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理不尽な神様と勇者な親友  作者: 廉志
第三章 エルフの里でラブコメディ
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第五十六話 誰にも理解されない我が人生

突然だが、腹ペコキャラと言う分類をご存じだろうか? 常にお腹をすかしており、その体からはおおよそ考えられないほどの大食漢を指す言葉である。近年では『萌え』の一つの属性としても認知されていることでご存じの方も多いだろう。

もしかして今現在の俺もその分類に括られる可能性もあるが、自分が萌えキャラとして見られる可能性なんて考えたくもないし、ぶっちゃけ気持ち悪いと思われること必至である。

……いや、俺のことはどうでも良い。突然俺が腹ペコキャラについて語りだした理由を説明するべきだろう。

つい五分ほど前、「俺」落下。流血の頻度と合わせて自由落下も結構な数を体験している今日この頃である。

落下した先には広大な地下都市が広がっていた。川口○探検隊ならば喜んで探検に出かけるのだろうが、俺はこれっぽっちも興味無いので絶賛放置中である。それでもって、こっから先が本題。まとめて前回までのあらすじ。



「ごはん」



「……さっきから何一人でぶつぶつ喋ってるのよ」

「あれ? 声出てた?」

「カワグチ○○○探検隊って何よ」


そこまで声に出していたとは、お恥ずかしい限りです。

落下した先に居た女の子。最初は人形だと思って触ってみたら、やっぱり人形だと確信した。だがしかし、その次の瞬間には「ごはん」と言って喋り出し、今は両手を使い、ハムスターやリスなどのげっ歯類を想起させるような動きでビスケットを口にしている。

つい一瞬前まで体温はなく、息もしていなかったことが俺の勘違いだったと言わんばかりである。まあ、実際俺の勘違いだったのかもしれないが。


「なあ?」

「なぁに?」

「それお供え物だろ? 食っていいのか?」

「あら、私の周りに置いてあったのだから私に供えてあったものでしょ? 私が食べても問題ないわよ」


そういう問題か?


「そう言う問題よ。ところであなた、見た所エルフではないようだけれど、何者?」

「あ、ああ。俺はユーイチ。ここに居るのは……まあ事故みたいなもんだ」

「そう。私はレディ(・・・)よ。よろしく」

「レディ? いや、女ってことは分かるけど……」

「女性って意味じゃなくて、名前がレディなの。それぐらい前後の言葉から汲み取りなさい。残念な子ね」


初対面で残念と言われるのは毎度のことであるが、さすがにムカつく物だ。自覚しているので反論はしないが。


「それにしても、良く食うなぁ。やっぱりあれか? 腹ペコキャラなのか?」

「その腹ペコキャラって言うのはよく分からないけれど、お腹がすくのは当然じゃない。かれこれ900年近くごはん食べてないんだから」

「900……っ」


また出たよ出鱈目な数字が。アエルと言いステラさんと言い、何度聞いてもこの世界の時間感覚には驚かされる。


「えーっと……アレですか? あなたも年齢と見た目が一致しない人ですか?」

「? そうね、今のこの体は…………」


レディは自分の体を、まるで初めて見たかのように確かめた。


「16~17歳って所かしら?」

「この体って?」

「こっちの話よ。ところで、さっきからこちらを驚いた顔で見てるあの子は何者かしら?」

「あの子?」


俺を避けるようにしてレディは視線を俺の後ろへと向けた。その視線につられるように俺も体を半回転させて後ろを見る。

なるほど。確かにそこには大口を開けて滝のごとき汗を流してこちらを見ているマギサの姿があった。


「ああ、マギサ。降りてきてたのか。紹介するよ、こいつはレディ……」

「こんのドアホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

「ぐぼあっ!?」


再会初っ端から飛び蹴りを喰らって俺は吹き飛んだ。…………なんで?


