第四十五話 面倒くさがりと家族の定義
基本的にだが、俺は面倒くさがりである。
小説とかでよくある『自称面倒くさがりの正義感の強い主人公』ではないと自分では思っている。
目の前で犯罪が発生すれば、体が自然と動く。もちろん携帯に向かって110番だ。
間違っても自分から出張って「やめろ! その女の子困ってるじゃないか!!」なんて台詞は吐いたりしない。
この世界に来てからというもの、命がけの戦いと言う物を何度か体験してきた。だがそれは結局のところ成り行きでそうなっただけのことなのだ。
元の世界……児童養護施設でもそんなに働いていた記憶はない。
施設の責任者であるジジイに力仕事を任されそうになると速攻で逃げていた。
代わりにぶん殴られてたけど……
責任感の塊である護がほとんどやってくれるのだから別に良いじゃねぇか! と思わなくもない日々を惰性で過ごしていた。
ここまで面倒くさがりになったのには勿論ながら理由がある。
つまり、ジジイの教えのおかげだ。
「一度面倒をみた人間は、最後まで面倒をみるべし」
確かそんな言葉だったと思う。
子供の頃から刷り込みのごとく言われ続けたジジイの教え。
俺の行動原理にすらなっているこの教えは、実に面倒くさいものだ。
なぜなら、一度面倒事に巻き込まれると、連鎖的に次々と面倒事が発生してしまうのである。
だからこそ、俺は極力面倒事に巻き込まれないように生きてきた。それゆえ、面倒くさがりなのである。
さて、なぜ俺がこんなことを言うのかと言うと、今現在。まさに面倒事に巻き込まれているからであった。
それも、エリスにちょっかいを出してしまったが故の面倒事だ。今回は自業自得とも言えるので、色々済んだ後に反省しようと思う。
「オラァーー!! 出てこいやーー!!」
「クソガキがーー! ふざけた真似してんじゃねぇぞ!!」
「大丈夫。痛くしないから出てきてくれないかな? 早くしないと○○○しちゃうよ~?」
俺に向かい飴と鞭の言葉が浴びせかけられる。鞭の割合が多いと思ったのは俺だけではあるまい。
無論、俺はまだ見つかってはいない。チンピラ達の声は何もない空間に響いているだけだ。
だが、そんな状況は長く続くとは思えない。なぜなら、チンピラ達の人数がどんどんどんどん…………本当にどんどん増えているからだ。
よくもまあ、この小さな町にこれだけの人数が押し込まれていたのだろうか。
俺が目にすることができる範囲でさえ2、300人は居る。
昼間、市場にいた人間がだいたい150人くらいだから、その密度の具合が良く分かる。
「うわぁ、うじゃうじゃ気持悪りぃなぁ……」
思わず俺はそうつぶやいた。
必死になって俺を探し回っている量産型チンピラ達。だが、残念ながら俺はそこにはいない。
屋根の煙突の影から覗いているのだから、地面や家の中を探しても見つかるわけがない。
だが、いつまでもこんな場所に隠れているわけにもいかない。
見つかるリスクが上がるにしろ、フランを探しに行かないといけないからだ。
タイクとは違い、フランは俺の大切な……ゴニョゴニョだ。具体的には聞かないでほしい。恥ずかしいから。
ともかく、俺は屋根伝いに行動を開始した。
大して時間はかからないうちに教会に到着した。
なぜ教会を目指したかと言うと、俺とフランを拉致および監禁した元凶である神父が居たから。そして、なぜか教会付近はチンピラの姿が少なかったからである。
元の世界の人間に見せれば「OH! NINJA!!」と興奮しそうなレベルの身軽さで、教会の三階に飛び移る。
こっちの世界に来てから馬鹿みたいに上がった運動能力が大いに役に立った瞬間である。そもそもな話、普通の人間は三階建ての家の屋根に一足飛びで飛び乗ることはできない。
窓を極力音を立てずに割ると、中に侵入する。妙な背徳感があって癖になりそうだ。
「お~い、フランさんや~い」
小声でフランの名前を呼ぶ。
薄暗く、埃っぽいその部屋に俺の言葉がむなしく響く。侵入してから気付いたが、ここは俺が泊っていた部屋だ。かすかにフランの匂いが残っている。
俺の部屋にフランの匂いが残っているというのもおかしな話であるが……
ともかく、床板のきしむ音を押さえながら忍び足で進み、そーっとドアを開いた。
「ん?」
「あ?」
ドアを開けると、申し合わせたかのようにエリスが立っていた。
お互い、アホな声を出して場が凍りついた。
俺はエリスの顔を見て、エリスは俺の顔を見て停止している。
そして、凍りついた時間が溶け出すのもまた早く、エリスは声をあげた。
「ほ、ホントに居…………むぐっ」
とっさにエリスの口を塞ぎ、部屋に引きずり込む。
変なシチュエーションだと思うなよ。
