第十四話 理由
「あー! くそっ! 胸糞悪い!!」
結局あの場では何もできず、俺はアズラさんの食堂に帰ってきていた。
「なんだい、帰ってきて早々。あらっ、服もボロボロじゃないか、ちょっと待ってな」
忘れていたが、俺が着ている制服はイグニスバイソンとの戦いで焼け焦げてしまっていた。
ワイシャツは何とか無事で、なんとかわいせつ物陳列罪にはなっていないが、ずいぶんとみすぼらしい格好なのは間違いない。
それに気づいたアズラさんが食堂の倉庫のほうに向かい、戻ってきた。
手には服。というより、コートのようなものを抱えている。
「ほら、こんなのしかないけど着替えな」
そう言って真っ黒で丈夫そうなコートを俺に差し出した。
膝くらいまで裾がある……トレンチコートって言うのか? まあとにかくそんな感じの服だ。
「誰の服です? これ……」
見たところこのコートは男ものだ。
ちなみに食堂はアズラさん一人で切り盛りしているため、現在俺以外の男は住んでいない。
ならこれは誰のものなのか、という疑問があっただけだったのだが、あまりよろしく無い質問だったようだ。
「私の……息子のさね。冒険者をやっていたんだけど、今はもう着れないからね……」
アズラさんがうつむく。
やべぇ、地雷を踏んだかもしれん。]
だが踏み込むのもまた勇気。
「……な、亡くなったんですか?」
「いや? ぶくぶく太っちまってサイズが合わなくなったんだよ」
ズコー!
吉本新喜劇並みのこけ方をした俺。
あれっ?
今ってシリアスな雰囲気じゃなかったの?
「ちなみに、今は違う通りで八百屋をやってるんだよ」というさらなる無駄情報を受け取り、俺は苦笑いを浮かべるほかなかった。
「と、とりあえずありがとう。後で着てみます」
服を受け取り、羽織ってみる。
うん。すごく埃っぽい。
でもまあ、そんなことを言ったらぶっ飛ばされそうなので黙っておこう。
「それで、何が原因でそんなにしょぼくれてんだい? 服のことってわけでもないんだろう?」
なかなかに鋭い人だ。。
俺はギルドで起こったことを手短に説明する。
「なるほどねぇ、エリックがフランにね……」
「エリック?」
「ああ、フランのご主人の名前だよ。時々この店にも来るしね。ほとんどがツケで、だけど……」
「ツケってことは借金とか? フランはかなり働いていたようですけど」
「あの男はフランが稼いだ金をほとんど酒や賭け事に使い果たしちまっているからね、エリック自身はほとんど働いていないし、結構な額の借金を背負っていたと思うよ」
フランが働いて稼いだ金をエリックが食いつぶすわけか。典型的なダメ人間だな。つか、ヒモ。
しかも働いているフランに対しての扱いがひどすぎる。
虐待は言わずもがな、フランの健康状態を見てみるとまともに食わせてもらっているのかどうかも怪しい。
風が吹けば倒れるんじゃないかってくらいガリッガリだったからなぁ。
「借金……借金ねぇ……」
正直、ここが日本だったなら解決することは簡単だ。
110番を押せばいい。
すぐに怖い顔をしたお巡りさんが押し掛けてくるだろう。
しかし、ここは異世界。しかもフランは奴隷で、いくら過酷に扱われても法律上は問題ないらしい。
「いや、まあそんなこともないんだけどねぇ」
アズラさんは、ただでさえ多いしわをさらに増やすように険しい表情を浮かべる。
「は? だって奴隷なんでしょう?」
「つくづく物を知らない子だねぇ……一昔前ならともかく、今現在、王都であんな扱いを受ける奴隷なんて数えるほどしかいないよ」
やれやれと首を振ってため息をつくアズラさん。
まあ、俺が物を知らないのは別に異世界に来たからってわけじゃない無いし、言い返す言葉もないが……
「奴隷ってのは、要は低賃金以下の労働者ってだけなんだよ。もちろん、契約で本人の権利はほとんど所有者に移っちまうけどね。それでも、ちゃんと飯は所有者から出るし、スズメの涙程度の給料を詰んで行けば解放奴隷にだってなれる。あそこまでボロボロにこき使われるのは、今だと剣闘奴隷くらいのもんさ」
「……こっちの世界の価値観でも、あの扱いはひどすぎるってことか……」
「? こっちの世界?」
「あ、いや……こっちの話です」
いかんいかん。軽はずみに「異世界から来ました!」なんて言ったら、頭のお医者さんを紹介されるかもしれん。
下手をすれば檻付きの病院へ連行か?