「何すんじゃこらァ!!」

「お、お、お前! こ、この方誰だと……っ!!」


プルプルと震えながら怒るマギサだったが、ここで怒るべきは俺だろう。子供と思って優しくしてれば暴力ですかコンチクショウ。


「こらこら止めなさい。……あなたはエルフの子なのね?」

「は、はいっ! お初にお目にかかりましゅっ!!」


跪いて頭を下げるマギサ。よほど緊張しているのか、ちょっと噛んでしまっていた。ステラさん以外にこれほど丁寧な対応を取っているのを見るのは何気に初めてである。いつも高圧的な態度だからなぁ……


「あなたはともかく、ユーイチは人間でしょう? 私は臣下以外に礼を強制させたりはしないわよ」

「はいっ! 申し訳ありません!! 余りにも不遜な態度をとっておりまりゅ」

「俺の話聞いてんのかこら!」

「うりゃ……はりゃへぇっ!!」


マギサの両頬をつねりあげてやった。「離せ」だと? ふははは、離してなるものか。俺の受けた痛みの数万分の一程度だが思い知るが良い! こうしてやるこうしてやる!!


「ひゃ~め~ほ~~!!」

「まったく……まあ良いわ。お腹も一杯になったことだし、そろそろ行きましょう」


立ち上がりゴスロリについたほこりを払うと、ニコリと笑ってレディは言った。最初に思った通り、その笑顔は人形のような造形美。背筋がゾクッとするほど美しいものである。

一瞬見惚れてしまったが、すぐにレディの発言を聞き返す。


「行くってどこに?」


レディは右手の人差し指をピンと上に向けた。指先が指す方向には、俺が落ちて来たであろう穴から光が漏れ出していた。


「上。ちょっとここ埃っぽいもの」

「ああ、そうしたいのは山々なんだけどな。…………飛べない人間はただの人間だ」


当たり前です。


「てか、マギサはどうやってここに来たんだよ。ひょっとして落下仲間ですか?」

「お前と一緒にするな。魔法で降りて来たんだよ」


やっぱ便利だよなぁ魔法。憧れてるんだけど、俺が呪文とか唱えてもただの中二病だしなぁ。突然だが、中二病と言う物をご存じだ……


「それはもう良いわ」


すいません。


「ともかく、あなたは自力で飛べるのね? 良かった。さすがに病み上がりの状態で二人抱えるのは疲れるものね」

「抱えるって、さすがに俺でも人を抱えてあそこまでジャンプするのは…………!?」


視線を一瞬上の穴に向けてからレディへと戻すと……羽が生えていた(・・・・・・・)

……あれ? 俺何言ってるんだろう。でもしょうがないじゃない。現実に目の前に羽を生やしたレディが居たんだから。

ゴスロリの背中部分がどうなっているのかは分からないが、レディの背中からは真っ黒な羽が生えていた。光沢も一切ない、どんな色を混ぜても黒に戻ってしまうと思えるほどの漆黒。そんな物が目の前に出現している。


「これも久しぶりね。ちゃんと飛べるかしら」


バサバサと動作確認をするように羽を動かしている。ああ、やっぱりこれ飾りではないんだなぁと現実を見据えなければならない瞬間だった。


「え、えー……あの、レディさん? あんた一体……」

「ふふっ。じゃ、行くわよ」

「ちょっ、まだ心の準備……」


俺の質問を答えることもなく、俺の訴えを聞くこともなく、レディは俺の手を取って、


「ほっ!」

「待ってええええぇぇぇぇ…………」


空中へと飛び出した。


「お待ち……さい! レディ……さ…………」


出遅れたマギサの声が、高度を上げるほどにかすれて聞こえなくなっていった。






普通なら美少女と手をつなげるなんて機会はそうそうないので、ドキドキするような場面なのだろうが、想像以上のスピードで飛び始めたためにそんな余裕はまったく一切これっぽっちもありはしなかった。

音速の壁をやすやすと越え……るわけはないが、目の端に一瞬ソニックブームみたいな現象が見てとれたのは気のせいだと思いたい。

頭に突き刺さらんばかりの風が直撃し、衝撃を耐えるために目を瞑って見たものの、次の瞬間には瞑った瞼の向こうが分かる位に光が差し込んできた。


「眩しっ!」


どうやら地下空間から脱出したようだった。目的高度まで達したのか、死ぬかと思うほどの勢いは衰えて、今度は浮遊感が俺を襲っている。

バサッバサッと言う羽音を耳にしながら、恐る恐る瞼を開くとあら不思議。世界の絶景百選で確実に上位に食い込むであろう大森林が地平線の彼方まで広がっていた。……この里って隠れ里じゃなかったのか? 一体どこにこんだけの森を隠してたんだか。四次元


ポ○ットですかね?


