第一話 神様は腰が低い(改定済み)
俺は目を覚ました。眠った覚えはない
ぐるぐると回る脳みそに吐き気を覚えつつ、ゆっくりと目を開けた
そこには知らない天井…………が無い?
上体を起こしてあたりを見渡した。明らかに室内ではない……が、外でもなかった
というのも、見渡す限りが黒で染まって何も見えないのである
自分の体ははっきりと見えるため、明かりがない真っ暗な状態というわけではないようだ
「どこだここ?」
ようやく一言、ポツリと呟いた
返事はない。ただの無人のようだ
俺は頭を抑えて記憶を辿った。確か、護と一緒に買い物に行く途中、道の真中にあったドアに吸い込まれたんだったな…………あれ? 意味わかんねぇ
状況を整理したら、意味不明な出来事が起きていたことに気がついた
なんだろう、超能力? ファンタジー? ミステリー?
どれでも良い。とにかく説明できないような現象が起きたのは間違いないようだ
「…………ああ、夢か! なーんだ、焦って損したなぁ。明日は休みだし、一回起きてからもっといい夢になるように二度寝しよう」
俺は上体を戻して目を閉じた
……
…………
………………
いや、違うな。これは現実のようだ
寝ながら頬をつねってみたのだが、全然起きる気配がなかったのだ
俺はもう一度上体を起こして腕を組んだ。無い頭でも、ちょっとは考えたほうが良いだろう
「ううっ…」
うめき声がした。さっきは無人と言ったが、俺の他にだれかいるのかもしれない
俺はあたりを見渡した
……やはり誰もいなかった。けど、さっきのは絶対人間のうめき声だ。必ず他に誰かいる。諦めるな、俺!
「お、重い……」
再び声がした…………俺の尻の下から
視線を下げると、そこには護を椅子代わりにしている俺の下半身の姿があった
「…………意外に座り心地が良いなこいつ」
「おいお前」
「はい駄目ですよね。今どきまーす」
立ち上がると、ようやく護のうめき声が収まった。しかしそれでも目を覚まさない。ええい、軟弱者め。お前が起きれば俺の代わりに色々考察して貰おうと思ったのに
…………今の声誰だ?
俺は明らかに護のものではない、第三者の声を聞いて立ち上がったのだ
「こら、話を聞け」
「ぎゃぁ!? 顔が近い!!」
バキッ!
急に顔を近づけてきた髭面のオッサンに驚き、反射的に顔面を殴ってしまった
いい感触でジャストミートした俺の拳を、オッサンの鼻血を巻き取りながら顔面から引き抜いた
意外に冷静なままのオッサンは、鼻血を垂らした状態のまま話を続ける
「痛い」
「ですよねごめんなさい」
俺は頭を下げた。不用意に近づいたオッサンも悪いが、流石に殴った方が数段悪い。俺は悪いと思ったらちゃんと謝る人間なのである……場合によるが
「…………誰?」
「私はカミです」
カミ……髪…………紙?
「私は神様です」
言い直してくれた。優しい
「ヨレヨレYシャツに、くわえタバコで無精髭蓄えた神様なんて聞いたことがねぇよ」
目の前のオッサンは、一言で言えばみすぼらしい格好だった
半目に無精髭にくわえタバコのだらしなさ。裾を半分ズボンから垂れ下げたヨレヨレのYシャツ
……ホームレスかな?
「ホームレスではない。神様です」
「人の心を読むな」
神様……神様ねぇ?
