第二十話 泥棒現る
「お縄につけー! この泥棒!!」
女を前にして俺が叫んだ。
「あらぁ~?」
だが、女は何のことかわからないといった様子だ。
「何の話ですかぁ?」
「お前がこのあたりで宝石を盗んでる盗賊だろ! これを見ろ!」
女の鼻先に受注賞を突き付ける。
受注書をマジマジと見る女。
「あらぁ、本当ね~」
あっさりと認める女。
か、肩すかしだな。
「と、とにかく一緒に来て『あれ? お前……』」
連行しようと思った矢先、テネブラエが女に話しかけた。
「あ~、テネブちゃんだぁ。久しぶり~」
『おお! やっぱり! アエルじゃないか、久しぶりだなぁ』
親しそうに二人が会話する。
「………………あれっ? お知り合い?」
『ああ、昔馴染みだ』
「アエレシスです。よろしくねぇ~」
「あっ、雄一です。よろしく…………っじゃなくて!!」
昔馴染みだろうがなんだろうが泥棒は泥棒だ。
「昔馴染みでも泥棒はダメだ。一応任務だし、捕まってもらうぞ」
「あらぁ~? でも私泥棒なんてやって無いわよぉ?」
あれ?
「でもさっき受注書見せた時、本当ね~って言ってたじゃねぇか」
「特徴が私と一緒だなぁ~って思っただけぇ」
なんじゃそりゃ!
『ユーイチ、アエルは盗みを働くようなやつじゃないぞ? 時々金を渡すのを忘れて商品を持っていくことはあるが……』
それはそれでどうかと思うが……
「じゃあ、宝石がどうのって言ってたことは?」
「私ねぇ、ある宝石をさがしてるのぉ。色んなとこを旅してるんだけどぉ、見つからなくってぇ」
勘違いだったか……紛らわしいな。
「はぁ、別人か……まあさすがに、すぐに見つかるわけはないよな~」
肩すかしだなぁ。やるき失せるわ。
今思えば、この広い街を探すのはかなり骨が折れそうだ。
「宝石泥棒です!! 捕まえて下さい!!」
いたよ。
店の前に出てみると、女が目の前を走り去って行った。
女、緑色のおさげ髪、ローブ姿=ビンゴ
「はぁっ、はぁ…………はぁ、もうダメだ…………」
女を追いかけていたのはイスカだった。
息も絶え絶えに俺の前で立ち止まった。
「ハッハッハ。後は任せろイスカ! 今度またサービスしろよな!」
ふっ、また貸しが出来たな。今度は何をおまけしてもらおう。
「オイ待てっ!」
女泥棒を追いかける。身体能力が強化されているため、すぐに二人の距離が縮まっていった。
「…………っ! ちっ!!」
俺が追いかけていることに気付いた泥棒は、大通りから横の裏路地へと方向を変えた。
入り組んだ道で俺を撒こうとしたのだろうが、しばらく走ると道が袋小路になっており、泥棒を追い詰める形になっていた。
「もう逃げ場はねぇぞ? おとなしくとっ捕まりな」
『なんかお前が悪役みたいだな』
「うるせぇよ」
割と自覚済みだ。
俺がテネブラエと話していると泥棒が話しかけてきた。
「あんた、それ魔剣か?」
やっぱり魔剣というのは珍しいらしいな。
『はっはっは、惚れたか?』
馬鹿か。
「ああ、惚れちまったよ。あんた、アタイのものになれ」
あれ? マジか?
「おいおい、テネブラエは俺の剣なんだからまず俺を通し「あんたに許可は求めていない」」
泥棒がにやりと笑うと背筋に悪寒が走った。
反射的を体を横に移動させる。
その時、先ほど俺の体があった位置にこん棒が振り下ろされていた。
「…………っ! 仲間か!」
身を翻して周囲を見てみると、女の他に3人の男が俺を取り囲んでいた。
いつの間に近づいてたんだ?