「…………人間って、やれば飛べるんですね」

「飛んでるのは私だけどね。ところで、しがみつくのはやめてもらいたいんだけれど」


飛ぶ瞬間こそ、手を取っただけの綺麗な形だったが、スピードをあげた瞬間から俺はレディを抱きしめるようにしがみついていた。

漫画やらアニメやらで、手を取って一緒に飛んでる物があるけど、現実は現実。重力には逆らえない。


「死にたくないので離せません!!」

「……まあ私は良いけどね。変な所は触らないでよ?」


変な所と言われても怖すぎてそれどころの騒ぎではない。正直、現状でも顔面にレディの胸が当たってるけど、その感触を味わう余裕がない位なのだ。


「……レディって何者なんだ? エルフってわけじゃなさそうだし……羽が生えてるってことは獣人族(ビストロイド)って奴か?」

「獣人? 違うわよ。私は魔族(・・)。この翼も鳥人のものとは違うしね」

「魔族…………って、どっかで聞いたことある気がするんだけど……なんだっけ」

「……呆れた、あなた人間のくせに魔族を知らないの? 本当に残念なのね。一般常識……いえもしかして、戦争とかもう終わっているのかしら?」

「…………俺の場合はちょっと複雑な事情があるんだよ。戦争のことも知らん」


もっとも、こっちの世界の一般常識なんて元いた世界の学者さんでも解けない難問だろうけどな。


「さすがに900年も死んでると世情に疎くなって駄目ね」

「そりゃまぁ900年も死んでりゃ、そうなる………………死?」


あれ? なんか文法的に出てくるのはおかしな単語を耳にした気がするぞ?


「まったく、アルフォンスとか言ったかしら? 人間なんかに殺されるなんて、私も堕ちたものね……まあ、規格外の強さだったのは確かだけど」

「…………」


俺は、レディの言葉の意味を質問しなかった。聞いたところで異世界の常識だろうし、俺の頭じゃ処理できないと思ったので、そのうち俺は考えるのをやめた。


「ま、戦争のことも含めてステラに聞けばわかるでしょう」

「……あれ? ステラさんのこと知ってるのか?」

「あら、その口ぶりだとあなたもステラのこと知ってるのね。あの子今も元気にしてるの?」


おう……ステラさんさえあの子(・・・)呼ばわりですか。あの人も相当な年齢なはずなんだけど……もしかしてレディって、


「相当なバ……」

「落とすわよ?」

「ごめんなさい」




空中での浮遊感にそれなりに慣れ、次は滑空の講習です。ハンドルはありません、レディにすべてをゆだねます。という風に、俺は空中散歩を楽しんではいなかった。

相当な勢いで流れていく木々を真下に滑空していると、次第に変わり映えのしなかった木々の背丈が低くなったように感じた。いや、元いた世界基準ではそれでも相当高い木々なんだが、そこは配慮しなくても良いだろう。

