第五十一話 トラブルの渦
誤解ってあるよね。
タイミングが悪かったり、変な一部分だけを見られたり。
そう言った誤解って言うのは基本的に説明をすれば分かってもらえる。
俺もそう思っていたよ。もちろん過去形でね。
「ごめんね~、何か行き違いがあったみたいで」
「行き違いってんならなんでアエルまで縛られてるんだよ」
後ろ手で縛られ、ついでに体を一周するように二重に縛られて、全員仲良く揃ってエルフたちに連行されていた。
同じエルフのはずのアエルでさえなぜか例外ではなく、同じように縛られてしまっている。
テネブラエも俺の手元からは離れ、エルフの一人に持ち歩かれていた。
「ユーイチ様~……私たち、食べられてしまうんでしょうか…」
「いや、さすがに喰われはしないと思うけど…………しないよな?」
『エルフはそんな種族じゃねぇよ。つかアエル、お前もエルフ族だろ。早く誤解解けよ』
「皆さん~、私たちは敵じゃありませんよ~? 私なんてほら、エルフですよ~? 離してください~」
と、至極まっとうな訴えをした所、なぜか彼らは眉をひそめ、
「「お前のような髪の色のエルフが居るか!!」」
丁寧にハモりながら突っ込んだ。
確かに、この場にいるアエル以外のエルフたちは、俺が思い描いていた『エルフ』というものにぴったり当てはまっていた。
金色の髪を持ち、中性的な顔立ち。極めつけはやはりというか長い耳。
髪の毛から覗くソレは、エルフ耳を崇拝している日本のオタク達には眉唾ものだろう。
だが、残念ながら俺は獣耳の方が好みなのでそれほど心動くことは無い。
俺の後ろを歩く女の子に猫耳が実装されているのだからなおさらだ。
「やっぱり、エルフってのはこいつらの方がスタンダードなのか?」
『すたんだ? 平均的って意味ならそうらしいな。俺も数えるくらいしか見たことないからよく知らねぇけど』
エルフたちの言葉にしゅんとしてしまったアエルを横目に、俺はため息をついた。
何と言うか、つくづくこう言う状況に縁があるなーと肩を落とす。
陰謀だか勘違いだかで指名手配受けるわ、逃げた先で縛られたあげく殺されかけるわ。
現在にいたっては今言った被害のダブルパンチだ。
これはもはや誰かの嫌がらせとしか思えん。あれか? 神様の悪戯って奴か? 最近登場回数がめっきり減った、アストラムの仕業なのか?
どいつもこいつも、もうちょっと平和に過ごさせてくれてもいいのではなかろうか。
「もういっそ、話し合いとか抜きにしてこいつらぶっ飛ばしちまおうか。変な回想とか生い立ちとか聞く前にさ。その方が早いぜ、絶対」
「わあ、止めて止めて! そんなことしたら私ここに居られなくなっちゃう!」
ちっ! やはり駄目か。
「じゃあさ、確かエルフって『人の善悪を一目で見分けることができる』みたいな設定があったろ」
『設定?』
「そうだよ! おいお前ら、俺を見ろ! この澄んだ目をした俺が悪い奴なわけねぇだろ!!」
そんなことを言うと、やれやれとため息をつきながら、男が俺の目を見据えた。
目を瞬かせ、ウインク。ついでに「ウフン」と言ってやった。
「うげっ……今ここで殺すか」
「あ、ごめん! 待って! 今の無し!!」
ちょっとしたジョークなのに、冗談の通じない奴め。
まあ、見つかった時に問答無用で殺されなかったんだ。このままついて行っても、いきなり斬首台直行便ってわけではないだろう。
なら、アエルの誤解が解ける人物に途中で会えればそこで問題解決だ。
うん。そう考えれば別段急ぐ必要もないな。問題ない。
「んで、俺たちはどこに向かってるんだ?」
「あの~、長老様の所に連れて行ってくれれば、ちゃんと誤解は解けますよ~?」
「は? お前たちを長老様の場所に連れていくわけないだろ。今向かってるのは処刑場だ」
「えっ」
「えっ」
「えっ?」
『ん?』
…………よ、予想は裏切られるためにあるものだった。
「ちょ、チョイ待ち! 俺たちが何やったって言うんだよ! 俺は無実だ!!」
「ふん! とぼけたことを……人間が無断でこの森に入ったこと自体が罪だ。どうやって入ったのか知るために、処刑前に頭を覗かせてもらう必要はあるがな」
やだ、なにそれ怖い。
どこぞの護衛軍の猫耳に脳味噌を弄繰り回されるってこと?
