本日よりロリの幼妻ができました
カタリア大陸南東部の険しい山々に囲まれている場所に、ベルニクス王国は存在する。
他国が攻め入るには困難な土地柄である反面、内側に入り込まれたりでもしたら即座に攻略されてしまうだろう閉鎖的な地域だ。しかし現地点で彼等の土地を狙う国は存在しないため、国民は至って平穏な生活を送っていた。
国民は揃って職人気質で、戦いとはほとんど無縁なお国柄のためか工芸品が盛んだ。その美しさは比類なき繊細さで作られており、他国の商人達は危険を承知でベルニクスへと足を運んだ。
そんな彼等と否応なく関わり合いになるのが山賊である。
「頭目、その娘っ子どうしたんスか?」
首都よりやや離れたある山の一角にて、基本的に大柄で筋肉質な男達の群れのなかにひとり、どう考えても異質な存在が彼等の頭目にしがみついていた。
膝下まで伸ばされた青々とした新緑を思わせる髪色、透けるような白磁の肌を色づかせる薔薇色の頬、そして伏せられた長い睫毛の下におさまる深い憂いを湛えた蒼く美しい瞳。世にも珍しい種族と名高いハイジル族の特徴を持つ、二桁もいかない幼い少女だ。
「……無理矢理引き剥がしても可哀想だろう」
対して彼女に全身で張り付かれている、頭目と呼ばれる三十台半ばの男は、生温い返事とは裏腹に血も凍りそうな冷たい声で言った。男に牽制するつもりはないとわかっていても、ドスのきいた低い声色だった。
周囲よりかは多少男前だが、目許から頬に走る切り傷が彼の放つ近寄りがたいオーラをより印象付けている。なにより暗褐色の三白眼が、本人の意思に関係なく周囲を射すくめて、堅気じゃないと一瞬で悟らせるほどに尖っていた。古参の部下ですら時折臆するのだから相当である。
そんな彼に平気などころか懐いているとすら窺わせる態度をとる少女が大層珍しく、怖いもの見たさというべきか、この場にいる全員が釘付けとなっていた。
「けどこんなトコまで連れてきてどーするつもりなんスかァ」
凛々しい眉がぐっと顰められる。それだけで場の空気が一気に重苦しくなった。しかし古参の連中は、頭目の考えを瞬時に読みきった。
この男、何も考えてなかったな、と。
「頭目ゥ、ここはガキを世話する場所じゃねぇんですよー?」
からかいの声が飛んで、頭目からはわかってる、と返答する。いやわかってないだろ、というのが一部の本音だった。
この頭目は困ったことに、頭の回転や腕の良さは自他共に認めるほどに秀でているが、根っこはかなりのお人好しで子供が大好きなのだ。決して変態的な意味じゃあない、純粋に子供を可愛がりたいらしい。
ただし他人の目から見れば、現在も誘拐犯と子供の組み合わせにしか思われないという、普通に構うことも許されないある意味とても哀れな男だった。しかも山賊という職柄、決して誤解じゃないから性質が悪い。
「じゃぁどうするんですかィ。もしかしてとうとう人身売買に手を染めたりするんですか?」
「世にも珍しいハイジル族だもんなーあ」
「馬鹿か、するわきゃあねェだろ。俺たちは他とちげェ」
頭目の即答に、だよなぁと全員揃って首を縦に振った。
周囲の山賊と違い、この頭目を中心にした彼等は、近隣の村を襲うことなく比較的平和な手段を用いていた。つまり、山道を通る商人達を相手に交渉を行っているのだ。
交渉とは、襲わない代わりに一定の通行料を払うよう武力で脅すことにある。命賭けでベルニクスに訪れた商人達の大半は、ここで身ぐるみすべて剥がされるよりは、と決断して大人しく従うのだ。ついでに安全地帯まで護衛紛いなことをしてやるため、相手方にメリットがないわけじゃない。
もちろんそのやり口に反感を抱く連中は沢山いる。その筆頭が他の山賊達だ。
表から外れたならず者が強奪に走るのが山賊のあるべき姿であるのに、すべてを奪い尽くさない時点でありえないと嘲笑した。温情を与えるなんて頭のオカしな連中だと心の底から侮った。