密集しすぎて地面が全く見えなかった風景が変わり、点々と建物らしきものが見えるようになる。


「ああ良かった。里の位置はまだ変わって無かったのね」


レディが建物を見て満足そうな笑みを浮かべた。

気がつけば相当な距離を移動していたらしい。後方にはマギサの姿さえ見えていなかった。……と言うか、最初から付いてこれていなかったのだが。

とはいえ、遭難していた俺にとっては僥倖である。


「えーっと、確かステラの家は……」

「ああ、多分あっち。今居るかは分からないけど…………あ」


今さらながら思い出してしまった。ステラさんの家と言うことは、恐らくフランも一緒に居ることだろう。よもやあの状態のフランを連れだしたりはしていまい。

だとすればマズイ。と言うか気まずい。どんな顔して彼女に会えばいいんだ。


「だ、駄目だ! 降ろせ、降ろしてくれ!!」

「ちょっ、急にどうしたの! 暴れないでよ!!」

「無理無理、無理だから! ほら、俺って奥手な所あるじゃん!? だから絶対無理ですって!!」

「アンタの情報なんて知らないわよ! だから暴れないでってば…………あ」

「あ?」


少し肌寒くなってきた今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか? さて、本日の天気予報です。基本的には晴れ。しかし、所によって佐山雄一が降ってくることもありますので、お出かけの際には頭上に注意して歩きましょう。


「またあああああぁぁぁぁぁ……!!」


最近落下する頻度が高まり過ぎだと感じるのは絶対気のせいじゃないこれ絶対!!


「ああああああぁぁぁ……ごっ! ぶっ!! はぶっ!!!」


某ジャッキーの伝説の落下シーンよろしく、屋根を突き破り、二階の床を突き抜けて、一階の床に頭から突き刺さった。一階の床すらも砕けるほどの衝撃を一身に受ける。


「ぐぐぐぐっ……それでも無傷な俺って一体……」


床に埋まった頭を引っこ抜き、誇らしいやら情けないやら判断のつきにくい俺の体にため息をついた。丈夫なのはよろしいことだろうけどさ、それ以前に落下するなんてことがないようにしたい。


「…………む?」


その時……ふしぎなことが起こった。

目の前に、下着姿の美女たちが(・・・・・・・・・)。服に手をかけた状態で俺を凝視していた。言うまでもないだろうが、美女たちと言うのはフラン、アエル、ステラさんの三人である。

なるほど、フランとアエルは温泉で見たことがあるが、ステラさんもまったく負けていない体をお持ちのようだ。その豊満な胸はステラよりも大きく形が良い。肌のなめらかさでは若々しいフランの物にも負けていないだろう。

…………そんな冷静な分析をする脳味噌とは裏腹に、俺の体は思いっきり反応していた。具体的には、上の方と下の方に血のめぐりがもの凄く良くなっていた。


「ごべん、ちょっとトイレ」


鼻を押さえ、俺は冷静な態度を保ちながら、トイレへと脱出した。


「ふむ、ヘタレかと思ったが、中々男らしい奴じゃのう。謝罪もしないとは」

「それって男らしいって言うんですか……?」








「…………ふぅ」

『よう、スッキリしたか? まあしょうがないさ。溜まるからな男は、物理的に』


トイレから出てくると、洗面所の片隅にテネブラエが立てかけてあった。恐らくは女性陣が着替える際に排除されたのだろう。性別的に男(?)だからな、テネブラエは。


「ははっ、何言ってるんですかテネブラエさん。僕はただ用を足しただけですよ? 男も女も関係ないじゃないですか嫌だなぁ」

『目ぇ泳いでるぞ。まったく、今までどこに行ってたんだ?』

「……ちょっと遭難してた」

『馬鹿だろ、お前』


よく言われます。


『しっかしまぁ、間の悪い時に帰ってきたなぁお前も。いや、むしろ良い時に、かな?』

「……フランたちの着替えのことか?」

『アエル達の……まあ、嘔吐したやつの処理で服が汚れてな。その着替えの最中にお前が帰ってきたってわけだ』


それはまたベスト……いやいや、バッドタイミングだったなぁ。

気まずさがかなりあるけど、このまま洗面所で籠城はごめんなので、俺はテネブラエを携えて意を決して扉を開いた。



「ふふ~んふ~ん。フランちゃん今おいしい紅茶入れてあげるからね~。エルフの紅茶は独特な味だけどすっごく美味しいのよ~」

「はぁ……楽しみです」

「…………と言うのが眠っていた間の次第でございます陛下」

「ふーん。やっぱり戦争は終わって無かったのね。ま、私が死んだくらいで(・・・・・・・・・)終わるとは思って無かったけど……」



扉を開いた先には、鼻歌交じりに紅茶を淹れるアエルの後ろ姿と、床に座っているフラン。そして神妙な面持ちで跪き、レディに頭を下げているステラさんとステラさんに頭を下げられているレディが一部屋に詰め込まれていた。

