第五十八話 知人たちの中の他人
ドオォンッ!! ドゴォンッ!!
地面を揺らすほどの轟音が里中に響き渡っている。元の世界なら騒音で訴えられること間違いないほどの馬鹿でかい音の正体は、矢であった。
「お助けぇーーー!?」
「オノレチョコマカト……オトコナラドウドウトタタカエ!!」
訂正。俺を狙っている矢であった。こんな些細な訂正に意味はあるのだろうかと疑問に思われるかもしれないが、弓矢が的を狙っているか人間を狙っているかじゃ大違いだろう?
しかも最初に表現した通り、おおよそ矢から発せられるべきじゃない音が発生している。風を切る高音ではなく、木々に大穴を穿つ重低音だ。その音が俺の耳に届くたび、心臓が跳ね上がってしまうので止めていただきたい。
…………なんでこうなったのだろう? ……いや、回想なんてしないぞ? 無駄に長くなるからな。ではどうしてこうなった? 答えは簡単。風呂で襲われた直後、男たちを縛り上げて外へ出ると、弓や様々な武器を構えた女が十数人ほどいたのだ。
「どうしてこうなった!!」
思わず叫んだ。
答えは簡単……じゃねーよ! 意味わかんねーよ!! 全世界の悪意が俺に向いている!なんてことを言うつもりはないけどさ、絶対誰かの嫌がらせだろこれ!!
『わめいてる場合か! 次来るぞ!!』
「もうヤダ! 僕おうち帰る!!」
『家なんて持ってねぇだろうが!』
俺の泣きごとなんて聞いてくれるやつはいない。この世はなんて理不尽なんだ。降り注ぐ矢を何とかよけながら、涙を流してうなだれる。
しかも悲しいかな、俺を襲っている女たちは、一人ひとりがハンパ無く強い。あれだ、ゲームかなんかで最初のボスをやっと倒したかと思ったら、次のステージでは普通のフィールドでうじゃうじゃ湧いてたって感じ。ゲームバランスをもう少し考えて欲しい。
「何なんだよ! さっきの野郎どもと言いこいつらと言い!!」
『あー……なんだ。珍しくお前の質問にきっちり答えられる気がするんだが……』
「あ? なんだそりゃ?」
俺の剣が訳の分からないことを言い出した。
『おいお前ら!! もしかしなくてもワルキューレ隊じゃねぇか!?』
俺ではなく、俺に襲い掛かる女たちに向かって大声で呼びかけた。しかも不思議なことに、女たちはテネブラエの声を聞くと、弓を降ろして攻撃を停止した。スゲェ、ネゴシエーターの才能があるのかもしれん。
女たちは一様に眉をひそめてこちらを睨みつける。これだけの数の女性たちの注目の的になったのは人生で初めてだろうか。
ふいに、攻撃を止めた女たちの中から一人の長身な女性が一歩だけ前へ出た。艶やかな金色の髪の毛を男かと見間違えるほどに短く切りそろえ、かと思い視線を下にずらすとかなりきわどいセクシーな体が先程の考えを否定させる。服だか鎧だかの隙間から見えるその素肌は、透明感のある白いものであったが、受ける印象はボディービルダー。鉄の鎧ではなく筋肉の鎧に包まれているようだ。そんな女性が声を大きく吐き出した。
「キサマ! ナゼワレワレノブタイメイヲシッテイル!?」
「…………ん? あ、いや……今言ったのは俺じゃなくて……」
『やっぱりそうか。見覚えがあると思ったら……ちなみに名前も知ってるぞ? ワルキューレ部隊隊長、ベネディクタ・ブリュンヒルデ』
「…………」
ベネディクタ・ブリュンヒルデ。目の前の彼女はそのような名前だそうだ。否定していないのだからそうなのだろう。その上で俺は首をかしげる。
「なんで知ってるんだよ。知り合いか? お前結構顔広いな、剣のくせに」
『ほっとけ。おい、べネ! 覚えてるか、俺! テネブラエ!!』
「テネブラエ…………キサマ、ケンゴトキノミブンデ、アノカタノナヲカタルカ……ッ!」
テネブラエの言葉に、べネと呼ばれる女性の顔は一瞬のうちに真っ赤に染められた。
「……あの、なんかあちらさん怒ってらっしゃるけど」
『大丈夫だ、問題ない。この程度のこと俺様が想定していないとでも?』
「お、おお……そうか。話の腰折って悪かったな」
