第二話 なぜか冷静
「こちらが、モントゥ王国現国王であらせられるワング・ジ・アラム・モントゥ国王陛下でございます」
…………た、大変なことになった…
僕は今、国王陛下とやらの前で跪いている。
王冠をかぶり、マントを羽織っているいかにも王様といった風貌の男性が玉座に座りながら僕を見下ろしている。
さらにその隣では、先ほどであったシルフィ?だったか……が、僕に向かって照れくさそうに手を振っている。
異世界?に来てからまだ三十分と経っておらず、状況がうまく飲み込めていない状態であるため、大変混乱している状態だ。
正直、この玉座の間のような場所にどうやって来たかさえ覚えていない。
「そなたが此度召喚されたという勇者か……名は何という?」
王様が口を開く。
風貌にピッタリの渋い声だ。
「は、はい! 僕……いえ、私は音竹護と申します」
名乗ったはいいものの、この場にいる人たちの容姿は西洋の物なので、名字と名前を逆に言った方がよかったかもしれない。
まあ、最近では名字=名前でも海外でも通じるらしいけど……
「オトタケ=マモルか……変わった名だな。マモルというのはどういった家柄の家名なのだ?」
護を家名と言ったということは、やはりここでは名前=名字が一般的なのか……
「いえ、護の方は名前で、音竹が家名になります。こちらの呼び方だと、マモル=オトタケになります」
後々考えてみれば、王様の間違いを否定……まあ訂正だけど、するのは少し無礼だったのかもしれない。
王様の隣にいる髪の長い男性がこちらを顔をしかめてにらみつけているし。
「ふむ、ではオトタケが家名か……それはどれほどの位なのだ? 伯爵か侯爵か…いや、公爵や大公の家なのだろうか?」
伯爵って……爵位のこと? まあ、国王が存在するということは王政をしいているのだろうから、貴族が存在してもおかしくはない。だけど、期待してくれているところ悪いが…
「ご期待の所悪いのですが、私の家は貴族ではなくただの庶民です。それに、私がいた国では貴族という物はありませんので……」
「なんと、勇者は平民の出なのか!? しかも貴族が存在しない?」
王様が驚き、僕の言葉を反復すると静かだった玉座の間が一斉にざわつき始めた。
「貴族では無い……? だが伝承によると……」
「いや、すべてが伝承通りとはいくまい。それよりも貴族がいない と言う方が…」
「そもそも平民が勇者など……許されることなのか?」
様々な意見が玉座の間を飛び交っている。
そして特に目立ったのが、王様の隣にいる先ほどにらみつけてきた男性だ。
先ほどまではあまり僕が気に入らないといった表情だったのが、あからさまに侮蔑と見下すような目つきに変わっていた。
「平民出の勇者など…許容できる物ではありません。しかも、貴族を愚弄するかのような物言い、冗談で済まされる物ではありませんぞ? 勇者殿」
男性の言葉には明らかな敵意を感じ取れた。
僕の言葉を愚弄とまで拡大解釈できるのは、はじめから僕を良く思っていない証拠だ。
「そもそも、この者が勇者であると言う証拠はどこにあるのです? そのあたりの平民をさらってきたのでは無いでしょうなシルフィ様?」
男の目線が王を挟んでシルフィへと向けられた。
「そ、そんなことはありません。サテレス殿、妾は確かに……」
「万が一、この者が勇者だったとして……平民の力を借りなければならないほど我らが王国は弱くはありません。十二分に魔軍に対抗できます」
「それができていないから勇者の召喚を行ったのではないですか! サテレス殿は現実がお見えになっていないようだ!」
王様を挟み、両者が火花を散らしている。
王様もウンザリしたような表情でこの二人を制した。
「二人ともいい加減にせよ。内輪でもめていても仕方あるまい……それにサテレス、魔導師であるそなたならわかるだろう。勇者の魔力が尋常ならざるものだと……」
「む、確かに魔力は伝承通り竜人族を凌ぐほど感じられますが……」
僕を見ると、先ほどにも増して苦虫を噛み潰したような表情をするサテレス。
「勇者よ、そなたほどの魔力の持ち主だ。元の世界ではさぞ名のある魔法使いであったのだろうな?」
「えっと……私がいた世界ではそもそも、魔法という物は存在しない架空の物だったので…私は魔法の類は使うことができません」
……………………
玉座の間に沈黙が流れる。
「ま、まあよいではないですか。魔力がこれほどの物なのです。勉強をすればすぐにでも強力な魔法を身につけるでしょう」
シルフィが俺をフォローしている。
見ると、サテレスが優越感を覚えたような表情で俺を見下していた。魔法が使えないという所から僕を切り崩せるとでも思ったのだろう。
「あの……失礼かもしれませんが、私からもいくつか質問をしてもよろしいでしょうか」
正直、質問ができるような雰囲気では無かったのだが、今機会を逃すと聞けるのはいつになるのかわからない。
今すぐに聞いておきたい情報もあるので、意を決して質問をすることにする。
当然サテレスはますます俺をにらみつけることになったが……
「うむ。わからないことがあれば何でも聞いてくれてよいぞ?」
サテレスと違い、王様は快く質問の許可をくれた。
「ではまず……私はこの世界のことを何も知りません。勇者と呼ばれる理由は……まあ、何となくは聞かされましたが、いまいち今の状態がわかっていません」
今思えば本物だったであろう神様にものすごく簡略化された説明を聞かされたため、一応は自分が勇者であると言うことはわかっている。
だが、具体的に何をすればいいのか、そしてそもそもこの世界はどうなっているかは教えてもらっていないのだ。
「ああ、確か伝承にも『勇者はこの世界に対してあまりに無知である』と書いてあったな。ではサテレス、説明を……」
「陛下! 勇者殿にはこのシルフィが後ほど一対一で説明して差し上げます! 一対一で!!」
王様の言葉を遮るようにシルフィが叫んだ。
身を乗り出してまで自己主張をしてきたシルフィに対し、僕を含め、王様やサテレスも驚きの表情を浮かべていた。
「う、うむ。そうか……シルフィがそうしたいのであれば……」
王様の言葉に満足げな表情を浮かべ席に戻るシルフィ。
なにがそんなにうれしいのだろうか……
「あ、えっと……ではもう一つだけ……こちらにもう一人、私と同じ姿の同じ年頃の少年が召喚されて来ませんでしたか? 私の親友なのですが……」
僕が雄一のことを口にすると、王様やサテレス、そして臣下の人たちは何のことかと首をかしげていた。
だが、僕が召喚されたときにいた人たち……つまり、数人の神官とシルフィだけが借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった。
特にシルフィは、大量の汗を顔に浮かべ、先ほどまでのうれしそうな表情がみるみるうちに消えていった。