一応この里で一番の権力者であろうステラさんがレディに跪く姿には違和感を感じえない。その違和感からか、少し部屋の空気が張り詰めているように感じるほどだ。


「っていうか、いつまでそんな格好と話し方を続ける気? あなたらしくもないじゃない、ステラ」

「む? さすがに久しぶりに会ったのじゃから、こちらの方が適当ではないか?」

「それがらしくないって言うのよ。あなたと私の間で何を今さら畏まる必要があるのよ」


お? 違和感かと思いきや、早々にいつものフランクなステラさんに戻った。一体この二人の力関係はどういった物なのだろう。


「………………じー」


張り詰めていた空気が解消されると、今度は凄まじく痛い視線が俺に突き刺さっていることに気がついた。

その視線の送り主はフラン。送り先は俺である。半分ほど開いた瞳で俺をジトッと見つめるフランの顔つきは、獲物を前にした獣……と言うよりは「どの面下げて戻ってきたのよこの野郎」と言うフランの感情そのままが見て取れた。


「えー、あー…………よっ! 元気かフラン!!」


自然に、ごくごく自然に俺は片手チョップを垂直に立ててフランに声をかけた。


バチッ!!


「痛ぇっ!?」

「……ふんっ!」


フランが無言で雷撃を浴びせて来た。最近あまり使って無かったけど、そう言えば雷の魔法が使えるんでしたねフランさん……

けど、俺そんなにフランの怒りを買うことしたか? 右手がしびれてちょっと黒い煙が出ちゃってますけど。


「あの~、俺何か気に障るようなことでも……逃げたのは申し訳なかったと思ってるけど……」

「…………」


フランは無言のまま、人差し指を立ててレディへと向けた。


「私?」


レディは首をかしげた。同時に俺もかしげる。


「……が」

「えっ、なに?」


聞き返すと、フランは息を大きく吸い込んで、


「私がちょっと目を離したすきにこんな美人さんとお知り合いになっていたんですね!!」


よく分からない抗議の声をあげた。…………なんじゃそりゃ。俺は眉間にしわが寄ったのを感じた。多分、俺の今の表情を見れば誰であれ心境を察してくれることだろう。そして教えてくれ、なんでこんな表情を浮かべなけりゃならないんだ。


「……ありがとうって言うべきかしら?」

「えーっと、フランが何を言ってるのかよく分からないんだけど……」


頬を真っ赤に染めて、涙をためながらフランが答えた。


「私からは逃げておいてこの方を連れてきて……やっぱりそんなに大きいのが良いんですか!? 胸ですかやっぱり!?」

「ちょっと待てフラン、暴走しすぎ! レディとは今さっき出会ったばかりなんだぞ? お前が思ってるようなことなんて……」

「今さっき出会ったばかりの女性を連れ込んだんですか!?」

「あーもう、この子面倒臭ぇ!!」


マジで何なんだこの状況……異性との関係でこんなこじれた状況に陥ったのは初めてだ。まあ、異性関係なんてほぼ無かっただけなんだが。


「まあまあ、フランちゃん。紅茶淹れたから落ち着いて」

「むー……」


アエルに差し出されたティーカップをひったくると、フランは一息で茶を呷った。口に合わなかったのか、顔をしかめ喉を鳴らし、空になったティーカップをアエルへと返す。


「苦い! もう一杯です!!」

「はいはーい」


青汁かよ。

再びアエルに入れてもらった紅茶をこれも一息で飲みきると、すっく床から立ち上がってフランは俺を睨みつけた。


「覚えていやがれです!!」


何を覚えていればいいと言うのだろうか。

誰に負けていると言うわけでもないのに負けた人間が発する負け台詞を残し、フランは裏口から出ていった。扉を閉める際に思いっきり力を込めたのか扉はひしゃげ、周りの壁に亀裂が走った。どんな馬鹿力なのだろう。