「あっあっあっ」とか言わされるの? 水○式とか、俺やり方覚えてないんだけど。
「すいません、直属護衛軍の猫耳の方は女性か男性、どちらでしょうか?」
「…………は?」
エルフの男が首をかしげる。
いや、やはり俺としては脳味噌をいじられるのならどちらかというと女性にやってもらいたい。それが猫耳なら最高だ。
だが一方で? それが野郎だったらどう思う?
萎えるなんてレベルじゃない。猫耳は野郎にあっても、俺は萌えない。というかキモい。
「……おい、女。こいつは何を言っているんだ?」
「わ、私に聞かれても分からないかな~……」
「俺の希望としては猫耳美少女が良い! いや、美人系でも良いけど……ちなみに、語尾に「にゃ」なんて安易に付けないでくれよ? この語尾はたまに聞くからこそ良いんだ!!」
「は、はあ……?」
「この希望を聞いてくれるなら俺はこのまま縛られてやっても良いと……ごばっ!?」
「ユーイチ様!?」
非常に高度な哲学を語っていた俺の頭に、凄まじい衝撃が走った。
……というか、拳大の石が俺の頭に直撃していた。
生温かい血が頭から流れ落ち、口に入って生臭さがハンパ無い。
「何しやがる!!」
この衝撃で気絶しない俺の体の丈夫さには驚いたが、今はそれより石をぶつけた犯人に怒りをぶつけたい。
石が飛んできた方向に向かって叫ぶと、木の陰に隠れていたエルフが目に見えた。
それは、数人の子供のエルフだった。
弓や剣など、大人たちと違って武器こそ持っていなかったが、その手には石を握っている。十中八九、こいつらが石を投げた犯人だろう。
そして、そのうちの一人。一番前に出ている奴。少しばかり、他のエルフたちとは雰囲気の違う子供が俺に声をかけて来た。
サラサラとした金髪を肩まで伸ばし、他のエルフたちよりもさらに男か女だかわからない中性的な顔立ちの子供。
俺の喧嘩経験から言って、恐らくはこいつが、後ろにいる子供たちのリーダーといった所だろう。
「おい人間。下賤な種族が神聖なるエルフの里に何の用だ?」
「マギサ様!! なぜこのような場所に……」
「おいお前。えーっと……名前知らないけど。興味もないし。でさ、僕は今その人間に質問してるんだよ? 分かる?」
「ぐ……」
明らかに見下した態度で子供が大人をビビらせている。
こいつらの力関係なんぞに興味は無いが、大人をなめる子供というのは、傍から見ても腹が立つなぁ。
「それで? 人間の答えを…………ん?」
大人をひとしきりビビらせた後、マギサと呼ばれた子供は俺に視線を移した。
だがその途中、マギサの目にとまったのか、視線は俺からアエルへと移って行った。
マギサはアエルの体をしたから上まで、それはもうジロジロと。舐めるように見た後、眉をひそめた。
「……アエ…レシス?」
アエルの名前をマギサがつぶやいた。
その声を聞くや否や、アエルはパアっと表情を明るくさせた。
「わあっ! やっと知ってくれてる人が居たー!」
マギサとアエルの反応に、周りの大人たちが驚き、ざわめき始める。
「ま、マギサ様、この者をご存じなのですか?」
自分たちが何か粗相を起こしたのではないか?と、ビビる大人たち。
……何と言うか、情けないな~。大の大人なのに。
だが、アエルの希望とは裏腹に、マギサから帰って来た反応は意外な物だった。
「……ふふん。い~や? 僕、そんな女は知らないなぁ」
ニヤリと笑うと、小馬鹿にした顔でそう答えた。
「ええ!? でも今……」
「ああ。変な髪の色をしてたから、驚いただけさ。別に知っていたからってわけじゃない」
「いやいや! お前さっきアエルの名前言ってたじゃねえか!! さすがに無理があるだろ、その言い訳は!!」
「ん~? なんだ人間。僕が嘘をついたって言うのか?」
ニヤニヤと笑うマギサ。どう見ても確信犯です。本当にありがとうございました。
とはいえ、俺たちに味方してくれるやつらは、大人たちも含めて一人もいなかった。
