第四話 訓練
コツコツコツコツ……
長い…本当に長い廊下に僕の靴の音が響き渡る。
なにせ端から端まで移動するのに約十五分ほどかかるのだ。どれほど広い城なのだろうかここは……
召喚されてから一夜が明け、僕は高校の制服からこちらの世界の服へと着替えていた。
城の内装が中世のヨーロッパのようなこともあり、ひらひらとした服を着させられると思ったのだが意外にも元の世界の現代ファッションに似たような服装だった。
皮のブーツをはき、白のロングコートを羽織っている。一見すると現代ファッションなのだが、まじまじと見ているとなぜかゲームのキャラクターが身につけているような格好だ。
まあ、魔法が存在しているファンタジー世界なのだからおかしくはないのか…?
昨日、シルフィと雄一の今後について話し合ったのだが、僕が城からの外出許可をもらうのには二、三日かかるらしい。
事務を取り仕切っているサテレスが忙しいらしく書類申請が遅れるという理由らしいが、それは口実で僕を良く思っていないサテレスによる嫌がらせだとシルフィは言っていた。何か嫌われるようなことをしたのだろうか……
ともかく僕は今長い廊下を歩いている。
シルフィは僕の今後の予定を決めるための会議に出席しているらしく、今は僕専属となった若い家政婦さんに連れられ城の中を見学しているというわけだ。
「こちらが兵士たちが鍛錬をしている訓練場になります」
家政婦さんが扉を開くと、中庭のような場所に出た。木製の人形に剣を振り下ろす兵士や組み手をしている人たちもいる。
「おお! すごいですね……兵士の方はみんなここで訓練をなさっているのですか?」
「はい。城の警備をしている者が大半ですが一定期間ごとに街の門を管理している方も訓練に参加されます。ちなみに今は南門の者たちが訓練をしていますね」
家政婦さんが笑顔を僕に向け愛想よく説明してくれていると、僕に気付いたのか兵士が何人か俺に近づいてきた。
「なんだ坊主。新兵か? ならちょっと腕を見てやるから訓練に参加しろよ」
台詞だけ聞くと意地の悪い新人いびりに聞こえるが、ベテランが新人を育てるような気持ちの良いニュアンスだったので単に新兵が入ってきたことが嬉しいのだろう…………ぼくは新兵ではないけど……
「いえ、こちらの方は……」
「大丈夫ですよ。ぜひお手合わせ願います」
僕のことを勇者だと知っている家政婦さんは慌てて兵士さんの言葉を訂正しようとしたが、僕自身は別段気にしないので、兵士さんの誘いを受けることにした。
施設にいた頃は…と言ってもまだ二日前のことだけど、園長先生…佐山孝三先生の方針により施設にいた全員が先生の家に伝わるという古武術を習っていてた。
もちろん僕も例外ではなく、毎日鍛錬に参加していた。
慣れというのは怖い物で、毎日体を動かしていないと何か落ち着かない。ここで兵士さんと訓練ができるのなら昨日やらなかった鬱憤を晴らすことができるだろう。
と言うわけで試合開始。
僕と兵士さんの間で審判が立っている。僕と兵士さんが戦うと言うことで、訓練所にいた兵士たちが集まり、それなら審判も、と言う形になっている。
僕は木剣を正眼の構えで持っている。木剣自体が西洋の剣を模していたため、使いこなせるかは疑問だが、古武術の中に剣術も含まれていたためこの構え方が一番しっくりくる。
一方の兵士さんは西洋剣術で用いられるような上段の構えをしている。
「俺はクロード=マクシウェルだ。南門で部隊長をしている」
「僕はマモル=オトタケと言います」
お互いが自己紹介をすると、審判がおれとクロードさんから少し離れ……
「試合開始!!」
開始の合図をする。
はじめは距離を取りつつ出方をうかがおうと思ったのだが、試合が開始すると、クロードさんが一足飛びに距離を詰め、つばぜり合いをしてきた。
速さ的にはそれほど速いものではなかったが、何度も繰り返してきた動きなのか、見事に僕の懐に入り込むクロードさん。
僕とクロードさんは身長的にはそれほど違いは無いが、筋肉の付き方がクロードさんの方が圧倒的に多い。普通につばぜり合いをすれば押し負ける!……と思ったのだが、意外にもクロードさんの力は弱く、逆に僕が押し勝つ形になってしまった。
それを見た周りの兵士たちが歓声を上げる。体格差を見て、僕が押し負けると思っていたのだろう。
「む!やるな!!」
「まだまだここからですよ!!」
押し負けたクロードさんは体勢を崩している。さらにそこに僕が追い打ちをかけようと剣を振るう。
右足を踏み込んでの面打ち。……といっても、お互いに防具の類はつけていないため、頭に打ち込む訳にはいかず、少しずらして肩に木剣を振り下ろした。頭に打ち込めば、大けがでは済まないだろうからだ。
「なん……のぉ!?」
何とか僕の剣を防いだクロードさんだったが、その衝撃で転倒してしまう。
それほど強く打った覚えは無いのだけど……
「やるなぁ! 新人」
「クロードさん! 負けるな!!」
「新人! もっと攻めていけ! おまえに賭けてんだから!!」
周りの兵士たちから応援の声が聞こえる。ほとんどがクロードさんを応援する物だったが、この試合で賭け事をしているのか、ちらほらと僕を応援する声が聞こえた。
「はあっ!!」
起き上がって剣を構えようとするクロードさんに向かい、再び剣を振るう。
クロードさんの木剣に当たり、木剣をはじき落とす。さらに、その勢いのままクロードさんののど元に木剣を突きつけた。
「そこまで!!」
審判が試合の終了を告げた。
おおおおおおおおおっ!!!
