無駄にされた僕と私の人生
とある人に憧れて、その人を目標に努力することってありますよね?
成功した人、諦めた人、失敗した人、負け組の人、様々な人がいるはずです。
そんな中の一人に焦点を当てた話です。
勿論フィクションです。
他作品(サイト外)を思わせる文がありますが、何かあればメッセでご連絡下さい。そして不備があれば告知無しに削除・編集されることがあります、ご了承ください。
私は彼に憧れていた。
中学校時代に出会ったあの漫画。ギャグ調にシビアなネタで敷き詰められ、そして酷く歪んだ純愛。あの作品は、僕を変えた。物言わぬ顔で逃げ隠れを繰り返し、偏屈な目で見ていた世界を僕も……いや、私も見てみたいと言う衝動に駆られた。
高校生になり、さらに増して行ったその欲求は自らを奮い立てた。トップとまではいかないが、それでもそこそこの成績を維持し、適度に優秀と褒められ、彼の世界へと近付いていることに酷く興奮していた記憶がある。そうして大学に進み、勤勉且つ上手いこと息抜きをしつつ、私はあの世界にやってきた。
今時全く見かけない書生風の私。物珍しい目で見られる私。彼になろうと言う私。大体のことはこなしたつもりだ。あとは、
ーーーーそんな私を取り囲む環境のみ。
とある高校へと配属された。今時な見た目をした、極々普通の高校。生徒は皆、ブレザーに身を包んでいる。少しアテが外れたが……色々学ぶには丁度いいだろう。私は新任教師であると同時に、生徒でもあるのだから。彼らから学ぶことも、あの世界を覗くために必要だと思っている。
物珍しいという目でまじまじと見る生徒の手前、教壇に立ちしっかりと彼らを見据えた。
「えー、始業式でも自己紹介しましたが、改めまして。私は新任の日井亨季と申します。担当教科は日本史です。物珍しいかとは思いますが、この見た目も授業の一環としてお受け取りください。何か質問があればどうぞ」
本当は国語を担当したかったのだが、生憎日本史に強かったがため、日本史を任されることになってしまったのは内緒だ。
自己紹介を終え何か質問があるのなら……と思ったが、誰もしようとはしなかった。うーむ、警戒されているのだろうか……。もう一度煽ると、一人が手を上げた。
「はい、なんでしょう」
「えーと、突然ですけど……先生はもしかして漫画とか好き、でしょうか?」
どうやら質問をした子は、あの漫画を知っているらしい。初めの質問が漫画が好きか、だったもので「お前いきなりそれ聞くぅ?」なんて友人と思われる子とクスクスヒソヒソと笑い始めた。都合がいいような悪いような、さて、どう答えたものか……。
「そう……ですねぇ、嫌いじゃないと言えば嘘になりますかね。それなりに読んでたりしますよ」
少し考える素振りをして、微笑みながら答えると、質問をした子はやっぱりと言った表情だ。一礼をし着席した彼女は、よく分からないと言った表情の周りの子に耳打ちをしている。そうしているうちに、HRの終わりを告げる鐘が鳴った。
下校時間になり、皆それぞれ支度を始めている中、質問をしてくれた子がニコニコと私に近寄ってきた。
「コスプレですか?」
そう小さく言った彼女はふわりと笑って、懐かしくも思える石けんの香りを靡かせた。
幸か不幸か、彼女は、私が憧れていた教師の、特別な生徒によく似ていた。
とても懐かしい日々だった。あの初任の高校で上手く行き、私は彼の世界を垣間見た気がする。そこは酷くドロドロで、何も信じられなくなるくらいの桃源郷。相対するように、咲き誇る花々が彼女を包んでいた。
担任した生徒は良く出来た子達で、何事もなく一年を終えた。初任と言うこともあってドキドキしたが、案ずるより産むが易し、それは至極簡単なことだったと今は思う。
私の教えは、自画自賛になるがどうやら評判が良かったらしく、様々な生徒が質問を求めに来た程だ。最初はこの見た目からからかっているのだろうと卑屈に考えていたが、そうでは無いことを彼女が教えてくれ、私は私の愚かさに後悔の念を抱いた。それも、彼女が解いた。
私は、あの作品を、私と彼女に投影していた。
そうすることで、満たされていない欲求を押さえ込んでいた。本当ならば完璧にしたいのだが、そうはならないことを知っているから。非常に残念で仕方が無い。一番のポイントをこなせないと言うのは、味の無いただの水でしかない。そんなものばかり望んでいない。
「私は、ダメなんだ。これは私ではない、私も貴方も、本当の私と貴方ではない」
「どうしたんですか、先生?」
「…………」
陰鬱とした空気を察したのか、彼女であったモノは私に問いかけた。不安定で半透明に揺らぐ彼女は、そんな私を抱きしめる。空虚な腕で。
閉じこもった自室、ジリジリと燃えるランプを片隅に暖かい光に包まれた、少し埃っぽい自室。手に届く範囲には、本棚に敷き詰められた様々な書籍が私と彼女を取り囲んでいる。その中の一冊を手に取り、柔らかい灯りの元、読み始めた。
某日。
空のコップを片手に、本の山に突っ伏した私と、温かな毛布で床に眠る彼女が発見された。
白い菊に包まれた私を、私が見ていた。