大人たちは、さすがに黙っているだけだったから幾分かマシだが、マギサの取り巻きである子供たちは別だった。
「そうだ人間! マギサ様をうそつき呼ばわりする気か!!」
「なんて不敬な奴だ! さすがは低俗な種族だな!!」
「頭の悪そうな顔して喋るな! 馬鹿が移る!!」
「頭の出来は関係ないだろ!!」
子供……いや、もはやクソガキと呼ぶが、こいつらの口撃に対して、ささやかな反撃に出てみた。
だが、理屈も何も通じない数の暴力によって、俺の心はさらなるダメージを負ってしまった。
……まあ、理屈があったとしても、俺の頭じゃ口げんかに勝利できるとは思えないが。
若干半泣きに近い俺に対し満足したのか、マギサは鼻で笑いながら俺を見下ろした。
「そもそも、僕はお前に口を開く許可は与えていないぞ。無礼にもほどがある」
そう言うと、持っていた石を再び俺に向かって投げつけて来た。
だが、先程までとは違う。何が違うって不意打ちじゃない。
気配とか殺気とか空気とか、そう言う物を読むスキルの無い俺であるが、目に見えているのなら話は別だ。
先程の頭に受けた痛みを再び味わうのは御免なので、今度は足で、投げつけられた石をはじき返した。
「とりゃ!!」
「ふぎゃっ!?」
残念なことに、跳ね返した石はマギサには当たらず、その後ろにいた取り巻きの一人の額に命中した。お気の毒に。
この光景に、マギサは汗を流してビビり気味。
マギサの取り巻きや、大人たちは大口を開けて驚いていた。
だが、状況を理解できたのか、大人たちはいち早く俺に武器を向けて来た。
「き、貴様! マギサ様に当たったらどうする!!」
「うるせぇ! 当てるつもりだったんだよ!!」
「こ、この……」
「大体、お前らそれでも大人かよ。子供が悪いことをしたら躾けるのがお前らの役目だろうが!」
俺の台詞が痛かったのか、少し大人たちはたじろいだ。
だが、今この状況で、俺が最も怒っているのはこいつらではない。
俺はマギサ達、クソガキどもを見据えた。
「おいお前ら」
「な、なんだ……人間」
「俺の頭を見て、何か言うことは無いか?」
この真っ赤っかに濡れた頭を見て思うことは無いか?
人に怪我をさせて、その上で、何か行動に移すべきことがあるんじゃないか?
そんな期待を込めた一言だったが、残念。本当に残念なことに、
「えっと……頭が悪そう?」
ぶちっ!!
今のはありがちな頭の血管が切れる音じゃない。
というか、投石のおかげで初めから血管はぶち切れてる。
では今のは何の音なのか。
「こ、こいつ縄を……ぶはっ!?」
はい。答えは俺を縛っていた縄が引きちぎれる音でした。
ご丁寧に何重にも巻かれていた縄だったが、俺をこの程度で拘束できると思うとは片腹痛い。
神父の所で縛られたこともあったが、その時は空腹。今は満腹。前提条件が違う。
紙切れのごとく、縄は簡単にちぎれ飛び、すかさず一番傍にいた大人エルフに飛びひざ蹴りをかましたのだ。
鼻血を出して倒れ伏したエルフを、呆然とした目で見る相手方一行。
そんな奴らに、俺はごくごく当然。正当な一言を叫ぶ。
「悪いことしたら『ごめんなさい』だろうがーーー!!!」
掛け声とともに、二人目の大人エルフを蹴り倒した所で、相手方もようやく我に返ったのか、俺を囲うように円陣を組んだ。
「貴っ様! もういい! ここで息の根を止めてくれりゃあああっ!?」
「あ、ごめん。なんか言ってた?」
台詞を途中で中断させて申し訳ない。次に殴ったのは、テネブラエを持っていた男だ。
武器を取り返すつもりだったのだが、殴った衝撃でテネブラエは宙を舞い、地面にへたり込んでいたアエルの近くに突き刺さってしまった。
「きゃっ!?」
『うおっ!? こらてめえユーイチ!! あぶねぇだろ! もっと気を使って殴れ!!』
「「いや、いっそのこと殴らないで欲しいんだけど!?」」
