第四話 異世界調査結果
「ご馳走様でした」
何とか金を作ることに成功し、食堂で食事を取ることができた。
予想外にお金が入ったため、この食堂でもっとも高いカラマチと呼ばれる料理を頼んだ。
どんぶりサイズのお椀になにやら紫色の物体が敷き詰められており、正直食欲をそそるものではなかった。しかし以外にも味はよく、十分足らずで食べきってしまった。
ちなみに最後まで何の料理かは不明でした。なにそれ怖い。
「はい。お粗末様」
俺は食堂のカウンターに座り、おばさんと向かい合っている。
先ほどまで店には大勢の客がいたのだが今は俺以外の人間は居らず、おばさんも暇そうにしている。
「しかし、一気にお客さんが減りましたね」
「ああ、一番込む時間帯を過ぎたからね。今はみんなギルドに戻って仕事再開してるんだろうさ。今は向こうのほうが混んでるだろうね」
ギルド?
また新しい単語が出てきたな。RPGとかに出てくるような冒険者ギルドみたいなものだろうか。
「そのギルドって言うのはなんですか?」
何気なく聞いてみたのだが予想外に驚かれた。
「あんたギルドを知らないのかい? どこにでもあるものだろう?」
どうやらこの世界ではギルドと言うものは一般常識レベルだったらしい。
だがしかし、いかに常識でもそれは異世界の常識だ。俺が居た世界の常識ではギルドなんてものは存在していない。……いや、あるのかもしれないが、少なくとも一般教養で身につけるものではないと思う。
「え、えーと……俺が住んでたのは本当に辺境の村でして、ギルドって言うものが無かったんです。それに外部の情報がほとんど入ってこなかったんでこのあたりの一般知識もよく分からなくて……お金の価値すらあいまいなんですよね」
よくもまあ口からでまかせを……まあ、異世界からやってきたのでこの世界の仕組みなんて分かりません。なんていったらかわいそうな物を見る目でみられそうだからしょうがないか。
「は~、だからそんな変わった身なりをしてたのかい」
どうやら…というよりやはり学生服はこちらの世界では珍しいようだ。
むしろ今まで突っ込まれなかったほうがおかしな話だが。
「ええ、俺の村の民族衣装なんです」
勿論嘘です。
「ふーん。とにかく説明してやるよ。まずはお金の価値からだね」
割と長ったらしいおばさんの説明を要約するとこんな感じである。
一食あたり平均銅貨7枚
兵士などの力仕事をする人間は一日三食だが、商人などは基本的に一日二食で済ますらしい。
商人の平均月収が銀貨10枚前後で、兵士の場合は月収銀貨15枚と言ったところだ。
その他に果物や料理の材料の値段を聞くと硬貨の価値が大体分かってきた。
銅板=10円
銅貨=100円
銀板=1000円
銀貨=10000円
金貨=100000円
白金貨=1000000円
ふぅ、疲れる。
お金のレートなんて元の世界じゃ考えたこともないからわけ分からん。
真ぁ、RPGで使うお金が現実化したと思えば分かりやすいかもしれん。
ということは俺の今の所持金は
銀貨2枚銅貨1枚銅板5枚=20150円。
まあまあ大金だな。
ちなみに各硬貨が10枚で次の硬貨。銅板10枚で銅貨1枚といった具合らしい。
「じゃあ次はギルドのことだね。ギルドって言うのは、農業や商業。冒険者や魔法使い。果ては盗賊まで幅広い職業の管理をしている組合のことさね。農業と商業は互いの仕入れルートを確保したり、買い取り相場を決定したりだね。冒険者は街の人間や城の人間からの依頼を受けて薬草や鉱石を手に入れたり魔物や盗賊を討伐したりする仕事。魔法使いは……よくは知らないけど、薬草の調合や兵器の発明だったかな? 最後に盗賊だけど……これは非合法組織だから知らなくてもいいさ」
なんだか物騒な単語がいくつか出た気がする。盗賊やら魔物やら……
まさにファンタジー世界。身の安全が全然保証できなさそうだ。
おばさんの話によるとどんな仕事に就くのであれ、必ずギルドに登録しなければならないらしい。
そうしなければ法律違反にあたるそうだ。
これらの中で俺に就けそうな仕事は……
農業=あまりかっこいい仕事ではないが、力仕事かつ単純作業(思い込み)なため最有力候補。
商業=正直俺の頭で物を売り買いできそうに無い。没
冒険者=俺も一応腕に覚えがあるため候補の一つだが、魔物や盗賊と言った物騒なものには極力関わりたくない。
魔法使い=そもそも魔法なんてものは三十歳を超えた童○にしかつかえねぇよ。没
盗賊=犯罪はいけないと思います。
と、こんな感じである。
…………は、働きたくないでござる。
まあでも、この職業の中ではやはり農業が最有力だろう。
冒険者もかっこよくてやってみたいが、できれば平和に暮らしていきたいものだ。
元の世界でバイトくらいしたことはあるが、さすがに命がけでは無かったからなぁ。
「ところで坊やはこの街で働く気なんだろ? 何か特技とかあるのかい?」
「一応体力には自信がありますよ。あと、武術の心得もあります」
「だとしたら農業か冒険者かね……でも坊やに農業は難しいかもね」
体力には自信があると言ったはずだが……
やっぱり、専門技能が無いと難しい世界なのか?
「農業をする場合は一定以上の土地を所有している必要があるんだよ。坊やはこっちに来て間もないんだろう? お金にも困ってたようだし……無理じゃないかい?」
「それじゃあ、俺にできそうなのは冒険者位ですか……はぁ、できれば危険な仕事は避けたいですけど」
現代日本に住んでいた俺が魔物退治なんて……かけ離れすぎだ!!
