番外編 騎士と姫の物語 前編
私の家、『トニトロス家』は王国の中でも最も武門に優れた三つの家の一つである。
だが、この家は今没落している。そしてその原因は、主に私自身にあった。
『血色の月事件』
そのように呼ばれた事件がある。
およそ十年前のこと、月が血に染まったように赤くなった日。王都グロリアにおいて発生した大規模テロリズムである。
ちょうど、王国遷都記念日だったため、その犠牲者は五千人を超えたとされている。
しかも、狙われたのが当時の騎士派の重鎮たちであり、その政治的混乱は想像を絶していた。
貴族たちは、ぽっかりと空いた重鎮たちが居た椅子に座ろうと国王にすり寄り、その醜態をさらすことになった。
そして、その騎士派の重鎮の一人に、私の父親が居た。
『雷光』のトニトロスと呼ばれ、当時の四大騎士の一人を務めるほどの実力の持ち主であった。
当然、私自身の憧れであり目標であった。
だが、父はあっけなく死んでしまった。
近くにいた少女を守るため、その身を挺して事件に巻き込まれたのである。
父が死んで、一人息子だった私は『トニトロス家』を継ぐことになった。
当時の私は十一の歳の頃。
そんな子供に、大貴族としての務めが果たせるわけがなかった。
どんなに私が叫ぼうと、それは子供の戯言と失笑されるだけ。
トニトロス家の権益は、悪賢い貴族たちによって切り売りされていった。
私が四大騎士となり、ようやく落ち着いたころ、すでにトニトロス家は名ばかりの没落貴族になってしまっていた。
私は、貴族としてはすでに死んでいるのだ。トニトロス家が取りつぶしになるのは時間の問題だろう。
「ゲイル。昨日の返事を聞かせて」
「…………またですかエアリィ様。告白の件に関してはずいぶんと前にお断りしたはずですが」
「断られる理由を聞かせてもらっていないから無効よ。それと、二人きりでいる時は呼び捨てで良いっていつも言ってるでしょう?」
「……理由ならいつも言っているだろう? 私の家ではエアリィとは……」
「それは断る理由になってないでしょう?」
……これだ。
何度それらしい理由をつけて断っても、エアリィは一向にあきらめてくれない。どころか、私の縁談すら妨害してくる。
どのような答えをもってしても、彼女は私の言葉に首を振ってくれないのだ。
マモルとの共闘も終わり、傷の手当てと言う目的でエアリィに引っ張られていった。
二人きりになれば必ずと言って告白される。そのため、私は極力エアリィと一緒にはなりたくない。彼女が嫌いと言うわけではないが、問い詰められるのが分かっているなら当然の反応だろう。
マモルがこの場にいれば少しは違っていたのだろうが、気を利かせたつもりのシルフィにマモルは連れて行かれてしまった。
と言うわけで今、森の中で私とエアリィは二人きりになってしまっていた。
「なぜ私の告白を受けてくれないの? ゲイル、あなた私のことが嫌い?」
「い、いや。嫌いだから断っているわけじゃ……」
「ならなんで?」
私は言葉に詰まった。
私はエアリィのことは嫌いじゃない。いや、むしろ好いていると言っても良い。
幼少の頃からともに育ち、傍にいればそう言った感情も確かに芽生える。
だけど私は彼女の告白を受け取れない。
なぜか?
エアリィは私が好きだから告白をしているわけではないからだ。
そう。これは贖罪なのだ。
私のではない。エアリィの私に対する贖罪なのである。
『血色の月事件』の時、私の父が救った少女はエアリィだった。
その身を犠牲に救ったのはエアリィだったのだ。
国王の子で生き延びたのはエアリィにシルフィ。この二人だけだった。
私は父の死を悲しむと同時に喜びもした。幼心に恋していた少女が生きていてくれたのだ。
それだけで、父を失った私はとても救われた。
この事件を引き起こしたのは、過激な思想を持つ王党派の人間だった。魔軍の者にそそのかされ、犯行に及んだらしい。
マモルには騎士派と王党派については簡潔に説明したが、派閥はそれとは別な一面も持っているのである。
『騎士派』
様々な力を用いて王国を守ろうとする思想。そして、妾の子であり、魔導師として『武』に優れるシルフィとその兄姉を支持する者たちの派閥。
『王党派』
王国の権威を用いて王国を守ろうとする思想。正妻の一人娘であるエアリィを支持する派閥。
そして、父が死んだこの事件はエアリィを狂信的に支持していた貴族の一団が起こしたものだった。
『すべてはエアリィ様のために!!』
処刑される直前、彼らはそう叫んだ。
まるでエアリィがすべての元凶であるように。エアリィがシルフィの兄姉を殺させたかのように……
自分がゲイルの父を殺した。
自分がシルフィの兄姉を殺した。
自分が五千人の民草を殺した。
一時期、自室に閉じこもったエアリィはそう唱え続けていた。
そんな日々が二年ほど経ったある時、エアリィはいきなり復活した。