そんな風にエルフたちは叫ぶが、当然お断りします。殴ります。
三人目をぶん殴った所で気が付いたのだが、こいつら数の割にはそんなに強くねェな。
見た所、こいつらの得意な武器は弓矢だ。エルフに弓矢。うん。テンプレ。
なのにこいつらは円陣を組んでる。これじゃ他の奴らに当たるからそうそう撃てはしない。
しかも、そんな状況にもかかわらず、なぜか弓を手放そうとしない。腰には立派な剣をぶら下げているにも関わらずだ。
結論。こいつら実践慣れしてない。
王都で出会ったエリスと二人組の男の方が強いぐらいだ。
雁首そろえて無能揃いじゃ意味ないだろうに。
「こんの……無礼者!! 人間風情がエルフに逆らうとはどういう了見だ!!」
さすがに不安に感じ始めたのか、マギサが俺に向かって叫んだ。
言葉自体は強気そのものだが、顔は正直。白い肌が青く染まっていた。
「了見も何も、お前らの態度が悪すぎるからだろ。偉いってんならもっと慕われる態度をとったらどうだ?」
「こ、このっ……」
悔しそうに唸るマギサを見るのは中々に清々しい気分だな。
と、悦に浸っていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ユーイチ様! あんまりよその種族の里で暴れたらだめですよ! 本当に殺されちゃいます!」
「え~、怒られるの俺? 喧嘩売ってきたのは向こうじゃんか」
「それでも駄目です! 誤解なんですから、少し話せばきっと……」
ストンッ!
必死に会話での和解を訴えていたフランの顔を掠めて、矢が木に突き刺さった。
「えーっと……」
「お、おい! この女がどうなっても良いのか!! 今すぐ大人しく……」
「てめコラクソボケッ!! フランに何しやがる馬鹿野郎!!」
「ぶぎゃっ!?」
恐れ多くもフランに矢を放った悪漢は俺が退治した。
それはもうボッコボコにフルボッコしてやったぜ。フランに手を出したのが運の尽きだったな。
と、エルフの屍(死んでない)を目にしたエルフたちは、震え上がると思いきや、
「あの女! 男の弱点だぞ! ひっ捕えろ!!」
そんな台詞を吐いてフランを追い回し始めた。
数本の弓矢がフランを襲い始め、そのうちの一本が、運がいいのか悪いのか、フランを縛っていた縄をうまい具合に射ぬいた。
「ひーん! ごめんなさーい!! 私が間違ってましたー!!」
泣きながら先程の言葉を訂正するフラン。
自由がきくようになった体でひらり、またひらりとエルフたちの攻撃をかわしていく。
もちろん、俺もそんな光景を黙って見ているわけもなく、
「手前ら…………死ぬ覚悟はできてんだろうな!!」
しつこい野郎どもを薙ぎ払うべく、足を踏み出した。途端、
「……っ! 痛ぇ!?」
頬に鋭い痛みが走った。
手で撫でてみると、そこからは頭から流れる血とは違う、新しい血がべっとりと付いていた。
だが、それに心当たりがない。弓矢がかすったにしても、顔近くだ。通り過ぎる音ぐらい聞こえても良いくらいなのに。
「……僕を無視するな人間!!」
独特な表現をするやつの言葉が俺の耳に入ってきた。
声のした方向を見ると、そこには杖を構えたマギサの姿があった。
おまけにその頭上には、風……というのだろうか。木の葉やほこりなどがまるで竜巻であるように渦巻いていた。
「こ、こ、これほど侮辱を受けたのは初めてだ……お、おま、お前! 骨すら残らないと思え!!」
あまりの怒りからなのか、上手く呂律が回っていないマギサ。
そして、その頭上にある竜巻は、マギサの怒りに呼応するかのごとく大きく膨らんで聞く。
「おいおい、侮辱って言うんならお前の方が……」
お前の方がムチャクチャ言ってたろ。
そう言いかけた俺だったが、俺のすぐ後ろ。樹齢何百年くらいかな~、って考えるほどの大木が真っ二つに割れる音でかき消された。
いや、もう本当に真っ二つ。しかも縦に。メキメキッ! バキバキッ!! そんな音を出しながら大木が倒れていった。
