第十四話 昔話とトラウマ
僕は、自身を失っていた時期がある。
意味のない時間を延々と、子供の時間では永遠と……『僕』という存在を自身で否定していた時期がある。
『母親』に殴られるたびに「ああ、これは僕が悪いことをした罰なんだ」と自身を否定し続けた。
蹴られ、殴られ、食事を抜かれ……それは、当時の僕にとっては極めて当たり前のこと。それが普通の日常だった。
ある日、数人の男たちが現れた。
彼らは『母親』を連れ去り、僕を抱きしめた後、とある施設に僕を預けた。
そこは、僕と同じような境遇の子供たちが集まって生活を送っている場所だった。
だけど、施設の大人や他の子供たちは、僕が送ってきた人生を離すと決まって「つらかったね」と涙を流した。
僕はその理由が分からなかった。
僕がこれまで体験してきたことは「つらいこと」なのか?
僕はかわいそうな人間なのだろうか?
そんな疑問を返すうちに、施設で僕に話しかける人間は減って行った。
「気味が悪い」
その一言だけつぶやいて僕の前から消えて行った。
ただ、そんな施設でも二人だけ。たった二人だが話しかけるのをやめない人たちが居た。
一人は施設の責任者の『老人』。
もう一人は僕と同じ歳の子供……『彼』だった。
彼らは僕が体験してきたことを話しても「ふーん」としか言わず、大したリアクションを返してこなかった。
二人と接しているうちに、何かおかしな感情が生まれた。
当時、その感情が何なのかまったく分からなかったけど、それは「心地いい」という感情だったように思う。
手を引っ張られる感触は、今でもはっきりと思い出せる。
施設での生活。
二人のおかげで、僕を避けていた人たちとも打ち解けることができ、生活になじんで行くことができた。
しかし、半年ほど経ったある日、とある男性が施設を訪ねてきた。
その男性は僕の父親だと名乗り、僕を引き取りたいと申し出たそうだ。
施設側も、これを拒む理由もないということで僕はその『父親』と一緒に暮らすことになった。
遊んでくれた友人との別れが惜しかったのを覚えている。
わずか半年だったけど、『僕』を取り戻すには十分すぎる時間だった。
最初に僕に手を差し伸べた『彼』と「今度遊びに行くから」と約束を交わし、僕は施設を去った。
そのあとは地獄だった。
かつて、『母親』から受けたものと大差ない行為だったにもかかわらず、遥かに痛く、遥かに苦しく、遥かにつらい暴力の日々。
『父親』の男は僕をしぶしぶ引き取っただけだった。
「せけんてい」とやらを気にしたらしい。
『僕』を取り戻した僕はこの生活に耐えれなかった。
施設にいた短い時間でこれほど自身が変わるのか……当時の僕は、施設での生活を少なからず呪っていた。
友達を作らなければよかった。
信用できる大人を作らなければよかった。
施設に行かなければよかった。
『母親』の元から離れなければよかった。
そんな後悔を抱きながら、地獄の日々を送っていた。
流す涙は枯れ、吐ける血反吐も尽きた頃、玄関からインターホンの音とともに『彼』の声が聞こえてきた。
その時、部屋には『父親』が居た。始めは無視していた『父親』だったが、何度も何度もインターホンを鳴らす『彼』を鬱陶しく思い、どなりながら扉を開けた。
扉を開けた先には笑ったままの『彼』が居た。
彼は『僕』の名前を呼ぶと、部屋を覗き込んだ。
『僕』と『彼』は目を合わした。
『彼』から笑みが消えた。
次の瞬間、僕は目を疑ったのを覚えている。
『彼』が『父親』に殴りかかったのだ。
怒っている様子だった。
聞きとれない叫び声をあげて『父親』に殴りかかった。
だが、当時は『僕』も『彼』も小学校にすら入っていない子供。
当然返り討ちにされた。
だが、それでも。
口から血を流し、顔を腫れさせてもなお。
『彼』は向かって行った。
二人がしばらく争った後、騒ぎを見た他人によってお巡りさんがその場に駆け付けた。
『父親』はお巡りさんに連れ去られ、『僕』と『彼』は保護された。
そのあと、病院での僕らのやり取りは今でも暗唱できるくらいはっきりと覚えてる。
「こんの馬っ鹿もんがっ!!!」
「痛って!! てんめぇクソジジイ!! 怪我人殴る奴があるか!!」
「な~にが怪我人じゃ! 自業自得だろうが馬鹿もん!!」
「ふんがっ!! また殴った!?」
病院に木霊する『老人』と『彼』の叫び声。
あまりに大きな声だったため、すぐにナースさんが駆け付けて二人は怒られた。
同じ部屋で隣同士に横たわる『僕』と『彼』。
僕自身も衰弱し、怪我もひどかったのだが、『彼』はさらにひどかった。
両手が複雑骨折だったうえ、あばら骨など数か所を骨折。
顔もずいぶんと腫れていた。
それでも僕よりも元気に『老人』と話している『彼』には驚かされたものだ。
「…………あんまり無茶はせんでくれ」
「…………ごめんなさい」
横から眺めてるだけだったけど、その時の彼らの顔は「ああ、これが家族が家族に向ける表情なんだろうなぁ」と僕に思わせた。
本気で心配する『老人』に、本気で心配させてしまい、申し訳なさそうな『彼』の顔。
思わず微笑んでしまったほどだ。
『老人』は僕に頭を下げた。「私たちの責任だ」と言って、僕に謝罪した。
だけど、その時の僕はあることが疑問でそれどころではなかった。
そして、その疑問を『彼』に尋ねてみた。
「なんで僕を助けたの? 勝てる訳がないじゃないか」
