タブー
「○○○と3回連続で言ってはいけないって知っているか」
禁忌の言葉がある、言葉なのに、口にしてもいけないと言う時点で、言葉の意義を半数失っているが、まぁ文字として存在している時点で、言葉の意義を半分残していると思えば、それは幸せな事だと思う。
「○○○は、書いてはいけない」
うん、この時点で言葉として存在する意義はあるのだろうか、まぁもちろん言ってはいけないし、書いてはいけないと言うのには理由がある。
「この言葉を使うと呪われる」
そう、この手の話題につきものの呪いというものがある、中学生という心が未成熟というより、ある意味浮ついている時期にはこの手の怪談話が、春夏秋冬問わずにはやりだす。
つまりは、流行にのっかているだけであるし、信憑性というのは皆無に近くというよりないに等しい。
ただその場のノリだけで、物事を面白く捉えてしまい、それが友達4、5人であれば大抵悪乗りをしてしまいそれがクラス中に伝染する。
「じゃあじゃんけんで負けた奴はこれを言う事な」
リーダー格であり、言いだしっぺの奴が指揮をすると、仲間内でも序列の低いものが、逆らえるわけもなく、強制的に参加させられた。
この日運悪く、負けてしまったのが私だ。
「○○○ ○○○ ○○○」
3回唱えるようにいったが、何も起こらずにいる。
「声が小さいんじゃない」
そう指摘され最初より、大きな声で言ってみるが、やはり何も起こらない。
「書いてみればなにか起こるかも」
ノートの切れ端に○○○と書いてみるが、もちろん何も起こらずにいた、そうこうしているうちに、クラスでは拍子抜けする空気がただよいはじめた。
「つまんねぇの 次行こうぜ」
クラスのリーダーがそう言うと、皆もほかの話へ移り、それぞれの思い思いの怪談をして盛り上がっていく。
皆一様に何も起こらないといったが、それは間違いだ。
私は、このクラスの娯楽のために、唯一の生贄にされた。
皆気づいていないようだが、皆私が呪われた方が良かったという事である。
つまらない、何かおこればよかった、そう思ったという事ならば、私だって、クラスの事を呪って良いはずだ。
おめでとう
君達の望みは叶う
たしかに呪いの言葉だ、○○○という言葉は呪いの言葉だ。
私は一人でクラスの全員の名前と顔を心に刻みながら、今日々を生きている。
生贄にされたものが、もし助かったなら考える事は、それ相応いやそれ以上の復讐である。