「…………ああ。俺の怪我もお前の仕業か」
ポンッと手をついて納得。
多分、鎌イタチのような魔法なのだろう。それで木は斬れたし、俺の頬も斬れたわけだ。
…………
「……洒落になんねぇ!?」
「……非道の竜風!!」
マギサの呪文とともに、膨れ上がった竜巻が俺に向かって突き進んできた。
「ま、マギサ様!? 我々がまだ……」
「……ああ? ああ、うん」
「…………」
「「…………それだけですか(泣)!?」」
ああ、彼らは見捨てられたようだ。
竜巻にぶつかって宙を舞うわ舞うわ。
つっても、敵の心配をするほど自分に余裕があるわけでもない。
この竜巻を何とかしないと、最悪フランやアエルが巻き添えを食いかねない。
というわけで何とかしよう。
俺は両手を前に突き出し、いつも通り空間術を発動した。
「むんっ!!」
………………何も起こらない。ただの中二病のようだ。
「またかチキショウッ!!」
文句を叫びながら、飛んで竜巻をかわした。
神父とのバトルと同じく、空間術はうんともすんとも言わない。
発動条件がまったくわかんねぇよこれ、さっきまで普通に使えてたのに。
「ちぃっ! いつまでも避けられると思うなよ!!」
マギサが腕を振ると、竜巻はまるで意思を持っているかのごとく、俺に襲い掛かってくる。
ついでにさらに多くのエルフたちが竜巻に巻き込まれていった。不憫な奴らだ。
「だー、クソッ!! アエル! テネブラエこっちに投げてくれ!!」
「え、えぇ~? でも、この状態じゃ……」
アエルは今だ縄に縛られた状態だった。
「あ、そうだった。じゃあフラン……」
「ひーん! たすけてくださーい!!」
だ、駄目だこいつら、役に立たねぇ。
縛られたアエル。追い回されるフラン。自分では動けないテネブラエ。
……あれ? パーティー編成間違えたかな。もっとバランスの良いのにしときゃよかった。
と、ため息をついていると、卑怯にも背後から男が切りかかってきた。
「死ねぇーー!!」
「うおっ! 危ねぇ!! 何すんじゃい!!」
「ぐはぁっ!?………あ?」
「あ」
切りかかってきた男を蹴りで撃退した。そして、蹴り飛ばした男は運悪く竜巻にのまれてしまった。
「あ~~~~!!……」
「えっと、なんかごめんなさい…………って、ん?」
男が飲み込まれた竜巻。しっかりと俺の目に移ったそれは、何やら少し違和感があった。
というより、あからさまに最初に見たのより大きくなっていた。
中でのみ込まれたエルフたちがぐるぐると回っている。そして、飲み込んだ分の体積の分なのか、自然な成長期なのかは分からないが、竜巻の大きさは始めの3、4倍に膨れ上がっていた。
「……あ~、これ言うこと聞かないなぁ」
「なんか今不穏な台詞が聞こえた!!」
マギサがつぶやいた台詞の意味。
すなわちコントロール出来てない。
このガキ……やるだけやっておいてまる投げかよ。
今すぐマギサのもとに飛んで行って愛ある拳骨をかましてやりたいが、現状あまり身動きが取れなくなっていた。
台風が来た時のような風が吹き、かなりの力で踏ん張らないとそれだけで吹き飛ばされそうな勢いなのだ。
見えない壁にタックルをかまされているような状態。ハッキリ言って非常に危険。
今だ竜巻にのみ込まれていない奴らも、俺と同じように木にしがみついたり、地面に伏せたりと、もはや動ける人間はいなかった。
だがそんな中、なぜか一人だけ、いまだに走り続けている奴が居た。
「わーん! もう許してして下さい~!!」
フランである。
すでに彼女を追いかけている者は誰もいない。にもかかわらず、なぜか謝りながらひたすらに走り回っていた。
目を瞑りながら走っているから、気が付いていないのだろうか。
…………いや待て、その理屈はおかしい。
俺でさえ踏ん張らないと吹き飛ばされそうな状態なのに、なんでフランは普通に走ってるんだ?
