第五十五話 心臓に悪いことばかり
「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」
夕日で辺りがオレンジ色に輝き、元いた世界ならカラスがカーカーと鳴いて「ああ、今日ももう終わりかぁ」と気が沈むような時間帯。
俺はそんな黄昏時に、大きく深いため息をつきながら黄昏ていた。
フランたちから逃亡し森の中に入ったは良いものの……あっさり遭難。
エルフの里ではそれなりに道が整備されていたものだが、いま俺が居る場所は人の手が全く入っていないような原生林が広がっていた。
「何やってるんだ俺は……」
そう言わずにはいられない。俺はもう一度ため息をついた。
原生林……そこは人類最後のフロンティア…………なんてロマンチックな展開に持っていけるのは原生林がテレビの向こう側にある時だけだ。
一周すればマラソン並みの運動ができると確信するほどの巨木に背を預けながら、三度目のため息をつく。
…………いや、数え上げれば何十回と息を吐き続けているのだろうけど、ちゃんと数えてしまうと心が折れてしまいそうなので三回でリセットしている。
なので今ついたため息は一回目と言うことにしてくださいお願いします死んでしまいます。
「…………ってか、やっぱりあれは……ヤバいよなぁ」
なぜ俺が原生林でため息を吐き続けているかと言う思考に至り、すぐさま原因が判明した。
……………………フランがエロいんだよ。
冷静に言ってみると、俺って変態だなぁと感じてしまうのはまぁ気のせいだろう。
フランがエロい。その言葉自体は不謹慎な物であるが、実に状況を上手く表した言葉であると思う。
健康的な17歳男子高校生が目にするにはあまりに刺激が強い光景。そして情報。……なんだよ「発情期」って、要らないよそんな情報。
突然だけど、ラブコメってあるじゃん? 鈍感な主人公が美少女に囲まれたりラッキースケベかましたりするアレ。
今の俺の状況ってそれに相当するのではないだろうか、と考えて一瞬でそれが勘違いだと思い知った。
現実は生々しい。
精神衛生とかそういったもの以前に、体が反応してしまう。主に下半身がね。
もし俺がラブコメの主人公で、他の作品の主人公たちに出会うことがあったなら、俺はそいつらを鼻で笑うことになるだろう。
イチャコラして、美少女の裸見たりして、それでも体が反応しない奴ら? 不能なんじゃね?
まあ何が言いたいのかと言うと、あんな状態のフランと一緒に居ると俺の理性が保たない。間違い無く。
俺はフランに好意を持っているし、フランも俺を憎くは思っていないだろう。
でも、こんなおかしなきっかけで関係を持ってしまうのは俺の倫理観念に反する。俺の中の倫理の壁が、進撃してくる下心を喰いとめているのだ。
「……よし、大丈夫。落ち着いてきた」
二次元の主人公たちを罵ることで、俺は心の平穏を保つことに成功した。
「何を一人でブツブツ言ってるんだ?」
「ひゃぁっ!?」
おかしな声が出てしまった。
原生林の中で、てっきり一人きりだと思っていたにもかかわらず、急に声をかけられたのだ。
それはもう……かめ○め波の練習をしていたところを見られたぐらい、心臓に悪いことだった。
声の主はマギサ。心臓の鼓動を鎮めてから、俺はマギサの姿を……
「…………巫女服?」
「ん? なんだ、この服のこと知ってるのか?」
俺の目の前には、紅白鮮やかな巫女服を着こんだマギサの姿があった。
ああ~……なんでだろう、なんなんだろうこれは。この里に来てから、なんでこう見覚えのあるものに出くわすのだろうか。エルフと巫女服って、何と言うミスマッチ。
「この服は里の外では使われてないそうなんだけど」
「えーっと…………とりあえずな、マギサ?」
色々突っ込みどころはあるのだが、とりあえず言っておきたいことがあった。
「巫女服は女が着る服だぞ?」
「…………………………はい?」
口をポカンと開けてマギサは首をかしげた。
ああ、やっぱり理解していないままに巫女服着こんでいたんだなぁ。哀れな奴め。
「……なぁ人間。ちょっと顔を前に出してくれるか?」
「ん? こう?…………ふがっ!?」
殴られた。
「えっ、なんで俺殴られたんスか?」
「自分の胸に聞け、変態」
ヤダ、何この子怖い。特に理由のない暴力なんて、最近の若い子はこれだから……
あと「変態」ってなんだよ。今の俺の言動に変態要素なんて微塵もなかっただろうに。
「大体、今は儀式中だ。なんで人間がこんなところに入り込んでるんだよ! 見張りはどうした!?」
「そう言えばここに逃げてくる途中に何かをぶっ飛ばした記憶が……」
「……使えない奴め。確か名前が…………忘れた。ま、いっか」
良いのかよ。
「とにかく、ここは神聖な場所なんだよ。出てけ」
「はいはい。分かりましたよ…………あっ、そう言えばさ」
「ん?」
「祭りのとき何があったのか知らね? 記憶にないんだけど、誰も教えてくれないんだよ」
あのとき何が起きたのか、気になる所である。
そんなことをふと思い出してマギサに聞いたのだが、なぜかマギサの顔は見る見るうちに赤く染め上げられていった。
「…………ちょっと人間、顔を出せ」
「え? こ、断る」
「…………そうか……フンッ!!」
「!?」
その時、何かの衝撃が俺の股間辺りに伝わり、俺の体が一瞬空中に浮かびあがった。
その衝撃がマギサの蹴りだと悟ったのは、一瞬先のことである。
つかの間の空中浮遊を楽しむこともできず、地面に降り立った俺は股間を押さえ、へたり込んだ。
「……っ………お、お前……な、なんてことを……」
「死ねばいいと思うよ?」
言われなくてもマジで死んじゃう、これ。
こっちの世界に来てから、腕が変な方向に……以下略してきたけど、今ほど生命の危機に瀕したことはない。
まともな反論すらできず、泡を吹くだけである。
「は、はひ……ふひっ…………ご、ごめんなさいでしたぁ」
「言葉おかしいぞ、とっとと消えろこの変態」
だから俺何やったの? 変態の要素がどこにあるの?