考えるだけでも恐ろしい。
と、話題が変わりそうだからこの辺で修正しておこう。
「借金ってどこから借りているかわかります?」
「たしか、冒険者ギルドの前借みたいな形だったと思うけど……坊や、何を考えているんだい?」
アズラさんの言葉でようやく気付いたのだが、いつの間にか俺はフランを救う手を考えていた。
普段使っていない頭を使ってるもんだから、周りにはおかしく移るのかもしれないな。
そして、アズラさんはもう一つ俺に問いかけた。
「フランを救おうとしてるんじゃないだろうね」
アズラさんが顔をしかめる。
あまり俺の行動を良く思っていないようだ。
「いけないですか?」
「いけないことはないよ。人として正しいことを坊やはしてる。だけどそんな事をしてどうなる?」
アズラさんが冷たく言い放った。
「フランを助けることができたとして、坊やは同じような境遇の奴隷がいればまた助けるのかい? はっきり言って、フラン程じゃないが、あの子見たいな境遇の子は王都だけでも相当な数はいるよ? そのたびに手を差しのべるのかい?」
元の世界でもたびたび議論される。
アフリカの子供たちに食料を支援したところで、飢餓人口が改善されることはない。救えたとしても全体のほんの一部だ。
つまりそのほかの子供たちは救われないということだ。
救われない子供たちからしたら大層怨むことだろう。
なぜ我々は救ってくれないのか? 救われた人間と我々は何が違うのだ。
それならば誰も救わなければいい。そういう声も聞こえる。
全員を救うことができなければ一部を救うことはただの偽善である。と
「正直、その時になるまではわかりません。ただ……」
「ただ?」
やはり、やらない偽善よりやる偽善なのだ。
「そのことは、フランを助けない理由にはなりません」
そうだ。助けられない人は残念ながらいるだろう。
だが、助けられない人たちのために、目の前にいる助けることができる人間を助けないなんてことはあり得ない。
「…………ふっ」
俺の答えが理由かは分からないが、アズラさんは軽く鼻を鳴らした。
というか、実際の所、俺がフランを気にかける理由はもう一つある。
ぶっちゃけ、短絡的と捕えられなくもないもう一つの答え。
「それに……」
「……それに?」
俺は息を大きく吸い込み、胸を張りあげ、思いっきりこう言った。
「あの子に惚れた!!!」
「…………はあ?」
予想通り、アズラさんの視線はとても痛々しいものだった。
だが、実際にそうなんだから仕方有るまい。
いやもう、あの子の笑顔を見た時にビビッと来たね。
雷に打たれたようにって表現があるけど、まさにそれだ。
全身を電流が駆け巡って行くあの感覚。正直痛いぐらいだった。
痛覚まであるとは、恐るべし一目ぼれ。
「ぷっ……ぶわはははははっ!!」
「うお!? なんだ!?」
急にアズラさんが腹を抱えて笑い始めた。
ひとしきり笑い終えたかと思うと、目に涙を浮かべて、俺の肩を叩く。
「坊や、アンタ面白いねぇ……クッククク…………ま、確かに惚れでもしないと、奴隷解放なんて考えないか!」
「な、なんすかもー……そこまで笑われるとさすがに恥ずかしくなってくるじゃないですか…」
ちょっと顔が赤くなってるかもしれん。
「いや、悪い悪い。侘びと言ってはなんだけど、そんな面白い坊やに、ひとつ知恵を授けてやろうじゃないか」
「はあ……知恵?」
「ああ」と言って、アズラさんは持ったいつけるように間を置いた後、俺に顔を近づけてこう言った。
「フランを助けるための『知恵』ってやつさ」
少し短めです。
なんだか倫理の話になってしまいました。
あんまりおもしろくねぇなぁ……




