にその人物の全身がはっきりと浮かび上がった。
真っ黒なタキシード上下に同じ色のシルクハット、首には真っ赤なリボンタイとそれを止める黄金のタイピン、目元を覆う真っ白な仮面、そう彼こそが
「「「多面怪盗ナイアール!!」」」
仮面の人物は手にした首飾りを両手で広げて嬉しそうに野次馬に兵達にアコギにそしてアイリーンに語りだした。
「予告通り【飛べない白黒鳥の涙】は頂戴した。そろそろお暇させていただきます・・・とその前に」
ナイアールが屋根の近くの窓に目を移すと体格の良い兵達のリーダーと思われる男がよじ登ってきたのが見えた。
「今少し観客の皆様にはお楽しみ頂く事にしましょう」
リーダーの男がナイアールの前に立ちサーベルを構えるとナイアールはマントの中から奇術師よろしくひと振りの剣を取り出した。この世界には馴染みの無い“刀”と呼ばれる武器を正眼に構え、闘いが始まった。
アイリーンは最早形振り構ってられないと懐から魔術笛を取り出し思いっきり吹き鳴らした。すると敷地の外で待機していた捜査部隊員達が一斉に野次馬やアコギ家私兵を押しのけ屋敷に踏み込んできた。
「貴様らっ!誰に断って・・・」
「黙りなさい!!!ここからはメアリ殿下より命を受けた我々が動きますわ、ジャマをしないでください!!」
アイリーンと捜査部隊員数名に睨まれたアコギは冷や汗を流して押し黙った。
「翼を持っている者や風魔法で飛べる者は外へ出なさい!ナイアールを逃がしてはなりません」
さて、そうこうしている内に屋根の上でのチャンバラはそろそろ決着の時であった。
「ぐぬぅ、コソ泥がちょこまかと鬱陶しい」
「ちょこまか動くのがコソ泥の取り柄でして・・・ではそろそろ参ります」
「ほざけ」
リーダーの男が渾身の力でサーベルを振り下ろす、と丁度野次馬からは屋根の影に隠れる形で見えなくなる。しばらくしてシルクハットとマントらしきものを身につけた男の影が屋根を転がり落ちて庭の柔らかな植え込みに落下してしまい「「キャーーー」」と野次馬の中から悲鳴が上がる。屋根の上のサーベルを持った男はさっと窓から室内に引っ込んでしまった。
捜査部隊員が植え込みを調べるとそこにはシルクハットを被せられ布切れでぐるぐる巻きにされたリーダーの男が目をまわしていたのだった。
隊員からナイアールが屋敷内に潜伏していると報告を受けたアイリーンは素早く指示を出す。
「屋敷内をしらみつぶしに探しなさい、今回こそ逃がしませんわ」
「まままっ待て!待ってくれ!」
アコギは血相を変えて喚きだした。
「貴様らいい加減にしろっ私を誰だと・・・」
無視して家探しに参加したアイリーンに部下が駆け寄ってきた。
「報告します、二階寝室横に隠し部屋を発見!!」
「徹底的に調べなさい、少しでもおかしな事があれば即報告を」
「やめろっ!やめてくれーっっっ」
「失礼ながら王国内の犯罪者は例外無く逮捕せよとの命を受けておりますので悪しからず」
隠し部屋に突入したアイリーン含む捜査隊員の面々は隠し部屋内に置かれている資料・物品に呆れ返ってしまった。どれもこれもが不正帳簿・密輸品・禁制品の山である。
「普通はどれだけか処分して証拠隠滅するようなものだけど・・・」
よくもまあ、間抜けにも残っていたものである。
「ガポーリー・アコギ!!えーっと、とりあえず色々沢山の容疑で逮捕しますわ」
だが、ここまで追い詰められながらもアコギは薄く笑っていた。
(バレてしまったものは仕方がない、だが俺はフーセイ裁判長にコネがある。無罪を勝ち取って逆にこの小娘に圧力を掛けてやれば・・・)
その顔を冷ややかな目で見たアイリーンは口を開く。
「もしかしてフーセイ“元”裁判長をアテにしていますか?残念ですが彼なら今朝に逮捕されましたわよ」
その言葉を聞きアコギは今度こそ絶望に顔を歪め唇を震わせて声にならない声を上げていた。
「捜査のジャマです。即、連れて行きなさい。せめてもの情けにフーセイと同じ牢獄に放り込んでおくよう担当に伝えなさい」
部下二人にガッチリと両腕を掴まれたアコギは泣き喚きながら引き摺られるように外に連れ出されていった。だが、まだ本来の事件は解決していない。暫く屋敷内を捜査してふとアイリーンが窓を見ると外には野次馬・アコギを乗せた護送馬車が見えそしてアイリーン・ショルメその人が正門から外に出ようとしているではないか。
「あっ!!あそこですわーーーー!!!」
アイリーンが声を張り上げたが時既に遅く“外の”アイリーンがこちらを満面の笑顔で見上げサッと野次馬の中に消えてしまった。
何も出来ずにその光景を見ていたアイリーンは脱力しその場にへたりこんでしまった。
「今度こそ・・・今度こそ絶対に捕まえてやりますわー!!」
部下達のまえで半泣きで叫びリベンジを誓うのだった。
~数日後~
里帰りから帰った“本物”のメイドは勤め先を失った事実に愕然とするのであった。
次話は・・・なるべく近いうちに。