第二十話 戦いの果て
「人間、できないことより、できることの方が少ねぇよ」
雄一の言葉に、僕はあまり納得がいっていなかった。
そんなことを言う雄一は、「面倒くさい」だの、「やりたくない」だの言いつつ、結局ほとんどの問題を解決してしまうすごい奴だ。
正直、そんな男がそんなことを言っても説得力に欠ける。
だが、目の前の雄一という男は飄々と言葉を続けた。
「……ああ、そう言えば、もうひとつあるなぁ。アドバイス」
「もうひとつ?」
「まあ、時々……なんだけどな? お前、自分に攻撃が当たっても良いって覚悟で相手に向かうことがあるだろ」
「……否定はしないけど……やっぱり、隙が大きくなってる…とか?」
そう聞くと、雄一は首を振った。
「そう言う話じゃなくてだな……ん~、例えば、ある状況でな? お前が死ぬ前提の攻撃をすれば、相手は倒せるし、守りたい人間も守れるとする。死ぬ前提の攻撃をしないと相手は倒せないし、守りたい人間も守れない。そこで選択肢。①『死ぬ覚悟で突撃』 ②『引いて守りたい人間と一緒にお陀仏』」
「なんだよ、その現実味のない状況は……」
「いいから、答えろっての」
「……どっちも死ぬのなら、①しかないんじゃないか?」
「ブー! はずれ。答えは③の『死なずに相手をぶっ飛ばして好きな人とゴールイン』だ」
「あ! 汚っ!?」
「汚くねえよ。毎日風呂入ってるよ」
「…………」
「わ、分かった。悪かった! だから素手の人間に竹刀を向けるな!」
勿論竹刀を向けたのは冗談だ。これ以上雄一がふざけた場合は冗談では無くなるけど。
とりあえず話にならないので竹刀を下す。
「まったく……えーっとどこまで話したっけ?」
「雄一が好きな人とゴールインって所」
「め、目が笑って無い……いや、この答えは普通に冗談じゃないぜ? 俺は選択肢から選べって言ってないしな」
「……詭弁じゃないか」
「詭弁じゃねぇよ。現実的に選択肢が紙に書かれて出てくるか? 無いだろ?」
「…………」
「それに、お前みたいに①を選んでもさ、その後で守りたい奴が他の原因で死んじまったらどうすんだよ。お前、その時にはいないんだぜ?」
「それは……」
「……ちょっと長くなっちまったけどな、言いたいのは……一番大事な物ってのは、自分自身のことだってこと」
「自分自身……」
「死ぬ覚悟とか、俺はどうなっても……とかさ、意味ねぇよ。そんなのその場限りの言い訳だろ」
「…………うん」
これも、雄一が言う限り、説得力のある説明ではなかったけど……何となく、雄一が僕のことを心配してくれているのが分かった。
少し気恥ずかしさを感じながら、僕は頬をかいて、
「中二病っぽい(ぼそっ)」
「聞こえたぞこらぁっ!!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
頬に暖かいものが落ちて来た。
多分水滴なようなもの。
落ちて来たかと思えば途端に頬を伝って流れて行く。
そこでようやく、僕が気絶していたことに気がついた。
倒れた体は動かず、何とか瞼だけを開くと、そこには涙を流すシルフィの顔があった。
「……! マモルっ!! だ、大丈夫か!? どこか痛む所は……」
「シル……フィ……?」
どうやら僕はシルフィに膝枕という物をされているらしい。ほのかに後頭部が暖かかい。
でも、まだぼんやりとする僕の頭。
泣きながら何かを叫んでいるシルフィの言葉の意味は、よく分からなかった。
「すまぬ。回復魔法を使ってやりたいが、魔力がもう底をついてしまってるんだ……」
「…………」
「……?」
気がつくと、僕はなぜかシルフィの顔に手を当てていた。
シルフィの涙をぬぐって、もしかしたら無意識のうちに、僕はシルフィにこう尋ねていた。
「どうして泣いているんだい?」
「……! …………っ!!」
バチンッ!! という音が聞こえた。
ほんの数秒、何が起こったのか分からなかったが、すぐに頬がジンジンと痛んだことで、僕がビンタを受けた音だと気がつく。
その衝撃か、ぼんやりとしていた頭がハッキリ働くようになり、シルフィの怒声が僕の耳を通り抜けた。
「怒っているからに決まっているだろう!!」
「っ!」
もの凄い剣幕で言った一言に、僕の体は硬直した。
そして、思い切り叫んだあと、シルフィは再び、ボロボロと涙を流し始める。
「マモル……あんな危ない戦い方はもうやめてくれ…………本当に……死んでしまうかとっ……」
「あ……ご、ごめんシルフィ。そ、その……泣かないで…」
慌ててしまった。
だってそうだろう? 目の前で女の子が、自分が原因で泣きじゃくっているのだ。動揺という言葉では足りないくらい、慌ててしまった。