これまでの遅れを取り戻すかのように勉学に励み、政治にも深くかかわり始めた。
そして私に告白をするようになった。
理由はすぐに分かった。
彼女は私の家を救おうとしているのだ。
王族としての立場を用い、彼女は私を救おうしてくれている。だけど、嬉しい反面悲しくもある。
エアリィには好きに生きてほしい。
私に気を使わず、自らが好きな人間と結婚し、幸せになってほしい。
だからこそ、
「エアリィに私では勿体ないよ」
エアリィは頬を赤らめた。
褒められて嬉しくない女性なんていないだろう。
そして、今のは私の本心でもあるのだ。
私は……
「かっかっかっ! ずいぶんとややこしい回想録をお持ちだなぁ、お兄さん?」
不意に、拍手と一緒に誰かの声が耳に届いた。
何の気配もなく、私に気づかれることなく、木の枝に腰かけていた男の声であった。
布切れを一枚羽織っただけの男。民間人? いや、この周辺には軍関係者しかいないはずだ。
「あなたは誰だ?」
「俺? 俺ぁ誰でもねぇよ。人の嫌ぁ~な部分を見るのが趣味なただの旅人。まぁ、どうしても俺の名前を呼びたいってんなら『ロキ』って呼んでくれや」
「軍人ではないな? なぜこのような所にいる? 民間人はすぐに出て行ってもらおう」
「つれないねぇー。俺はただあんたらに会いたいって奴らを連れて来ただけなんだからよ」
ロキと名乗った男が指を鳴らした。
すると、どこに隠れていたのか。森の影からぞろぞろと、男たちが姿を現した。それぞれが魔族の鎧かぶとを身につけている。
ロキと同じように、この魔族の連中は全く気配を感じさせなかった。これだけいればいくらなんでも気付くはずだ。ロキと言い、どうにも気配を隠すことに長けているようだ。
「下郎! 我々が誰だか知っての狼藉か!?」
エアリィが叫んだ。
いつもの口調ではない。シルフィのような、王族としての雰囲気を発揮した強く猛々しい口調だ。
だが、そんなエアリィの問いかけに私たちを取り囲んだ魔族たちは答えようとしない。
「ああ、無理無理。そいつら喋ることなんてできねぇよ。なにせ……もうとっくに死んでるから」
「は? 何を言って……っ!?」
いや、ロキが言っているのはただの世迷言ではなかった。
良く見てみると、魔族たちはその体に傷を負っていた。
腕をもがれ、足が削がれ、胴体に大きな穴を持つものや、頭が半分欠けた者さえいた。
どう見ても生きていられる状態じゃない。目の前に立つ魔族たちは確かに死んでいたのだ。
そんな魔族たちは哀れ、口を聞けないようで、言葉にならないうめき声を発していた。
「どうなってる……」
「いやさ、何かこいつらがあんたらに恨みがあるってんで、ちょいと黄泉から帰ってきてもらったんだよ。まぁ、恨みつらみは口にできないようだがな」
「ロキと言ったな。貴様がこの者たちを操っているのか?」
「いやいや。俺ぁこいつらを復活させただけだよお姉さん。あんたらよっぽどこいつらに恨まれるようなことしてんじゃねぇの?」
ロキが気色の悪い笑みを浮かべた。
ニヤニヤとこちらをあざ笑うその顔は、私たちを不快にさせるには十分すぎる表情だ。
エアリィも気分を害したのか、ロキをその鋭い眼で睨みつけている。
「外道め! 死者を冒涜しただけでも貴様は万死に値する!!」
「……へぇ? だったらどうするんだい?」
「エアリィ・ラ・アラム・モントゥが命ずる!! ゲイル・フォン・トニトロスよ! この者たちを……殲滅せよ!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔族たちとの戦闘が始まった。
四方八方より数十人の魔族が一斉に私に襲い掛かる。
剣を引き抜き、私は呪文を唱えた。
「雷鳴は龍をも焼き殺す!!」
襲い掛かってきた魔族の半数が、雷によって吹き飛ばされる。
残りの魔族には剣を振るった。
一人。
二人。
三人。
相手の体が欠損していることもあり、それほど苦もなく切り伏せて行く。
瞬く間に、私とエアリィ、そしてロキを除いて、この場に動く者はいなくなった。
「これで終わりか、ロキ?」
「あーらら、強いなぁお兄さん。いや? 魔族の連中が弱すぎたのか?」
「そんなことはどうでも良い。ロキよ。貴様の目的はなんだ?」
エアリィが前に出た。
ずかずかとロキへと近づいてゆく。
私はロキがおかしな真似をしないよう、少し後方で剣を身構えた。
危険な行動をするエアリィを止めるべきなのだろうが、今の彼女は止められない。
王族として、居丈高に振る舞うエアリィは、儀礼上止めてはならないのだ。
「目的? あんたらを殺しにきたに決まってんだろ? 他に何があるよ」
「それでは次は貴様がゲイルの相手をするのか? あやつの実力は分かっただろう?」
「いやまさか! この体じゃあお兄さんに勝つことは無理そうだ」
「ならば降伏しろ。貴様の身柄は軍が預かる」
「…………どうでも良いけどなぁ。あんたら、俺ばっかり見てて良いのか?」
!?