当然の疑問。
半年間、同じ施設に居たというだけ。
それ以上の関係では決して無い『僕』と『彼』。
そんな二人の間に、命をかけてまで何かを成そうとする理由は無かった。
にもかかわらず、『彼』は立ち向かったのだ。
大人に、暴力に、『僕』の『父親』に。
「え…………いや、なんでって……」
「君は死にかけたんだよ?」
「えっと……なんつーのかな?」
『彼』は首をかしげた。
ギプスで固められた腕で頭をかきながら。
そして、まとまっていないであろう自身の答えを、僕に告げた。
「だって…………友達だし……家族だから」
……これだ。
この言葉だった。
僕にある確信を持たせた言葉。
この言葉がこの時、どれほど僕の心を満たし、洗い流してくれたことか。
「う、うえぇぇ……」
「え、ええ!? なんで泣くんだよ!! 俺なんか変なこと言ったか?」
「馬鹿もん! ちゃんと謝れ『雄一』!!」
「なんで俺が……な、なんかごめんな『護』」
『雄一』は勇者だった。
その時よりも幼いころ、母が買ってくれた一冊の絵本。
それに描かれるような『弱い者』の味方じゃない。
施設で初めて見たアニメ。
それで表現されるような『正義』の味方でもない。
ただ『友達』の、なにより『家族』の味方だった。
弱い者の味方も、正義の味方も。僕を助けてくれなかった。
当然だ。彼らは弱いものと正義の味方であるだけなのだ。彼らは目の前の人間を助けるだけだ。
それで、彼らの家族が犠牲になる話がどれほど多いことか。
けど、雄一は違った。友人や、家族を守ってくれる。
彼は何かを残せる偉人ではない。
彼は誰もが称える英雄でもない。
だけど、僕にとっては……そして友人や家族にとっては。
疑いようもなく、絶対の確信を持って……『勇者』と言える。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「………る……マモル!!」
「……ん?」
「やっと起きたか……うなされておったぞ? 何か嫌な夢でも見たのか?」
心配そうに僕を覗き込むシルフィ。
ああ、ずいぶんと昔の夢を見ていたようだ。今更あんな昔のことを思い出しても仕方が無いだろうに。
「いや、大丈夫だよシルフィ。というか、心配すべきは僕じゃなくて…………向こうじゃないかな」
そう言って視線をとある木陰に移した。
そこにいたのは鎧を身にまとった騎士、ゲイル。
………彼は非常に沈んでいた。
「…………なぜこんなことに……」
「まだ言っておるのか。いつまでもグチグチと情けないぞ」
「誰のせいだと思ってるんだ! ああ……旅はユーイチと二人だったはずなのに、なぜこんなことに」
『あらあら、私だっているのよゲイル君?』
エクスカリバーはともかくとして、実際のところ、ここにいるのは本来僕とゲイルだけのはずだった。
だが、現実として隣にはシルフィが居た。もちろんこれには理由がある。
「ほれ、ここにきちっと陛下の念書も持っているぞ?」
シルフィが取り出したのは一枚の紙切れ。そして、その紙切れが、ゲイルの頭を悩ませているのである。
『シルフィをしばらく預ける!! 現場を見ておくのも王族の仕事だ!! サテレスのことは心配せずに思う存分楽しませてやってくれ!! by国王』
…………誇張ではない。実際にそう書いてある。
キャラがいまいち安定しない人だ。
しかも、出立直前にゲイルに知らされたそうで、ほとんど納得できていない様子である。
「陛下…………なぜ私にこの様な試練を……」
そう言う彼の目にはうっすらと涙が見てとれた。どれだけ嫌がっているのだろう。
「なぜそこまで取り乱すのだ? そなたは妾の実力を知っておろう?」
「シルフィの実力は疑っていないが……次の街でね…………『あのお方』が居るんだよ」
「『あのお方』? …………はっ!? ま、まさか!?」
『あのお方』と言うのが誰か分かったのか、シルフィの顔色が見るからに蒼くなった。
果てはゲイルと一緒に肩を震わせる始末である。
「え、えーっと……『あのお方』って誰のことだい?」
悪気はなかった。
ふと聞いてみただけだった。
次のエクスカリバーの台詞でそれが聞いてはいけないことであると思い知った。
『シルフィのお姉さん』
………………それだけ?
「いやああああああ!! 姉さま、許してくださいぃ!! 勉強はちゃんとしますからぁぁ!! 折檻は許してぇぇ!!」
「ああああああああ!! なぜあなたは私の婚約者候補に特殊な趣味をお持ちの方を宛がうのか!! 嫌がらせですかぁぁ!?」
うおっ!?
ふ、二人が壊れた!?
目に見えると言うか、耳に聞こえると言うか、あからさまに壊れた。
頭を抱えて振りまわしてるし、何やら早口で良く分からないことを口走っている。
「そ、そんなにすごい人なのか? シルフィのお姉さんって」
『うふふ、会ってみれば分かるわ。まあ、あの二人は少し特殊な事情があるのだけど……秘密にしておきましょうか』
なんなんだそれは……隠されるとことさら知りたくなるんだけど。
だがまあ、エクスカリバーは簡単に口を割るようには思えないし、二人は今ああなってるし……
後で聞いてみることにしよう。
ちなみに、二人が正気に戻るまで一晩ほどかかり、さっきの事は内緒にしてくれと頼まれた。
護ルートは雄一ルートに比べて少し重い感じがします。
もちろん、主人公の護くんにはトラウマがあります。主人公ですから!!