しかしそれも次第に収まっていき、今ではまったく関与されていない。
何故なら近場で新たな山賊が湧いて縄張り争いを仕掛けてくるたびに、徹底的に壊滅してきたからだ。歯向かってきた相手に対する容赦のなさに恐れを抱かれ、いつしか沈黙していた。
部下達はこの方針に異論はなかった。従えない者は別の団体に混じるだけの話だ。そのためかここにいる連中は、方針に外れなければおおよそ寛容だった。
「……ねえ」
少女は顔を上げて、頭目を見据えた。思いのほか真っ直ぐな視線を向けられた頭目は片眉を上げる。そして周囲を見渡して、なにかに納得したように少女の頭にぽんと手を置いた。
「ああ……安心しろ。顔は怖いけど気のいい奴等ばかりだから危険はねェ」
「それ頭目にだけは言われたくねーんスけどぉ!」
部下のひとりが叫んだ。日頃から子供に泣かれて親に睨まれては哀愁を漂わせている男にだけは言われたくない。しかし即座にえらく険呑な視線が飛んできて、ヒィ、と情けない声をあげた。ずばりと痛いところを突かれた頭目が、怒りを帯びた目で部下を睨んでいた。
「ううん、みんなのことは怖くないわ。だってあなたの仲間なんでしょう?」
それらを眺めていた少女はかぶりを振って否定する。心の底から恐れていないらしく、唇にあどけない笑みを浮かべる姿はなんとも可愛らしい。途端に男達はだらしなく顔を緩ませた。将来美女になると約束された美幼女の微笑は、とてつもない威力を発揮すると証明された瞬間だった。
「それより聞きたいことがあるのよ」
「聞きたいこと?」
「ええ、あのね」
子供らしい拙い口調でありながら澄んだ声音に、全員がひどく穏やかな気分で耳を澄ませる。彼等は程度の差はあれども、早くも少女に陥落しつつあった。
しかしその可憐な口から発された次の一言で、その心は一瞬にして凍りついた。
「あたしたちがケッコンしたらここが二人の愛の巣になるの?」
それにしてはなかなかサバイバルな場所ね。
周辺の岩壁を見渡した少女は、大きな目を頭目に向けて至極軽い口調で言い放った。
結婚。愛の巣。――誰に向けて?
「……けっ……こん?」
「あいの、す……」
「頭目まさか……っ」
金縛りに遭ったかのように硬直していた頭目が、はっと正気に返った。
「ま、待てっ。テメェらなに考えて……!」
「ねえあなた、あたしはメアよ。メア・ハールトン。いい加減名前を覚えてちょうだい。あ、そういえばあたしったらうっかりしていたわ。あなたがなんて呼んでほしいか聞くのを忘れてたわね。あなた? ダンナ様? それとも」
「どっちもやめろ! 俺にはエライア・ダンっつー名前がある!」
あああとうとう頭目がロリコンに走っちまったあああぁぁアアアアアア……!!!
美女と野獣ならぬ美幼女と山賊――しかもそれが、自分達の上に立つ男ならなおさら衝撃的だった。エライアを見る部下の目が、変態を糾弾するそれへと変わっていくのを即座に察して、頭と手の両方を大きく振って否定した。
「ちげェ!!! つーかとうとうってなんだとうとうって! 俺は無実だ!」
「じゃあなんでそのガキは頭目に懐いてるんですか! そもそもおれは前から疑問に思ってたんだ。おれらと違って頭目は、村に下りても女を買わねェで酒飲んでばっかだし、もしかして野郎に興味あるのかと疑ったりもしたけどこれなら納得だ。幼いのが好みだったんですね」
「そうか、ロリコンなのかあ……ホモよりはマシ……なのか?」
「そらナイスバディなねーちゃんにもなびかねェわけだなぁ……」
なるほどなあ、だからかあ、と勝手な解釈で納得していく面々に、エライアの頬がひくりと引き攣る。まさかそんな風に思われていたなんて知らなかった。というか知りたくもなかった。
エライアは無類の酒好きなだけだ。女より酒、金より酒と、何時いかなるときでも酒が飲めればいいと思っている。それをホモやらロリコンやらふざけやがって!
