第十六話 意味深な台詞たち
「あー…………お二人に何があったのかは知らぬが、話を進めさせていただいてもよろしいか?」
「ええ、構いませんわよ」
恐らくはこの村で最も大きいあろう家に、僕とシルフィ達はいる。
ささやかながら、装飾も施されたそこそこに立派な内装である。
なぜ、そこに僕らが居るのかと言えば、責任者への到着および王様の命令の報告のためである。
本来ならば、たくさんの面倒な手続きもあったらしいが、そこはゲイルがすでに済ましてくれているそうだ。
「しくしくしくしくしくしくしくしく…………」
「…………本当によろしいのですか?」
「ですから構いませんわ。ム―レス公」
室内にすすり泣く声が響いている。
オカルト的な物ではない。目をやればすぐにわかるが、これはシルフィの泣き声だ。
部屋の隅で小さくなりながら泣いている。
「姉さま……シルフィはもう、お嫁に行けません……」
「当たり前です。あなたは婿を取る立場なのですから」
「そう言う意味で言ってるのではないと思いますが……」
つい先ほどまで、エアリィさんは阿修羅のオーラを纏っていた。
意図的ではないにせよ、エアリィさんのプライバシーを僕の前でカミングアウトしてしまったシルフィ。
首根っこを掴まれ、僕とゲイルが見えない場所に連行されていった。
その後、何が起きたのかは分かっていない。
分かっているのは、一時間ほどして出てきた、幾分かスッキリした表情のエアリィさんと、頬を染めて恥ずかしそうに顔を隠すシルフィの姿だけだった。
まあ、恐らくは折檻でも受けたのだろう。それがどの程度であれ、せいぜい「お仕置き」程度だ。……うん。きっとそうだ。そう思いたい。
「…………よろしいとのことなので、話をさせてもらいます。えー、君が勇者として召喚された……」
「あ、はい。マモル・オトタケと言います」
こめかみを押さえながら僕を見たのは、目の前の恐ろしく巨体な男性。
その巨体は、背が高いはずのゲイルを小さく見せるほどで、対比物のように置かれている机やいすがおもちゃのようだ。
さらに、至る所に傷が入った鎧と、同じく傷が入った顔によって迫力が倍増されている。
「自己紹介がずいぶんと遅れてしまったが、私は王国軍、北部方面隊の指揮を執っているアンタエオス・フォン・ム―レスだ」
「はあ、方面隊の指揮を…………ってええ!?」
そ、そんなに位の高い人だったのか……てっきり、一部隊の隊長ぐらいと思ってたのに。
しかもこんな前線に……
「な、なぜこんな前線に? 指揮官と言うのはもっと後方にいるものだと思ってました」
「うむ、マモルが驚くのも無理はないぞ。ムーレス公は四大騎士の一人、『土竜』のム―レスと呼ばれるほどの実力を持っておられるのだ」
「しかも、常に前線で兵とともに戦い、戦場を駆けながら指揮を執る。私も四大騎士の端くれだが、ム―レス公の足元にも及ばないよ」
ム―レスさんを尊敬の眼差しで見つめるシルフィとゲイルには悪いが、仮に優秀でもそれでいいのだろうか……まあ、指揮系統があって無いような時代背景のようだし大丈夫なのかもしれないが。
だけど、いまいちこの世界の仕組みが分からない。パッと見た感じではせいぜい近世ヨーロッパだが、魔法や魔物がある時点で、地球の歴史なんてものは全く当てにできなくなってる。
ファンタジー世界として、割り切るしかないのか……
「いえ、四大騎士の名に恥じぬ働きをするだけで精一杯です」
「あははは、何を仰る。ム―レス家は代々より王家に仕える忠臣ではないか。妾も数々の武功は聞いておるぞ?」