あれか? カルト宗教かなんかに拉致されて、変な薬でも飲まされたのではあるまいか
そうすればこの異常事態にもある程度の説明はつくだろうし、とりあえずそう考えることにしよう
「よし、覚悟はできたか誘拐犯。そこに跪いて顔面を差し出せ」
「やめろ、指を鳴らすな。あとカルト宗教でもない。本物の神様だ」
「だから心を読む…………あれ? 心読んだのか?」
「神様だからな。ドヤァ」
無表情はそのままに、言葉でドヤ顔をされた。胸を張ってもその顔じゃシュール過ぎるだろう
だが、たしかに先程から俺の考えていることが筒抜けになっている気がする。しかもかなり具体的に単語まで言い当てられた
これは一体どういうトリックなのだろうか
「トリックではない」
「……分かった。気持ち悪いからそろそろやめよう。神様ってのはともかく、アンタの力は理解した」
「うむ。では本題に入るまえに、ひとまず状況を説明してやろう」
いつの間にか鼻血を止めたその評定は、少しだけだが凛々しく見えた
「ここは天国です。貴方は死にました」
「て、…………天国? てんごく……ってなんだ? 死んだって何だよ?」
「広辞苑を読め」
「責任放棄!? そこは説明しろよ!!」
「税込8400円」
「しかも買わせる気かよ!!」
「冗談だ。ちなみに天国というのも死んだというのも全て冗談。いえーい、神様ジョーク」
「…………やっぱり顔面差し出すか?」
「ごめんなさい」
素直に頭を下げる神様である
「ちゃんと説明する気はあるんだろうな?」
「もちろんだ、音竹護。必要があってお前を呼び出したのだから」
「にしては発言がフリーダムすぎるけどな…………ん? 誰だって?」
自称神様は俺の方を指差して、同じ言葉を繰り返した
「音竹護」
「違う。俺、佐山雄一」
俺と神様は同時に首を傾げた。こいつは何を言っているのだろう? 多分、俺と同じセリフを心のなかで言っているのだろう
俺に向かって指を指し続ける神様の手を取り、その指先を護の方へと導いた
「あれ、音竹護」
「………………じゃあお前は誰だ?」
もう俺帰って良いかな?
顎を掻いて、少し考え込んだ神様は、手のひらを宙へと掲げた
ポンッ! と言う音とともに、煙が手のひらから巻き起こった。煙が晴れると、そこには書類らしき紙の束が出現した
おお、何だあれ? マジックかな? やってみたいな
神様はその書類に書かれているであろう文字を読み始めた
「音竹護、17歳男子高校生。非常に整った顔つきをしている…………なんだ、お前別人じゃないか」
「おい、何顔面を見て判断してくれてんだ。もっと他に判断材料があるだろうが」
「頭が非常に良い…………やっぱりお前ではないようだ」
ちっくしょう……反論できない!
どれもこれも正解です。俺は顔面偏差値は高くないし、勉強だってできないさ。まるで公開処刑をされているようだ
「ふむ……間違っちゃった。てへぺろ」
「無表情で言うのはやめろ。ちょっと不気味だぞ、それ」
腕を組んで首をひねる神様
しばらく考え込むと、目を開いて俺をみた
「仕方がない。手違いのようだから、お前は送り帰すことにしよう」
「え、帰してくれるのか? 本当に?」
「俺は全能なる神。お前を返すことなど造作もない」
先程書類を出したように、今度は片手に携帯電話を取り出した
ダイヤルを押して何処かへと電話をかけだした
「あ、もしもしハロハロ? 天使ちゃん? 今ちょっと時間良い……え、忙しい? そこをなんとか。うん、ホントにすぐ済むから……ああ、はい。あの仕事は後でやろうと……いや、はい。ごめんなさいすぐにやります」
全能なる神様、腰低い
「うん。と言うわけで送り帰そうと……え、無理? ホントに? ああ……うん。わかった。じゃあそっちなら良いんだね……はい……はい。仕事はサボりません。はい、失礼します――――――と言うわけで佐山雄一。お前を帰すことができそうにない」
「何が「と言うわけ」なんだよ!」
「こちらにも色々事情があるのだ。神様だって、全能じゃないんだぞ?」
さっきと言ってることが違う!
「とりあえず、ずっとここに置いておくこともできない。ひとまず音竹護を召喚予定だった世界に送ろうと思う…………面倒くさいし」
「おいぃ! 最後なんか聞こえたぞ! 絶対もっと他の方法があるだろ! サボってんじゃねぇよ神様!」
「本日は、神様企画の特別トラベル便へようこそいらっしゃいました。明るく楽しい異世界旅行を是非お楽しみください」
「やめろ! もっとちゃんと説明しろ! こんな理不尽な異世界召喚があるか!」
「ではいってらっしゃい」
「話聞けよ!!」
俺の抗議は虚しく響き、突如として空いた地面の穴に、俺は落下した