いや、だけどこれは現状打開のチャンスではなかろうか。
「フラン! テネブラエをこっちに投げろ!! 早くしてお願い!!」
「……え、あっ! はい! 分かりました!!」
こっちの言いたいことが理解できたのか、すかさずアエルがしがみついているテネブラエのもとに駆け付けた。
「フランちゃん待って~! テネブちゃん持って行かれたら私飛んじゃう~!」
「す、すみません……ユーイチ様優先です!」
問答無用というのだろうか。アエルからテネブラエを没収。アエルは風になったのだ……
そして、大きく振りかぶって……投げた。
『おお!?』
「おお!? へぶっ!!」
ま、まさにそれは……有名な大リーガーが投げたとされる『レーザービーム』。
見事な弾道を描き、フランが投げたテネブラエは、俺の額へと吸い込まれるようにぶつかった。
おまけに、その衝撃で踏ん張りが緩み、竜巻へとのみ込まれてしまったのである。
「あーっ!? ごめんなさいユーイチ様!!…………って、うわわわわわっ!?」
ほとんどかすれてしまった意識の中、フランの謝罪の声と、かすかな悲鳴が聞こえた気がした……
…………
『待て待て! 気絶するならこの竜巻何とかしてからにしろ!!』
「……む、なんだよテネブラエ。花畑の向こう側の川を渡る途中だったのに……」
『渡るな!!』
はっ!?
一体何が起こった?
気が付けばエルフたちと仲良く竜巻の中で空中遊泳をしていた。
おかしいな、さっきまで花畑で花を摘んだ後、ボートに乗り込んだはずなんだが……
『だから渡るなって!! 良いから早く何とかしろ!!』
「お、おう!」
ああ、そう言えばなんかエルフの魔法でえらい目にあっていたんだった。
本来の目的を思い出したので、テネブラエを鞘から引き抜いた。
そして、適当に振りまわしてみたが、なぜか何の反応もなかった。
「あれ? なんも起こんないぞ?」
『ちっ、やっぱ駄目か。このあたりは魔法の余波で出来てんだな』
「余波?」
『これ自体は魔法そのものじゃないってことだ』
「は? じゃあどうすんだよ!」
『……魔法の大本を何とかすればいいだけなんだが、この状態じゃなぁ』
今現在、ほぼ身をゆだねる形で空中をぐるぐると回っている状態だ。
時折ぶつかってくる木とか石とかエルフとかが非常にうざい。
何が言いたいのかというと、身動きがほとんど取れないと言うことなのだ。
『竜巻の中央部分が大本なんだろうが……』
竜巻の中央部分。
なるほど、見てみるとハッキリと分かる。竜巻の真ん中。そこの部分だけ他とは違い、緑色に光っていた。
「つまりアレを斬ればいいんだな?」
『いいんだなって……どうやってあそこまで行く気だよ』
「見てろっての……!」
流れて来た木を足場に、思いっきりジャンプ。
そして、次はまた別の流れて来た石を足場にした。
『すっげぇな! 出鱈目すぎるだろユーイチ!』
「ふははははっ! ご都合的な身体能力の俺に出来んことは無い!!」
順調に木、石、エルフを足場に中央部分に近づいて行く。
「痛てっ!!」
「うがっ!?」
「ぶっ!!」
「あふんっ! もっと踏んでください!!」
踏み台にするたび、エルフたちの呻きが聞こえる。
っていうか、一人マゾが居たような気がする。
そうこうしているうちに、中央近くまでたどり着くことに成功。
割と順調にここまで来ることができたのだが、ここからが大変だった。
「痛い痛い痛い痛いっ!!」
最初に起こっていた鎌イタチのような現象が俺を襲いまくっていた。
体中に刻まれる大きな切り傷たち。つか、当たりどころが悪ければ色々な体の部分とお別れすることになりそうだ。
『ユーイチ、早くしろ!』
「つっても……ギリ届かないんだよ!」
『だーもう! なんか方法ねぇのか!!』
そこで俺はひらめいた。
ああなんだ、簡単な方法があるじゃないか。
「俺に秘策がある!」
『おお? なんだ、だったらさっそく……』
「テネブラエ。短い付き合いだったけど……楽しかったぜ? 逝ってこい」
『……………………だが断…あああぁぁっ!?』
テネブラエの返事を聞く気なんてない。
俺はテネブラエを思いっきり投げつけた。
バシュッ!!っという音が鳴り、竜巻が爆散した。
「まるでゴミのようだ!!」のごとく、エルフたちが辺りに落ちていく。。
一方の俺だが、元いた場所に華麗に着地……とはさすがに行かなかった。
地面に頭から突っ込み、ただでさえ血まみれな顔をさらに鼻血で濡らしてしまった。
「く、くそ……痛ぇ…………ごばっ!?」
「きゃうっ!!」
顔をあげた瞬間、俺の背中になぜかフランが落ちて来た。
いつの間にか彼女も飛ばされていたらしい。
「ご、ごめんなさいユーイチ様!」
「い、良いから。早くどいて…………ふがっ!?」
「きゃあ~」
間髪いれず、今度はアエルが俺のもとに落ちて来た。
もうやめて! 俺のライフはもうゼロよ!!