「はは…………そうですね」
「あ!?」
おかしな声を出してしまった。
ム―レスさんがシルフィの言葉に相槌を打った瞬間、突然に体に電気が走る感覚があり、僕の意志ではない声が出てしまった。
当然、周りのみんなは僕に注目している。
「な、なんだマモル! 突然大きな声をだして! ビックリしたぞ!!」
「私が何かおかしなことを言ったか? 勇者殿」
「あ、いや。なんでもありません」
おかしな感覚はすぐに無くなった。
一体何だったのだろうか。
「…………とにかく、本題に入らせていただく。トニトロス公が持ってきた陛下からの命令書。これに関しては問題ない。むしろこちらから願い出たいほどだ」
「命令書……ですか?」
「ああ、王都からの出立の際、陛下から頂いたものだ。……まあ、その時にシルフィに関する念書も渡されたのだが……」
「はあ~~~~」と深いため息をつくゲイル。
つくづく気苦労の絶えない人だ。
「今現在、この村は前線の一歩手前。敵方の村を徴収し、前哨基地として使用している。とはいえ、実質は救護所。それすらもほとんど機能していない」
「ここにいる医者は衛生兵を除けば私だけなの」
確かに、村の惨状を見れば医者が足りないのは明らかだ。
そうでなければ、素人に手伝いを頼むなどありえない。
「本隊はいまだ最前線に張りつかせている。敵方の戦力が多すぎて身動きが取れない状態だ」
「うむ。では、妾達何をすればよいのだ? 心配するな。何せ勇者がついているのだからな」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………はぁ」
「!? な、なぜため息をつくのですかエアリィ姉さま!?」
そりゃつきたくもなるだろうに。
僕が城で受けた説明をシルフィも一緒に聞いていたはずなのだが。
「その様子だと命令書の方は目を通してない様子ね」
「説明は城で受けたはずなのですが……」
「……あー、シルフィ? 大人の事情と言うやつだよ。勇者は活躍してはいけないんだ」
「…………あ」
ようやく気付いたようだ。
王様から言われたこと、すなわち『勇者は活躍してはならない』。
あまりに勇者が活躍してしまうと、王国の権威が落ちると言う政治的判断だ。
とはいえ、国対国が戦っている中で、僕一人で戦況を変えることができるとはどうしても思えないのだが。
「現状、そんなことを言っている場合ではない。だが、それでも中央の方針も含まなければ国として戦っている意味が薄れてしまうと言うことです」
「……うむ、まあ仕方が無いのかもしれんな」
「それで、具体的に我々は何をすればよいのですか?」
ゲイルが尋ねると、ム―レスさんは机に地図を広げた。
僕が元いた世界で見たような正確な物ではなく、簡単な村などの位置と方角が示されたものだ。
「我々が今いる村がここ、戦線は北西にある川を挟んだ状態で展開している。勇者殿とトニトロス公は夜のうちに川を渡り、敵後方を攪乱してもらいたい」
「なら、妾も一緒に……」
「一緒に行く…………なんて、まさか言わないわよね」
エアリィさんの目つきが鋭く光った。
シルフィの目も口も、まさに「一緒に行く」と言いかけていた。
ここまでついて来ただけでも問題なのに、さすがにこれ以上は危険すぎると言うことぐらい僕でもわかる。
「あう……でも姉さま……」
「でもじゃありません。あなたはここで私と一緒に救護の仕事をしてもらいます」
「うー……」
呻いているシルフィはさて置いて、ム―レスさんが話を続ける。
