第三話 彼はたくましかった
「…………と、通貨価値と庶民の収入などの説明はこのくらいだろう。次にアストラムの地理についてだが……」
召喚された最初の部屋とは違う、日の光がまんべんなく部屋に差し込む大きな部屋で、僕はシルフィにこの世界での基礎知識を教えてもらっていた。
王様や大臣?たちがいた玉座の間では僕に対しても敬語を使っていたのだが、今の部屋に入り二人きりになると話し方は堅苦しいものの敬語そのものは外れていた。
結局、玉座の間での『雄一の行方』については分からず終いだった。なぜなら、シルフィが急に「そそそ、それについても妾が後で説明いたします!!」と大声で叫び、話が強制的に終了させられてしまったからである。
「あの、シルフィ……様?」
先ほどから質問を寄せ付けないかのごとくの弾丸トークをしているシルフィ。何度か、雄一のことについて聞こうとしたのだが、聞こえていないのかそのフリなのか……どちらにせよまともに返答は帰ってこない。ちなみに今のが六回目のチャレンジだ。
「この世界はアストラムと呼ばれていて、ディオシータス大陸といくつかの島に分かれているのだが、いかんせん今の技術では世界全体は把握しきれていない。しかも魔軍によってそのほとんどの土地が支配されているため、我々人族や獣人族が住む土地はさらに少数で……」
「シルフィ様!!」
六回目のチャレンジが失敗したため、今度は少し強気で攻めてみた。
具体的には顔をシルフィの顔に近づけ、無理矢理に目線を合わせたのだ。
これなら聞き逃したと言う言い訳はできない。しかも功を奏したようで、ようやくシルフィに反応が見られた。
「ひゃあ!! 勇者よ、近いぞ!!」
どうやら強気に出て顔を近づけさせたらしく、シルフィは顔を真っ赤にして僕を押しのけた。
「そ、そういうことはもう少し関係を深めてから……」
真っ赤になった頬を両手でおさえうつむきながらなにやらゴニョゴニョとつぶやいているシルフィ。さすがに怒らせてしまったか?
「あっそうだ! その様付けと敬語をまず止めるのだ勇者。さすがに臣下がいる前では問題だろうが……二人きりの時ならば問題あるまい。そうすればさっきの続きをしてやらんことも…ゴニョゴニョ……」
シルフィが何を言っているのかはさっぱり分からないけど、だんだん俺が聞きたいことから離れて行っている気がする。
雄一のことを聞きたいのに、なぜシルフィの呼び方の話になるんだ?
「シルフィ様、そういう話ではなく……」
「だめだぞ勇者。様付けと敬語をなくすまで口をきいてやらぬからな。そうだ、無くしてくれたら妾も勇者のことをマモルと呼ぶことにしよう」
だから何でそんな話に!?
「いえ、ですからシルフィ様。私が聞きたいのはゆ「駄目!」…」
駄々をこねた子供のように……というよりシルフィは見た目子供だが…ともかく、顔をプイッと俺から背けてしまった。
「シルフィ様?」
「…………」
こ、膠着状態……?
ここは……少し折れるしか無いか……
「シルフィ?」
おそるおそる呼び捨てでシルフィの名を呼んでみた。すると、先ほどまですねていたとは思えないようなかわいらしい満面の笑みを浮かべる。
「な、なんだ? マモル」
名前を呼ばれたことがそれほど嬉しかったのか、僕が何を言うかきらきらした期待の目で僕を見ている。
……いや、呼び捨てで呼べと言われたから呼んだだけなんですが……
「……あ~、分かったよ。じゃあ、二人きりの時は呼び捨てで呼ばせてもらうよシルフィ」
僕の言葉にますます喜びの色を強めるシルフィ。
まあ、そもそもがシルフィのような子供に対し様付けや敬語などといった物は、少し違和感を感じていたため、呼び捨てもそれほど抵抗なく使うことができた。
「うむ。そそそそれではっ! そんなマモルにはほ、褒美が必要だな! さ、さっきの続きを、ややややってもかまわないぞ!?」
顔を真っ赤にしながら目をぎゅっとつむり、僕に顔を近づけてくるシルフィ。
…………一体この子は何をしているのだろうか……
「いや、よく分からないからそれはまた今度で良いかな? 今は雄一…僕の友人について聞きたいんだけど」
「うっ…そ、それは……」
僕が雄一のことを切り出すと、赤くしていた顔がみるみるうちに蒼くなっていく。
この反応は……
「シルフィ……もしかして…っていうかやっぱり何か知ってるね?」
あからさますぎるシルフィの態度を見ていれば、何かを隠しているとどのように鈍い人間でも気付くだろう。
そう。たとえ頭が多少残念な作りになっている雄一であろうとも!