街を出れば魔物が居るから危ない。なんて世界では間違っても無かったぞ。
「そうだねぇ、冒険者以外だと身分証登録もしなきゃなんないし。坊やがギルドも無い田舎からきたって言うんなら身分登録もされていないんだろう? だったら登録無しで加入できる冒険者になるしかないねぇ」
「身分登録が必要なんですか!?」
身分登録が必要ならやはり冒険者以外は無理か……だって異世界からきたんだからこっちでの身分なんて持っていないもん。
学生証で良ければ持っているけど、間違いなく糞の役にもたたんだろう。
「ちなみに何で冒険者は身分証登録が必要ないんですか?」
「それはだね、最近魔軍の勢いがすごいだろう? 城の兵士たちはほとんどが戦場に出払っちまって治安が悪くなってるんだよ。だからできるだけ腕のたつ人間が必要なわけさ。元盗賊の冒険者なんてのもざらにいるんだよ?」
盗賊が治安維持に努めたら逆に治安悪化につながるのでは? と思ったのは俺だけではないはずだ。
とはいえ、この世界に来てから間もないから当たり前だが、次々と新ワードが出るわ出るわ……
勇者が居て、魔物が居て、盗賊が居て、魔軍があって…………物騒にもほどがある。画面越しでやるゲームとは大違いだ。
「と、とりあえず冒険者になるのには身分証登録は必要ないんですね? じゃあどこでギルドに登録できるか教えてもらっていいですか?」
「今から行くのかい? さっきも言ったけど今の時間帯はギルドは混むよ? しばらくしてからいったほうがいいよ」
ずいぶん時間が経ったと思ったけどそれほど経っていなかったらしい。もうしばらくのんびりしておこう。
そう言えば、なんかこっちの世界で生活するような展開になってるけど、戻る方法とかないのか?
んー、でもなぁ。こっちに来た原因が原因だけに手がかりが全くないからなぁ。お姫さんのとこに戻ったら切り捨てごめんにされそうだ。
ま、そのお姫さんに言ったようになるようになるだろう。死ななきゃ生きていけるさ。
「アズラさん……荷物お届けに来ました」
コーヒー(らしきもの)をすすっていると食堂の入り口から誰かを呼ぶ声がした。えらくか細く、弱弱しい声だった。
「ああ、フラン。悪いけどこっちまで持ってきてくれるかい?」
どうやら聞き間違いでは無さそうだ……ていうかおばさん、アズラって言う名前なのか。
声の主は女の子だった。
女の子は、彼女が持てるとはおおよそ思えないような大きな荷物を抱えている。その体の倍ほどの荷物だ。見た目によらずかなりの怪力である。
荷物をカウンターに置くと、荷物に隠れていた女の子の姿がはっきりと目に付いた。
ぼろぼろで洗濯もしていないようなTシャツを着ており、頬はこけ、顔には複数のあざが痛々しく残っていた。事故による怪我では無い。明らかに暴力によるものだった。
おまけに何のプレイか、首には石でできた首輪をつけている。
その中で、唯一立派だと言えるのは、くすみながらも輝きを失わない金色の短髪だけだった。
あざだらけの顔と比較して、なおさら金色に輝いている。
「はい、じゃあこれ代金ね」
荷物を受け取ると、アズラさんがフランに銅貨を何枚か渡した。
「ありがとうございます」
フランは弱弱しく、だが深々とお辞儀をした。
「…………大丈夫か?」
そのあまりにみすぼらしい姿に気づけば俺は声をかけていた。
「はい?」
フランがきょとんとした表情でたずね返す。
「顔。あざ……痛そうだけど」
指を刺し先ほどの発言がフランのあざに対するものだと付け加える。
俺の言葉を理解したのか弱弱しく笑顔を俺に向けるフラン。
「はい……なれていますから…」
そう言って食堂から出て行った。
「さっきの子……」
フランが見えなくなってからアズラさんに尋ねてみた。
「フランかい? あの子もかわいそうにね……いくら奴隷でもあの扱いはひどすぎるよ」
アズラさんが苦々しく答える。
「奴隷? ここには奴隷制度があるんですか?」
奴隷制度。
世界史に疎い俺でも知っている昔の風習。
日本には表向きその制度は無かったらしいが、世界的には奴隷制度が無かった国はほとんど無いと言える。奴隷輸出国を除いては……ではあるが。
少なくとも、現代文明がある国では今はそんなことをしている国は無い。もちろん、そんな光景を俺が目の当たりにしたこともない。
それなりにショッキングな体験だった。
「坊やの村には無かったのかい? 少なくとも王国では存在してるよ。それでもフランほどの扱いはひどすぎるけど」
「やっぱり虐待ですか?」
顔のあざを見たときから薄々気づいていたが、アレは人に殴られたときにつくものだ。ジジイの鍛錬の時によくつけられたものである。
しかも、あれだけ念入りについたあざ……明らかに故意に、しかも悪意が込められているものだ。何度か同じものを元の世界でも見たことがある。
虐待。少なからず、養護施設にはそのような体験をした人間が入ってくるのだ。
「うん。あの子の主人はひどい飲んだくれでね、フランが稼いできたお金で酒を飲んではあの子を殴りつけるのさ。奴隷は主人に逆らえないように魔法がかけられているからね」
つくづくここは異世界なんだなぁと思う。
でも、日本における幼児虐待なんかも似たようなものなのかも知れないな。
そんなことを考えつつ、支払いを済ませ、俺は食堂を後にした。