第十七話 アストラム
「やっと、お会い出来マしたネ」
女の子が俺を見下ろしている。
吸い込まれそうな青色の瞳に、鬱陶しほど伸びた青色の髪の毛。
遠目で見れば人形と見間違うかもしれないほど小柄な体。
急な話であるが、俺は今、その女の子に膝枕をしてもらっていた。
「なんだ夢か」
ならそろそろ起きないとな。確か夢の世界で眠れば現実で起きられるんだっけ?
寝返りを打ちつつ、程よい暖かさの膝を堪能しながら、俺はもう一度眠りについた。が、
「寝ないデ下さイ!!」
次の瞬間。俺の全身に電気が駆け巡った。
いや、比喩とかでなく、物理的に電流が俺の体に流れたのだ。
「あばばばばばばばばばばばばばっ!!!!」
電流の刺激が、俺の意志とは関係のない叫び声を口からひねり出させた。
多分、漫画的表現ならば骨が見えるという光景がこの場に出現していることだろう。
だがしかし、この痛みは現実。リアルと言い換えても良い。
ひとしきり電気を浴びたのち、唐突に電気は収まった。
刺激こそなくなったもののの、俺の体からは電気が流れた証として煙が立ち上っている。
なぜか失神しなかった体を起こし、とりあえず俺は怒りをぶつけた。
「何すんだてめぇ!!」
「あわわわ、スミマセン! つい!」
青髪の女の子が慌てて頭を下げる。
なるほど、この慌てぶり、わざとではないようだ。
しかし「カッとなってやった。今は反省してる」なんて言われても火に油。こっちは危うく昇天する所だったんだ。
「「つい」で済んだら警察はいらんのだよお嬢ちゃん……とりあえず慰謝料と治療代。払ってもらおうかのう? お?」
「く、口調が変わってまス……本当ニわざとじゃなかったンですヨ。許してモラエませんカ?」
うるうるとした目で俺を見る女の子。
こ、これは…………なぜだろう。被害者はこっちなのに、罪悪感がどんどんこみ上げてきやがる。
女の子だからか? 外人風なカタコトで喋るからか? 上目遣いだからか?
可愛い者は許される。俺の疑問に、なぜだかそんな言葉が思い浮かんだ。そして納得した。
「合格!!」
「え……な、なにがですか?」
可愛いは正義。よってノットギルティ!!
「…………ってか、ここどこ?」
ようやく気が付いた。
俺の最後の記憶では、燃えた机の後始末と賠償のためにこき使われ、へとへとになってからベットに入ったはず。
だが、ここは明らかにベットの中ではない。どころか、俺が借りた部屋の中ですらない。
目の前の少女は知らないがこの場所には見覚えがあった。
周囲には何もなく、真っ白な空間が広がっているこの場所。少し前、神様とやらに出会った場所である。
「えっとデスネ……とりあえず自己紹介ですガ、私は神様でス」
女の子が自身の胸に手を置いて、口を開いたかと思えば自称神様(笑)。
「いやいや、神様って確か薄汚い格好したおっさんだろ? 設定の使いまわしはよくないぞ?」
「設……いえ、それは地球の方の神様でしテ、私はこの世界で『アストラム』と呼ばれてイル神様です」
どうやら彼女は俺が初めて会った神様とは別物らしい。
多神教がメインな日本に生まれた俺としては、神様が何人もいても別に驚かないが……いや、神様が目の前にいる時点で驚くべきなんだろうけど。
「で、その神様が何の用だって? まさか電撃浴びせるためだけに呼んだわけではないよな?」
「で、電気のことはスミマセンでした……ここにお呼びしたのハあなたを異世界にお連れしタ理由についテ説明するためデス」
理由?