ロキに気を取られていた。それは間違いない。
だが、すぐ後ろに居る敵に気がつかないほど私はボケてはいない。
にもかかわらず、敵は私の背後を取っていた。
ギリギリのところで気付き、剣で防御する。だが、
バキンッ!!
私の剣が折れた。
いきなりだったため、相手の力を流せず、耐えきれなかった剣が見事に真っ二つになってしまった。
それと同時に、額に痛みが走った。
相手の剣が額に当たったのだ。かする程度だったので、それほど深いものでは無かったが、頭と言うこともあって私の額からはおびただしい血が流れ出ている。
なんだこれは?
私に斬りかかってきたのは、先程私が斬り伏せた魔族の一人だった。
確かに私は彼を斬った。首を狙った剣撃は確かに当たったはずだ。どころか、キチンと首を刎ねてすらいた。
だが目の前の相手は平然と私に斬りかかってきたのだ。後ろに飛びずさって相手から距離を取る。
「どうなって……」
「言ったろ? そいつらもう死んでんだぜ? 殺すことなんてできるわけねぇだろが」
私に斬りかかった男のほかにも、次々と魔族たちは立ち上がってゆく。それと同時に、私が与えた傷はまるで無かったことかのように癒えてしまった。
地面に落ちた武器を拾うと、魔族たちは再び臨戦態勢に入る。
「死してなお、蘇ってなお戦わせる気か……外道め!」
「なーに言ってんだか。こいつらを殺したのはお前らだろうに」
「だが今現在こ奴らをけしかけているのはお前であろうが!!」
確かに、魔族たちを殺したのは私たちだ。それに関して否定はできないし、反論する気もない。
ただし、それは戦争においてだ。いくらなんでも、死んでしまった兵士を再び蘇らせ、ロキの目的を果たすまで戦わせ続けることなど外道以外の何物でもない。
ロキが言っているのは、責任転嫁でしかない。
「だーかーら! 俺がけしかけてるわけじゃねぇっつってんだろ。こいつらはお前らに恨みがあるからこそ、こうやってお前らを襲ってるんだよ。たまたま俺の目的と合致してるだけだ」
「戦争において殺すも殺されるも似たようなものだ。恨まれるような覚えはないが?」
エアリィのこの言葉に、ロキは一瞬黙った。顔をキョトンとさせ、私とエアリィを見た。
そして、
「ぶっ、ははははははっ!! なーんだお前、ひょっとして知らねぇのか!? 王族がなんだ言ってる割には何も知らされてねぇんだな」
「? 何のことを言って……」
「いや、これは俺が悪かったなぁ。悪い悪い。なるほどねぇ……アンタイオスがあんなになっちまうのも頷けらぁな」
「何? なぜム―レス公の名前が……」
唐突に出たム―レス公の名前。
こんなところで出る理由がない。
額の血をぬぐいながらロキに問い詰めようとしたが、手のひらを前に突き出され、静止されてしまった。
「悪いなお兄さん。長話は大好きだが、あんたにはそろそろ逝ってもらう。神に逆らう実験だ。きっちりと死んでくれ」
ロキは前に突き出した手を振った。
それを合図にしたのか、魔族たちが私に襲い掛かる。
私の手元に武器は無い。
だが、ロキが『死なない兵士』と言う奥の手を持っているように、私にも奥の手はある。
敵の攻撃をかわしながら、私は懐からある物を取り出した。
赤く光る石。その名を「召喚石」と言う。
「召喚術」と呼ばれる特殊魔法を、その才を持っていないものでも扱うことができるマジックアイテムだ。
「召喚術」とは、その名の通り「召喚」を簡易的に行う魔法のことだ。
何も、マモルを召喚したような大規模な物ではない。
この世界の特定の場所に置いてある物体を、自らが居る場所に転移させるものなのである。
「召喚!」
私は呪文を唱えた。
召喚石が赤く光り、辺りを包み込む。
その瞬間、魔族たちは吹き飛ばされた。召喚の拍子に発生した衝撃波をモロに喰らったのだ。
召喚は成功した。
私の目の前には、王都にある私の家から取り寄せた一本の槍が浮かんでいる。
魔槍『ケラウノス』
雷を纏った、上級の魔武器である。
エクスカリバーのような自我は持っていないが、槍自体に込められた魔力は下手な魔物なら一瞬で蒸発させてしまうほど強力な武器だ。
ケラウノスを手に取る。そもそも、私は剣よりも槍の方が遥かに得意だ。普段剣を使っているのは、携行に便利だからと言う理由なのだ。
辺りを見渡すと、吹き飛ばされた魔族たちはひるまずに私に向かってきていた。
その瞳に映る戦意は微塵も薄れてはいない。
そんな彼らに、私は叫ぶ。
「消し炭になりたい者だけかかってこい!!」
第一戦から間もない頃、第二戦の幕が上がった。
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