第三十六話 活躍勇者とグータラ勇者
「あ~、いい汗かいた」
額に流れた汗をぬぐう。
バッティングセンターの要領で次々とチンピラ達を殴っていき、最終的にはチンピラの山が出来上がっていた。
『死屍累々だな』
「殺しては無いよ…………多分」
確認はしてないし断言はできないからな。
「…………っ! ユーイチ様、誰かいます」
フランが猫耳をピコピコと動かしながら言う。
ああ、猫耳良いよ猫耳!!
「ん? 誰かって誰?」
「分かりませんけど……たくさん……こっちを見ている感じがします」
フランが真剣な顔をしているところ悪いが、何のことかさっぱり分からん。
気配を察知するなんて芸当俺には出来ないし……やっぱり猫耳には感じるものがあるのだろうか。
と、少し辺りを見回してみると、実際何人かの人間がこちらを見ているのが分かった。
気配とかじゃない。物陰から俺たちを見ている姿が丸見えだったからだ。
「お~い。なんか用か?」
チンピラの仲間の可能性もあるので、少し警戒しながら声をかけた。
すると、身を隠せていなかった奴とは違う人間が姿を現してきた。
しかも一人二人ではない。十人、いや二十人ほどの集団だ。
「あんたらなんだ? こいつらの仲間か?」
と尋ねてみたものの、はっきり言ってそれは無いと思う。
姿を現したのはほとんどがやつれた顔をした奴らばかりだ。
今俺の傍で伸びているやつらのようなマフィアみたいな恰好もしていないし。
「……ゆ…………」
集団の中の初老の男性が口を開く。
「ゆ?」
「勇者様!!」
…………はい?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうぞ勇者様! これもお食べください!!」
「お酒も用意しましょう……おい! 一番いいやつ持ってこい!」
「勇者様、女はいかがですか? 何人かお呼びしましょう」
好待遇、好接待。なぜか俺はこのような状況にいる。
大通りでこの町の町長である老人に「勇者様!!」と呼ばれた後、なんかよく分からないけど飯をおごってくれると言うのでついて行ったらこの状態だ。
先ほどの食堂とは別の食堂で飯を食っている。
「女の人はいりません!!」
断ったのはフランだった。…………いや、俺としては女遊びも一度はゴニョゴニョ……
って違う! そういうことは今はどうでもよくて、
「あ、あの……なんでこんな好待遇なんだ? しかも勇者様って何?」
この質問に辺りが一瞬沈黙した。だが、すぐに笑い声がわきあがった。
「あっはっは!! またまた! 勇者様のご活躍は聞き及んでいますよ? おーいテイルさん! 勇者様にあれを見せて差し上げてくれ!!」
町長の呼びかけに、俺を眺めていた集団から一人の男が出てきた。
「どもども~。ヴェルム新聞社のテイル・デッサンでーっす。よろしく勇者様(笑)」
なんだ(笑)って、この世界でもあるのかよそのスラング……
「で、この人がなんだって?」
「うちの新聞社は大陸の情報を発信していてるんだけど……最近こんな記事が出回ってたりするわけ」
テイルが手渡したのは新聞らしき束。その一面に次のような記事が載っていた。
『ディオシータス大陸北部で騎士団による撲滅戦成功す』
近年思わしくなかった戦況が二日前に行われた攻勢により覆った!!
騎士団は三個師団を使い魔軍を川へ追い込み、その後川辺で待機していた部隊とともにこれを撲滅した。
攻撃に参加した四大騎士、『土竜』のムーレス公の活躍により騎士団の損害は軽微と思われる。
さらに戦場にはあるうわさが流れている。
戦場にかの伝説の勇者が降臨した。勇者は黒い髪に黒の瞳らしい。
勇者は戦場にいた民間人を救った後、戦場にいた敵魔族たちを掃討し、戦場に召喚された敵ゴーレムたちを剣の一振りで消滅せしめ、勝利に大きく貢献したとのこと。
上記のような噂が流れ、筆者もその姿の一端を目撃した。
さらに、巷で噂になっている王国で行われたという秘密召喚。
裏が取れておらず、これ以上書くのは控えるが、勇者が降臨したとなれば王国の関与もあるのではないだろうか。
筆=クルト・フィッシャー
『今日の小話』
勇者に関してのうわさが流れる他、戦場にモントゥ王国第三王女シルフィ・ド・アラム・モントゥの目撃情報が多数寄せられている。
だが、あまりに信憑性が無いため、誰かが流した嘘話の可能性高し。
「これってまさか……護か?」
新聞を見てつぶやく。護が勇者として召喚されたことは城で聞いた。
姿が見えないと思ったらこんなことしてたのか……
「どう? 国営新聞社とは違ってうちは真実を報道するのが売りなんだよね~。国営新聞だと騎士団のみで敵を倒したって論調だけど、実際のところ勇者がいたことは大分信憑性が高いんだよ」
「でも、この記事って二日前に書かれたんだろ? だったらその勇者がここにいるのはおかしいだろ。それにこんなに早く新聞が出回るもんなのか? かなり距離があるだろ」
「そこもうちの新聞社の売りなんだよ~。大陸のどこにいようとも二日でお届け。飛竜配達様々さ。あと、勇者に関しては僕もそう言ったんだけどね~、町の人が聞いてくれなくて」
さっき言っていた(笑)ってそういう意味だったのか。俺のことを勇者じゃないと分かっていた訳だ。
「この人の言うとおり、俺は勇者様でもなんでもないぞ?」
親友は勇者だけど。
「そ、そうなのですか? 特徴が合っていたのでてっきり……いや、でも我々を救っていただいたのは事実です。我々にとっては勇者様ですよ!」
「ん~、自覚ないんけど……俺なんかした?」
「あの店にたむろっていた『凍てつく大剣』を退治してくれたではありませんか! 最近あの者たちのたち振る舞いは目に余るものがありまして、住民の間でも頭痛の種になっていたんです。昔は違ったのに……」
昔はこのあたりも平和だったのだろうか、町人は口々に「昔は」「あの頃は」と呟いている。
ともかく、俺はこの人たちを思いがけず救っていたらしい。別に感謝はしてくれなくても良いんだけど……
『まあいいんじゃねぇか? 結局タダで飯を食えている訳だしな』
テネブラエがそう言った。だが、なぜかそれで辺りの声が止んだ。
「おい……人前であんまりしゃべるなよ」
『ああん? そんなもん俺の勝手だろうが』
珍しい魔剣を見て息を飲んだ。そう思ったんだが、どうやら町人の様子を見てみるとそうではないようだった。
「ま、魔武器……」
「まさか……この人も?」
奇異の目ではなく、恐れの目だ。そんな目で俺は見つめられていた。
おかしな雰囲気に居心地が悪いのか、フランが俺の服を掴む。
「何か問題があったのか?」
変な空気なので町長に尋ねると、恐る恐ると言った感じで聞き返してくる。
「ゆ、勇者様は……変わっていませんか?」
「……?」
質問の意味が分からない。
変わるって……何の話だ?
「みなさんお集まりでどうしたんですか?」
俺が首をかしげていると、店の外から誰かがそう尋ねた。
みると、町人が誰かを避けるように道を開けている。
町人が開いたその空間に、なんつーの?……神父服?姿の男性が立っていた。
眼鏡をかけた、まさにテンプレートな優しそうな神父さん。
「こんにちは」
静まりきったこの場所で、神父はただそう言った。