「えっと、私追いかけてくるわね~」


フランを追いかけてアエルも出ていった。どうにも良く分からない雰囲気の中に俺を置いて行かないでほしい。


「そろそろ、この家も建て替えの時期かのう」


あまりに変わり果てた我が家を見渡し、ステラさんが飄々と言い放った。

二階と天井と一階の床に大穴をあけて、玄関および裏口の扉も大破。とはいえ、その原因の大半が俺であることを除けば俺には関係のない話である。


「まあ発情期ならば情緒不安定になっても仕方ない。怒ってやるなよ、ユーイチ」

「あら、あの子発情期なの? 駄目よユーイチ。恋人ならちゃんと向き合わないと」

『そうだ、ちゃんと男としての責任を取れ』

「いや、恋人ではないんだけど」

「「『はいはい、ごちそうさまでした』」」


あ、多分理解してないなこの人達。


「って、あら? 今誰か男の声聞こえなかった?」

「男?…………ああ、テネブラエの紹介してなかったっけ?」


テネブラエをレディに見せる。思えばこの作業を会う人会う人に行ってきてもう何回目だろう。もはや作業と化したこの行為をレディへと実行した。


『よう姉ちゃん、インテリジェンスソードのテネブラエだ。尊敬してもらっても…………あれ?』

「…………? あなたの声……」


手を顎に当て、レディが何かを思い出すように首を傾けた。テネブラエの方も、なぜかクエスチョンマークを出すようなうめき声をあげている。

なに? こいつら知り合いなのか? まあ、テネブラエも数百年前からアエルと顔なじみだそうだから、900年ぶりに甦ったレディと知り合いでもさして驚きはしないが。


「……あなた、どこかで会ったことあるかしら?」

『アンタも、昔の知った顔に似てる気がするんだが……』


…………二人の間に沈黙が流れた。結局知り合いなの? 知り合いじゃないの?

やがて結論が出たようで、二人は合わせて軽く鼻で笑った。


「ま、思い出せないんだから大した意味はないんでしょうね」

『だな』


なんか勝手に納得されてしまった。ステラさんともども置いてきぼりである。


テネブラエとレディの関係は俺にとって極めてどうでも良いことなので置いておくとして、つい先ほど増えた俺の悩みについて悩むことにする。

発情期フラン=情緒不安定。俺の心労がマッハな状態。

いつもは可愛く尽くしてくれるような美少女も、人体の神秘には勝てないようだ。別にそれでフランに対する俺の感情が揺らぐことはないが、良いだろう? ため息ぐらいついてさ。


「若いうちにため息ばかりついてると老けるのが早くなるぞ?」

「放っておいてください」

「エクレールのことじゃろう? それなら解決は簡単じゃ。今夜はエクレールと裸で抱き合えば良い」

「うわぁ、ちょっとそれ年寄り……って言うか、おばさん臭いわよステラ」


なんか逆セクハラを受けた気分だ。ステラさん、若い容姿だけど中身はやっぱり歳相応なのかもしれん。


「なんじゃ、妾より年上のくせしてカマトトぶるんじゃないわ」

「私が下品な表現は嫌いなの知ってるでしょ。ま、表現はともかくステラの言うことは間違いじゃないわね。男を見せる時よ、ユーイチ」


そう言って人差し指を突きつけられる。その指先から放たれる威圧感から逃れるべく体をひねるも、避けた方向に指を向け直されるだけで解決には至らない。どころかより一層指を近づけられ、ついには鼻先に指を押し付けられた。


「だいたい、恋人のあなたがしっかりしてないからあの子の機嫌が悪いんじゃない。ため息をつく前に責任とって今夜にでもまぐわいなさい」

「なんじゃ、お主だって言ってることの意味は変わらんではないか」

「表現の違いよ」


言葉が変わったからって意味合いが必ずしも変わるとは限らないと思うが。ほぼ同義語だろそれ。


「だからまず恋人じゃないってさっきも……」

「だったらどんな関係なのよ。兄妹……ってわけでもないでしょう? 種族も別だしね」


…………あれ? そう言われてみれば、俺とフランの関係って……なんだ? 恋人って言える仲ではないだろうし……友人?