俺は股間を押さえつつ、生まれたばかりの子牛のごとくプルプルと震えながら歩みを進めた。
…………って言うか、帰り道全然分かんないんだけどどうしよう。
「あ、あの……つかぬことをお聞き……」
「ああ?」
「…………いえ、なんでもないです」
ちょっとあの子怖すぎるのですが、誰かどうにかしてもらえないでしょうか。
結局巫女服以上の情報を入手することもできずに撤退。…………するつもりだったのだが、
ズボッ!
踏み出した俺の右足が、踏みしめるはずの地面を踏みぬいた。
「えっ……なにこ…………おっ?」
右足がめり込んだ地面が、波紋のように一気に大きな穴を穿った。そして、右足はおろか俺の体は吸い込まれるように穴へと落ちて行った。
…………うん?
「あああああああああああぁぁぁぁっ!?」
どれくらい落ちただろうか。多分数百メートルってことはないだろうけども、数十メートルくらいは落ちたと思う。
落下した衝撃で落下地点の石畳には大きなひびが入り、衝撃の大きさを物語っていた。
でも私は無傷です。
本当、何なんだろうねこの体。もちろん痛みはあったけど、血も出てないし動かした限り骨も折れてない。
素晴らしき健康体。テネブラエの言う通り、俺は本当に人間じゃなくなったのかもしれないわ。
「…………ここどこよ?」
辺りを見渡し質問を投げかけるが、俺の口から発せられた音の波は、辺りを反射してエコーのように自分の耳に届いただけだった。
俺が落下した空間は非常に広いらしく、薄暗いのもあるだろうが、俺の視力では端まで見ることができない。
しかも、今立っている石畳は人工のものだ。所々壊れた石の建造物を見れば、大昔の文明の遺跡のような風景である。
その遺跡のような建造物が、東京ドーム何個分?と言う日本人の俺でも非常に分かりにくい単位で広がり、俺はその祭壇と思われるような少し高くなった地点にたたずんでいた。
「よっこらしょっと」と言う掛け声とともに立ちあがろうとすると、なにやらゴリッという非常に不安になる音が俺の臀部の下辺りから聞こえて来た。
「……………ゴリッ?」
恐る恐る音のした部分へと目をやると……真っ二つに割れたオーブを座布団代わりにしている俺が居た。
嫌な汗が全身から滴り落ちる感覚が非常に気持ち悪く、血の気が一気に頭から抜けて立ちくらみが俺を襲う。
いや、これは……うーん。
非常に見覚えのある物体……と言うか、アエルが数百年単位で探し求めていた物を目の前にして、首つり用の縄ってどうやって作るのだろうと考え始めた時、オーブにさらなるひびが入る音で我に返った。
「はっ!? や、ヤバい! これはマズイ!!」
慌ててオーブを手にし、切断面に沿うようにくっつけた。
ゴロッ! バラッ! バキッ!!
破壊音の三段活用よろしく、オーブはさらに悲惨な有様になり下がった。
破片が砕け散り、二つの塊から数倍の数になったオーブの欠片は俺の手から滑り落ち、地面にぶつかってさらに分散されてしまった。
ああ……あの破片一個で一体白金貨何枚分になるのだろう。
「…………」
もはや言葉が出てこない。
俺は無言で、一滴の塩水を眼球から吐き出した。人間、本当にどうしようもなくなった時には静かに涙を流すものみたいだ。
………………いや? ちょっと待てよ? これは本当にどうしようもない状態なのか?
一周回って冷静になった俺の頭が、何とかして現状打破の手段を導き出した。
そう。考えてみて欲しい。
落下してきた人間の尻の下に真っ二つに割れている宝石があったとして、それが落下してきた人間のせいだと誰が言いきれる?