きっとこの後に素晴らしい解決策を提示してくれるに違いない。性格自体はアレだが、頭は決して悪くないテネブラエのことだ。頭の悪い俺では考え付かないようなアイデアを持ってきてくれることだろう。
『……………………』
「……………………あれ?」
『あん? なんだよ』
ずいぶんと待ったように思う。うん、時間にして20秒くらいかな? 敵さんも辛抱強く俺たちに付き合ってくれたようだ。とてもありがたい話である。
しかしながら、なんで誰もしゃべらないのだろう? 人がたくさんいるのに無言状態が続くのって結構不安になって嫌いなんだけど。
「なんだよじゃねーよ、こっちの台詞だよそれは。とっとと説得してくれよ、想定内なんだろ今までのは」
『おう。べネは頭に血が上ると話を全く聞こうとしない。だからどうあがいたところで説得は無理だって言うところまでが想定だ』
「……………………つまり何の解決策にもならないってこと?」
『だな』
「だな」と言うたかだか二文字に対してこれほど失望感と絶望感を抱いたことはない。怒鳴りつける事すらも失してしまうほどあきれ果てた俺は、ならばいっそと思い、べネに対して笑いかけた。
「見逃してもらうってことはできないっすか?」
『キャッカ』
カナ文字に起こしてみれば意味不明な言葉は、引きつった笑顔を浮かべるべネの表情から「却下」と言う漢字に変換された。
…………デスヨネ。
「シネエエェェッ!!」
「ド畜生ーーーっ!!」
俺が嘆きの叫びをあげると同時に、べネは手に持った弓をこれでもかと引き絞った。次の放たれる矢を想像し、かわすために身を固めて剣を構える。
しかし、次の瞬間と言う言葉を使いすぎている気がするが次の瞬間。
「天から出でよ龍の攻雷」
ガアンッ!!
俺とべネたちとの間に、音と衝撃と目をくらます閃光がタイミングをバラバラにして落ちて来た。
落ちて来たのが雷で、落としたのがアエルだと言うことに気がついたのはさらにタイミングをずらしてからであった。
「アエル!?」
「あ、やっほ~ユーくん。探したよ~」
空からふわりと舞い降りたアエルは、地面へ足を付けると俺の傍まで寄ってきた。
「やっぱりこっちでもやってたんだねぇ」
『こっちでも?』
「うん。あっちこっちでね、なんか見たことのない人とか見たことのある人とかがエルフたちを襲ってるんだ~」
「ずいぶんと軽い口調…………あっ! フランは!? 一緒じゃないのか!?」
アエルの姿を見て思い出した。怒って出ていってしまったフランの存在。確か俺だとますます怒らせてしまうと言うことでアエルに任せていたはず……なのだが。
「はぐれちゃった。テヘッ」
「軽っ!!」
アエルはもうちょっと責任感と言う物を学ぶべきだと全力で思う。
「でもきっと大丈夫。この人たち私たちを傷つけるって言うよりは捕まえてるって感じだもん。フランちゃんも抵抗さえしなければ攻撃されはしないと思うわよぉ?」
「なんか根拠が薄すぎるって言うか、現に俺は攻撃されてるんだけど……」
そこで俺は気がついた。俺は何をのんきにアエルと会話をしているのだろうか。今自分でも言ったことだが、俺は今攻撃を受けている真っ最中なはずだ。なのに不思議と弓矢が飛んでこない。空気を読んでくれたのだろうか。
「……?」
『なんだぁ?』
自分が隙だらけでアエルと会話をしていたことを反省し、べネたちを見据えた。しかし、彼女たちの様子は先程までと打って変わり…………重いと言うのだろうか? 雰囲気が著しく変わっていた。瞳の色も透き通った金色では無くなり、白眼の部分も含めてどす黒く変色している。
ベネは何かをブツブツとつぶやいたかと思えば、顔をあげて俺達……と言うよりもアエルを真正面に見据えた。
「アエル殿、お久しぶりです」
やっと口を開いたかと思えば、それは先程までのカタコトではなく、流暢な言葉にになっていた。なんだ、普通に喋れるんじゃないか。さっきまでのあれはキャラ作りのためだったんじゃないか? そう考えると見た目に反して中々愛らしい女性じゃないか。
