第二十五話 グーラ
残酷描写ありです。お気をつけください。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーっ!!!!」
フランの叫び声により俺は我に返った。
目の前にいるこれはなんだ……っ!
動物? 魔物? 少なくとも俺がいた世界にはこんなものはいなかった。少し大きい狼や牛くらいならまだ俺の想像の範疇だ。
だがこれは違う。
動物とか、こっちで対峙した魔物や魔獣とは違う。そんなものなど一笑に付すほどの馬鹿馬鹿しい存在。そんなものが目の前にある。
「SSSクラスだ!!」
盗賊の一人が叫ぶ。
SSSクラス?
なんだそれは……たしか、アルテナが言っていた冒険者のクラスはSSクラスまでだったはずだ。
俺がこの場では必要のないような思考を巡らせているとき、盗賊たちが発狂したかのように行動を起こした。
腕に抱えていたフランを脇に投げ捨てたのだ。
「「きゃあ!!」」
投げ捨てられたフランは、傍にいたエリスにぶつかる。盗賊は仲間に配慮する暇もなかったようで、倒れたエリスに目もくれず、逃げ去った。
「フラン!!」
フランをぞんざいに扱った盗賊に憤りつつフランに駆け寄る。幸い、エリスがクッションになったようでフランにけがは無い。代わりにエリスが目を回していたが……
「…………っ! ユーイチ様! あれ!!」
フランが俺の後ろを指差す。つまり、黒い壁に対してだ。
振り返ると、黒い壁がうごめいていた。すでに壁、と呼んでいいのか分からないほどに流動し、脈打ち、そしてその中から巨大な目玉が現れた。
あまりにグロテスクな光景に吐き気を覚える。
現れた巨大な目玉は、ギョロリとあたりを見回し、俺、フラン、そしてエリスをなめまわすように見つめた。
「おい! 早く行け!!」
森の奥から大声が響いた。先ほど逃げ去った盗賊たちだろう。
広い森にも関わらず、文字通り足を引っ張りあっているようだ。
ギョロ!
目玉が盗賊たちが声を上げた方向を凝視する。こいつ……でかい目玉のくせに音の方に敏感に反応しているのか?
盗賊の居場所を確認した黒い壁……いや、でかい目玉は、体と思しき黒い部分をくねらせ盗賊たちのもとへと向かっていった。
「な、何だったんだ今のは……」
目の前からアレが消えたことにより、安心したのか体から冷や汗が流れ出る。
「ゆ、ユーイチ様、あれをご存じ無いんですか!?」
『常識のねぇやつとは知っていたが、限度があるだろ……』
フランとテネブラエが呆れたように言う。こちらの世界ではあれも常識の範囲のものなのか? あんなものが日常的に現れたら発狂しそうなものだが……
「と、とにかくここを離れよう。いつアレが戻ってくるかもわからないし」
傍に転がっていたエリスを肩に担ぎ、同時にフランも腕に抱える。
「あああ、あの! 私は自分で歩けますから……」
あわてて、遠慮するフラン。確かに男に抱えられるというのは恥ずかしいだろう。抱える方の俺も少し気恥ずかしい気がする。が……
「悪いけど、この森は安全じゃない。早く抜けないと危ないんだよ」
普段ならば、フランのペースに合わせても全く問題は無いだろう。だが、先ほど言ったように、アレがいつ戻ってくるかわからない。そんなときにゆっくりと森を抜けるなんてことは自殺行為に等しい。
「それで、さっきのアレは何なんだ? 盗賊はSSSクラスって言ってたけど……」
何とか納得してくれたフランといまだ気絶しているエリスを抱え、猛スピードで森を走る。
重さ的にはなんともないのだが、人間を二人抱えていることで、なかなかバランスがとりづらい。よって、猛スピードといっても森に入ってきたときの半分くらいの速さになっている。
「さっきのアレはSSSクラス。別名『災害級』と呼ばれる魔物です」
『しかもアレは「暴食」を司る『グーラ』ってやつだ。理性のかけらも持ち合わせていない、目の前にあるすべてを食いつくす厄介な奴だ』
災害……生物にその名をつけるのだから間違いなく人間の手に負えるものではないのだろう。
こちらの世界に来てから、大概の人間や魔物には負ける気がしなかった俺だが、アレとは絶対にやりあいたくない。絶対に死ぬ自信がある。
しばらく走ると森から無事抜け出ることができた。森の入口からは王都がかすかに見えている。
「そんな危ないやつがこんな所にいるって……街のやつらも危ないんじゃ…………」
ここは街からそう離れていない。ここから見える程度の距離しかない。
もしグーラが街に向かったなら……想像しただけで背筋が凍る。
しかもこの心配は、グーラが大木をなぎ倒しながら森から出てきたことにより濃厚なものとなった。
…………っ! ………ぅ……っ!
鳴き声なのか、うめき声なのか分からない音を発するグーラ。
あわててテネブラエを抜き身構えるが、すぐにグーラの目玉の上部分に視線が移った。
人間の手や足、そして頭が三体。グーラの体から突き出ていた。それぞれがあり得ない方向に曲がりへし折れ、つぶれて血まみれになっていた。
逃げられなかった!
盗賊たちはあの後追い付かれたのだろう。そして、俺の目の前で食われた冒険者たちの後をを追ったのだ。
「…………っ! フラン! エリスを連れて逃げろ!!」
グーラに剣を向けつつフランに怒鳴った。フランは俺の意図を汲んだのか、生物としての本能だったのか、エリスを抱え走って行った。
しかし、これは俺の大間違いだった。荷物になるエリスを連れていかせたこと。いや、そもそも逃げろと言ったこと自体が間違いだった。
グーラは剣を向ける俺には目もくれず、フランの方へと突き進んでいったのだ。