『主人と奴隷の関係ももう解消しちまったしな。やっぱり、恋人って関係が一番しっくりくるんじゃねぇか?』

「恋人は……だってまだこ、告白もしてないし……」

「……はあ? 告白って子供じゃないん……ああ、子供だったわね。でも、キスくらいはしたことあるんでしょう? だったら……」

「キス!?」





日も暮れ、何とか残業無しに済んだ日。パソコンと格闘した末に獲得した目と腰の痛みをこらえつつ、俺は帰り路についていた。

ローンを組んでようやく手に入れたマイホームの前に辿りついた瞬間は、平凡な毎日において数少ない心安らぐ場面である。インターホンを鳴らしてしばらく待っていると、中からパタパタと駆ける音が近づき、ドアが開いた。

中からドアを開けたのは、新婚ほやほやの我が愛妻、フラン。エプロン姿が非常に似合ってらっしゃる。


「お帰りなさい、あなた。今日もお疲れ様です」

「ただいま、フラン。帰りにデパートに寄ったらキスがすごく安く売ってたんだ。おみやげに買ってきたよ」

「まあ、すごく新鮮なキスですね。さっそく天ぷらにでもしましょうか、それともお刺身が良いですか?」

「ああ。フランの作ってくれる手料理はおいしいから、どっちも食べたいな」

「ふふっ、御上手なんですから。あ、でもその前に……」

「ん?」

「お帰りなさいの……キ・ス…………」




という妄想が俺の頭の中で流れた。


「キス!?」

『なんで2回言った』

「き、キスって……アレか。スズキ目スズキ亜目キス科に属する魚のことだな?」

『誰が魚の話をしたんだよ。ちょっと落ち着け』

「お、落ち着いてるよ何言ってんだ! 俺以上に落ち着いてる人間なんてそうはいねぇよ!!」

「意味分かんないわよそれ」


待て待て、ちょっと本当に落ち着こう。アレだよ、キスなんてどうってことないじゃないか。さっきなんてセッ……ゲフンゲフンッ!の話題だったんだぜ? それに比べればキスなんて大したことは……


「…………あ、あぅ……」


さっきの妄想内でのフランの顔がフラッシュバックしてしまった。目を瞑り、かすかに頬を赤く染めて唇を俺に向けたフランの顔。……やべぇ、破壊力が強すぎて妄想が止まらん。

顔に熱がこもり、鏡を見なくても俺の顔が赤くなっていることが分かった。なんてものを頭の中で創造してしまったんだと後悔するのも後の祭りである。


『なんかあわあわしだしたぞこいつ』

「純情なのかヘタレなのか判断に困る所ね」

「いやいや、妾は純情なのだと思うぞ? 最近の若者にしてはなかなか好感の持てる人間じゃな」


どいつもこいつも好きかって言いやがって。


「この……人の純情をなんだと思ってんだ!!」

『大好物だ』


言いきった!? こいつ最低だ!

まるで初めて正月に彼女を実家まで連れて来た時の親戚一同のような反応である。デリカシーなど欠片もなく、セクハラだのパワハラだのうるさいこの時代によくもまあ遠慮なしにグイグイくるなぁこいつら。

よく見なくてもニヤニヤと笑う目の前の奴らに、俺は恥ずかしさが薄れ、逆に反抗心や屈辱感で胸の中がいっぱいになってきた。



「もう良いよ! 俺の問題なんだから放っておいてくれ! この人でなしども!!」

『いや、人じゃなくて剣だし』

「妾はエルフじゃし」

「私は魔族だし」

「ちっくしょーー!!」


俺は泣いた。誰にも理解されない、そんな理不尽さを抱えながら、泣いて家を飛び出した。



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