「到着早々で悪いが、作戦実行は明日の朝だ。すぐに準備をしておいてくれ」
「あ、明日ですか!?」
「そうだ。本隊との連携は考えなくて良い。存分に剣をふるってくれ」
いや、そういうことが言いたいわけでは無いのですが。
「説明はこのくらいだな。エアリィ様とシルフィ様は、救護関連の連携を話し合いたいので、少し残っていただきたいのですが」
「ええ。微力ながら頑張らせていただきますわ。でしょ? シルフィ?」
「……ああ、そうですねー」
完全にふてくされている。
頬を膨らませながら、適当な返事を返すシルフィ。
当然、そんな態度を取ればエアリィさんが黙っているはずはない。
膨らませたシルフィの頬をつねりあげた。
「分・かっ・た・かしら!?」
「うえー!! ふみまへん! わはりまひた!!」
そんな態度をとればそうなるにきまっているだろうに……
さっき会ったばかりの僕でもわかることがなぜわからないのだろうかこの子は。
つくづく雄一に似ている気がするよ、シルフィ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「準備と言っても何をすればいいんだろう」
シルフィ達と別れ、村の広場で、一人呆然と立ち尽くす僕。
『ゲイル君も書類仕事とかで残っちゃったものね』
「ああ、エクスカリバー。起きてたのかい? さっきは一言もしゃべらなかったけど」
『さっきはね……少し考え事をしていたの』
「考え事?」
『ム―レスのこと。なんだか、昔と雰囲気がずいぶん変わってしまっていたから』
ム―レスさんの昔の話か……昔の彼を知らない僕としてはあまり関心がむかない話だ。
『昔はもっと明るい性格だったけど……まあ、二十年も前の話だし。それ以来会っていないから、無理もないかしら』
「さすがに、二十年もあれば人は変わるものだろう?」
『そうなのだけど…………ただ』
なぜか口ごもるエクスカリバー。
何やら重い空気が流れた。
「やーあ、お兄ちゃん。ちょいと聞きてぇことがあんだけどよ」
重い空気を払拭するように、明るい声が僕の耳に聞こえた。
声のした方向には、ボロボロな布切れ一枚を羽織った中年の男性が立っていた。
無精ひげを生やし、にやにやと笑う。風呂に入っているとは到底思えぬぼさぼさの頭に、時折見える口の隙間からは黒ずんだ歯が見えた。人によっては嫌悪感を抱いてしまうような風貌である。
そんな男性の視線は僕に向けられていた。恐らく、僕に話しかけているのだろう。
「何か御用ですか?」
「いやぁ、なに。このあたりにム―レスって軍のお偉いさんが居ると思ったんだが、場所が分かんなくてな。お兄ちゃん、どこか知らねぇか?」
「ああ、それなら通りの向こうにある家ですよ。ただ、今は他の人が話をしてるので、会えないと思いますが」
「ああん? そうなのか? 何だよ、間が悪ぃ時に来ちまったなぁ……まあいいや。それなら後で行くことにすらぁ。あんがとな、お兄ちゃん」
「どういたしまして」とその場を後にする。
だが、離れ始めた男性からおかしな台詞が、僕の背中越しに聞こえた。
「ああそうだ、お兄ちゃん。今でもあの夢は見るのかい?」
「!?」
僕は振り返った。確かに、男性が居た方向へ振り返ったのだが、そこに男性の姿はなかった。
広場の真ん中で、隠れる場所もないのにもかかわらず、忽然と姿を消してしまっていた。
「あれ!? どこに……」
『あら本当。けど、夢? 夢って、なんのことかしら』
「………………」
消えてしまった男性が言った言葉。『夢』って……、僕が時々思い出す昔のことか?