そもそもエリスは子供で、俺にそんな趣味も無い。
エリスを部屋に入れると、他の人間に見つかっていないかあたりを見回してからドアを閉める。
それと同時に、エリスの口を塞いだ俺の左手に激痛が走った。
かみついてきたのである。
「あ痛っ!!」
「何すんだこのヘンタ……むぐっ」
「頼むから黙ってろ」
再びエリスの口を塞ぎ、小声で叫ぶ。
それでもなお暴れ続けるエリスを何とか羽交い絞めにして抑え込むと、だんだんとおとなしくなっていった。
今、この状況を他人に見られた場合、俺は間違いなくロリコンおよび犯罪者の称号を承ることになるだろう。
なにせ、暴れて服がはだけた幼女を羽交い絞めにして口を塞いでいるのだ。
お巡りさんの御世話になるのは確実である。
「いいか? 離すけど大声は出すなよ」
「…………」
無言ながら頷くエリス。
その目は明らかに俺を敵視しているものだったが、ここは信用して離してみることにする。
「ぶはっ……お前、逃げたって聞いてたけど、なんでこんなところに居るんだ? わざわざ捕まりに来たようなもんだろうが」
「ちょっと盗られたものを取り返しにな。テネブラエはともかくフランは返してもらわねぇと困る」
「はっ、アタイに言わせれば女のために危険を冒すなんて馬鹿のすることだね」
「まあ子供には早すぎる話かもしんねぇな」
「アタイは大人……むぐっ」
反論するために大声を出しかけたエリスの口を塞ぐ。
このまま『大人』に関する定義の問答をしても良いが、時間がかかりそうなので止めておく。
そもそも、そんなことをするためにここまでやってきたわけでもない。
エリスの口から手をどけると、少し凄むようにエリスに尋ねた。
「で? フラン、ついでにテネブラエはどこだ? 教えないと口では言えないようなことをお前対して行うことになる」
「く、口で言えないようなことってなんだよ」
「それこそ口では言えないなぁ。ああ恐ろしい」
「……胡散臭」
「うるせぇ。言うのか言わないのか? まあ俺はどっちでもいいけどな」
「……そんなの無理だよ」
「とりあえず縛るためのロープが必要だな。ちょっくら取ってくるか……」
「わあ! 待て待て! そうじゃなくて、お前なんかが行っても無駄足だってことだ!」
「無駄足?」
俺が行ったところでフランたちは救えないと思っているらしい。
確かに、数百人相手だといくらなんでもきついかもしれないが、一か所にそんだけの人数が居るとは思えない。
エリスだって、俺がそれなりに強いことは知っているはずだ。
何度か俺が戦ってる場所にいたのだ。俺の能力くらい分かっているだろう。
それを踏まえて、俺に無駄足だと言ってきた。
そして、やや引きつった笑みを浮かべながらエリスは話を続けた。
「ああ、無駄足だね。あの猫耳は父さんが見張ってるんだ。お前なんかが勝てるわけないだろう馬鹿」
「父さんって……神父さんか? 強いの? 武闘派には全然見えないけど」
「どうしようもない馬鹿だな。そんなの演技に決まってるじゃないか。そんなのも分からないなんて相当の馬鹿だな」
「…………」
「大体、父さんは『凍てつく大剣』の首領だぜ? 弱いわけないだろうがバーカ」
「…………」
「ちなみに、アタイもタイ兄も父さんから武道を教わったんだ。父さんはな、優しくて強いアタイの父さんなんだぞ。分かったか馬鹿。分かったら返事しろこの馬鹿」
「ええい!! さっきから馬鹿馬鹿って! 俺は確かに馬鹿だけれども! さすがに連呼されたら傷つくんだぞ!!!」
俺の頭が残念なことはとっくの昔に気づいてることだ。
だがしかし、その現実を他人から連呼されるとなると、俺の心はポッキリと折れてしまいそうだ。
俺の目からは、うっすらと涙が流れていた。
さて、ここで少し考えてもらいたい。
現在の場所、そして現在の状況を。
ここは敵地のど真ん中である。そして、俺は隠密的に忍び込んだ人間である。
そんな中、大声をあげればどうなるか……つい数分前まで俺自身がその危険性をエリスに伝えていたのだが、つい感情的になってしまい、大声をあげた。
そんな状況で、敵方が俺を見逃してくれるわけもない。
「……っ!?」
背筋が凍った。
俺は気配や殺気などを感じ取れる人間ではない。
だが、凄まじい寒気が俺の背筋をなぞった。いや、実際に寒かった。
一瞬だが、自分の息が白く空中を漂っているのが分かった。だが、今現在、季節は夏に近い。
半袖でも過ごせる時期だ。なのにこの吐く息の状態はあり得ない。
だが、そんなことを考えたのはこれよりも少し後の話だ。
そんなことを考えさせる暇もなく、俺は地面を蹴っていた。
「んなろっ!!」
「えっ? わあ!?」
ビシッ!!