施設で子供の面倒くらいは見たことはあるが、これは違う。
罪悪感や、焦燥感が全身を襲い、シルフィに対して気の効いたことを言えずにいる。
「シルフィ……つ、次はもっと上手くやるよ。誰も傷つかないように……きっと上手く……」
「違う!」
「っ!」
シルフィが僕の頭を両手で掴み、無理やり目を合わさせる。
体がまともに動かない僕にはあらがいようが無かった。
そしてそのまま、シルフィはさらに涙を流して言葉を吐き出す。
「マモル……そなたは優しい。妾を想う気持ち、それは嬉しい…………けど……護が自身を蔑ろにするのは……悲しい」
「あ……」
そこでようやく……シルフィが言いたいことが分かった気がした。
彼女は……怖がっていた。
僕のために怖がってくれていた。
涙を流して、震えながら、僕に怒り、怖がっていた。
「妾が助かっても、マモルが死んでしまってはそこで終わりではないか……マモルは無責任だ……」
「…………うん」
「頼むから……妾達だけでなく、自分のことも少しは考えてくれ」
「うん……」
ふと、僕は涙を流していた。
顔は熱くなり、赤く染まっているのが分かる。
なぜだろうか……
いや、多分理由は分かってる。
僕はこの子に……シルフィに恋をしていたのだ。
突拍子もないことだと、自分でも思う。
だけど、こんな状況だけど……僕は彼女のために生きたいと思った。
彼女とともに生きていきたいと思えた。
彼女の言葉で、彼女を好きになれたことに感動していたのだ。
僕は、今まで生きてきた中で二人だけ。本当に尊敬し、本当に愛することのできる人物を知っている。
一人は、僕を育て、生きていく能力を与えてくれた佐山先生。
もう一人は、僕を救い、生きる道しるべをくれた、僕の親友。雄一。
大げさかもしれないが、僕は彼らのためならこの命を差し出しても良いとさえ思っていた。
冗談抜きで、二人のためなら死ねる覚悟があった。
それだけのものを、二人に貰ってきたからだ。
けど、今。二人のためには死ねなくなった。
シルフィのため、そして何より、僕のため。
自分を犠牲にするわけにはいかなくなった。
そして、そのことに僕は意外なほど、満足感を覚えていた。
「……これが雄一の言いたかったことなのかなぁ」
「……? ズッ……何の話だ?」
シルフィは鼻をすすり、キョトンとして尋ねた。
僕は首を振った。説明しても雄一のことは分からないだろうから……このことは僕の胸にしまっておこう。
そんなことを笑顔で答えた時、
「…………っ!?」
唐突に全身の毛が逆立つのを感じた。
それと同時に、この短期間で幾度も感じた感覚。
でもそんなわけは無い。あれだけの攻撃を浴びせたのだ。
そう、これがム―レスさんの殺気であるはずが……
「……うそだろ…」
結果から言おう。
僕の目には、砕けた鎧から流れ出る夥しい血と、体中を無数に占めるやけどを負いながらも、僕たちの前に立つム―レスさんの姿がそこにあった。
悲鳴を上げる自分の体に命令を下し、シルフィを背に隠すように僕は身を起こす。
正直、こんな状態でまだム―レスさんが戦う意思を持とうものなら、たった今ほどの決意も揺らいでしまう。
どうすればシルフィを逃がすことができるか。そんな決意と真逆のことを考えてしまっていた。
だが、
「……なんだこれは?」
ム―レスさんの口が開いた。
しかしそこからは、僕に対しての疑問符ではなく、自らの手を眺め、自問する言葉が漏れた。
そして、息を吸い込んだかと思うと、
「ふ……ふはは…………なんだこれは!!?」
「「…………っ!?」」
周りの木々が揺れるほどの豪声が僕とシルフィの耳を襲った。
しかも、ム―レスさんはこれまでの怒りや悲しみといった負の感情ではない。喜びを全身で表現させていた。
厳格な見た目からは想像もつかないほど愉快そうに、大声をあげて彼は笑っていた。
「アーーハッハッハッハーー!! これか! これだったのか!! クックック……私は生きているぞ!!!」
一声笑うたび、大量の血しぶきが宙を舞う。
だが、それすらも中のごとく、ム―レスさんは笑い続けた。
まるで、そのこと自体が嬉しいかのごとく……
「な……なんで……」
思わずそうつぶやいてしまう。
つぶやいてしまった以上、僕はもう、彼を理解できないかもしれない。
彼を理解できる知識があったとしても、あんな笑い方をする人間を理解したくなんて無い。
そんな風に思ってしまった。
『ム―レス……あなたは一体何をしたいの……』
エクスカリバーの問いに、意外にもム―レスさんが反応した。
「エクスカリバーか……私はな、この結果に満足しているのだ」
『……?』
「この痛みも……」