「……てか、アエルとも知り合いなのかよ」
「うんそうだよ~。ベーちゃん、久しぶりねぇ」
笑顔で手を振るアエル。のんきな物だと感じつつ、一方のべネも戦闘の真っ最中だと言うのに軽く頭を下げて挨拶を口にした。
「はい、アエル殿。お元気そうでなによりです」
「べーちゃんもお元気そ~。人間なのにすっごく長生きなのねぇ」
「いえ、ここに居る一同、一度死んだ身です。ひょんなことからこうして再び闘う場所を与えられました」
テネブラエも知り合いらしいが、アエルとの差に絶望的な差が見てとれる。先程までの粗暴な物言いとは違い、非常に礼儀正しい作法を身につけているようだ。
若干のけものにされていると感じ取れるこの場に嫌気がさす。会話に入れてくれないのなら俺はどっかに行っていいかなぁ。こんな状況だし、フランの安否がさすがに心配になってきた。
「死んじゃってからも大変だね~」
「いえ、それほどでは…………所でアエル殿」
「ん~、なぁに?」
「不躾で申し訳ないですが、死んでいただけないでしょうか?」
「やぁだ」
とんでもない提案を口にしたべネに、アエルは満面の笑みで即答した。
何言ってるんだこいつらは……と言う思考が俺の頭をよぎった瞬間、なめらかに、素早く、反応すらさせないほどの速度で、べネが矢を放った。
「!!」
あまりにスムーズで自然な動きに、矢が放たれてからようやく俺の体が危険信号を告げた。
ヤバいなんてもんじゃない。さっきまでの戦闘で俺が矢を避けることができていたのは、あくまで弓を構えた人間の動きを先読みしてのものだ。普通の人間が射る弓矢ならともかく、こいつらの矢は速すぎてほとんど弾道が見えないのだ。
死ぬ。あ、ヤバい死ぬ。重要なことなので二度言ったが、三度目を言うことはまあ無理だろうな。うん無理無理。死ぬをこの短時間に三度言うなんて……あ、言えてるわ。て言うかこれ走馬灯だわ。光景がスローモーションになってるわ。
「防護微風」
反応ができていなかった俺をよそに、アエルは悠々と杖を構えて呪文を唱えた。見た目としては何ら変化のない魔法だったが、矢が俺たちに届く頃にその意味に気がついた。
矢が俺たちを避けていったのだ。凄まじい速度で放たれた矢は、まるで俺たちに触れたくないと言わんばかりにその弾道を曲げ、遥か後方で木々を吹き飛ばしてようやく停止した。
「私に矢は効かないよ? 忘れちゃったのぉ?」
余裕の笑みを浮かべて首をかしげるアエル。今のはべネに言ったのだろうが、その情報を知らなかった俺にとっては甚だ心臓に悪い瞬間だった。俺って異世界に来てから確実に寿命が縮まってると思う。
「……ちっ。お前たち! 相手はあのアエル殿だ! 油断するな!!」
「「「おおっ!!」」」
ベネが女たちを鼓舞し、一気に彼女らの士気が上がった。やだなぁ……ホント嫌だわ。こんなやつらと戦っている暇なんて無いんだけどなぁ……
「ユーくん、ここは私にまーかせて。フランちゃん探しに行っても良いわよ~?」
「あ、良いのか? いくら矢が効かないって言ってもこの数の差じゃ厳しいんじゃ……」
アエルが強いと言うのは知っている。前の街で街一個分の人口に匹敵する数の盗賊を一人で蹴散らしたのだ。その辺りに不安はない。だが、相手の質が違う。目の前の女たちは盗賊なんてレベルじゃない。俺だってベネと一対一で戦っても勝てるか怪しい位なのだ。なにより、いくらフランが優先だとしても女性を一人残して行ってしまうと言うのは男としてどうなのだろう。
「だーいじょうぶ。私こう見えてもとーっても強いのよぉ?」
『ユーイチ。アエルを心配するって方がおかしいぞ。むしろあれだ、残った方が足手まとい的な?』
「そんなに強いのか……全然そうは見えないけど……」
だって見た目的には高レベルの外国人コスプレイヤーだからな。戦闘ができるとはおおよそ考え付かないような無防備な服装でいるわけで……
「ま、まあ。行かせてくれるってんならそうさせてもらうけど」