そんな音が俺の耳に入ってくる。
エリスを抱きかかえ、突き破る勢いでドアに向かう。
次の瞬間、地面……つまり、床が盛り上がり、埃と木片をまき散らせながら吹き飛んだ。
攻撃されたのである。
「危っぶね……なんだ!?」
エリスを抱えながら廊下に脱出した俺の目には、屋根まで崩れた部屋が映っていた。
何これどういう状況?
とっさに回避できたのはまったくもって理解できない。
実力でもなければ運でもない。
あれか? これが内に眠るパワーってやつなのか?
だがまあ、その少年漫画的な作用が働いたのは僥倖だ。それが無ければ今頃ひき肉ミンチである。
「あ、あはは……見たか! これが父さんの実力だ! お前程度の馬鹿ケチョンケチョンに……」
「馬鹿はお前だ! 見ろよあの部屋! 俺が助けなきゃお前も死んでるぞ!?」
「え…………そ、そんな……そんなわけ……っ」
確かに、そんなわけがない。
あの神父はエリスの親父だ。いくらなんでも娘を巻き込んでまで俺を殺そうとはしないだろう。
なら今の攻撃は何だ? エリスの反応からすれば神父の攻撃であることは間違いない。
ではなぜか? もしかするとエリスが居たことに気づいていなかっただけなのかもしれない。
うん、そうだな。それが一番しっくりくる。そう信じておこう。
「とにかく離れた方がいいな。エリス、お前は……」
「…………だって……父さんが…………」
ショックを受けたのか、何やらブツブツとつぶやきながら上の空なエリス。
そりゃぁ、親父に殺されかけたならこうもなるか……
………………よし! 放っておこう。
神父の狙いが俺である以上、エリスをここに放置しておいても何ら問題ないだろう。
そもそも、エリスは神父側の人間なのだから俺が気に病む必要もなし。
そんなわけでエリスを置いたまま俺は駆けだした。
廊下を渡り、階段を下りて二階に辿りつくと、次の攻撃が始まった。
鎖のようなものが、横一線に俺に向かってきたのだ。左右の部屋をつきぬけているため、木片も一緒に飛んでくる。
「うおぉぉ! 避けろ! さもリンボーダンスのごとく!!」
リンボーダンスと言うよりも、マト○ックス避けのような形で回避した。
鎖が俺の顔の前を通過する。
何とか体勢を立て直し、再び駆けだしたが、今度は後ろから鎖が追ってきた。
「どこから見てんだよ畜生!!」
思わず愚痴を叫んだが、それで解決するわけではない。
実際のところ、どこから見て俺を攻撃してくるのかがまったく分からない。
あの鎖のような武器に目でもついているのかと疑ってしまうほど的確に俺に攻撃を加えてくるのだ。
教会が軋みをあげている。元々ボロい建物にひどい仕打ちをするものだ。
この攻撃を伏せて交わすと、階段をあきらめ、廊下の端にある窓へと向かう。
っていうか、階段が廊下の両端にあるってどう考えても面倒くさいだろう。
「アーイ、キャーント、フラーイ!!」
窓を突き破り、空を飛ぶ俺。
一瞬の空中遊泳を楽しんだ後、重力に負けて自由落下が始まってしまう。
だが問題無い。俺は三階まで垂直跳びで飛び乗る男だ。二階からの落下など屁でもない。
華麗に着地し、ドヤ顔を決めてみたりする。
「おや?」
ドヤ顔は神父に見られてしまっていた。
若干俺の顔が赤くなった気がする。お恥ずかしい。
照れ隠しに咳払いを済ませ、聖堂の中にいる神父に声をかける。
「えーっと……ここで会ったが百年目ぇ!!」
『おほほほ、何ですかそれ? 新しい喜劇の台詞でございますか?』
「…………? 誰?」
俺でも神父では無い。もちろんエリスの声でも無い、聞いたことの無い声が聞こえてきた。
そして、声は聞こえど姿は見えず。お御約束の可能性も考えて足元の方も見てみるが、やはり誰もいなかった。
再び神父を見据えると、俺の不思議そうな顔を察したのか笑顔を向けてきた。
「ああ、ユーイチさんはグラシエムさんと出会うのは初めてでしたね。紹介します。魔武器のグラシエムさんです」
『ご紹介いただきました、私、ヒュージさんの魔武器をさせていただいております、グラシエムと申します』
丁寧な紹介をしてくれた。
神父が取りだしたのは…………何と言うか、神父が持つにはとても似つかわしくない武器。
名称はよく知らないが、柄の先に鎖が付いており、その鎖に鉄球が付いている武器。
そして、その鉄球がしゃべったのである。
ああ。それはもう驚いたね。これでもかってほどびっくりしたよ。
しゃべる武器自体に驚いたわけではない。そんなの一個保有してるし。