『ユーイチ、気をつけろ。こいつらギルドでからんできたやつとは格が違うぞ』
「そうっぽいな」
男たちの装備はこん棒や短剣といったお粗末なものばかりだが、その動きに隙が無い。
一対一では負ける気はしないが、この人数だと厳しいかもしれない。
「魔剣を渡すなら、少なくとも生かして帰してやるよ?」
この口調だと、渡したとしてもボコられるのは確実だな。
「それよりもお前ら全員が俺に投降するってのはどうだ?」
「ふっ、冗談だろ」
女泥棒が笑うと俺の後ろにいた男がこん棒を振り下ろしてきた。
何とかそれをかわすと、次は左のやつが短剣を振る。
テネブラエを抜き防ぐが、もう一人の男のこぶしが俺の顔面に吸い込まれる。
「痛ってぇなぁ!」
見事に入ったこぶしを掴み、ひねり上げようとするがこん棒を持ったやつに邪魔され離してしまう。
ああもう! めんどくせぇ!!
俺はテネブラエを鞘に収め、放り投げた。
『お、おい!? 何やってんだユーイチ!!』
「黙ってろ! 俺は剣術よりも拳術の方が得意なんだよ!」
相手が馬鹿でかい牛や、ちゃんとした武器を持っている人間ならテネブラエは有効だ。だが、相手がショートレンジの武器を持っている場合、懐に入られると邪魔になるだけなのだ。しかも狭い路地の中。
三人の男を前に拳を構える。
頭の中で三人と組み合う状況を想像する。
いけるか? いや、いくしかないだろう。
覚悟を決め向かおうとした時、俺の後ろから声が聞こえた。
「神の御霊は光を宿す!」
呪文らしき言葉が発せられた後、強烈な光があたりを包んだ。
俺の背後で放たれたため、俺自身には何の被害もなかったのだが、光をまともに見てしまった盗賊たちは目を押さえ、悶絶していた。
チャンス!
「おおっ!」
掛け声を上げ、盗賊たちを倒していく。
十秒と経たず全員を倒した。女を殴る趣味は無いので、悶絶している女泥棒は放っておいたが……
そして、暴れないように盗賊たちを拘束していく。
その過程で気がついたのだが女泥棒がえらく若かった。見た目だけだと12、3歳。下手をすれば10歳程度だ。まだ顔にそばかすが付いているほどあどけない。
「まだ子供じゃねぇか」
子供を拘束することに若干の罪悪感を感じていると。
誰かが声をかけてきた。
「ユーイチくん、大丈夫だったぁ?」
声の主はアエルだった。
先ほど魔法を使ったのはアエルだったのだろう。
「ああ、助かったよ」
「あらぁ~、良いのよぉ。それよりもそっちの宝石を見せてくれるぅ?」
アエルが指を指しているのは、泥棒が持っていたバックだ。そこからは奪ったらしき宝石がこぼれ出ている。
「いいぞ。盗らないでくれよ?」
冗談交じりで言うと、アエルが笑顔を俺に向けた後宝石を調べ始めた。本当に分かっているのか?
「う~ん……やっぱりないかぁ……この街には無いのかなぁ」
ぶつぶつと呟くと、調べ終わったのか立ち上がるアエル。
「じゃあそろそろこの街とはお別れかなぁ~」
『なんだ、もう立つのか。昔話でもしようと思ってたのにな』
「うん。ここに来てだいぶ経つからもうそろそろ出発しようと思ってたのぉ」
「そうか……助けてくれてありがとな」
俺が礼を言うと、美人だけが持つことを許される素晴らしい笑顔を俺に向けた。
「ふふっ、縁があったらまた会いましょう~。ユーイチくん」
そう言ってアエルは去って行った。
「きれいな人だったな~」
思わず見惚れてしまったよ。
『はっはっは、すげぇ美人だろ? 八百年前から全然変わらねぇンだよなぁ~』
「…………は? 八百年前? 八年前とかじゃなくて?」
『おう。あいつはハイエルフだからな。寿命も千五百年くらいあるんだぞ?』
へぇー、ファンタジー小説とかに出てくるエルフか……この世界にもいるんだなぁ。
あれっ? でもハイエルフって確か金髪碧眼じゃなかったっけ? この世界では違うのか……
「……って、その口ぶりってことはお前もそんな昔から生きてんのか?」
精密に言うとテネブラエは剣なので生きているとは違うのだろうが。
『ああ。アエルが子供の時のことも知ってるぜ?』
でたらめな世界だなぁここも。