第三十二話 計画
「だーーーー!! ちょっと無理無理無理!!」
俺に向かってくる群衆の上を飛び越えながら叫ぶ。
「絶対なんかの間違いだって! 話せば分か……ぬおっ!!」
俺の言葉に耳も貸さず、冒険者たちは俺に剣を振るい、槍を突き立て、さらには魔法で攻撃してくる。なんとかかわし続けたものの、終いにはギルドの端に追い詰められてしまう。
「ぜぇっ……ぜぇっ……と、とっとと捕まりやがれ……」
「この人数相手に逃げられると思ってんのか!?」
冒険者たちが、各々の言葉で降伏を進めてくる。確かに今、俺は窮地に立たされている。ギルドの出口ははるか彼方だし、周りには殺気立った冒険者が敷き詰められている。正直逃げ場が無い。
「そもそも、なんで俺が冒険者を殺さないといけないんだよ! あんたらも聞いてるだろ! 災害級が出たってこと! そいつにみんな喰われちまったんだよ!!」
「はぁ!? 災害級がこのあたりに出たなんて話、聞いてねぇぞ!? 命乞いならもう少しましな嘘つきやがれ!」
その言葉に俺は耳を疑った。
「ああ!? 嘘じゃねぇよ! あんなのが出てなんで…………」
…………いや、今思い返してみると、グーラを実際に見た者は実はそれほどいない。俺と、フランとエリスだけだ。
確か、カールさんたちもグーラの死体は見ていたはずだが、冒険者がグーラに喰われたシーンを見たわけではないのだ。
「これって、もしかして……」
『多分、王党派の情報操作だな……グーラが出てきたこと自体が無かったことにされてる』
昨日、俺の暗殺に失敗したから違う手で攻めてきたのだろう。まったく、面倒くさいことをしやがる。
「つべこべ言ってんじゃねぇぞ!!」
冒険者たちが怒鳴る。冒険者側が圧倒的有利であるが、ことごとく攻撃をかわされたため、俺の実力が分かったのか、慎重に少しずつ俺との間合いを詰めてくる。
「王党派がどうのって言う前にこのままじゃ捕まっちまうぞ」
見たところ、冒険者の中に飛びぬけて強いやつは見受けられない。だが、それでも数が半端じゃない。六、七十人といった男たちが俺を取り囲んでいるのだ。グーラを倒す時に使った空間術を使えば、なんとか脱出は出来るかもしれない。だが、それでは確実に死人が出てしまう。正直、騙されて俺を襲ってきているやつを殺すなんて後味が悪い。そもそも人殺しなんて御免だ。
『…………ユーイチ、空間術を覚えた時、俺がなんて言ったか覚えているか?』
「ああ? こんな時に何言って…………」
……いや、覚えている。
確か…………『ある程度の距離なら空間を通って転移も可能だ』……
転移か!!
「開け!!」
テネブラエの言葉を思い出した俺は、自分の足元にある影を使って空間術を発動させた。
影がドーム状の煙に変わり、俺は吸い込まれるようにその中に落ちて行った。
「あだっ!」
煙に吸い込まれたと思った矢先、すぐに地面が現れ、華麗に尻から着地することになった。
尻をさすりながらあたりを見てみると、あたりは真っ黒な空間が広がっているだけだった。ただ、暗いというわけではなく、自分の体ははっきりと視認できたし、あたりにはちらほらと白い光が漂っていた。
「なんだ? ここ……」
『空間術の内部だな。ユーイチ、ちょっと辺りを歩いてみろ』
テネブラエの指示通りに数歩歩くと、すぐに見えない壁のようなものにぶつかった。さらにそれを何回か繰り返させられた結果、空間の大体の広さが分かってきた。
『ふむ、大体食堂の部屋と同じ大きさって所だな。ユーイチ、空間術を教えた時に部屋を思い浮かべただろ』
「え? ああ、確かにそうだったような……」
『その思い浮かべた空間が、今のこの場所になったって訳だ』
なるほどねぇ、そうと分かっていたらもっと大きな部屋を想像したのになぁ……ってあれ?
「でもグーラの半分をここに送ったんだよな? だったら死体がここにあるはずじゃないのか?」
その光景を思い浮かべ、思わず吐き気を催した。そんなものがここにあれば、確実にスプラッタな状況になっていただろう。
『いや、空間認識のズレによって削り取られた部分はこことは別の場所に送られるらしい』
「それはまた……何とも都合のいいことで……」
『そ、そういうように出来てるんだからしょうがないだろ……さぁ、そろそろギルドを脱出するぞ』
話を途中で打ち切り、また空間術の説明をし始めるテネブラエ。さてはこいつ、よくわかってねぇな?
『え~と、入ってきたのが上の光だったから……あっ、目の前のやつだな。ユーイチ、飛び込め』
「……って、この光にか?」
『そうだ。それでこの空間から出られる。』
出られるって……ここから出れば結局捕まるんじゃないか?と、少し疑いながら光に顔を突っ込んでみる。
顔が出た先はギルドの内部ではなく、日の光が当たらないギルド横の小道だった。
空間から脱出し、大通りに出ようとしたのだが、大通りの騒ぎに思わず身を隠した。
「おい! そっちはいたか!?」
「いや、いなかった! くそっ!! 一体どんな魔法使いやがったんだ!!」
冒険者たちが俺を捜索している。どうやら、俺が何らかの魔法を使って脱出したと思っているようだ。
「ちっ……表からは無理だな……裏通りから逃げるぞ」
『逃げるったってどこへ向かうつもりだ? この分だと街全体にユーイチの顔が知られるのにそう時間はかからないぞ?』
「とりあえずは食堂に向かおう。アズラさんとフランなら、理由も聞かずに即通報なんてことも無いだろうし」
と言うより、この二人に見捨てられたら本気で行くところが無くなる。それに、この後どうするにしても、この二人には会っておきたいしな。
裏通りを迂回に迂回を重ね、ようやく食堂に辿り着いた。距離的にはそれほど無かったはずだが、それでも何時間もかかってしまい、すでに昼過ぎにまで日が昇っていた。
「まさか坊やがこんな極悪人だったとはねぇ……がっかりしたよ」
アズラさんからの第一声がこれだった。
…………全然信じてもらえてねぇ!!
「いやっ! あれは濡れ衣で……!」
「アズラさん! 冗談はやめて下さい! 大丈夫ですユーイチ様。アズラさんは信じてくれています。私もその場にいたんですからユーイチ様の潔白は証明できます!」
こんな時に冗談は本気でやめてもらいたい。心臓に悪いし、本気で絶望しかけたっての!!
だが、そんな俺をからかうようにケラケラとアズラさんが笑っている。……ひどい…
「ゴメンゴメン……つい、からかってみたくなっちまった。いい反応するねぇ坊や」
「いや、本っっ当にやめて下さい。笑い事じゃないですから……」
「ああ、悪かったよ。だけど坊や、これからどうする気だい? 身の潔白を証明するとか、しばらく身を隠すとか……なにか考えはあるのかい?」
身の振り方か……正直今は何も思いついていない。とにかく食堂に逃げ込んでから考えようと思っていたからだ。
「その顔だと何も考えていないようだね……まあ、それなら話は早い。ユーイチ、ひとつ提案があるんだけど……」
「なんですか?」
「ここから出て行かないか?」
アズラさんの顔は先ほどまでとは変わり、真剣な顔つきになっていた。
…………冗談じゃないのかよ!!