そうじゃなくて、その鉄球のデザインである。
目玉なのだ。
いや、冗談じゃ無くマジで。
パチクリとしたグロテスクなデザインがこちらを見てしゃべっている。
つか、「鎖に目でも付いているかのよう」なんてさっきまで考えていたが、実際に目玉が付いているところをみると、吐き気マックスである。
「うわ~、気持ち悪……」
『正直なのは好感が持てますが、いささか傷つく言葉ですねぇ』
「いや、だってお前……それは…………無いわ」
「ユーイチさん? 言葉は時として人を傷つけるものですよ?」
説教をされてしまった。
敵対する人間に説教を食らうって言うのはなかなか新鮮な気分だな。
敵に説教をする主人公なら何人か知っているが……
「いや、違う! そんな話をしに来たんじゃない! おいこら神父! フランどうしたこの野郎!! あ、あとテネブラエ」
「魔武器はついでですか……まあ構いませんが。ちなみに、お二人ともこの場にはいませんよ?」
「え、そうなの? エリスの奴……適当なこと言っててたのかよ」
「…………エリスが何か?」
「フランは父さんが居るから絶対に救いだせないとか何とか」
「やれやれ、あの子は口が軽いですね。そうですね……先ほど居ないと言ったのは嘘です。二人ともこの近くにいますよ」
「……あんたも良い性格してんなぁ」
「しかし……ふぅ、お使いもできず、ユーイチさんの足止めもできず……やはり、グラシエムさんの言うとおり、連れて行くのはやめておくべきですかね」
『おほほほ、だから言ったでしょう? 足手まといは粛清すべきなのですよ』
ん?
…………何かがおかしい。
俺の耳が変になったのか? いや、確かに聞こえた。
足止め?
粛清?
そんな言葉と一緒にエリスの名前が聞こえた。
「お前…………っ!?」
言葉を続けようとした時、町の反対側で巨大な爆発音が聞こえた。
振動で教会の天井の埃がパラパラと落ちる。
音の下方向を見ると、真っ暗な夜の空を火柱が照らしていた。
「なんだ!?」
「おや、派手ですね。もう始めたのですか」
『ふむ、予定よりもずいぶん早いですねぇ』
俺を除き、この場にいた二人は何か納得している様子だった。
予定通りといった感じで神父は頷いている。
そして、火柱が上がっている方角からは、何やら大勢の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「何やったんだお前」
「あれですか? 私の指示に従わない人間が組織に多くなってきたので、その粛清をしているんです」
「粛……清?」
『良い響きですねぇ。あの方の計画に必要のない人間達です。欲を言えば、もう少し抵抗しない人間をなぶり殺しにしたいところですが』
「無理を言ってはいけませんよ。彼らも『凍てつく大剣』の元構成員です。実力的にはそれなりに強い」
…………一体、何を言ってるんだこいつらは。
「……あの中にはタイクも居るんじゃねぇか?」
「タイク? ああ、確かに捕えたという報告がありましたね。仕方有りません。あれもなかなか反抗的な性格でしたから」
「……聞いておくけど、エリスが俺と一緒にいたのは知ってたのか?」
「ええ。何せ、私が足止めに向かわせたのですから。当然です」
「…………エリスもタイクも、神父さんの子供なんだよな?」
「? はい。血こそつながっていませんが、まごうことなき私の子供たちですよ?」
「あんたの! 子供なんだよな!?」
「…………繰り返しますね? そうですよ?」
笑った。
この男は笑っていた。
自分の子供を、自分の子供として認めたうえで、殺そうとしたにもかかわらず。
この男は笑っている。
かつての仲間を殺そうとして笑っている。
一片の曇りなく。
何の陰りも無く。
屈託のない笑顔を浮かべている。
……なんだかなぁ。
……なんて言うんだろうなぁ、こういうの。
たぶん。いや、間違いなく。
俺はムカついていた。そしてため息をつく。
「信じたくなかったけどさぁ」
「はい?」
「やっぱり…………あんたは俺の敵みたいだわ」
俺は基本的に面倒くさがりだ。
わざわざ他人のトラブルに首を突っ込むなんてごめんだね。
だけど、今俺の目の前にいる男は違う。
家族を大事にしない奴は俺は大っ嫌いだ。
よって、これは面倒事じゃない。
気に入らないからボコる。
ムカついたから殴る。
ただそれだけの、俺が感情的になったってだけの喧嘩だ。
次回からやっとバトルです。
一人称ってバトルに向いていないと確信したのは後の祭りです。