「うん、行ってらっしゃい」
と言うわけで、佐山雄一脱出作戦始動。とはいえ、行ってらっしゃいと言われてもこの包囲網の中どうすればよいのだろう。
「あの……アエル殿、そいつも捕縛対象となっているので逃がされては困ります」
「ふふっ、却下」
アエルはベネに対し、語尾にハートマークがつきそうなくらいに無邪気に断りを入れた。「ちっ!」と言う舌打ちを打ったベネは、照準を俺に合わせて再び矢を放った。
「遮断の明光」
俺とべネの間に入る形で割り込んだアエルは今度は別の魔法を言い放つ。まるで見えない壁にさえぎられるように放たれた矢はギィンッ! と言う音を立てて砕け散った。
続けて杖を構え直し、アエルは別の魔法の詠唱を始めた。
「舞いあげろ、暴なる風よ!」
杖を真上に掲げる決めポーズをとったアエルの周りに、竜巻のように風が吹き、砂埃を舞いあげて辺りを覆い尽くした。
「って言うかこれ俺も視界ゼロなんですけど!!」
肌に当たる砂粒に痛みを覚え、目を開ける事すらままならない状況に突っ込みを入れる。煙幕のつもりで巻き上げたのだろうが、こちらまで動きにくくしては逆効果ではないだろうか。
「小賢しいことをっ! 深々と穿て、果てしない威力を持たせ、人ならざる力をもたらせ!」
砂埃でなにがどうなっているか詳しく知ることはできないが、べネの声で長々と呪文詠唱が行われて、なおかつベネが先ほど居た場所から強い光が発せられていることぐらいは分かった。なんとなく命の危険が迫っていることだけは分かった。
「やべっ!」
勿論死にたくなどないので、俺は全力で地面を蹴った。できるだけ元の位置から遠くに、そしてベネから離れるように逃げる。
「ヘラクレスの矢!!」
詠唱と同時に、先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃が俺を襲った。矢を纏った光が数十倍にも膨れ上がり、砂埃など無かったように吹き飛ばした。そしてそれだけにとどまらず、光の矢は数々の大木をなぎ倒し、森の一角を削り取って空の彼方へと消えていった。どんだけ威力あるんだよ、ミサイルかよ!!
「危ねぇ…………ん?」
「「ン?」」
衝撃波を背中に喰らい、避けると言うよりも吹き飛ばされてしまった俺は、運の悪いことに敵が二人いる場所へと転がっていた。
下から見るとなおきわどい姿の二人。一人は貧相な胸に青みがかったパーマのかかる髪の毛を持ったちびっこ。もう一人は長身で片目を眼帯で覆ったグラマラスな女。そんな人間観察をしている暇などないのだが、ハッキリ言ってあられもない姿である女性を煽り気味に見れば、まず身体的特徴に目が行ってしまうのは仕方がないのではないだろうか。
「スケッギォルド! フレック! そいつを逃がすな!!」
ベネが大声で指示を繰り出した。
傍に敵が転がったことでキョトンとしていたスケッギォルドとフレックと呼ばれた女性たちはすぐさま戦闘態勢に身を移した。ちびっこの方は身の丈に合っていない巨大な斧を、のっぽの方は右腕に巻きつけたチェーンを俺につきつけた。
「「ウゴクナッ!!」」
「嫌だ!!」
動くなだって? 逃げようとしている人間が大人しくそんな指示に従うわけがない。「動くな」と言いたいのは分かるが、俺はその言葉で実際に動かなくなった人間を見たことがない。追い詰められているのならいざ知らず、逃走を始めた瞬間にそんなことを言われればなおのこと逃走心が湧きあがってしまうだろう。
「チョッ、マチナサイヨ!!」
「待てと言われて待つ人間はいない! あ~ばよとっつぁん!」
「ダレダヨトッツァン!?」
二人を置いて逃げる。後ろの方ではアエルが戦っているのか轟音とともに地響きが感じられる。火事がどうだと騒いでいたにしては遠慮のない戦い方である。
「マテトイッテイルデショウガッ!!」