たしか、俺は咥えタバコのホームレス風の神様のおっさんの手違いによってこちらに送られたはずだ。
そっちの神様が口頭で言ったことだし、俺もそう思っていたんだけど、
「俺って手違いとか偶然でこっちに来たんじゃないの?」
「すみまセン……手違いは手違いだったのデスが…………えっと、本来なら雄一さんハ私ガお連れするはずだったんデス。護さンの後に」
「……つまり、神様のおっさんが先に俺を連れて来たから、城から追い出されたり苦労させられてるってことか?」
「…………すみまセン」
謝られちゃったよ。
と言うか、それ以前に俺の同意なく異世界へ一方通行の旅行をさせられてる時点でかなり理不尽な扱いだろう。
拉致されて飛行機に押し込まれたかと思えば、飛行機墜落。価値観がまるで違う孤島に取り残されたって感じだ。
「あー……じゃあ、あんた……アストラムが出て来たってことは、もう苦労はしなくていいってことなんだな?」
「…………すみまセン」
謝られた!?
え、なに? そう言うことじゃないの!? まだ苦労させられるの!?
「その……予定どおリ私がお連れシタとしてモ……あまり現状ハ変わらなかった……カモ」
「…………せめて目を合わせて言ってくれ」
汗を流し、目を全く合わせようとしないアストラム。
……ヤバい、泣きそう。
予定通りだったとしても、城から追い出されるのは確定事項だったらしい。
「じゃ、じゃあせめてなんかないのか!? ほら、よく召喚物にある……チート能力とか!」
「…………すみまセン」
もうやだこの子……さっきから謝ってばっかり。
いや、中ボスみたいな牛の魔物に苦戦はしたけど、あれだけの身体能力があるだけまだましか。チートって結構憧れてたんだけど。
「……あ、そういや護もこっちに来るんだよな? 勇者とかなんとか」
「ああ、はイ。もうこちら側には来ていますヨ?」
「くっくっく、あいつも俺の苦労を知るがいい……今頃城を追い出されている頃か? なあ、アストラム?」
「………………」
あれ、また目をそらしてる。
「えーっと…………今ゴロ、護さんは……王女様に一目ぼれされているハズ……でス」
「…………え?」
「聖剣を抜いて……勇者として認められて……マス」
「…………」
……いや、待て落ち着こう。
まあ、護だし? あいつの性格とか見た目とかなら? 勇者って言われても、俺だって納得するよ?
…………でも、やっぱりここは、叫んどくべきだろう。
「あいつの血は何色だーーーーーー!!!」
「わーん! ごめんなサーイ!?」
あれか? 顔か? 顔なのか!?
イケメンは何かと得をするってことなのか!?
なんて格差社会! なんて現実!! 何たる理不尽!!!
「…………グスッ」
「泣くほド!? あ、あの……大丈夫デス! 雄一さんにもちゃんとイイ人が現れマスよ!」
「……いいもん。ツンデレ王女様より、猫耳美少女の方が可愛いもん。僕負けないもん」
「く、口調が…………でモその調子デス!」
…………
いやぁ、お目ぐるしいものを見せてしまった。
あの後少し、アストラムに頭を撫でれられ慰めてもらった。無論、ちゃんと立ち直ることに成功。……ふとした拍子に折れてしまいそうだが。
「えっと、すみまセン。そろそろ本題に移ってもイイですカ?」
「ああうん。そうね……」
何と言うか……やる気で無いなぁ。
もうちょっと世界は俺に優しくあっても良いと思うんだけど。
そんな風に自暴自棄にうなだれていると、さすがに話を進めたいのか、アストラムが咳払いをして話を進め始めた。
「それで、雄一さんをこちらノ世界に来ていただいた理由ですガ…………あれ?」
言葉途中だと思うのだが、アストラムは首をかしげ、なぜか疑問符を口にした。
「あ? どうした?」
「すみまセン……そろそろ、起きちゃいマス」
「え、なに? 誰が?」
「雄一サンが……」
アストラムが俺を指差すと、なぜか俺の体が宙に浮いた。
というより地面が無くなり落下をし始めた。
「またかああぁぁぁ!!!」
神様は違えど、自由落下でお別れはお約束になっているのだろうか。