「…………た」
シルフィがボソッとつぶやく。あまりに小さい声だったので何を言ったのか全く聞き取れなかった。
「えっと、ごめん。今なんて?」
「お……追い出した……」
………………………………
二人の間に沈黙が流れる。
だがこの沈黙を破ったのは意外にも僕の、
「ぷっ、あっはっはっはっはっ!」
笑い声だった。
「え? お、怒らないのか?」
おずおずとシルフィが尋ねる。
どうやら僕が怒り狂うとでも思っていたのだろう。えらく低姿勢だ。
「いやぁ……くっくっく、不謹慎だけど……思わず…くははっ」
「し、心配ではないのか? いや、原因である妾が言うのもなんだが……」
僕の態度が変に思えたのか首をかしげるシルフィ。
自分でも以外では合ったが……親友が行方不明になって爆笑とは……
「もちろん心配だけど……雄一なら異世界でもたくましくやっていけそうだなぁって…ははっ! それに、どうせ何か失礼なことを言ったんだろう? 雄一は少し常識が足りないから……」
「む……お、おお! そうだ! あの者は…大変無礼であった!……ぞ…」
「やっぱり……ふふっ、友人が失礼したね。ああ~でも、一応居場所は探しておいた方が良いかもしれないな。友人として」
僕が謝るとほっとした表情を浮かべると思ったが、意外にもシルフィは気まずそうな表情を浮かべたままだった。
それほどまでに雄一のことを気に病んでいるのだろうか。
「そ、そうだな……探した方が……あっ!で、でもそのご友人はたくましいと言っていたな。勇者が言うほどなのだ、一人でもやっていけるのではないか?」
「雄一は頭が少し足りない奴だから……考えの無い行動を取りやすいし、面倒ごとに巻き込まれやすいんだよ。誰かが舵取りをしてやらないとそれこそ大事件に巻き込まれるかもね。……それに、たくましい…って言うのとはちょっと違ったかもね」
「違う……と言うのは?」
「ん~、なんと言ったらいいか……こう、順応性が高い? しかも変な方向に……」
そう、佐山雄一と言う男は極めて順応性が高い。
順応性が高い。というのは普通であれば長所である所だが、雄一の場合はその限りではない。
こんな例がある。
元いた世界での話だが、僕と雄一が十歳の頃施設で三泊四日のサマーキャンプとして山を登ったことがある。そこで、初日から雄一は行方不明になってしまいキャンプを中止にし、近くの消防団とも協力して捜索に当たった。
すると三日目の夜、雄一は見つかったのだがその姿に全員が驚かされた。
イノシシを丸焼きにして食べていたのである。
しかもその周りには即席にしてはよくできた草の家や、魚を捕るためとおぼしき釣り竿や網などが置かれていた。
つまり、雄一はそこで暮らし始めていたのである。
普通ならば「山を脱出する」とか「救助を待つ」などの選択肢があるはずだが、雄一の場合「その場所で暮らす」という選択肢が生まれてしまう。
だからこそ、変な方向に順応性が高いと言えるのだ。
「よ、よく分からないけど…すぐに探しに行かなくてもよいのか?」
「うん。こっちが落ち着いた頃でも大丈夫だろうね。まあ、できれば早いうちの方が良いとは思うけど……」
「信頼……しているのだな」
信頼……そうだな、雄一は頭が足りないだけで、他の面では俺よりも優れていることも多い。
腕は僕よりも立つし、人なつっこい性格なので信用のおける人間を作りやすい。
少なくともすぐにどうのってことはないだろう…………多分…