ちびっこが俺の俊足に追いついて来た。どうやら脚力ではあちらの方が上のようだ。間合いに入ったのか、ちびっこは巨大な斧を振りかぶり、遠慮無用に俺へと振り下ろした。この世界では見た目の筋肉なんて飾りなのだろうか。俺が言うのもなんだが物理現象くらい守ろうぜホント。
振り下ろされた斧を間一髪で避ける。地面へと突き刺さった巨大な斧は、見てくれ以上の威力を発揮して地面に巨大なくぼみを作り上げた。
「このっ……」
テネブラエを抜こうと柄に手をかけた。しかし、遅れて追いついて来たのっぽが放ったチェーンが俺の手に巻きつき、剣を抜くことはかなわず、しかも手だけではなく首にまで巻きついて来たチェーンに呼吸さえままならない。
「うげっ……し、死ぬぅ……」
「イイゾフレック! ソノママオサエテテ!」
「イワレズトモ、ネエサマノタメニッ!」
姉さまとはベネのことだろうか、そんな点数稼ぎに人を使わないでほしい。
尋常じゃないのっぽの腕力に、締まる一方の首のチェーン。息ができないだけじゃ無く、首の骨が折れるとか、血管がぶち切れるとかそんなレベル。しかも目の前には斧を構え直すちびっこの姿。やべ……
「……ん……だらぁっ!!」
「ナ、ナンダトッ……!?」
剣を抜くのをあきらめ、チェーンを掴んで逆に引き寄せる。尋常じゃない腕力なんてものは俺だって持ってるってのっ!
「どりゃぁっ!!」
「ウアッ!?」
一本釣りのようにチェーンを引っ張ると、のっぽの体を宙へと浮かべ、円をかくように振りまわした。そして途中木に激突してのっぽは気絶した。
「ガハッ!」
「チョッ、フレック!」
「げほっがはっ……ふへへへ、後はお前だけだぁ……」
「アワワワ……」
一人を始末(死んではいない)したし、後は目の前のちびっこを残すのみである。俺を目の前に慌てたのか、非常に稚拙に無計画に斧を振りおろした。勿論そんなものが俺に当たるわけもなく、斧は再び地面へと突き刺さり、その上から俺が踏みつけたために地面から抜けなくなってしまった。
「必殺! 男女平等パンチ!!」
「キャアッ!」
ちびっこ幼女を殴るなんてどう考えても鬼畜です、本当にありがとうございました。とは言え実際に殴るわけがない。俺ってば女の子に優しいんだぜ? 顔面前でキチンと寸止めをしておいた。衝撃波がちびっこの顔を襲い、そのショックで彼女は気絶してしまう。のっぽの方はまあ……死んでは無いだろ。一応背中から受け身取ってたし。
『えげつないことしやがるぜ』
「なんでだよ、かなり良心的な戦い方だったろうが」
二人を残し、ようやく本格的な逃走に入った俺はテネブラエに対して抗議の声をあげる。
『まあそうだけど……スケッギォルドなんてまだ見習いだったんだぜ? 大人げねぇよあれは』
「あ? やっぱりあいつらも知り合いだったのか?」
『……ああ』
「あいつら何者なんだよ、アエルのことも知ってたけど、知り合いなら襲ってくる意味が分からん」
アエルに対しては敬意すら抱いていたようなのに、口から出た言葉は「死んでいただけないでしょうか」だもんな。
『なんで襲ってきたのかは俺にも分からん。ただ、あいつらは古い知り合いだよ。……900年くらい前のな』
「…………はぁ。まったく、この世界は年齢詐欺をしなけりゃならん法律でもあるのかよ。またあの見た目で何百歳って言うんだろ?」
見た目と年齢が合致しない奴らなんてこれまでも何人か見て来たし、ネタ切れ感がぬぐえない。
しかし、次にテネブラエから出た台詞は俺が想像していたものとは違うものだった。
『いいや、あいつらは900年前に死んだ人間だよ。俺が最期を見届けた連中だ』
「…………」
心なしかテネブラエの語気が弱い。あまり思い出したくないものなのだろうか。
しかし、いよいよ出鱈目になってきた。死んだ人間まで登場とくれば、もはやこの世界なんでもありか。一体この森でなにが起こっていると言うのだろう。
俺の高まる疑問に答えが出るはずもなく、フランの安否への不安だけが胸に突き刺さって行った。
卒業制作などの関係でかなり穴があいてしまいました。一応まだやめるつもりはないです。申し訳ありません。