雄一の奴と初めて出会った頃の思い出。あまり楽しい思い出とは言えない過去のトラウマ。
僕が思い当たる『夢』と言うのは、それぐらいしか思いつかないが、
「なんで彼が知ってるんだ?」
僕の夢のことは誰にも話したことが無い。雄一にすら打ち明けたことはないのだ。
ましてやここは異世界で、僕の過去を知る人間など一人もいないはずなのに、
『…………? 何だったのかしら』
「……うん、結局誰だったんだろう?」
あっという間に居なくなってしまった男性。
見た目はともかく、なぜかとても気持ちが悪い感じがした。
何だろう……吐き気がする。やれやれ、この村に来てからと言う物、吐き気を催してばかりだな。
口を押さえながら、僕は再び歩き始めた。が、
「……ぶっ!」
すぐに何かに顔がぶつかった。
そこにあったのは先ほど見た傷だらけの鎧。見上げてみると、ム―レスさんが立っていた。
「何をしている、勇者」
「……いえ、ちょっと考え事を……って、あれ? エアリィ様との話しは済んだんですか?」
「ああ。簡単な確認をしたかっただけだからな」
「そうですか……それじゃあさっきの人には悪いことしたなぁ」
エアリィさんとの話し合いが済んでいたのなら、そのまま案内した方が良かったかもしれない。とはいえ、さっきは知らなかったのだから後悔しても意味はないが。
「さっきの人……と言うのは?」
「ええ。さっき、ム―レスさんを訪ねて、えーっと…………あ、名前聞いてませんでした」
名前を聞く暇もなく消えてしまったからなぁ。
「軍人か?」
「いえ、軍人って感じでは無かったですね。四十代位の男性で、髪がボサボサの、布切れを一枚だけ羽織った……」
「布切れ………………ああ、なるほど。私の知り合いだ」
年齢や風貌ではなく、着ている服で判断する知り合いって何なのだろう。
確かに、布切れ一枚と言うのは特徴的と言えるのだろうが……
「もう……その時なんだな」
「!?」
まただ。
ム―レスさんがつぶやくと、電気が走る感覚が僕の体を襲った。
先程、シルフィ達にム―レスさんが相槌を打った時と同じだ。
今度は声を出さずに済んだのだが、代わりに体がビクンと痙攣してしまった。
「ふむ、まあその男の話は良い。それよりも、少し話したいことがある」
「あ、はい。何でしょう?」
「いや、勇者ではなく、エクスカリバーにな」
そう言って、僕の腰に下げているエクスカリバーに指を指した。
どうやら、僕の体の痙攣には気付いていない様子だ。
『あら、私?』
「ああ、ずいぶんと懐かしい顔があったのでな。さっきは話すことができなかったが」
『二十年ぶりだものね。積もる話もあるのかしら?』
「……それも良いが、もう時間が無いのでな。今はひとつだけ、聞きたいことがある」
エクスカリバーとの会話は比較的やわらかい表情だったム―レスさんだったが、僕を見据える顔は厳しく、正直に言えば恐いほどだ。
そのような顔をふいに向けられ、思わず萎縮してしまった。
「彼自身の前で聞くのは何だが……勇者は本当に戦えるのか?」
「…………えーっと」
多分、これはサテレスさんが向けるような侮蔑が混じった表現ではない。
恐らくは、単純に疑問に思ったのだろう。
確かに、僕のような線の細い人間が、他人から見て戦えるとは、僕自身も思えない。元の世界でもこの容姿からずいぶんと絡まれたものだ。
『大丈夫。マモル君はこう見えても武術を嗜んでいたそうなの。 以前ゲイル君と相対したことがあるのだけれど、手加減していたとはいえ、ゲイル君とほとんど互角だったのよ?』
「って、ゲイル手加減してたのかい!? あれで!?」
城で試合をしたことはあったけど、ほとんどいっぱいいっぱいで引き分けた感覚すらなかったのだが……あれでも手加減していたとなると、僕の実力って……
「少し自身を無くしたよ、エクスカリバー」
『あなたは十分に強いわ。胸を張って、マモル君。手加減していてもゲイル君に勝つのは至難の業なのよ?』
ああ……優しい言葉が胸に突き刺さる。まさに傷口に塩を塗り込まれているかのようだ。
「……トニトロス公と引き分け……か。それではまだ足りないな」
「はい?」
「いや、これから起き続けるであろう戦争は本当に大規模な物だ。生き残るには、さらなる精進が必要になるだろう」
『今のままでも十分すぎるほど強いのだけど……あなたは、私の能力のことも知っているでしょう?』
「それでも、だ。…………強くなれ勇者。そうでなければ、意味が無い」
そう言って、ム―レスさんはこの場から立ち去った。
…………何なのだろう。僕の周りにいる人間は、立ち去る間際に意味深な台詞を吐いて行くのが流行っているのだろうか。