兵士たちから大きな歓声が巻き起こった。
「めちゃくちゃ強ぇな! あのクロードさんに勝つなんて」
「良くやった! おかげで良い思いさせてもらったぜ!」
しかも、僕を取り囲んだと思えば頭をガシガシとなでたり背中を強く叩いたりともみくちゃにされた。ほめてくれているのは分かるのだが、もう少し加減をしてほしい。
「いや~、とんでもない凄腕だなぁ……めちゃくちゃ速かったし、細腕のくせに馬鹿力だし」
頭をかきながら、クロードさんが兵士たちの間から顔をのぞかせた。
「え? そうですか? そんなに力は入れていなかったはずなんですが……」
「なにっ!? あれで手加減までしていたのか? どんだけ強いんだおまえ……」
僕が手加減していたと解釈したクロードさんはあからさまにショックを受けているようだった。
僕としては手加減をしたのではなく、牽制のつもりで打った剣が決定打になっただけなんだけど……
「まあ、いいか……それはそうと、マモルはもう配属先は決まっているのか? 決まっていないなら南門で働く気は無いか? おまえほどの腕だ。すぐにでも部隊長になれるぞ」
三秒前までショックを受けて沈んでいたクロードさんだが、驚くべき速さで立ち直り、僕を仕事場へ勧誘してきた。
「あっ! ずるいッスよクロードさん! 新人。門番なんかよりも近衛兵を目指してみないか? おまえなら相当な位まで行けるぜ?」
「馬鹿! そんな所よりも、戦地に行って敵を倒しまくったほうが手っ取り早く出世するっての!」
ぎゃーぎゃーと兵士たちが騒ぎ出した。どうやら、僕を自分の部署に引き入れようと口論しているようだ。
「あ、あの! お気持ちはありがたいですけど、僕は実は……」
「その方は勇者殿だから特定の部署には着かないだろう」
僕が兵士たちの誤解をとこうと口を開いた時、周りの騒ぎを抑えるような声が聞こえた。
その声が聞こえた瞬間、なぜか兵士たちが一斉に口を閉じて整列をしだした。
あっという間に兵士たちがきれい五列縦隊に整列し、その隙間から声をかけた人物の姿が見えた。
金髪碧眼、さらに身長が190センチを超えるほどの長身の男性だ。
さらに、史実の中世ヨーロッパの鎧ではなく、やはりゲームなどに出てきそうなきらびやかな鎧に身を包んでいる。
「休め!」
男性が兵士たちの間を通りながら声をかける。すると糸が切れたように兵士たちが体勢を崩してゆく。
そして口々に「勇者? 勇者って…」「あんなの絵本の中の話だろ?」とひそひそ話をし始めた。
「部下たちが失礼した勇者殿」
僕の目の前に来た男性が俺に声をかけてきた。
「い、いえ……気にしていませんよ。そもそも勇者といってもそれほど特別視してもらいたくありませんし……」
目の前に立たれると、男性の体の大きさがよくわかった。
身長が177センチの僕から見ると、見上げる形になるほど背が高い。かといってクロードさんのような筋肉質でゴツゴツした体つきではなく、筋肉を絞ったアスリートのような体つきだ。顔つきを見る限り、二十代後半といったところだ。
「私は、勇者殿の護衛役を務めさせていただくことになったゲイル=フォン=トニトロスだ。よろしく」
そういってゲイルさんは手を差し出してきた。僕はその大きな手を握ると、
「マモル=オトタケと言います。こちらこそよろしくお願いします」
と、名乗り返した。
先ほどの兵士たちの態度からすると、ゲイルさんはそれなりの地位の人間らしい。しかも、名前に『フォン』とついているところから見ると貴族か何かの人間だろう。
「あ、あの……ゲイル殿。この者は一体……」
おずおずとクロードさんがゲイルさんに質問する。どうやら、勇者……僕がこちらに来ていたこと自体知らないようだ。
「ああ、君たちにはまだ知らされていないのだったな。この方は先日召喚された勇者殿だ。ちなみに、このことは戒厳令が敷かれているから城の人間以外には口外しないように」
「は、はっ!!」
クロードを始め、兵士たちが一斉に敬礼をする。
その姿に軽く頷くと、再び僕の方を向くゲイルさん。
「ところで勇者殿。先ほどの試合を見せてもらったが、ずいぶんと腕に自信があるようだな? もしよかったら私と手合わせをしてみないか?」
ゲイルさんは体を曲げ、僕に視線を合わせるようにして言った。
二連戦?
大きな展開は起こりませんでした。
おもしろくない話で申し訳ないです。