第二話 主人公(仮)
「痛ってぇ」
さっき目を覚ましたはずなのに再び目を覚ます俺。
何を言っているのか分からないだろうが、俺にもわからないので説明できない。
とりあえずケツが痛いのだけは確かである。盛大なケツ着地を決めたのだからな。
おまけに頭がやけに痛い。ぶつけた痛さではなく、頭痛による痛みだ。
「…お!………様…!や…………で………」
頭で金づちを振りおろしているのかと思うほどガンガンと鳴っているなか、頭痛でぼやける目は周囲の状況を少しだけ映した。周りでは複数の人間が俺に視線を向け何かを話していた。
見知らぬフードをかぶった人間。どう見ても堅気の人間じゃないです本当にありがとうございました。
おまけに頭痛のせいでほとんどそいつらが話している内容が聞き取れない。
「シルフィ様! 成功です! 勇者様が……」
「待て」
ぼやける目をこすりながら前を見ると、きらびやかなドレスに身を包んだ少女が立っていた。
ようやく頭痛もおさまってきたようだ。
歳は13歳前後といったところか……ただ、眉をひそめ、尻もちをついている俺を見下ろすその様には覇気がこもっている。
それによってケバ……じゃなくて。大人びて見えるのは気のせいではないだろう。
「貴様は何者だ!」
いきなり俺の胸倉を掴み、少女が叫んだ。
顔が恐ろしく近い。
俺は子供に欲情する類の人間ではないが、いくらなんでもこんな近距離に顔を持ってこられるとドキドキしてしまう。
先ほどのおっさんとは違い、今度は明らかな美少女なのだ。
「シルフィ様!? 勇者様に何をなさるのですか!!」
周りにいたフード姿の男たちが慌てて少女を引き剥がしにかかる。
ぼやけた視界が治ったことで気がついたが、こいつら……RPGとかに出てきそうな神官服をまとっている。ますます堅気じゃねぇ……
「お前たち! こいつが勇者に見えるのか? 魔力すら感じられないこの男に!」
シルフィと呼ばれる少女の言葉に神官たちが困惑の表情を浮かべた。
「確かに、伝承では勇者様には竜人族すら上回ると言われる魔力が備わっているはずではないか」
「この男からは微々たる魔力すら感じられないぞ!」
「ああ! では召喚の儀式は失敗だったのか!」
男たちが顔を見合わせて疑惑の目をこちらに向け始めた。
盛り上がっているところ悪いが、俺には何のことかさっぱりだよ。
拉致? 監禁? 内臓取られて海へドボン?
俺の頭にはそんな最悪の状況が駆け巡っていたのである。
「もう一度聞く。貴様は何者だ!」
再び少女が俺に迫る。迫ると言ってもエロい意味では決してない。
短刀が喉元に迫っているという意味だ。…………ナニコレ。
「と、とりあえず離してくれるか?」
なにしろ胸倉をきつく掴まれているのだ。息が苦しくて話すことができない。
「ふんっ」
さげすむような視線を俺に向けつつ、一応手を離す少女。ずいぶんと理不尽なことをしてくれるものだ。
息が通常通りできるようになり、とりあえずは落ち着いた。
冷静になり周りを見渡してみると、なにやらレンガ造りらしき壁や、神官服に身を包んだ男たち、レトロにも照明にはロウソクが使われていた。
『カルト宗教』
そんな言葉が頭に浮かんだ。さっき召喚の儀式とか言ってたし。
「お前らこそ何者だ! 俺はこんな宗教に加入した覚えはねぇぞ! ていうかここどこだよ! あと護のやつをどうしやがった!」
まだ言いたいことはあったが、一息で言い切ったので大きく息継ぎをする。
「……質問を質問で返すとは、不敬極まりないがいいだろう。説明してやる」
呆れ顔で少女が答える。
「私の名はシルフィ・ド・アラム・モントゥ。モントゥ王国第三王女だ。そして、ここはアストラム王国首都、グロリアである。……あとマモルとやらは知らん」
俺が聞いた質問に対してしっかりと答える……シルフィ?という少女。とりあえず話は通じそうなので胸をなでおろす。
この少女になでおろす胸が無いのが残念だ。
「何やらとてつもなく失礼なことを考えていないか?」
「滅相もございません」
「まあいい。さあ、三度目になるが貴様は何者だ。少なくとも勇者様ではないようだが…」
「あ~、俺、佐山雄一。勇者とやらのことはよく分からないけど……ああっ!!?」
そう。ここで俺は思い出した。
思い出した。ああ、思い出した。…………思い出さなきゃ良かった、と思ったのはこのしばらく後だったが。
この時、自分の意志では全くないが、この世界での俺の立ち位置が決定したのである。
その名も…………主人公(仮)