そうだよ。偶然落下地点にすでに割れていたオーブが敷いてあったって可能性は大いにあるじゃないか。
それがたまたま俺が持ち上げた拍子に砕け散ったと言うだけのこと。
そうだそうだ、間違い無い。誰も俺が割ったと言う証明ができない以上、俺は無実だ!!
幸い、目撃者などもこんなところでは居るはずも……
「ん?」
誰もいないことを確認しようと周りを再度見渡すと、先程までは薄暗くて気がつかなかったが、すぐ目の前に女の子が座っていた。
先程の言葉を訂正。目撃者発見。
「ごめんなさいちょっとした出来心だったんです許して下さい俺が悪かったですっ!!」
「…………」
返事がない。ただの………………あれ?
世界土下座選手権と言う物があるのなら確実にメダリストになれたであろう完璧な土下座を行った俺に対し、帰って来た反応は『沈黙』であった。
と言うか、反応が返ってこなかった。
頭をあげ、女の子の様子をうかがう。
彼女は祭壇上にある椅子に腰かけ、目を瞑っていた。周りにはお供え物のごとく野菜や果物、動物の肉らしきものが置かれている。
そして何より目を引くのが、彼女が着ているお召しものである。
何と言うか、すごく…………ゴスロリです。
真っ黒でフリルがこれでもかと言うほどあしらわれ、さらに追い打ちとばかりに真っ赤なリボンがこれまた装飾過多な感じに飾られている。そんなゴスロリ服でした。
…………巫女服と言い、ゴスロリ服と言い……この世界には統一感と言う物がないのだろうか?
いや、今の状況で服装に関してこれ以上の突っ込みはいらないだろう。今現在の問題点は、これほど騒ぎ立てているにもかかわらず、一切の反応が返ってこないと言うことである。
「おーい? 寝てるのか?」
「…………」
目の前で手を振り反応をうかがうが、やはり微動だにしない。
人形? 俺はそう考えた。確かにリアルであるが、まじまじと見てみるとあまりに顔のパーツが整い過ぎているように感じる。
芸術とかそういった物の美しさと言うのだろうか……彫刻のように、美を追求した人工物のように見える。
吸い込まれそうなほどに真っ黒な黒髪を腰まで伸ばし、唇は少し紫がかった色合いだ。人間の年齢として見るのなら、多分俺とほぼ変わりない16~7歳と言ったところだろう。
フランやアエル。ステラさんなどもビックリするくらいの美人揃いだが、それとはまた異質な存在。薄暗さも相まって、逆に不気味に感じてしまうほどだ。
「冷たっ?」
女の子の顔を触ってみると、まったく体温を感じ無かった。
やっぱり人形なのだろうか? さらに頬を突っつき、つねり、変な顔をさせてみたが、やはり反応はない。ただの人形のようだ。
……しかし、ただの人形と言ってしまうには、やはりリアルすぎる。触った限り人間の肉感を完全に再現していたし…………これはいわゆる、
「…………ダッ○ワ……」
「……ん」
人形の顔を至近距離で観察し、精巧な人形の用途を口にしようとすると、人形の目がパチッと開いた。
「っ!?」
判断材料。
その一、人形と思い込んでいた。
その二、感触こそ人間の肌そのものだが、間違いなく生きている人間の体温ではなかった。
その三、こんな薄暗い中で人形のような物の目が目の前でいきなり開くなんてどう考えてもホラーです本当にありがとうございました。
「あ…………あうあ……っ!?」
弾け飛ぶかと思うほど心臓が跳ね上がり、鼓動が速くなりすぎて息がとてもしずらい。何か声に出そうとしてもそれは何の意味も持たず、単語にすらなっていない文字がこぼれ落ちた。
冷静になれ……何が起こった? いや、今さっき自分でも考えたはずである。すなわち『人形と思っていた物の目がいきなり開いた』ということだ。
いまだに収まってくれない胸を押さえつつ、俺は頭の中を整理して、もう一度言葉を吐き出した。
「…………な、なに?」
……ほとんど言葉になっていなかった。
目の前の女の子(仮)が意志を持っていて、なおかつ俺が口にした単語を俺が考えていた通りに読み取ってくれたなら……まあ期待はしないけれど、返事が返ってくることだろう。
「……ん」
「は?」
期待していなかった俺のもとに、返事らしきものが帰って来た。
だが、女の子(仮)……いやもう(仮)を取っ払って女の子と断言するが、その女の子の放った言葉は恐らく一言。その一言ですら、小さくかすれていたために最後の文字しか聞きとれなかった。
女の子はぼんやりと、焦点が合っているのいないのか分からないような虚ろな目で俺を見ている。
ぐ~~~きゅるるるる~~~~。
ん? 何の音? 突如として聞こえて来た音に、俺は周りを見渡して首をかしげた。
そして、その音の正体と女の子が発した言葉の意味が分かるのはこの直後。女の子はこう口にした。
「ごはん」
………………………………今の腹の音なの!?
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切りの良い数字を超えるたびに、心の中でガッツポーズしてます。