「結構楽しかったわぁ。あれ? ユーくん、私の下でなにしてるの~?」
「もう良いから、どい…て…………ひゃあっ!?」
『うおっ!?』
止めとばかりに、俺の目の前に抜き身のテネブラエが突き刺さった。
魔法を吸い取ったので、今は黒い刀身が鮮やかな緑色に輝いている。
なんなの? 君たち俺に恨みでもあるの? 死ぬの?
『あっ! てめぇユーイチ! よくも俺様を投げてくれたな! 剣は投げるものじゃねぇつってんだろが!! あれすっげぇ怖いんだぞ!!』
「うるせぇ! 生きてただけ有難く思え!!」
「お前ら~~……」
テネブラエと口げんかをしていると、森の中から体中埃だらけ、せっかく綺麗な髪もボサボサになったマギサが姿を現した。
「よ、よ、よくも僕をこんな目に……」
「いや、どう考えても自業自得だろ」
「このっ……」
「マギサ」
「いっ!?」
マギサの名前を呼ぶ声が聞こえた。そしてその声は、マギサ本人の体を縛り付けたかのごとく固まらせてしまった。
声のした方向に目を向けてみると、そこには一人のエルフの姿があった。
「まったく……何の騒ぎかと来てみれば、またお前か」
「お、おばあさま……」
マギサが今にも逃げ出さんばかりと腰を引き、後ずさりながらそう言った。
マギサがおばあさまと呼んだ人物。
だが、見た目はおばあさんと呼ばれるような姿ではない。
三十代にもなっていないような見た目に、マギサと同じくサラサラの金髪。
肌は本当に透き通るほど白く、美人とか美女とか、そう言う言葉では言い表せないほどの顔立ちをしていた。
「ち、違うんだ! 僕はこいつらを捕まえようとしただけで……」
「捕まえようとしただけでなんで里の男どもまで吹き飛ぶんじゃ…………はあ。まあよい、お仕置きはまた後じゃ。今は……」
こちらを向くと、その女性は俺たちに向かって歩き出した。
敵かもしれない目の前のエルフ。だが、俺は警戒することも忘れてしまうほど、この女性に見惚れてしまっていた。
いや、俺だけじゃない。フランもテネブラエも、声を出さず、彼女を見ることしかできなくなっていた。なぜか老人口調なのは無視しよう。
「伯母さん!」
「……おばさん?」
アエルが元気よく女性を呼んだ。
「久しいのうアエル。良く帰った。変わらず元気そうで何よりじゃ」
「えへへ~。伯母さんも変わってないね~」
完全に置いてきぼりの俺たちをよそに世間話を始めてしまう目の前の二人。
あれ、これは空気扱いですか?
「あ、あの。俺達に説明は無しですか、アエルさん?」
「む? この者たちは?」
「ああ、そうだ。私のお友達だよ~。ユーくんに、フランちゃんに、テネブちゃん」
「ほう! これはこれは、いつも姪がお世話になっております」
「あ、こちらこそお世話に…………姪?」
俺が首をかしげると、アエルは気付いたように説明する。
「うん。私の伯母さん」
「紹介が遅れたな。妾の名はステラ。ステラ・レディ・サーフェイス。アエルの伯母で、そこで固まっておるマギサの曾祖母。そして…………エルフの里の長老じゃ」