「テメェら、覚悟はできてんだろうなァ……っ」
エライアは殺気じみた眼光で部下を睨みつけ、腰元の剣の柄に手を添えた。周囲ははっと顔色を変えて後ずさりしはじめる。不味い、言い過ぎた。しかも冗談どころか本気だから始末に負えない。彼等は仕事が絡まなければ、根っからの正直者であった。
後数秒も経たぬうちに剣の錆となる運命が待っている。全員が惨劇を覚悟して身構えたそのときだった。すべての元凶である少女が、しみじみとした口調でまたもや爆弾を放り投げた。
「ううん、ロリコンなのは困るわ。あたしこれからせいちょーきが来るし、あきられちゃうのは困るもの」
「テメェもなに勝手なことほざいてやがるっ。たまたま人攫いから保護してやっただけで、結婚の約束もなにもしてねェだろうが!」
「ひどい! あたしにあんなことしたくせに言い逃れする気なのねっ」
『えええええええええ!?』
突き刺さる視線がさらに冷やかになり、最低だと訴えているのが丸わかりだ。エライアの額にびっしり汗が浮かんだ。そしてとうとう頭を抱え込んで項垂れた。
「――俺が一体なにをしたってんだ! 俺がしたことっつったらテメェを助けただけだろ!?」
話は昨日に遡る。
酒を飲みに麓の村に下りる道中でのことだ。
そのときたまたま人攫いの連中と出くわし、いきなり襲いかかってきたのを逆に討ち取ったのだ。少人数であったことが幸いして、なんとか全滅させたエライアは、山賊らしく荷物を頂戴することにした。そして馬車の荷台で檻に閉じ込められた子供達を発見したのだ。
メア以外は覚えがあり、エライアが向かっていた麓の子供達だった。なのでそのまま馬車を操って村に行き、村人から感謝としてたっぷりお礼をもらった。しかし同時に問題も浮上した。
希少価値といわれるハイジル族の少女が残ってしまったのだ。
彼女の話によれば、ベルニクスの首都に用がある義理の両親と共にはるばる遠国からやってきたらしい。そして到着の一歩手前で襲われてしまい、二人は殺されてしまったというのだ。彼等は駆け落ち夫婦で親戚の影もなく、ひとりぼっちになってしまったと語るメアは心から嘆き悲しんでいた。彼に救われるまで沢山泣いていたのだろう、赤く充血した目が彼女の悲しみを如実に表していた。
そうと聞いてしまえば、子供に甘いエライアは行動せざるをえなかった。
なによりハイジル族は適当に放っておいてはならない存在だ。このまま村に預けたところで、話を聞き付けた悪人がうじゃうじゃ集まる未来が容易に想像できる。それでは本末転倒だ。
だから多くの意見を欲して、メアの今後を相談すべくアジトに戻ったのに、どうしてこのような事態に陥ったのだろうか。エライアの足にくっついている少女は、とんでもない隠し玉を持っていた。
「あたしたちハイジル族には、はるか昔ハイジル族が信仰するシュヴァイツ神と結ばれたメイヤクがあるのよ。それはオキテどころじゃなくて、そう、必ず守らなくてはわざわいが起こると言われている絶対的なものなのよね」
「それがなんだってんだ……」
「あたしのハダカ触ったじゃない」
ふたたび周囲の空気が絶対零度まで下がった。
え、はだか……裸っ? 触ったってどういうことだ?
ぼそぼそと交わされる会話の傍らで、エルリアはさっと青褪めた。
「ばっ馬鹿なこと言うんじゃねェ! あれは不可抗力だろうがっ」
「でも触ったじゃない」
「さ、」
触った。確かに触った。けどそれは周りが思っているようなイヤらしいそれではない。
当初、メアは人攫い連中にかなり抵抗したのか、見るに堪えない格好をしていた。しかも巧妙に見えない部分を狙って暴行を働いていたらしく、手当をするのに服が邪魔だったのだ。
子供達の無事を確認する際に気付いたエライアは、気絶してぴくりともしないメアを仕方なく脱がして怪我の治療を施した。村まではいくらか時間が掛かるため、そのまま放置するには痛々しかったからだ。
そこには決して邪心などなかった。エライアは確かに子供好きではあるが、彼の好みはボンキュンボン! の色っぽい女だ。幼女にはこれっぽっちも食指が湧かない。湧いた瞬間、首を吊って死んでやる。
とは言え、途中で目を覚ましたメアに思いきりどつかれ、他の子供達が味方をしなければエライアは(山賊とはまた別の意味合いの)犯罪者に仕立て上げられていただろう。彼はこのときばかりはメアひとりだけが攫われたんじゃなくてよかったと、心からそう思った。
しかしよくよく考えてみれば、メアに会ってから、エライアは踏んだり蹴ったりの散々な目に遭ってばかりだ。
エライアは自分を見上げてくる強気な視線から思いきり目を逸らした。すると周囲の養豚場の豚を見るような眼差しに気付いて、いつになく肩を縮こまらせた。仲間にまで手酷い裏切りを受けるとは一体なにごとだ。
最早泣いても可笑しくないほどに心に深いダメージを負った彼の意思をまったく無視して、メアはとうとう最後通牒を叩きつけた。それはもう、完膚無きまで叩きのめす宣言であった。
「それが男女の場合、相手に一生尽くすってメイヤクなの。つまり、そう――あなたはあたしのダンナ様なのよ!」
「頭目が、旦那様」
「頭目の妻……姐さんか。まさかガキが姐さんになるとはな」
「これ何歳差だろうなァ」
「幼妻ってやつか……」
部下達の肯定を示す数々の言葉をシャットダウンすべく耳を押さえたところで、彼に満面の笑顔を浮かべる少女が視界に入っている時点ですべてが無駄だった。エライアは強面に似合わずほろりと一粒の涙を零した。
これがとある山賊の頭目とハイジル族の少女の(色んな意味での)はじまりであった。
今回の物語は、お蔵入りしていた作品を改稿したものになります。
本来ならば、次回からは日記形式で部下たち視点で進んでいく頭目と幼女の攻防を描く日常的なものになっていましたが、挫折! せめてはじまりくらいはときちっと書き上げました。満足です。
楽しんでいただけたら幸いです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。