ム―レスさんが僕たちに向かい、歩みを始めた。
「この光景も……」
一歩、また一歩と近づいてくる。
歩くたび、血が流れ落ち、焼けただれた皮膚が落ちる。
だがそれでも、彼は歩みを止めない。
「我が悲願は…………この先にあった!!」
「ひっ……!」
動けない。
怪我の痛みとか、そう言うのが原因ではない。
あまりの迫力に、ム―レスさんのあまりの恐さに、体が震え、情けない声を上げ、動かないのだ。
その時、
「そこを動くな、ム―レス公!!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
それと同時に、僕たちとム―レスさんの間の地面が、一閃の光に包まれ、めくりあがった。
遅れてやってきたのは雷の音。
見上げると、空から巨大な八本足の馬に乗ったゲイルとエアリィさんの姿がそこにあった。
…………というか、馬が空を飛んでる……非常識。
という心の突っ込みはともかく、二人が地面へと降り立った。
「シルフィ! 無事!?」
「え、エアリィ姉さま……」
すぐさまエアリィさんがシルフィを抱きしめた。
僕の心配はしてくれないようだ。
その落胆か、応援が来たことによる安堵からか、強張っていた僕の体から急に力が抜けてしまった。
だが、今だム―レスさんの迫力は収まっておらず、勿論ゲイルも警戒を解いていない。
そんな時、シルフィを抱きしめたエアリィさんが、ム―レスさんの前に立ちふさがった。
「ム―レス公……まさか、ロキの言う羊があなたのことだったなんて、さすがに思っていませんでした」
「ふっ……ロキに会ったのか、哀れな姫君よ」
「なっ! 姉さまを侮辱するのは許さムグッ……」
「ちょっと黙ってなさい」
暴れ出そうとするシルフィの口をふさぐと、エアリィさんは横目で詰まれた死体の山を見た。
そこで気が付いたのだが、あれだけ激しく戦い、地形すらもずいぶんと様変わりしてしまった割には、死体には傷ひとつないどころか破片すらその場に飛んでいなかった。
死体の山を見ると、はあっとため息をつき、眉をひそめた。
「……ロキの言っていたのは…………これは一度、陛下にお伺いしないといけないわね」
何やら納得した様子で、再びム―レスさんを見据えた。
「勿論、あなたからも説明があるのですよね?」
「…………」
数秒にらみ合いが続いたかとおうもうと、ム―レスさんはふっ……と鼻で笑い、ボロボロになった右腕をこちらに向けた。
僕は体をこわばらせ、警戒した。ゲイルも同様だ。
「貴様らが何をしようとも……」
「……なに?」
「貴様らがどうあがこうとも、我々は止まらない……」
口から血をこぼし、焦点が定まっていない。
そんな満身創痍な状態で、なぜかム―レスさんは自信満々に、そして確信に満ちた笑顔を浮かべ、僕たちに言い放った。
「我々は勝てる! そして救える!! 運命などクソ喰らえだ!!」
「そんな状態でまだ戦うつもりですか、ム―レス公!!」
ゲイルが叫んだ。
降伏を促しているというよりも、本心よりム―レスさんを心配しているような口調と表情だ。
「戦うつもり?…………当たり前だ!!」
「っ!!」
ム―レスさんの怒声に全員が恐れ、おののいた。
「私は……私たちは! これからも戦い続ける!! 貴様らごときに邪魔されてたまるものかあぁっ!!!」
「っ!?」
ム―レスさんの怒声と迫力の前に、身動きすら取れなかった僕たちの体。
もし、彼が僕たちを殺そうと思えば簡単に殺せたかもしれない。
だけどそうしなかった。そうはならなかった。
ム―レスさんは、自身の胸に……自らの拳を突き立てていたからだ。
深く胸に突き刺した右腕は、もはや赤くすらなく、不気味に黒々と光沢を表している。
息もできていないのか、むせることもなく大量の血を口から流すム―レスさん。
そして、一笑いすると……彼は前のめりに倒れ伏した。
「…………なんだよこれ」
目の前の光景に、頭が追いつかない。
彼が何を成したかったのか、何を成そうとしていたのか……理解したいと思った。
そして、理解できないと思った。
その上で、理解したくないと思った。
けど今は……そんな事すら考えられない。
「…………なんなんだよこれは!!」
とりあえず叫んだ。泣きながら……
あまりに僕の現実からかけ離れた光景に、状況に……人間に…………
絶望したわけじゃない。
こんな世界でも好きな人ができた。
信頼できる仲間もいる。
だけど今はただ考えたくない。
もう僕の頭はグチャグチャだ。
こんな時……君ならなんと言って切りぬけるのだろうか。
雄一…………
なんて面倒くさい性格なんだ護君……
ようやく護ルートが終わりましたので、次回から雄一ルートが再開します。